普段は静かな港の倉庫に、高校生の怒声と角材のぶつかる音が響く。
陣内が連れてきた黒服は素手で。高校生たちと安曇は角材を持って応戦する。
乱戦状態の中、高校生のひとりが闇雲に角材を振り回しながら吠えた。
「人数差で押して武器まで用意しても僕に一度も当たらないなんてね」
嘲笑するように笑えば、あっという間に高校生は逆上する。
「んだと!? このガキィ!!」
安曇はそれを合図に金髪の高校生の後ろに滑るように回り込み、角材は──
「ぎゃっ!?」
金髪の高校生にあたる。
大人数で子供を嬲《なぶ》りたい場合、ひとりが捕まえて残りで交互に暴力を振るう。それが一番効率が良い。
伸びてきた腕に軽く角材を当てて左に避ける。
「動くな! クソガキ……!!」
空を切った手は、安曇を捕まえることもできず、速度にも追いつけない。
安曇は薄く笑って高校生の足元に滑り込み、角材をスライドさせる。
「だっ!?」
足を取られて高校生は前のめりに倒れ込んだ。
数の利を活かせないなら、的の大きい大人数の方が不利になる。
「チャンバラには慣れてるんだ」
倒れた横で安曇はバカにするように笑う。
帽子の高校生は起き上がり、怯えるように吠えた。
「くそがぁ!!」
吠える相手に真っ向から素早く突進し、突き上げるように角材を動かす。
──バキィ!!
動揺していた高校生の顎に当たり、そのままドサッと埃を立てながら倒れる。顎にヒビくらい入ってるかもしれない。これで三人目。
動きに合わせて世界が揺れる。
けれど、このくらいなら耐えられる。
「陣内さん! 何とかしてください!!」
都築が叫ぶが、陣内は首を振った。
「子供の喧嘩に大人が口挟むもんじゃありません。うちのものは貸しますが、事態を収めることも考えたら俺は動けません」
「そ、そんな」
黒服は一見参加しているように見えて見当違いの攻撃をしたりしていて、そもそも当てる気がなさそうだ。貸す……と言っているが建前だろう。
(鮎川ね……)
ずいぶんと面白いことをする。
安曇がやられていたのなら、陣内は即座に動いただろう。
しかし逆に制圧している。だから様子を見ることに決めたというところか。なかなか食えない。
「ふぅ……」
一撃ももらっていないのに、服が血で濡れていく。あちこちの傷が開き、身体が冷えていく感覚があった。
(立ち回りすぎたかな……)
けれどやらないわけにもいかないし。直接都築を狙ってしまおうか。
動くたびに響く痛みと鈍る思考に、安曇は再び息を吐く。
「おらぁああぁぁあ!!」
「!」
動きが止まったことを好機と見たのか、さっきから角材を振り回してくる一番うるさい高校生が走り込んできた。
咄嗟に避けると角材が頬をかすり、チリッと熱が走っていく。
「うぜぇんだよぉ!!」
ブオンと音を立てながら角材が戻ってくる。安曇は霞む視界でそれを捉えながら、大切な人の言葉を思い出す。
(武器を持っている相手は──)
『自分よりも武器に頼ろうとする。まぁ弱ぇからな。つまり』
──非常に動きが読みやすい。
少し下がるようにして倉庫の柱の前に動き、案の定ついてきたうるさい高校生は叫びながら角材を振るった。
間合いを見て滑り込むように柱の横へ飛べば。
べキィ!!
角材は柱に当たって砕け、その衝撃で高校生は手を離した。
「っだぁ!!」
「……」
体勢を変えて腰を横から突くように角材を押し込む。
「ぎゃっ!!」
短い叫びとともに倒れ、うるさい高校生は呻き声を上げて起き上がれない。これで四人。
(急所じゃないし……まあ)
大丈夫だろう。
安曇と高校生には体格差がある。けれど歴然とした経験値の差は簡単には埋められないし、武器として角材を使っている。
高校生がなぜこんなものを用意したのか知らないが、角材というものは彼らが思うよりずっと殺傷能力が高い。
とすれば、さすがの安曇もあえて急所を狙わないという手加減をせざるを得ない。
めまいの頻度が増えて頭を振った。
全くもって気に食わない連中だ。
「ひっ……」
残された派手なTシャツの高校生が後ずさり怯えるように角材を構える。意外と早く人数が減ってしまった。
陣内と黒服は遠巻きに見ている。
「面白くないな……」
角材を構え直し、都築本人に突進する。が──
「霜月先生の行き先を知ってる!!」
ピタリ──と安曇の足が止まる。
角材は都築の目の前まであと数センチ。
「……へぇ?」
面白いオモチャを見つけた子供のように、安曇はニヤリと笑みを浮かべた。
「し、霜月……せんせぇの……」
ボロボロと泣きながら言葉にならない言葉を繰り返す。その足元には水溜まりができていた。
「……ふぅん? どうして?」
どうして霜月医師の居場所を知っているのか。
どうしてそれを安曇に伝えればいいと考えたのか。
このどちらを答えるかで、都築の評価は変わる。
(さぁ、どっちかな?)
