目の前には、五人の高校生が角材を手にニヤニヤしながら並んでいる。見覚えのある顔もあれば知らない顔もある。
安曇は幹部とその子供たちは全て記憶しているので、知らないということは下っ端。お察しというところだろう。
「あ、安曇さ、ん。ご、ごめんなさい。い、お、俺のせいで……」
いつも通り手配した車が紛い物だった。これは時雨のせいではないし、まして──
「別に構わないよ。問題が浮上するタイミングが今だっただけだから」
遅かれ早かれ、この手の展開は来ると思っていたのだから。
安曇のうしろで半泣きになった時雨が頭を下げる。全く気にする必要はないのだが。
***
あのあと──
安曇は校舎の隅にある園芸用の水道で頭を洗っている時雨を見つけた。
どこかで座り込んで泣いていてもおかしくない状況だった。その中で立ち直ろうと奮闘している時雨に、安曇は僅かに目を細める。
「時雨」
「え!? あ、あずみ、さん……」
「聞きたいことがある」
「あ、は、はい! お、俺でわかる、ことなら!!」
言って時雨はプルプルと全身を震わせて水を飛ばす。大型犬か何かだろうか。
「端的に聞くよ」
時雨は真剣な表情でこくりと頷く。
「奥村保徳《おくむらやすのり》はどこにいる?」
「──!」
時雨は小さく息を飲み、それからモジモジと視線を下に降ろした。
(知らない反応じゃないな……)
奥村保徳幹部の件は公にされていない。この件を知らないのならこんな反応にはならないだろう。質問の意図がわからないはずだ。
「……ぁ……え、と」
「……」
「そ、その……」
言いかけては口を閉じ、また言いかけては視線を逸らす。
(知っていると自白してるようなものだけど)
「よ……」
「?」
「よ、横浜……」
「横浜にいるの?」
「え、と。わ、わかりません。で、でも、父さんは、よ、横浜に行くと」
「……なるほど。調べさせよう」
頷いて踵を返した時──くらり。
視界が歪んで、思わず近くの木に捕まる。
「あ、あず、安曇さん!!」
駆け寄ってきた時雨が慌てて手を伸ばす。
「……別に問題は──」
「あります!! ね、熱!! 熱、あ、ありますよ、安曇さん!!」
先程まで洗っていたらしい時雨の手が額に当てられると、ヒヤリと冷たくて気持ちが良かった。
「……」
「お、俺、く、車呼んできます!!」
バタバタと足音が遠ざかる。
(熱か……)
どおりで身体が重いと思った。熱に慣れているせいであまり気にならなかった。
安曇は掴まっていた木に背中を預け、深く息を吐き出した。
薬が切れたのか、全身が脈打つように痛む。熱を自覚したせいか、鈍痛もじわじわと精神を削る。
(今の立ち位置の時雨に……車が呼べるだろうか……)
──悪い予感ほど当たるものだ。
時雨が手配した車は、黒鉄屋敷から離れた港の倉庫に到着した。
***
運転手に金を掴ませたのか、上手いこと困っていた時雨に取り入ったのか。
どちらにしても、どうやらさっきの一件を根に持った都築が手を回したようだ。
「おい、クソガキ。立場ってもんがわかったか?」
高校生に囲まれながら、その中央で笑っているのは都築豊《つづきゆたか》だ。
(ここまでバカとは……)
体調の悪さも手伝って、安曇は少々機嫌が悪い。いつもなら静かに流すところだが、この時は思わず笑みを浮かべていた。
「わかってるよ。君が僕に怯えてるってことはね」
「……んだと?」
背後の高校生五人も苛立ちを露わにする。主が主なら下も下だ。
「煽《あお》ってんじゃねぇぞ? まあ、組長に後見人推薦するってんなら無事に返してやるよ」
青筋を立てながら笑う都築に、安曇は失笑するしかない。
「何言ってやがる!? 今の状況がわかってんだろうなぁ!?」
「人数揃えなきゃ僕の前に出られない弱虫どもが、僕に何をするだって?」
「……こ、の……やろぉ!!」
「ウッザ! マジ、あのガキうぜぇ!! 豊さん、あいつにわからせてやりましょうや!」
「マジきっしょ。ガキにゃガキの躾ってもんが必要だよなぁ」
ボルテージが上がるのを冷たい目で眺める安曇は、うしろで怯える時雨に振り返らず声を投げる。
「時雨」
「は、はい」
「僕のことを信用する?」
うしろで一瞬息を飲むような音がして、次の瞬間静かな返事が返ってきた。
「はい」
「なら、僕のことは気にしなくていい。代わりに自分の身は自分で守るように」
「え、え」
「時雨」
「は、はい!」
「もし捕まったら……」
安曇は目の前で揉める都築一派を嘲るように笑う。
