黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第23話 救済者にあらず

 

 

(……僕を盤上に出そうってことか)

 

 安曇はじっと三人を見つめる。

 

「都築豊《つづきゆたか》、佐野稔理《さのみのり》」

 

 小学生にしては体格の良い都築は、不機嫌そうに横を向いた。小太りの佐野はビクリと肩を震わせる。

 

 ゆっくり視線を動かして、笑顔の鮎川皐月《あゆかわさつき》を見る。

 

「鮎川皐月」

 

「!」

 

 皐月はパッと顔を上げる。心なしか、先程より楽しそうにしている。

 

「本人がいるかもしれないところで、そういう話はしない方がいいね」

 

「ああ!? んだよ、組長の息子だからって、いい気になるなよ?」

 

「……」

 

 親切な忠告は怒声に消される。

 

(都築は……なしだな)

 

 安曇は昨日のひばりの報告を思い出しながら、値踏みするように都築を見る。

 

 

 

 

 奥村の話が終わると、ひばりは人差し指をピッと立てた。

 

「それから別件ですがもうひとつ、当主様から提案がありました」

 

「……父さんから?」

 

「はい。安曇さんに後見人をつけるおつもりのようです」

 

「……何」

 

「呪われたというのは有名な話になっています。その安曇さんの心身を支えたいという親心ではないかと。隆盛さんも人の親ですねぇ」

 

「……」

 

 ひばりは当主面談が継承者を増やす行為だと知らない。だからこんな呑気な言葉が出るのだろう。

 

(僕の消耗が激しいからか……)

 

 後見人は、継承者を増やせなかった場合の妥協案だ。安曇は静かにそう思ったが、あえて口には出さなかった。

 

「これには特に反対意見はでませんでした」

 

 それは当然だろうと安曇は思う。

 

「反対意見なんて出るはずないだろう。将来的に派閥問題に繋がるし、利権争いが始まるのは目に見えている」

 

 ひばりも頷き苦笑した。その後ろで三林がざわめく。

 

「安心してください!! 俺たちはすでに安曇さん派なんで!!」

 

「宿題進めてますんで!!」

 

「どこまでもついて行きます!!」

 

「はい、そこ、静かにー。で、立候補を募られまして、細谷《ほそや》、都築《つづき》、大久保《おおくぼ》、塚原《つかはら》、鮎川《あゆかわ》、小林《こばやし》、佐野《さの》の計七家が候補となりました」

 

 次々と幹部の名前が上がる。

 三林はブーブー言っているが、ひばりは華麗にスルーした。

 

(……三林は僕につくことにしたのか)

 

 馬鹿だなと思いつつも、彼らの愚直さは死水の師匠を思い出させて穏やかな気持ちになる。

 

 そんな後見人のはずなのだが。

 

 

 

「お前なんて何の力もないくせに、どこから物言ってんだ?」

 

 都築は威嚇するように肩を怒らせ、一際大きな声で安曇に吠える。

 

「はぁ……。で、霜月時雨がどこにいるか知らない?」

 

「うっわぁ、ここで無視できるのほんと……」

 

 皐月は楽しそうに笑ったが、無視された都築は青筋を立てる。佐野はオロオロと安曇と都築を見比べる。

 

(野次馬が増えてきたな……)

 

 都築が大声を上げるので、教室の中や廊下の向こうからこそこそとこちらを見る生徒が、チラチラと顔を覗かせる。

 

「うちは古参幹部だぞ? 呪われてる分際で態度がでけぇんだよ、組の荷物のくせに」

 

「……」

 

「黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ。いつ捨てられるかわからねぇゴミじゃねぇか。あー、ゴミだから言葉がわかんねぇか?」

 

 ゲラゲラ笑う都築に、こいつは本当に馬鹿だなと安曇も内心で笑う。

 

「親の名前以外に出せる札がないなら、黙っていた方がまだ得だよ」

 

「……あ?」

 

 都築は笑いをピタリと止めて安曇を見る。カッとなったように身を乗り出した先に、鮎川皐月が通せんぼするように手を伸ばした。

 

「霜月時雨君ですか? ああ、僕は知りませんけど、佐野は知ってると思いますよ。ね?」

 

 有無を言わせないような圧がある言葉を聞いた佐野は、全員を慌てて見回したあと、おどおどと視線を下げる。

 

「ええと……裏庭の……花壇にいると思います……」

 

「ふぅん?」

 

「おい!? お前ら!?」

 

 流れが変わったことを感じたらしい都築が慌てて皐月を見る。皐月はそんな都築をチラリと見てから笑顔を浮かべる。

 

「都築。ここで騒ぎを起こすんなら、僕も報告をしなきゃいけなくなるなぁ」

 

「は!? 裏切んのかよ!?」

 

「裏切るも何も……」

 

 皐月の声のトーンが一段下がる。

 

「君と僕を一緒にしないでもらえる?」

 

「お、まえ……!」

 

 面白い見世物ではあるが、霜月時雨の居場所を知るという目的は達した。安曇はさっさと踵を返す。

 

