黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第34話 継承者の意志

 

 

 その家は奥村幹部の日頃から想像できない洋風のオシャレな家だった。

 崖の上に建っていて海を見渡せる。

 

 ふたりはしばし、車の中で待っていた。

 そろそろきてもいい頃だ。安曇はスマホを眺める。

 

 ピロン

 

 安曇のスマホが鳴った。

 そのまま内容を確認すれば、送り主は皐月だった。

 

『具合いの悪さをアピールして黒鉄屋敷に向かうことになりました! 霜月医師と大久保幹部も一緒です! 褒めてください!!』

 

「……」

 

 安曇は既読無視してスマホをしまう。鮎川皐月への評価をソッと改めることにした。

 そしてそれらを頭から投げ捨てると、奥村の家を見つめる。

 

(大久保は黒鉄屋敷に向かった、か)

 

 結論は出た。

 様子を見ていたひばりが奥村の家の前に移動する。

 

「押しますね」

 

 安曇が頷くと、ひばりば気軽にインターホンを押す。

 

 辺りは人通りも少なく、閑静な住宅街になっていた。

 海風が波音と潮の匂いを運んでくる。遠くにカモメが飛んでいるのが見えた。

 

『どうぞ』

 

「え」

 

 カチャリと門が開く音がして、ひばりはおそるおそる開ける。

 

「開いた! い、一瞬電流でも流れるのかと思いました……」

 

「何言ってるの……」

 

(僕が来ると予想していた? いや……)

 

 その発想にいたる材料はないはずだ。

 だとすれば、あらゆることに対して覚悟を決めていたのだろう。

 

「……」

 

「安曇さん? 入らないんですか?」

 

 立ち止まった安曇に、ひばりは小さく首を傾げる。

 

「入るよ」

 

 

 

 驚いたことに、家の中に使用人はいなかった。

 玄関に上がれば奥から声がする。

 

「そのまま奥までお越し下さい」

 

 声に色はない。

 室内は物も少なく、整理されている印象だった。

 

 まっすぐ廊下を抜けた先にあったのはリビングだった。

 窓が開いていて風が入っている。その外にあるベランダはルーフバルコニーで、崖の上のということもあり一望に海が見渡せる。

 そしてそのバルコニーの椅子に、奥村はひとり座っていた。

 

「ようこそ、安曇坊ちゃん。こんな場所まで、この爺を追ってくるとは思いませんでした」

 

 前に会った時より幾分やつれたように見える奥村は、それでも変わらず老獪な笑みを浮かべた。

 

「僕がここに来た理由はわかっている?」

 

「さて? 何のことでしょうか。ああ、お掛けください。良い眺めですよ」

 

 意味がわからないと言うように小首を傾げ、奥村はバルコニーの椅子をふたりに進める。

 

 安曇は示された椅子に腰掛け、奥村を横目で見る。

 

「……大久保は裏切ったようだよ」

 

「……」

 

 沈黙が流れた。

 そして奥村から、小さく笑う気配がする。

 

「……そうですか。まあ、仕方ないですね……」

 

「小箱を盗む気だったの?」

 

「……はい。あれは呪いの源なのです。当主面談であれが使われている。子供が叫びを上げて運ばれるのを見ました」

 

 当主面談は当主と継承者以外は秘匿された催しだ。奥村はどうにか情報を得ようとしてそれを覗き見たのだろう。

 

 安曇としては真相を話すつもりはないが……。

 

「呪いを消したいと?」

 

 奥村は時雨にそう言い含めていたはずだ。あの箱さえどうにかすれば呪いは消えると。

 

「消すことはできんのでしょう。ただこれ以上、誰かが呪われるのを黙って見ていることはできませんでした」

 

「そんな事で呪いは消えない」

 

「……」

 

 言い切った安曇に、奥村は初めて視線を送る。その目には嫌悪と不安が混じって見えた。

 

「あの箱を捨てたところで呪いは消えない。奥村、どの道お前は失敗していたんだ」

 

 奥村の目にグッと力が入る。

 悔しげに顔を伏せ、ギュッと手を握った。

 

「……その傷は、呪いのものですよね?」

 

「そうだけど」

 

「呪いを無くそうとは思わんのですか? 小箱はなくとも呪いは消えないと仰るが、私は無関係には思えんのです」

 

 奥村は再び遠くを見つめる。

 

 確かに完全に無関係ではない。あの幻日石で、呪われる対象を見極めるのだから。あの石に耐えられた者だけが、お役目の継承者になるのだから。

 

