黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第31話 誰がどう動くのか

 

 

 何の前触れもなく、現れた父。そもそも隆盛がこの部屋に来たのはいつぶりだっただろうか。

 うしろでひばりが気まずそうに控えている。

 

(ふむ……)

 

 安曇がボロボロで戻ったがために、ひばりは医務室に向かった。その途中で会ったのだろう。

 

 しかし父がなぜ。安曇はわずかに眉根を寄せる。今朝の塚原和臣たちとの一件が耳に入ったのだろうか。

 

「ずいぶんと怪我がひどいようだな」

 

「それなりですね」

 

「……そうか。まあ、今はいい」

 

 何か別の用があるようだ。

 いつもの父から考えればそうだろう。無意味に来る人ではない。

 

「お前、夜にどこへ行っていた?」

 

「対《つい》の館です」

 

 ひばりは一瞬肩を震わせたが、何も無かったようにそのまま控える。

 

(間諜としては失格だな)

 

 そんなことを考えながら、隆盛の質問に適当に頷いていく。

 

「そうか……。一晩中か?」

 

「そうです」

 

 安曇の答えを聞いて隆盛は軽く頷き、ひばりを振り返る。

 

「わかった。ひばり」

 

「かしこまりました。霜月時雨を探します」

 

(わざと名前を出したな……?)

 

 一礼してひばりは出ていった。あちらはあとで確認するとして……。

 

 どうやら夜半に何か起きたらしい。

 

 立ち入り禁止の森にあれだけの人数が入れた理由がわかった。

 管理する人間がそれどころではなかったのだろう。通常なら組長の耳に入って騒ぎになっているところだ。

 

 ひばりは立ち去ったが、隆盛は安曇を見たままそこにいる。

 

「……」

 

「何か起きましたか?」

 

 いつまでもこうしていると息が詰まる。安曇は直接聞くことにした。

 

 安曇の部屋に、眉間に皺を寄せた隆盛と安曇のふたりきり。こうしてまともに顔を合わせたのは釘をさしたあの日以来か。

 

「……幻日石《げんじつせき》が消えた」

 

「!」

 

 幻日石。

 その言葉だけで、空気が重くなったような感覚がする。

 

(なるほど、幻日石案件か)

 

 安曇は継承者であり、石を唯一触れる人間だ。隠しておくわけにもいかなかったのだろう。しかし。

 

「……なぜ?」

 

 あれは当主しか入れない保管室にあったはずだ。

 安曇でさえあの適性検査の時しか見ていない。特別な小箱に入れられた門外不出の石が、どうして。

 

 安曇の視線が咎めるようなものだったからだろう。珍しく隆盛は言葉に詰まった。

 

(つまり、当主面談を諦めてなかったんだな)

 

 幻日石で継承者を増やす。その方法は安曇が釘をさした上に、幹部会では猛反対されているというのに。

 

 身勝手な父親だ。

 

「時雨が盗んだと?」

 

 霜月時雨を信用しない方がいい、そう言われたばかりだ。

 

「……そうだ。出入口にあるカメラに、あの子が何かを持ち出すところが映っていた」

 

 だからといって、時雨が幻日石を持ち去る理由もなければ、そこにあることを知れたとも思えない。

 

「……当主面談について、幹部会以外で誰かと話をしましたか?」

 

「それはお前には……」

 

 関係ないなどとなぜ言えるのか。

 思わず舌打ちしそうになる。

 

「しましたか?」

 

 重ねて問えば、隆盛は眉を寄せて頷いた。

 

「古参幹部とは話をしている」

 

「誰と?」

 

 黒鉄組の古参幹部といえば四家もある。単独なのか、複数なのか。ぼかすのもいい加減にしてほしい。

 

「……」

 

「僕に伏せる意味が?」

 

 その古参幹部から時雨に指示が行ったとしか思えない。仮に時雨が犯人としても、時雨の性格を考えれば単独犯などありえないだろう。

 

「安曇、お前は自分のことを……」

 

 役目を粛々とこなせと言いたいのだろうか。

 苛立ちから、安曇は思わず隆盛の言葉に言葉を被せた。

 

「犯人かもしれませんよ?」

 

 隆盛はグッと言葉を飲み込み、躊躇《ためら》うように口を閉ざしたあと、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。

 

「……奥村だ」

 

「行方不明なのでは?」

 

 安曇の言葉に一瞬怪訝そうな表情を浮かべ、隆盛は深いため息をつく。

 

「ひばりか……」

 

 長いため息のあと、隆盛は眉を寄せて目を閉じ、諦めたように口を開く。

 

「そうだ。行方不明になる前にな。あいつの反対があっては進まん」

 

「準備を進めていることを言いましたか?」

 

「……ああ」

 