「豊君、まずいって!」

 

 佐野が宥める声がするが、安曇はもう視線を向けなかった。

 

(使えそうなのは鮎川皐月か)

 

 安曇を観察するような視線を向けた少年。鮎川家は総司にも安曇にも近寄らない完全な中立の家だったはず。実際のところは不明だが。

 

「悪くないね」

 

 波が割れるように安曇を避けていく野次馬の中を歩きながら、安曇は小さく笑みを零した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 霜月時雨は虐められている。

 これは周りから疎遠にされている安曇の耳にさえ入るほど、校内の周知の事実だ。

 

 体は大人のように大きいのに、気が弱くおどおどした少年。吃《ども》りがあり、他人とのコミュニケーションが苦手。こんな格好の餌食もそうそういないだろう。

 

 安曇はあまり学校に行かないので実際見たことはなかったが、話を聞いた時は有り得る話だと納得した。助ける気もなかったが。

 

(そういうものは自分でどうにかしないと終わらない)

 

 助けが必要なら助けを求めればいい。時雨自身が動かないなら、現状は変わらない。

 

 安曇はぼんやりと空を見つめる。

 まだ梅雨明け宣言されていない空は、大きな雲に覆われている。

 

 花壇に向かうと、時雨がなぜそこにいるのかわかった。

 花壇が荒らされていたからだ。

 

 放っておけばいいのにと思う。

 責任を押し付けられたか、単なる善意か。

 

(早く終わらせるか)

 

 安曇がそう思って一歩踏み出した時──

 

 バシャン!!

 

 頭上から水が落ちてきた。

 ただし、安曇は濡れていない。

 花壇を直している時雨の頭上から……だ。

 

「あ、ごめーん、人がいると思わなくってぇ」

 

 女子たちがくすくすと二階の窓から笑っている。その真下には。

 

「う、うん、だ、大丈夫……」

 

「だよねー! あはははは!」

 

 呆然としている霜月時雨の姿があった。

 花壇も水浸しで、ぐしゃぐしゃの花は見るも無惨だ。

 

(随分と直接的ないじめだな……)

 

 二階の女生徒たちは掃除のバケツを持っている。バケツからぽたぽたと落ちる水を隠しもしない。

 

 安曇はその中のひとりに見覚えがあった。確か佐野の姉、つまり後見人候補の家の子。

 

「……」

 

 通りで佐野が口ごもっていたわけだと理解する。イジメの主犯のひとり。

 

「親にも捨てられちゃって、可哀想だねー!」

 

「す、捨て……ら、られてなんか……」

 

「えー? 何ー? 吃りが酷くて聞こえないんだけどー」

 

 笑い声が不快に響く。

 

(佐野もダメだな)

 

「はぁ……」

 

 座り込んで立たない時雨の様子にため息をつき、鈍い痛みが走る足を動かす。

 安曇の姿を認めた女子たちはギョッとしたように声を落とし、ヒソヒソと話し始めた。

 

 

「時雨」

 

 

 側まで歩いて声をかければ、時雨はビクリと大きな体を震わせた。

 

「あ、あず、安曇さん」

 

「何してるの?」

 

 声に温度はない。ただ、淡々と現状を聞く安曇に、時雨は戸惑ったように眉を下げた。

 

「え、あ、い、いえ、な、何でも……」

 

 あわあわと言い訳を考えて、結局浮かばなかったらしい時雨は苦笑いした。

 

(助けは求めない、か)

 

 時雨の様子に安曇は小さくため息をつく。そして。

 

「なら、立つように」

 

 静かにそう告げた。

 冷たくも聞こえる声音に、時雨はびくりと肩を震わせる。

 

「ぁ……は、い」

 

 泣きそうな声で小さく返事をした時雨は、ぽたぽたと髪から水を滴らせて立ち上がり──

 

「す、すみません!!」

 

 大きく頭を下げて走り去っていった。

 足音が遠ざかる中、水溜まりだけがその場に残されていた。

 

 

「……」

 

 二階の女子達を見れば、彼女らはバツが悪そうに顔を引っ込めた。

 

(これで隠れるなら、まだたいしたことないな)

 

 安曇は落ちていた花を拾い、そっと崩れていない土に植える。

 

 時雨には時雨のやり方があるだろう。他人が口出すべきではない。

 

 安曇は時雨が去った方を見る。帰ったわけではないだろう。真面目な少年だし、今、組に時雨の居場所はない。

 

「居場所……か」

 

 時雨は『捨てられてなんかない』と言った。つまり、時雨は霜月医師と連絡を取る方法を知っている可能性が高い。

 

 そして安曇は、組員からも責められ学校でも虐められているそんな時雨から、情報を引き出さなければならない。

 

「……」

 

(……僕は僕で必要なことをさせてもらう)

 

 安曇は引き攣るように痛む足を引きずりながら、ゆっくりと時雨の去った方へ歩き出す。

 

 周りにはそれなりに多くの人間がいるのに、話しかけようとする人間は誰一人いなかった。

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