黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第17話 修行

 

 

「とりあえず説教はしておくか。師匠だしな」

 

 継葉は足場を確かめるように刀の鞘でトントンと地面を叩く。叩かれた地面がジワジワと面積を広げ、気づけば小さな空き地ほどの広さになっていた。

 

「……師匠が支配してるんですか?」

 

「そうだ。まあ、見ろ。ここは混ざった場所だから、すぐに取られる」

 

 継葉が指を指した場所には、先程までの地面から再びビルの入口のような空間ができている。

 

「焦るのはわかる。すでに時間が経ってるしな。でもな? お前が影に食われたら、誰も助けることはできないぞ」

 

「……」

 

 安曇は気まずい気持ちで俯いた。

 現実世界の方で影は斬れていた。だから、ここでもやれると思ってしまっていた。

 

(甘かった)

 

 視線を下げて唇を噛む。

 できるはずだ、できなくてはいけない。そう思ってしまっていた。

 

 それを見透かすように継葉はまっすぐ安曇を見る。

 

「叔父を助けたいんだろう? なら、お前が必要だ。叔父との縁を持つのはお前なんだからな」

 

「……はい」

 

「そして私はお前との縁をまだ強く持ってない。だから、私はお前のことも叔父さんのことも追えないんだよ」

 

 弱くなった継葉の声に顔を上げれば、継葉は少し寂しげに笑っていた。

 

「助けたいのなら、お前は必ず無事でいろ。これが必須条件だ」

 

「──っ」

 

 ぐっと握る拳に力が入った。

 継葉の心配や、守ろうとしてくれている気持ちが痛いほど伝わる。

 

(助けたい──そして)

 

 この師匠の気持ちを守りたい。

 

「どうすれば、支配できるようになりますか?」

 

 急ぐだけじゃダメだ。確実な一歩を踏み出さないと。

 

「……よし。なら、授業といくか!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「まず、縁は繋がり。そして支配とは染め上げる力だ」

 

 繋がりは理解できる。現に叔父との繋がりを辿ってここに来たのだ。

 

 では、染め上げる力とは。

 

「前にも言ったが、ここで行われているのは、ある種の陣取り合戦だ」

 

「支配領域を取り合ってるんですよね……?」

 

 ぐちゃぐちゃに混ざった風景。

 建物も縦に横に繋がっていて、まるで強引に増改築を繰り返した奇怪な建物のようにも見えた。

 

「そうだ。一枚の紙を、お互いの色で塗りつぶしているような感じだ」

 

「色を……」

 

 自分の色をつけた場所が、支配領域ということか。問題は、どうやって色をつけるのか。

 

「縁で繋げて、意志で染め上げる。これが支配するということになる」

 

「……意志?」

 

「うん。ただ、私のような真似はお前にはできないと思う」

 

 言いながら、継葉はビルの入口にそっと触れる。するとそこはするするとほどけるように崩れていき、あぜ道の脇にあった杭に姿を変える。

 

「なぜですか?」

 

「空間全てを支配するには、ここの空間と混ざる必要があるからだ。……出ることができなくなるぞ」

 

「……」

 

 安曇は思わず息を飲んだ。

 それはつまり……。

 考えは巡ったが、安曇はあえて答えを出す前に思考を止める。その答えは、彼女にとってあまりよくないもののように思えたから。

 

 

「まあ、それはさておき。問題は……」

 

 継葉は僅かに視線を下げる。

 

「?」

 

「支配できなければ何もできないということなんだ」

 

「何も……?」

 

「そうだ。影を斬ることもだ」

 

「──」

 

 その言葉に、安曇は思わず硬直した。

 だからさっき刀が通らなかった。

 

(結局、どうすれば……)

 

「ただ、お前は今、ここにいるだろう」

 

「え?」

 

「お前は混ざってない。つまり、お前の命をお前は支配できている」

 

「……」

 

 確かにそういう言い方もできる。

 ここが命の塊であって、混ざり合うのが本質だとすれば、安曇は安曇としてここにいるのだから自分の命を支配している、そう言っていいはずだ。

 

 だからと言って……影に届くわけではないなら。

 

「影を斬る方法は──」

 

「ある!」

 

「!」

 

 あまりにも継葉が強く言い切ったので、安曇は思わず息を飲んだ。

 

「大丈夫だ、できることはある。全てを支配なんてできなくていいんだ。届く範囲、自分自身と認識できる範囲なら、お前は影を斬れる」

 

 もう一度強く頷く継葉に、安曇は少しだけ肩の力が抜ける。

 

 理屈は正直まだ理解できていない。

 けれども彼女の微笑みは自信に溢れ、そこに心配や欺瞞は見えない。

 

 なぜか──彼女は信じていい。

 そう思えた。

 

「じゃあ……教えてください、師匠」

 

「!」

 

 継葉は少し驚くと、心底嬉しそうに破顔した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 どうすれば攻撃が通るようになるのか。

 

 これが継葉が師匠として、安曇に最初に教える技術となった。

 

「よし、あれでやってみるか」

 

 奥へ進むとすぐまた新しい影が現れた。

 頷いた安曇がとりあえず思うままに刀を振るってみるが、手応えがない。

 

「空間全てを支配するのはお前には無理だ。だが、自分自身とその周りなら動かせるはずだ」

 

「……」

 

 理屈としてはわからなくもないが……安曇は漠然と周囲を見回す。

 

(つまり何をどうしろと?)