 信頼しすぎだ。

 いくら古参であるとはいえ、呪われた子を出した家だからといって。

 

 奥村は幻日石について勘づいていたということか。それは本人に聞かなければわからないが、横浜にいることを考えればまだ石は手元に行ってないだろう。

 

「奥村は今いない。関与の可能性は低いだろう」

 

「……」

 

 現状、奥村が行方不明なことは伏せられている。それでも裏では捜索が行われているはずで、そんな中で事件を起こすとは考えにくい。

 

(でも仕込んでおくことならできるだろう)

 

 隆盛は眉を寄せたまま安曇を見る。

 

「だから霜月医師の子息と親しいお前が関係してるのかと思ったが……違うのならいい」

 

 隆盛は席を立った。

 しかし安曇はそれを、ただ見送るつもりはない。

 

「父さん」

 

「なんだ」

 

 隆盛は扉の前で足を止める。

 

「幻日石が箱から出された場合、騒ぎになりますよね。それに誰も、直接石を持つことができない」

 

 ──持てば意識と記憶を飛ばすのだから。

 

 普段は専用の箱に入れられている。あの箱は対の館と同じなのか、中と外を断絶する。

 

(まだ騒ぎがない)

 

 なら持っているのは盗んだ人間だろう。

 受け取った相手が中身を確認しないのは考えにくい。

 

 安曇の言いたいことがわかったのか、隆盛は露骨に嫌な顔をした。

 

「必要があればこちらから呼ぶ」

 

「僕を下げようとしてるのに、都合のいい時だけ利用されても困ります」

 

 最も黒鉄は、大昔からそのように子供を利用してきたのだろうが。

 

(僕は使い潰されるつもりはない)

 

「お前はまだ子供だ」

 

 隆盛は眉を寄せ、窘めるよな口ぶりで安曇を見た。その態度に安曇は思わず片眉を上げる。子供扱いしてこなかったくせに何を言う。

 

「笑える話ですね」

 

「安曇」

 

 隆盛は何かを言いたげに口を開いたが、安曇はそれを無視した。

 

「幻日石は僕が見つけてみせましょう。代わりにひとつ」

 

「何だ」

 

 不機嫌そうな父の顔を眺めながら、安曇は薄らと笑みを浮かべる。

 

「奥村幹部に用があります」

 

「……あいつは行方がわからない」

 

「そちらも僕に任せてほしいということです」

 

 邪魔はされたくない。

 奥村道幸の情報は、確実に得る必要がある。

 

「……好きにしろ。結衣子は黙らせておく」

 

 一番妨害しそうな人物の名前を率先して出してくれた。そして隆盛は、今度こそ振り返らずに部屋を出ていった。

 

 

 

「さて……」

 

 薬をもらい損ねた上に、体調はボロボロだ。だが父に用を言いつけられたひばりを待つ余裕はない。

 

 安曇は手の届く範囲だけ包帯を巻き直し、ゆっくりと立ち上がる。

 

(叔父さんもこんな体調だったのかな……)

 

 蝕むような痛みが常にそこにいる。身も心もすり減らし、けれど余裕を見せていた叔父。

 

「僕も……大丈夫」

 

 零すように呟いて、安曇は部屋を出る。

 

 安曇の勘が正しければ、時雨はあそこにいる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 黒鉄屋敷はにわかに騒がしい。

 安曇が屋敷内を歩いているだけで、あちこちからギョッとするような視線が飛んでくる。

 

 ギシ……ギシ……

 

 安曇が進むたびに古い板張りの床が鳴る。

 音に反応するように、慌てていたはずの組員たちが道を開ける。

 

(便利でいいな)

 

 この包帯姿も。

 痛みや動きにくささえなければ、このままでいいとさえ思う。

 

 安曇が向かっているのは医務室だ。

 

 今は霜月医師が不在なので誰も近寄らない。屋敷の東の端にあるため、医療資材を運び込む門があって外にも出やすい。

 

 人間は見知らぬところより見知った場所に行きやすい。これだけ騒がれていて、時雨の内向的な性格を思えば、そして。

 

(幻日石自体を取り出されてはいないなら)

 

 時雨はここにいる可能性が高い。

 

 

 

 医務室自体も、構造上出入口が多い。常に開放されている扉のない通路も存在する。中へ入ると主は不在でも中はきちんと片付いていた。

 

 医務室は学校の保健室に近く、入ってすぐの診療室と右奥の備品室、左側にはベッドが置かれている部屋がある。

 

 安曇が音を立てずにわざわざ開放されている入口から進めば、その備品室の方からボソボソと話し声が聞こえる。

 

「…………丈夫。私が返しておいてあげるよ」

 

(当たり……か)

 

 次から次へと問題が起こる。

 今はまず、ここからあたらなければ。

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