「許してあげないよ?」
「!」
はいっ!と小さな返事がしたと同時に、時雨は素早く移動を開始した。
「あぁ!? 豊さん、ひとり逃げんだけど!!」
「捕まえろ!!」
「……お前らの相手は僕だよ」
安曇は滑るように高校生たちの進路を塞ぐ。
(熱だとか、体の痛みだとか……)
黒い傷だとか、奥村の動向だとか。
煙管を飲み込んだ魚を思い出し、安曇は苦さを押し殺す。
「……気に食わないことが多かったんだ。すぐに倒れてくれるなよ?」
言ってすぐ側の男に足をかける。
時雨に向かって走ろうとしていた角刈りの高校生は横転した。
安曇はそれをバカにするように、落下した角材を拾う。
反動で全身への痛みが響くように広がったが、安曇は涼しい表情で高校生たちを眺める。
「この……!?」
高校生たちはざわりと怒りの矛先を安曇に変えた。都築豊同様、非常に短絡的だ。
横目で見れば時雨は倉庫のコンテナの裏に入っていく。追われなければ逃げやすいか。
そのまま出口に行くか、何かをしようとするか。その判断は時雨に任せる。どう転んでも悪くはならない。
「……」
睨み合いのような一瞬。
安曇は子供だが、その包帯だらけのミイラ姿は圧がある。
だからといってこれだけ多勢に無勢。武器まで用意して何を警戒してるのか。
フッと安曇の口元に嘲笑が浮かぶ。
安曇の傷の多さと体調を考えれば、今の状態は全く荒事向きではない。
だが、こんなにお誂え向きの状況は早々ない。ここでなら──
全員をボロ雑巾にしたところで、何も問題が起きない。
そもそも。
叔父は安曇に、命をかけて戦うための戦い方を教えてきた。つまり、明確な殺気を持つ攻撃を受け続けてきた。
だからこんな──ぬるい攻撃は怖くもなんともない。
長髪の高校生はニヤニヤしながら角材を振り回す。
ガンッ──と床に大きな音が響く。確かに普通の子供なら泣いてるかもしれない。残念なことに安曇はかすることもないのだが。
『相手の体幹を見ておけ。次に動く先は予想できる』
だいぶ大振りな攻撃は、スパルタな剣術師匠より全然読みやすい。角材の長さ、振りの大きさを見てスレスレでかわし、安曇はそのまま踏み込んで角材を凪ぐ。安曇の角材は長髪の高校生の鳩尾《みぞおち》に当たり──
「がっ!?」
ドサリと音を立てて崩れ落ちる。残り四人。
残りの高校生たちはギョッとしたようだったが、仲間をやられたイラ立ちか大声を上げて振りかぶる。
「うらぁ!!」
安曇がお辞儀をするように頭を下げると、ブオンと音を立てて角材が通り抜けた。
(当たったら死ぬのに……馬鹿だな)
安曇が死んで困るのは自分たちだというのに。
「下手くそだね」
さらに後ろから殴りかかる一際長身の高校生の攻撃を、安曇自ら間合いに飛び込むことで回避する。
飛び込んだその勢いを利用して腹に角材を当てれば、高校生は身体をくの字にして悶えた。
まあ、十歳の子供の力だ。死にはしないだろう。これでふたり。
ブンッと風を切る音に身体が反応する。咄嗟に飛びのくと、安曇がいた場所を角材が通り過ぎていく。
踏み込もうとして──ぐらりと世界が揺れる。
(っ!)
目眩と共に腕が引き攣る。チラリと見れば洋服に血が滲んでいた。傷が開いたらしい。
「……ふぅ」
思った以上に大きな立ち回りは厳しい。これ以上角材を振るうのは難しそうだ。早めに勝負を決めた方がいい。
「うっそだろ……」
あっという間にふたりが倒れたことに、残りの高校生の動きが鈍る。奥にいる都築も青い顔をしていた。
「……君たちはホント馬鹿だよね」
「な、に?」
説明してやる義理もないので安曇は薄らと笑う。
本来考えなくてもわかるはずだ。彼らは安曇に大怪我を負わせたりするわけにいかない。けれど安曇は気兼ねなく攻撃できる。この差に。
(まあ、それすら無視して角材振り回してるから救いようがないけど)
「クソがぁ!! お前ら、ガキひとりに何してんだよ!? さっさとぶっとばしちまえ!!」
都築が叫び、慌てるように高校生たちが角材を構え直す。──その時。
ギイイイィ
倉庫の奥の扉が開く。安曇たちが入ってきた側と逆側だ。
「都築の坊ちゃん」
筋骨隆々の男が部下らしき黒服を連れて入ってきた。
「陣内!! 来てくれたのか!?」
都築は先程までの形相を引っ込め、パッと明るい顔をそちらにむける。
(陣内耕太郎《じんないこうたろう》……鮎川の先鋒か)
組の中で何度か見た顔だ。つまり──
熱と痛みに浮かされるように、安曇はフッと笑みを浮かべた。