(……僕を盤上に出そうってことか)
安曇はじっと三人を見つめる。
「都築豊《つづきゆたか》、佐野稔理《さのみのり》」
小学生にしては体格の良い都築は、不機嫌そうに横を向いた。小太りの佐野はビクリと肩を震わせる。
ゆっくり視線を動かして、笑顔の鮎川皐月《あゆかわさつき》を見る。
「鮎川皐月」
「!」
皐月はパッと顔を上げる。心なしか、先程より楽しそうにしている。
「本人がいるかもしれないところで、そういう話はしない方がいいね」
「ああ!? んだよ、組長の息子だからって、いい気になるなよ?」
「……」
親切な忠告は怒声に消される。
(都築は……なしだな)
安曇は昨日のひばりの報告を思い出しながら、値踏みするように都築を見る。
奥村の話が終わると、ひばりは人差し指をピッと立てた。
「それから別件ですがもうひとつ、当主様から提案がありました」
「……父さんから?」
「はい。安曇さんに後見人をつけるおつもりのようです」
「……何」
「呪われたというのは有名な話になっています。その安曇さんの心身を支えたいという親心ではないかと。隆盛さんも人の親ですねぇ」
「……」
ひばりは当主面談が継承者を増やす行為だと知らない。だからこんな呑気な言葉が出るのだろう。
(僕の消耗が激しいからか……)
後見人は、継承者を増やせなかった場合の妥協案だ。安曇は静かにそう思ったが、あえて口には出さなかった。
「これには特に反対意見はでませんでした」
それは当然だろうと安曇は思う。
「反対意見なんて出るはずないだろう。将来的に派閥問題に繋がるし、利権争いが始まるのは目に見えている」
ひばりも頷き苦笑した。その後ろで三林がざわめく。
「安心してください!! 俺たちはすでに安曇さん派なんで!!」
「宿題進めてますんで!!」
「どこまでもついて行きます!!」
「はい、そこ、静かにー。で、立候補を募られまして、細谷《ほそや》、都築《つづき》、大久保《おおくぼ》、塚原《つかはら》、鮎川《あゆかわ》、小林《こばやし》、佐野《さの》の計七家が候補となりました」
次々と幹部の名前が上がる。
三林はブーブー言っているが、ひばりは華麗にスルーした。
(……三林は僕につくことにしたのか)
馬鹿だなと思いつつも、彼らの愚直さは死水の師匠を思い出させて穏やかな気持ちになる。
そんな後見人のはずなのだが。
「お前なんて何の力もないくせに、どこから物言ってんだ?」
都築は威嚇するように肩を怒らせ、一際大きな声で安曇に吠える。
「はぁ……。で、霜月時雨がどこにいるか知らない?」
「うっわぁ、ここで無視できるのほんと……」
皐月は楽しそうに笑ったが、無視された都築は青筋を立てる。佐野はオロオロと安曇と都築を見比べる。
(野次馬が増えてきたな……)
都築が大声を上げるので、教室の中や廊下の向こうからこそこそとこちらを見る生徒が、チラチラと顔を覗かせる。
「うちは古参幹部だぞ? 呪われてる分際で態度がでけぇんだよ、組の荷物のくせに」
「……」
「黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ。いつ捨てられるかわからねぇゴミじゃねぇか。あー、ゴミだから言葉がわかんねぇか?」
ゲラゲラ笑う都築に、こいつは本当に馬鹿だなと安曇も内心で笑う。
「親の名前以外に出せる札がないなら、黙っていた方がまだ得だよ」
「……あ?」
都築は笑いをピタリと止めて安曇を見る。カッとなったように身を乗り出した先に、鮎川皐月が通せんぼするように手を伸ばした。
「霜月時雨君ですか? ああ、僕は知りませんけど、佐野は知ってると思いますよ。ね?」
有無を言わせないような圧がある言葉を聞いた佐野は、全員を慌てて見回したあと、おどおどと視線を下げる。
「ええと……裏庭の……花壇にいると思います……」
「ふぅん?」
「おい!? お前ら!?」
流れが変わったことを感じたらしい都築が慌てて皐月を見る。皐月はそんな都築をチラリと見てから笑顔を浮かべる。
「都築。ここで騒ぎを起こすんなら、僕も報告をしなきゃいけなくなるなぁ」
「は!? 裏切んのかよ!?」
「裏切るも何も……」
皐月の声のトーンが一段下がる。
「君と僕を一緒にしないでもらえる?」
「お、まえ……!」
面白い見世物ではあるが、霜月時雨の居場所を知るという目的は達した。安曇はさっさと踵を返す。
