先に来てしまった者   作:@お寿司

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第一話 先に来てしまった

「先に来てしまった」

 

僕は、先に来てしまった気がしている。

それが事実かどうかは分からない。ただ、そう感じてしまうだけだ。ここは、そういう感覚を生む場所だった。

 

ネルフ本部は地下にある。

そのことを知らされたとき、僕は少しだけ安心した。空が見えない場所は落ち着く。限界があるというだけで、人は呼吸がしやすくなる。少なくとも、僕はそうだった。

 

赤木リツコ博士と初めて会ったのは、地上から何層も下った先の小さな会議室だった。

白い壁、白い机、白い光。

余計なものが一切ない部屋。

 

「雨宮ノア君」

博士は、書類から目を離さずに僕の名前を呼んだ。

 

「はい」

 

声は落ち着いていたと思う。

落ち着いている“ように聞こえる声”を出すのは、昔から得意だった。

 

「今日から、いくつか検査を受けてもらいます」

「目的は?」

「適性の確認」

 

それ以上は説明されなかった。

説明がないこと自体が、説明になっているような気がした。

 

少しして、博士は画面を切り替えた。

そこに映し出されたのは、人型の輪郭だった。

 

「これが、あなたに関係する機体です」

 

汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン仮設四号機。

そう表示されている。

 

「正式な運用番号は未付与。開発途中の機体です」

「色は黒。装甲構成、内部構造ともに暫定仕様」

「現在は、調整およびデータ収集中の段階」

 

博士は淡々と説明した。

専門用語が多かったが、内容自体は理解できた。

理解できた、というより、言葉としては追えた、が正しい。

 

「搭乗は?」

僕は一応、聞いた。

 

「現時点では未定です」

「状況次第では、ありません」

 

その言い方が、妙に引っかかった。

“ない”とは言わない。

“未定”と“状況次第”。

 

考えれば、いくらでも考えられる言い方だった。

でも僕は、それ以上考えないことにした。

 

考えると、たいてい余計なところまで行ってしまう。

行った先で、戻れなくなる。

だから、分からないものは保留にする。

それもまた、一つの判断だ。

 

検査は続いた。

血液、脳波、反応速度、耐性。

どれも難しくはなかった。

でも、意味はよく分からなかった。

 

「問題はありません」

 

その言葉を聞くたびに、胸の奥が少しだけ重くなる。

問題がない、という評価は、安心と同時に拘束を生む。

 

「緊張している?」

博士が訊ねた。

 

「いいえ」

 

即答した。

考えてから答えると、たぶん違う言葉が出てしまう。

即答は、防御だ。

 

博士はそれ以上、踏み込まなかった。

その距離感は、ありがたかった。

 

僕の両親は、ネルフ職員だった。

父は雨宮コウジ。

母は雨宮アオイ。

 

二人とも、とある実験事故で亡くなったと説明されている。

詳細は伏せられている。

遺体も確認されていない。

 

それについて、博士は何も言わなかった。

僕も、聞かなかった。

聞けば、何かが決まってしまう気がしたからだ。

 

廊下は長く、白く、静かだった。

人がいないのに、視線を感じる。

ここでは、誰もが何かを観測している。

 

ある日、僕は格納庫の前で足を止めた。

扉の向こうから、低い振動が伝わってくる。

機械の音とは少し違う。

生き物の呼吸に近い。

 

「見ない方がいい」

警備員が言った。

 

「どうしてですか」

 

「見ても、意味がない」

 

意味がない、という言葉は便利だ。

考えなくていい理由を与えてくれる。

 

僕は頷いて、その場を離れた。

見なかった。

見ないという選択をした自分に、少しだけ安心した。

まだ、踏み込んでいない。

 

検査が続く中で、僕は薄々気づいていた。

扱いが、どこか中途半端なのだ。

 

説明はされるが、決定はされない。

準備はされるが、役割は与えられない。

 

仮設四号機。

黒。

暫定。

未定。

 

それは、機体の説明であると同時に、

僕自身の説明でもあった。

 

「あなたは、念のためよ」

 

博士が、何気なく言った一言が残っている。

念のため。

本命が別にいる、という意味だ。

 

誰かが来る。

僕の後に。

僕よりも、はっきりとした理由を持った誰かが。

 

それが誰なのかは分からない。

分からないけれど、そういう場所なのだ、ここは。

 

夜、用意された部屋で天井を見つめながら、僕は考えた。

考えることはできる。

ただ、考え続けるのは得意じゃない。

 

遠くで警報が鳴った。

短く、鋭い音。

基地の空気が変わる。

 

僕は起き上がり、胸の奥のざわめきを確かめた。

恐怖か、期待か。

どちらでもない。

 

ただ、自分の順番が近づいている、という感覚だけがあった。

 

まだ僕は、何者でもない。

ただ、先に来てしまっただけの人間だ。

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