 呪いを無くそうと思わないのか。

 そう聞かれるなら安曇は、いつか呪いを無くしたいと考えている。

 

 けれど──

 

「呪われた人間は被害者じゃない。そう決めないで」

 

「……なんと?」

 

 安曇の言葉に、奥村は目を瞬かせる。

 

 叔父は安曇に何ひとつ強要しなかった。常に、「お前が決めていい」そう言って。

 そして自分はなんて事ないように、水になるその時までお役目を遂行していった。

 

(逃げようと思えば逃げられたはずなのに)

 

 その命を燃やしても、守りたいもののために立ち続けた。

 

「呪われた人間は被害者じゃない。みんな、それを選択して生き抜いた。その選択を憐れむものじゃない」

 

「……それは……」

 

 奥村道幸も。叔父も。安曇も。

 おそらく歴代の継承者だって、逃げ出さずに水になったのは、死水に縁ができて取り込まれたのは戦い抜いたからだ。逃げなかった、それが全てだ。

 

「祖先は言った。『彼らの献身を理解せよ』」

 

 奥村は目を丸くしている。

 

「『今も彼らが守っているということを、決して忘れることなかれ』……とね」

 

 百蛇物語を諳んじて、安曇も目を伏せる。

 

『我らの罪から目を逸らすな』

 

 あえてこの一文を避けた。

 彼らは犠牲者であっても、決して被害者ではないと思っている。それは安曇なりの敬意でもあった。奥村に伝える必要はない。

 

 

 ポーーー

 

 

 遠くから汽笛の音がする。

 梅雨が明けたのか太陽が海をキラキラと照らしていた。

 

「そう……ですか。安曇坊ちゃんは、こちら側かと思ったんですがね……。やはり当事者というのは、見えるものも求めるものも違うのでしょうか」

 

 奥村は疲れたように笑った。

 安曇なら、見逃すと考えていたのかもしれない。

 

「……見えるものなんてみんな違うよ。だから求めるものも当然違う」

 

 安曇が叔父のあとを追うように。

 

「呪いは、安曇坊ちゃんを含め皆を苦しめるものだとばかり。だから私はなくしたいと思ったのですがね……」

 

 呆れた決めつけだ。

 それは全員の意見ですらない。

 ごく個人的なモノ。

 

「奥村、お前が求めてるのは奪われないことであって、呪いを消すことじゃない」

 

「──」

 

 びくりと体を震わせて、奥村は戸惑うように目を見開いた。そして静かに項垂れる。

 

「そんな、ことは……いや、そう。……そうですね、認めましょう」

 

「僕は呪いから目を背けて逃げればいいとは考えない。だから僕は、今を嫌悪していないよ」

 

 奥村のように、みんなのためなんて言葉はでない。

 綺麗な理想なんて持ち合わせていない。

 呪いがあるから手が届くものもある。

 

「はは……」

 

 奥村は乾いた笑いを零し、疲れたように海を見た。

 緩やかな風に波が揺れ、陽射しキラキラと反射している。

 

「だからお前がやったことは、誰のためでもなくお前のため。黒鉄組に反旗を翻しただけだよ」

 

「……悔しいですが、言い返せませんな。ですが、だからと言って間違ったとは思いません。奪われたくないと思うことの何が罪でしょうか」

 

「思うことは罪ではないだろうね。でも、お前がやったことは歴代の意志を否定することであり、許容できないな」

 

 姑息にも周囲を利用したことも。

 やりたいのなら勝手にやればよかったのだ。

 

「ふふ……立ち位置が違えばこうも……。坊ちゃんは、私を当主様へ突き出すのですか?」

 

「今、さんざん自白してくれたからね」

 

 安曇なら丸め込めると思ったのだろう。呪いに苦しんでいるだろう物静かな少年ひとりなら。

 

 だからこそ、奥村はまだ諦めていないようだった。口元に薄く笑みを浮かべる。

 

「できると思いますか? 私が知らぬ存ぜぬを貫いてしまえば……組は疑いますまい」

 

 自分が関わったことを示す証拠はないのだと、奥村には自信があるようだった。

 

「僕が聞いたけど?」

 

「申し訳ありませんが、安曇坊ちゃんと私では組における存在価値が違いますからな」

 

 奥村は笑った。

 確かに、安曇は呪われた子であり役たたずの次男坊。

 

 ──だが。

 

 誰も手を打ってないとは言っていない。

 奥村はまだそれに気づいていない。

 

 安曇は奥村の視線を真っ向から受け止め、薄く笑った。

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