 

「こう、ギュッとな? 意識を広げるように……刀の周りにグッと力を入れて」

 

「…………」

 

 さすがにそれはないだろう。

 信じていいと感じた自分の直感を否定してしまいそうになる。

 

(……この人、教師に向いてないな)

 

 生温い目で見てる安曇に気づかず、継葉は熱弁する。

 

「やる気が大事なんだ! 意志が強ければ……つまり強く思うことができれば、様々なことができる!」

 

 安曇は小さくため息をつく。

 苛立ちが湧きそうになったが、強引に胸の奥に押し込んだ。

 

 もっと別の視点で行こう。

 意志の強さということなら……例えば明確な殺意。

 

 ここに来た最初の日、同じようなことをした記憶がある。あの時、確か少しだけダメージが通ったはずだ。

 

「まずはこう、ぐっと引っ張ってきて──」

 

 継葉の教えは、それっぽいことは言っているのだが、感覚的な文言が多くてわかりにくい。

 

 それに影も容赦はしてくれない。

 

 ──ヒュッ!!

 

 刀を振るうが、鈍器のような手応えは変わらない。影はゆらりと下がってまた赤い目をこちらへ向ける。

 

(殺意……だけでは足りないのか)

 

「刀を自分だと思って強化するんだ。お前の意志で! ワッと集めるんだ!」

 

「ワッ……」

 

(どんどん擬音のバリエーションが増えていく)

 

 このわかりにくい説明を、どうにか噛み砕いて理解していく安曇。十歳の子供にはなかなか重い試練だ。

 

 この世界そのものが命の塊であり、支配の対象。

 世界を支配すればいいが、それは今の安曇には難しい。

 

 だからこそ自分自身が混ざらないように、そして僅かに周囲の支配を奪っていく。

 

(ってことだと思うけど……)

 

 じっと刀を見つめる。

 

「……」

 

 周りに命の塊……何かのエネルギーがあると仮定して、それを寄りあつめるイメージ──

 

 安曇は目を閉じる。まずはそれを探しててみようと思った。しかし。

 

(ワッと何を感じろと……いや、ワッから離れるべきだ)

 

 難しい顔で黙った安曇に、継葉がグッと拳を握る。

 

「自分を信じろ!!」

 

 熱く語る継葉。

 ここにきて根性論。

 せっかく押し込んだ苛立ちが戻ってきそうになる。

 

「……」

 

 弟子の冷たい視線に、継葉は慌てたように顔の横で手を振った。

 

「いや、えーと。なんていうかな? あるものを探すって言うんじゃなくてだな。あるのは当然というか」

 

「………」

 

 多少捻り出したようだが、相変わらず抽象的だ。そもそも理論ではないのかもしれないが。

 

(あるのは当然……?)

 

 当然と思いこめということか。

 安曇なりに色々解釈を進めてみる。

 

「周りのものを探して使おうとするから見つけることができないし、使うことも出来ない……」

 

「お? わかりそうか?」

 

 継葉ははしゃいだが、考え込んでいる安曇はスルーした。

 

「でも、あるとわかっている方向になら、手を伸ばして掴み取ることは……できる?」

 

 安曇は首を捻る。

 

(ともかく『ある』として……)

 

 思い込むことからスタートする。

 

「武器に纏わせるところを思い浮かべて使うといいぞ!」

 

「武器に……」

 

 確かに、物がそこにある分イメージがしやすい。

 自分だと思えと彼女は言う。体の延長に刀があると考えて、周りにあるものも自分だと認識……できるのか?

 

(いや、やるしかない)

 

 ちょうどそこに影が湧いていたので、安曇は刀とその周りを自在に動かすように──

 

 水の中を刀で斬るように、自分と刀、そして周囲がまとわりつく。泳ぐような圧を感じたその後に──

 

 キュオ……

 

 影はスパンと切れた。

 

「おー! できるじゃないか!」

 

「……」

 

 自分でやっておきながら、拍子抜けするほどあっさりできたことに驚いた。

 

「な? 簡単だっただろ?」

 

「……」

 

 これまでの苦労は、悩みは何だったんだ。

 安曇は頭を抱えたくなったが、煙管の煙がまだ流れている。

 

 とにかくこれで前に進める。そう気を取り直し、安曇は前を向いた。

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