安曇より歳上だろう人影がふたりほど。中学生くらいだろうか。
キョロキョロと周囲を伺いながら、コソコソと物陰からこちらを見ている。
ほとんど隠れられてもいないのに、気づかれないと思っているのだろうか……。
館の中をきちんと調査したことがなかったから、見たいと思っていたのだけど。
注目を浴びた弊害《へいがい》か。こんなつもりはなかったのに。
(次から次へとめんどくさいな……)
仕方なく安曇は進行方向を変え、あえて森の中の道に入った。
ザク……ザク……
枯葉を踏みしめる音が静かな森に響く。
「……」
後ろのふたりは変わらず距離を保ってついてくる。
まず第一に。
森の中は枯葉も多く、足音が鳴りやすい。遮蔽物は多くとも、あとをつけるのに向いている立地ではないのだ。
第二に。
追跡相手を見失いやすい。これは遮蔽物が多いからだ。足音だけでは見失いやすい。
──つまり。
(森の中にまでついてくるのは、愚の骨頂なんだけどね……)
ついてきたふたりはあっさり安曇を見失い、慣れない森の中で身を寄せあってキョロキョロと周囲を伺っていた。
茂みに身を隠しながら安曇は処理を考える。
後見人候補の家の塚原圭輔《つかはらけいすけ》と小林綺良々《こばやしきらら》。中学生一年生だったはずだ。
「え~、いないんだけどぉ。森にミイラとかキモすぎるよ、帰ろう?」
「バカだな。やばいことしてんなら弱みになるんだ。探さない手はねーじゃん」
「え~……。でもこのままだとウチら迷わない?」
「あいつ見つけりゃ帰り道もわかるはずだし、とにかく探す!」
「えー」
(……弱みねぇ)
後見人候補は立候補だったと聞く。
どいつもこいつもろくでもない。安曇を陥れたいか、利用したいかしか見えてこない。
小さくため息をつき、彼らが離れたタイミングで木の幹を踏むようにしながらその場を離れる。
(今度、森に罠でもかけておこうかな……いや、それで騒ぎになるのも困るか)
どうせ万が一に対の館まで来られたとしても、入ることはできない。あの館に入り込もうものなら、継承者以外は意識を失うのだ。
チラリと彼らの去った方を見てから、安曇はさっさと進むべく歩き出す。
ズキリ──
「……」
だいぶ強い痛み止めをもらったはずだが、歩くと足に鈍い痛みが走る。
無理をしたのがばれるとまずい。早く用件を終わらせてしまおう。
思わず眉を寄せ、速度を緩めて進み出す。迷ったふたりが出られなければ、あとで拾って帰るか……などと思案しながら。
対の館はいつも変わらずそこにある。
ボロボロでどこか不気味で……そして寂しさを感じさせる建物だ。
何度も死水に入ったせいか、安曇はもうここが恐ろしいとは感じなかった。
ただ扉に触れた時に、全身の傷が鈍い痛みを主張した。まるで呼ばれているかのような気持ちになる。
「……」
両開きの鉄の玄関を開けて土間に入る。埃が溜まってしまっているので、今度掃除しようと思った。
殺風景な場所だ。
土間から板の間へ上がり、周囲を見てもめぼしいものは何もない。せいぜい生活用品を置いていたであろう棚がある程度だった。
叔父とここに来た時は周りを見る余裕もなく、次にひとりで来た時はお役目のことしか考えてなかった。
(こんなに寂しい空間だったかな……)
呪われた子供の隔離施設。
歴代のお役目継承者はここで生活してきたはずだ。叔父も幼い頃は奥村道幸とここで過ごしていた。
奥村道幸の物があるかもしれないと思ってリュックを持ってきていたけれど。あまり期待はできないかもしれない。
左右の板戸を開ければそれぞれ和室に繋がる。片方には古びた布団が積んであった。向こう側では怪我をした安曇が休んでいた部屋でもある。
「ここも埃っぽいな……」
そうして安曇は生活空間をぐるりと回っていく。ざらりと混ざった記憶に引っかかりそうなものは見当たらない。
ただ、まるで薬棚のように小さめの引き出しが並んだ棚からは色々なものが見つかった。