「安曇……さんを連れて来いって言ったら……時雨の野郎と一緒だったから……」
「だから?」
「仲……いいのかと……」
「……」
そんなことはあえて答えなくても理解できることだ。答えるべきはそれではなかったのに。
「時雨は知りたいはずだし、だから……」
「残念だよ」
(都築家がどれほど有能だとしても、未来がこれならもうだめだね)
安曇は奥に控えていた陣内を見る。
「片付けに来たんだろう? ここの最終決定は僕が持つ。まあ、とりあえず都築家に送り返しておいて」
「自分は喧嘩を収めに来ただけです。ああ、でも、状況が状況でしたので、迎えは呼んでおきました」
ギイイ!!
「安曇さあああん!!」
「「「坊ぢゃぁぁぁん!!」」」
なぜか。
安全第一のヘルメットに鉄バットを持ったひばりと三林が乱入してきた。
その横に息を切らした時雨が見えた。この場に案内したのはあの子のようだ。
ひばりと三林はバットを構えて周囲を見回す。
(何する気だったんだ……)
気持ちと表情が少し緩む。が──。
チラリと陣内を見た時にはまた冷笑を浮かべていた。
「鮎川皐月に伝えておいて」
「え?」
「盤上に上がらない駒はいらないってね」
「!」
陣内は深々と頭を下げ、痛みを思い出した安曇は足を引きずるように歩き出す。
(疲れた)
都築への尋問はひばりに任せておけばいいだろう。せっかく鉄バットを持ってきたんだ。仕事をさせてあげなくては。
相変わらず号泣している三林と、闘志を燃やしているひばりに、安曇は思わず笑みが零れる。
じわじわと暑さが染み出すような、梅雨の終わりの夕暮れだった。
***
呼ばれるように、誘われるように。
夕暮れの赤を塗り替えるような……そんな夢を見ることが増えた。
水の中でもがくような苦しい眠りは、安曇を深く深く心の奥底へと沈めていった。
夜半には高熱になり、体中の傷がジクジクと傷んだ。その痛みを拒否するように、安曇は夢へと落ちていく。
それは夢という名の記憶だった。
死の淵を彷徨ったあの日、あの時。
そしてそこからの三日間。
死水の向こうの対の館はいつも静かで、継葉が見ている限りは影もほぼ出ることはない。
安曇は傷の痛みと熱に苦しみ、意識が落ち着いたところで一番不安に思っていたことを確認した。
「師匠は、叔父さんのことも……斬ったんですか?」
叔父を飲み込んだウツボは継葉に斬られて四散し、奈落に欠片が落ちていった。
叔父がどうなったかはわからない。
「それなんだがな……斬ってはいない。暗闇に落ちたと思う」
ということは。
「奈落の底まで行かないといけないんですね」
「相変わらず迷わんなぁ、お前……」
それはそうだ。でなければ何のためにこれまで頑張ってきたのか。
死水は、縁で繋がりあった命の塊。
継葉の言葉を総合するとそう解釈できる。
そしてあの奈落は支配者さえなく混ざりあった混沌か。
「叔父さんは……混ざってしまったんですか?」
喉がヒリついた。
答えを聞きたくない。けれど聞かないわけにもいかない。
そんな安曇の心中を知ってか知らずか、継葉は唸って首を傾げた。
「んー、それなんだがな。ちょっと初めてのケースで私も困惑してるんだ」
「何の話ですか……?」
継葉は迷うようにしながら、顎に手を当てて首を傾げる。
「あの時、お前の叔父はお前を突き飛ばしただろう」
安曇はコクリと頷く。
ウツボに食べられそうになった安曇を突き飛ばし、自らウツボの餌となった叔父。その姿を思い出して安曇は眉を顰めた。
「命はただの記憶であり、エネルギーみたいなものだ。だからそこに意志なんてものはないはずなんだ」
「え、でも」
「うん。だから、もしかしたらお前の叔父は支配できてるのかもしれない」
「支配……」
刀にエネルギーを纏わせるように、自分がバラバラにならないように……?
例え世界を動かせるほどでなくても、自分の心を守るくらいはしているというのだろうか。
「ということは、だ」
継葉はまっすぐに安曇を見つめて、言葉を選ぶように口を開く。
「──」
そしてその言葉は安曇を揺さぶる木槌《きづち》となり、安曇は大きく目を見開いた。