黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第33話 事件の全貌

 

 

 安曇は素早く行動した。

 

「いやぁ、無理がないですかねぇ」

 

 包帯でぐるぐる巻きにされた皐月は、後部座席の時雨の横に乗せられて悲痛な声をあげる。

 

「時雨、霜月先生は来るって?」

 

「は、はい、き、傷の具合いを診ると言ってましたから、ちゃんと……来ます」

 

 時雨は真剣な顔で頷く。

 

「安曇さーん、無視は良くないですよーう」

 

「石は持っていくのも伝えたね?」

 

「は、い」

 

 安曇も頷く。

 ここに時雨による盗難が大久保の意図が混ざっているのなら、大久保も来るだろう。

 

「せめて理由を教えてくださいよ……」

 

 時雨の横の悲痛な声に、安曇はチラリと視線を走らせる。

 

「簡単に言えば奥村を捕まえる」

 

「僕と時雨君がですか?」

 

 今、車に乗っているのは運転手の小林、助手席の大林、後部座席の皐月、時雨だ。中林は大久保伊織を見ておくことになった。

 

「いや……君は僕のフリをして時雨の横で黙っていればいいだけだ」

 

「バレません? 僕、安曇さんより背高いですし」

 

「時雨の横に立てば誰だって小さく見えるから問題ない。包帯であれば誤認するはずだ」

 

 そりゃそうかもですけどぉ……と皐月はボヤく。往生際が悪い。

 

「診察されたらバレますよ?」

 

「それはバレても問題ない。時雨、やれるね?」

 

 時雨が箱を渡せば、大久保はすぐ動くだろう。だから霜月医師の方に気づかれようと問題ない。

 

「やれ、ます!」

 

「うん」

 

「えー! 羨ましい!? 僕にも信頼と励ましをくださいよおぉぉぉ……!!」

 

 時雨の覚悟と皐月の叫びを乗せて、小林は車を走らせて行った。

 呪いを無くしたい時雨と、解きたい"安曇"を連れて。

 

 

 

 

「安曇さん、お待たせしてすみません」

 

 ひばりがもう一台の車を用意して医務室に来る。それにひとつ頷いて、安曇も行動を開始した。

 

 隆盛の方は上手く話をつけてきたらしい。安曇の連絡で急いで準備をしてくれた。

 

「私たちは直接、奥村幹部のところへ行くんですよね?」

 

「うん。出して」

 

 車はゆっくり進んでいく。

 

「安曇さん、顔の傷、ずいぶん良くなりましたね」

 

 窓ガラスに映った安曇の姿は、確かに以前より傷が薄くなっている。とはいえ、あちこち黒ずんでいるのは変わらない。

 

「奥村に見せるにはこのくらいがいい」

 

「……お人が悪いですよ」

 

「手段を選んでられないからね」

 

 信号を抜け、高速道路への道に入る。

 黒鉄屋敷のある森は、だんだんと見えなくなっていく。

 

「そろそろ、何が起きているのか聞いても?」

 

「……そうだね。まあ、状況から見ての推測を多分に含むけど」

 

 前置きをして、安曇は背もたれにもたれかかる。薬が効いているのか、朝よりずいぶん楽だった。

 

「まず、前提として奥村は呪いが嫌いだ。そして父さんはそれを知っている」

 

「そうなんですか? 確かに、奥村幹部は呪いについて調べているようでしたから、当主様に報告を上げたことはあるんですが……」

 

 正確なところを言えば、奥村幹部は柘植と呪いのせいで息子を亡くしている。そこに起因するのだが、そこまで説明する必要もないだろう。

 

「とりあえずその理解でいい。時にひばりさんは、奥村幹部が行方をくらませた理由はなんだと思う?」

 

「そうですね……前回の幹部会でかなり当主様と揉めましたから……抗議行動かと」

 

 高速に入ると、車は徐々に速度を上げていく。

 窓の外を見ながら、安曇はひとつ頷いた。

 

 ひばりの考え方はそこまで悪くない。今回の幻日石の件が奥村と無関係なら、その線もあった。父である隆盛も、抗議行動だと考えて奥村が行方をくらませていることを伏せているのだろう。

 

「今回、父さんの部屋からとある小箱が盗まれた。この件にも奥村が関係している」

 

「時雨君に指示したのは奥村幹部だったんですか!? そうだとするなら……つまり最初から盗むために?」

 

