黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第30話 交差

 

 

 もちろんひばりには怒られた。

 申し訳ないとも思っている。一応。

 一通り怒ったひばりが医務室に道具を取りにいったので、安曇はひとり自室に向かった。

 

「!」

 

 安曇の中の温度が下がる。

 自室の前に、ひとりの少年が立っていたからだ。

 

(鮎川皐月……)

 

 皐月はつまらなそうにため息をついたあと、安曇の姿に気づいてパッ顔を輝かせ、ニコニコと懐っこい笑顔で寄ってきた。

 

「安曇さん! どこに行ってたんですか? 昨日の夜からいなかったですよね?」

 

 どうやら夜に訪ねてきていたようだ。だとしても……。

 

「……君に関係ある?」

 

「それはまあ、ないですけど」

 

 皐月は憮然《ぶぜん》としたように真顔になった。

 

「じゃあ、説明する必要ないよね」

 

 安曇はさらっと流すと扉に向かう。

 皐月が動いたせいで安曇はリンチにあったのだ。あまり話したい気分でもない。

 

 そのまま部屋に入ろうとすると、皐月は扉と安曇の間にスッと割り込む。

 

「伝言、聞きました!」

 

「そう」

 

 確かに倉庫で、安曇は陣内《じんない》に伝言を託した。どうやら陣内は仕事をしたらしい。

 

「それに実はあの時、僕もいたんですよ」

 

「……」

 

 あの時というのはおそらく、都築と高校生に襲われた時だろう。陣内を隠れ蓑にして、皐月本人も来ていたということか。

 

(まあ、皐月なら確かに都築の行動が読めたろうな……)

 

 だから本人が来ていたのはそこまで不思議ではなかった。

 むしろ、陣内を投入した方が意外だったといえる。場を収めるには最適だったのは事実だが。

 

「あの乱闘を見て……伝言を受け取って。僕は決めました」

 

 皐月は思い出すような素振りで頷き、まるで安曇に握手を求めるように手を差し出した。

 

「安曇さんが誰を選んだとしても、僕はあなたにつきたいと思いまして」

 

 さらりと言ってのける鮎川皐月。学年は総司と同じ小学六年生のはずだ。

 

「……」

 

(これを……どう捉えるべきか)

 

 安曇の沈黙を拒否と捉えたのか、皐月は手を差し出したまま安曇をじっと見つめた。

 

「どうすれば、あなたに信じてもらえますか?」

 

 皐月は心底楽しそうに、言葉を重ねてにこりと微笑んだ。

 その差し出された手を、安曇は冷たい目で見つめて部屋の扉に手をかける。

 

「ありゃ、ダメですか?」

 

 少し困ったように皐月は所在のない手をそろりと引っ込める。

 

(別に個人的に嫌ってはいないけど)

 

 なぜ安曇を選ぶのかがわからない。ひばりは絶賛していたが、現状安曇につく利点はないはずだ。

 

 裏があるのか、別の理由があるのか。

 うーん、と首を捻って悩んでいる皐月を、安曇は少し試すことにした。

 

「役に立つかどうかもわからないのに、信じるも何もないだろう?」

 

「む……確かにそうですね……」

 

 皐月はひとつ頷き、安曇を見る。

 楽しそうにしているところから、この手の駆け引きが好きな人間なのだろう。

 

 そのまま扉を開けると、皐月は慌てたように声を上げた。

 

「あ、ちょ!? えーと! なら、情報はどうですか!」

 

「……情報?」

 

 半開きの扉の前で安曇は皐月を見る。

 安曇が止まると皐月はパッと顔を輝かせる。

 

「はい! ……安曇さんて、霜月時雨《しもつきしぐれ》君と親しいですよね?」

 

 親しいと言われるほど親しいだろうか。

 安曇は内心首を傾げる。ただ、振り返ってみれば時雨には少し甘くしていたような気もする。

 

「かもね」

 

「うーん、羨《うらや》ましい。というのはさておき、あの子は信用しない方が良いですよ」

 

 わずかに眉を下げて、皐月は肩を竦めた。

 ふざけている……というわけでもなさそうだ。

 