「豊君、まずいって!」
佐野が宥める声がするが、安曇はもう視線を向けなかった。
(使えそうなのは鮎川皐月か)
安曇を観察するような視線を向けた少年。鮎川家は総司にも安曇にも近寄らない完全な中立の家だったはず。実際のところは不明だが。
「悪くないね」
波が割れるように安曇を避けていく野次馬の中を歩きながら、安曇は小さく笑みを零した。
***
霜月時雨は虐められている。
これは周りから疎遠にされている安曇の耳にさえ入るほど、校内の周知の事実だ。
体は大人のように大きいのに、気が弱くおどおどした少年。吃《ども》りがあり、他人とのコミュニケーションが苦手。こんな格好の餌食もそうそういないだろう。
安曇はあまり学校に行かないので実際見たことはなかったが、話を聞いた時は有り得る話だと納得した。助ける気もなかったが。
(そういうものは自分でどうにかしないと終わらない)
助けが必要なら助けを求めればいい。時雨自身が動かないなら、現状は変わらない。
安曇はぼんやりと空を見つめる。
まだ梅雨明け宣言されていない空は、大きな雲に覆われている。
花壇に向かうと、時雨がなぜそこにいるのかわかった。
花壇が荒らされていたからだ。
放っておけばいいのにと思う。
責任を押し付けられたか、単なる善意か。
(早く終わらせるか)
安曇がそう思って一歩踏み出した時──
バシャン!!
頭上から水が落ちてきた。
ただし、安曇は濡れていない。
花壇を直している時雨の頭上から……だ。
「あ、ごめーん、人がいると思わなくってぇ」
女子たちがくすくすと二階の窓から笑っている。その真下には。
「う、うん、だ、大丈夫……」
「だよねー! あはははは!」
呆然としている霜月時雨の姿があった。
花壇も水浸しで、ぐしゃぐしゃの花は見るも無惨だ。
(随分と直接的ないじめだな……)
二階の女生徒たちは掃除のバケツを持っている。バケツからぽたぽたと落ちる水を隠しもしない。
安曇はその中のひとりに見覚えがあった。確か佐野の姉、つまり後見人候補の家の子。
「……」
通りで佐野が口ごもっていたわけだと理解する。イジメの主犯のひとり。
「親にも捨てられちゃって、可哀想だねー!」
「す、捨て……ら、られてなんか……」
「えー? 何ー? 吃りが酷くて聞こえないんだけどー」
笑い声が不快に響く。
(佐野もダメだな)
「はぁ……」
座り込んで立たない時雨の様子にため息をつき、鈍い痛みが走る足を動かす。
安曇の姿を認めた女子たちはギョッとしたように声を落とし、ヒソヒソと話し始めた。
「時雨」
側まで歩いて声をかければ、時雨はビクリと大きな体を震わせた。
「あ、あず、安曇さん」
「何してるの?」
声に温度はない。ただ、淡々と現状を聞く安曇に、時雨は戸惑ったように眉を下げた。
「え、あ、い、いえ、な、何でも……」
あわあわと言い訳を考えて、結局浮かばなかったらしい時雨は苦笑いした。
(助けは求めない、か)
時雨の様子に安曇は小さくため息をつく。そして。
「なら、立つように」
静かにそう告げた。
冷たくも聞こえる声音に、時雨はびくりと肩を震わせる。
「ぁ……は、い」
泣きそうな声で小さく返事をした時雨は、ぽたぽたと髪から水を滴らせて立ち上がり──
「す、すみません!!」
大きく頭を下げて走り去っていった。
足音が遠ざかる中、水溜まりだけがその場に残されていた。
「……」
二階の女子達を見れば、彼女らはバツが悪そうに顔を引っ込めた。
(これで隠れるなら、まだたいしたことないな)
安曇は落ちていた花を拾い、そっと崩れていない土に植える。
時雨には時雨のやり方があるだろう。他人が口出すべきではない。
安曇は時雨が去った方を見る。帰ったわけではないだろう。真面目な少年だし、今、組に時雨の居場所はない。
「居場所……か」
時雨は『捨てられてなんかない』と言った。つまり、時雨は霜月医師と連絡を取る方法を知っている可能性が高い。
そして安曇は、組員からも責められ学校でも虐められているそんな時雨から、情報を引き出さなければならない。
「……」
(……僕は僕で必要なことをさせてもらう)
安曇は引き攣るように痛む足を引きずりながら、ゆっくりと時雨の去った方へ歩き出す。
周りにはそれなりに多くの人間がいるのに、話しかけようとする人間は誰一人いなかった。