ある引き出しには髪飾りが。またある引き出しには時計が。ぬいぐるみがあったり、コップがあったり。
様々なものが入った秩序のないその引き出しが、遺品を収める場所なのだと安曇は気づいた。その全てに名前を書いた札が入っていたから。
(弔《とむら》いだったのかな……)
けれどそこに、叔父の名前も奥村道幸の名前も見つからなかった。おそらく残された人間が入れるのだろうから、叔父が残さなかったのだろう。
叔父らしいといえば叔父らしい。でもこんな時は困った人だと思ってしまう。
(とすると、結局奥村を追うしかないな)
安曇が叔父なら、遺品は奥村幹部に届けると思う。その訃報とともに。
「あの手記に何か書いてたかもしれないな……」
叔父の部屋で煙管を探した時に見つけた三冊の手記。縁になるかもしれないと、全て死水の向こうに持って行った。
それを、戻る時に置いてきてしまった。いろいろありすぎて頭から抜けていたせいだろう。全くもって失態だ。
(本当にいろいろあったな……)
緩やかな煙が脳裏をよぎる。
ゆらりと泳ぐ影の魚に食われた煙管を思い出し、安曇は眉を寄せた。
──失われた縁。
あの瞬間は何度思い出しても吐きそうになる。
「……はぁ」
安曇はため息をついた。
気にしていても仕方ない。
次に行った時に持って帰ろう。
そう決めて安曇は館の探索に戻った。
継葉としばらく生活をして、気づいたことがある。
対の館には二階部分の他に、地下室がある。継葉は主に倉庫のように扱っていたから、現実でもそうなのかもしれない。
──ガコン
「……あった」
納戸の横に壁のように見えていた扉があった。開けば重い音と共に地下への階段が現れる。
地下はそんなに深くない。降りていけばすぐに扉が現れ、中はやはり倉庫のようになっていた。
「これは……」
埃っぽいその空間がいつから放置されていたのかはわからない。
六畳くらいの空間には引き出しや棚が壁に張り付くように設置されていて、どの場所も一つずつ物が置かれている。
食糧などではなく、布や小物のようだった。安曇に鑑定なんてできないが、どう見てもそれらはかなり古い品に思える。
「名前?」
棚にも引き出しにも名前が書かれているようだ。
高邑《たかむら》……如月《きさらぎ》……知らない名前ばかりだ。奥村や柘植はない。
「!」
いや、ひとつだけ知っている名前を見つけた。
──東雲継葉。
それは女性物の着物だった。時間は流れてしまっているが、知識のない安曇ですら上等なものだとわかる。紫の風呂敷に包まれ、丁寧に保管されていた。
少なくとも。
これで彼女が確かに現実に存在したのだということが確定した。
異世界の住人などではなく、確かにここに。
(でもこれは……)
継葉の名前とその持ち物であろう着物。まるでこれは、上の階にあった棚そのもの──遺品という言葉が頭を過ぎる。
暖かに笑い、瀕死の安曇に涙した彼女は……。
「いや、例えそうでも関係ない」
彼女が例え何であれ、その価値は全く揺らがないのだから。
ポツリと呟いて改めて部屋を見回す。
推測するに、この部屋は叔父たちよりずっと古い世代の部屋だ。長らく地下の存在は忘れられていたのだろう。
安曇も向こう側で継葉が開けていなければ気づかなかったはずだ。
「ん?」
一番上の引き出しを開ければ、中から古びた本が出てきた。
「百蛇物語《ひゃくへびものがたり》?」
何の気なしに安曇はページをめくる。埃っぽい静かな地下に、ペラリ……ぺらりと紙をめくる音だけが響く。
やがて──
「これは……」
安曇はそのページを凝視した。
本は堅い文だが絵本のようになっていて、そのページにも六枚の硬貨の挿絵が入っていた。
『六文銭だ。使うことはなかったから、一枚やろう』
安曇は懐から継葉の六文銭を取り出す。
明るく、陰りのない笑顔で手渡されたそれ。
挿絵と同じ模様の硬貨が、手の中でズシリと重みを持ったような気がした。
まるでその縁の重みを主張するように。