「抗議行動なら、わざわざ行方をくらませる必要はないよね。奥村の立場的に」

 

 ひばりは唸った。

 

 奥村は黒鉄組の最古参幹部のひとりであり、老獪な人物ではあるものの黒鉄組への忠誠は厚い。そんな男が今回、行方をくらませ、更には家宝ともいうべき幻日石を盗もうとした。

 

 三林曰く、奥村は呪いに関係があるものとして幻日石に目をつけていたようだ。当主及び呪いの継承者以外には秘匿とされている幻日石。

 

 素直に考えるのなら、奥村は幻日石を処分しようとしたと見るのが自然だ。

 

「なるほど……奥村幹部が実行犯になるわけにもいかないでしょうし、霜月医師より時雨君の方が動きやすいですもんね」

 

「そう。今回カメラに映っていたにも関わらず、僕にすら視線が向くほどに時雨は犯人像から遠いからね」

 

 霜月医師はああ見えて強かな面もある。でなければ極道の医師なんて務まらない。

 安曇とも親しいし、大久保伊織がある程度好きにできる時雨は適任だった。

 

「そしたらどうして時雨君と皐月さんを行かせたんですか?」

 

「今回のややこしいところに、大久保の介入がある」

 

「大久保幹部……確か、伊織さんが箱を持って倒れていたんですよね?」

 

 報告を受けているらしいひばりが、安曇に言葉を返しながら車線を変更した。

 

「うん。時雨から、『組長に返却する』と言って箱を受け取ろうとしていたよ」

 

「あら……じゃあ、大久保幹部は奥村幹部の意図を知らなかったんですか?……あ、でも、伊織さんってそういう良い子な感じでは……ないですね」

 

 ひばりは苦笑して言葉を濁した。間諜として、空気のようにあちこちに控えながら周囲を見てきた彼女には、大久保伊織の本性は知れているようだ。

 

「詳しく確認した限り、時雨は無事に盗めたら奥村に迎えを頼む算段だったらしい。ここから見ても、奥村と大久保の意図は別だ。でも盗むということを知っていたという点だけでも、大久保が奥村の計略を知らなかったはずがない」

 

 そう、つまり大久保は奥村を裏切った。

 または娘の暴走か。そのどちらかということになる。

 

「大久保幹部が奥村幹部を裏切った……と。腹心だったはずですが──あ! 後見人!?」

 

「ひばりさん、ハンドル」

 

 ハンドルから手を離してポンと手を打ったので、安曇は苦笑いだ。

 

「あ、すみません。大久保幹部は後見人のポスト欲しさに奥村幹部の作戦を利用したんですね?」

 

「そう。奥村には『時雨が失敗した』と言えばいいしね。……本来は、そうしたかったんだと思う」

 

 奥村は幻日石を盗みたかった。

 大久保は、それをマッチポンプとして利用した。

 

「奥村幹部が当主様に取り入ろうとした……という可能性はないですか?」

 

「ないね。柘植は奥村に借りがある。だからこそ、奥村が行方をくらませていることを未だに秘匿してるんだ」

 

 隆盛は、奥村道幸の顛末を知っている。叔父ひとりへの負担を避けたい、という思惑だったのかどうかはわからない。けれどそれは確実に、奥村への貸しになった。

 

「そういうことでしたか……。いろいろスッキリしました。それで安曇さんはどうしようと?」

 

「……」

 

 安曇は奥村道幸の遺品が欲しい。

 しかし奥村は柘植を嫌っている。

 強引な手を使わざるを得ない。

 

「奥村と取り引きするつもりだ」

 

 そのために、大久保を使う。

 時雨には幻日石の箱を持たせた。

 

「取り引き? 何か奥村幹部に望みが?」

 

「必要なものがあってね」

 

「大久保幹部を捕えなくても良いんですか?」

 

「大久保は泳がせる。その行動自体を交渉のカードにするからね」

 

 大久保が箱を奥村のところへ持ち帰るのならそれも良し。箱を当主へ持っていくのならそれも良し。

 

 大久保が箱を受け取ることがカードになる。

 

 車は高速を降りて住宅街へ向かっていく。

 

「あそこです」

 

 賑やかな街から少し離れた海辺にある雰囲気のある一軒家。目的地──奥村の隠れ家に到着した。

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