「理由は?」

 

「大久保《おおくぼ》を知ってますか?」

 

「後見人候補だね」

 

 それなりに古参の幹部だ。奥村の腰巾着のような立ち位置で、以前奥村と話をした時に横にいたのが大久保だったはずだ。

 

「はい。その娘である大久保伊織《おおくぼいおり》。彼女が少々、厄介でして」

 

「厄介?」

 

 顔と名前は記憶している。確か、皐月、時雨、伊織は同級生ではなかったか。

 

 皐月が言うには──

 時雨は校内で孤立していて、いじめられている。これは確かに安曇も見た。

 

『どうすれば強くなれますか?』

 思い詰めたような時雨の言葉を思い出す。

 

 そんな時雨に、唯一優しくしているのが大久保伊織ということだった。

 

「時雨君は善意として受け取ってるみたいですけど、あれはたぶん……」

 

「……」

 

 考えるようにしている皐月の様子から、安曇は何となく察しがついた。

 

 伊織は安曇にさえ愛想がいい。だが彼女が安曇の持ち物を捨てたメンバーと親しくしてるのを知っているし、安曇が被害を受けていても庇うことなどない。

 

 つまりはそういう人間なのだろう。

 

「かなり、二面性が強い人なんですよね、伊織さんって。だからまぁ……」

 

「時雨を上手く使ってるということだね」

 

 甘い言葉を言ってくる人間なんて信用できない。おそらく皐月も似たような考えなのだろう。

 

「ものすごく端的に言うなら、僕はそうだと思ってます」

 

「ふぅん」

 

 有り得ない話でもない。時雨の素直さは、この極道の中にあってはひたすら生きにくい。

 

 問題は、その情報がどこまで正しいか。

 そこに皐月の意図がどこまで介入しているのか。

 

(作り話と切り捨てるには、よくできてる)

 

「時雨を信用するなというより、大久保を信用するな、という方が正しそうだね?」

 

「そうなりますね。まあ、うちと仲が悪いからというのもありますが」

 

 大久保は奥村派。だから今回の奥村失踪にも何か関係があるかもしれない。

 

「どうですか? 役に立ちそうですか?」

 

 皐月は笑顔で安曇を見ている。そこから見えるのは『好奇心』と『期待』だ。こういうところは悪くない。

 

 けれど安曇には、皐月がこちらに来たい理由がまだ見えない。

 

「どうしたら信じてもらえますか……だっけ?」

 

「はい! 合格ですか?」

 

 ニコニコ笑っている皐月を見て、安曇も口元に笑みを浮かべる。

 

 皐月の物の見方、能力は評価してもいい。ただ、だからこそ答えを出すのは──誰がどう動くのか、その全てを確認してからがいい。

 

「君が僕にそれを聞く限り、僕が君を信用することはないよ」

 

「へ?」

 

 皐月はきょとんとしたあと、苦笑いする。

 

「手厳しいですね!?──あ!」

 

 

 ──パタン

 

 扉を閉めると、外から何やらショックを受けたような叫びが聞こえたが、安曇はそのまま無視をした。

 

 誰がどう動くのか。

 

「楽しみにしているよ、鮎川皐月」

 

 安曇は気だるさを感じる体を椅子に預け、静かに息を吐き出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 窓から入る陽射しが障子の影を濃く落として、安曇にまで伸びていた。

 その眩しさに目を開けた。

 疲れていたこともあり、椅子で少し眠ってしまっていたようだ。背中が痛む。

 

 それでも寝ていたからか、朝の怪我の割にだいぶ痛みは治まっていた。

 

 結局、昼近くまでひばりは戻ってこなかったようだ。

 

(何かあったのか……?)

 

 医務室まで10分もあれば着く。一目散な彼女なら、もう戻っていてもおかしくはない。

 

 不思議に思って扉に目を向けた時、安曇の目の前で扉が開く。そこにいたのは──

 

 

「父さん……?」

 

 黒鉄組組長、父でもある柘植隆盛《つげりゅうせい》その人だった。

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