黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第44話 木札

 

 

「これか……」

 

 対の館の地下にある遺品置き場で──

 安曇は赤い着物を手に取り、小さく呟く。

 

 着物の中に、木札が一枚入っていた。

 そこには複雑に掘られた紋様と、『東雲継葉』という文字が書かれている。

 

 

 

 

「白夜では、お役目は死水に潜ることだった。その時に先に進むための対価になるように六文銭を、そして道を失ってしまわぬよう楔を用意したんだ」

 

「楔?」

 

 そういえば記憶の中の継葉とその母親もそのような話をしていた。

 赤い着物を『楔』と呼んでいたはずだ。

 

「そうだ。現実世界の方に、馴染みのある縁を繋げるものを残していくんだ」

 

(なるほど、迷わないようにってそういう……)

 

 それが、継葉が今まで立ち続けていた理由かもしれないと思えば、あまり良いものには感じなかった。

 安曇はそっと目を伏せる。

 

「私の場合は着物だな。それでな? 対の館の地下に保管されてるんだが……」

 

「見たことがありますよ」

 

「おお!? さすが有能!」

 

「ゆ……」

 

 安曇が苦い顔をすると、継葉はケラケラと笑う。

 

「知ってるなら早いな。その着物に木札が挟んであるんだ。それを……」

 

 ──白夜に届けてほしい。

 

 継葉の声はどこまでも真剣だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 霜月医師が深々と頭を下げる。

 横にいる時雨の頭もしっかりと押えている。

 

「そう。まあ、せいぜい役に立ってくれればいいよ」

 

「……肝に銘じます」

 

 特に面白くもないが、謝罪すると言うので受け取った。時雨はホッとしたように胸を撫で下ろしている。

 

 今いるのは、黒鉄屋敷の敷地内にある霜月医師専用の離れになる。医務室と併設されているここは、情報交換にうってつけだ。安曇の部屋に大人が集まるとさすがに狭い。

 

「坊ちゃん、怪我がなくて良かったっす」

 

「スルメ食いますか?」

 

「肩揉みましょうか?」

 

 三林が感極まった様子で安曇の周りをクルクル回る。

 鬱陶しいのでやめてほしい。

 

 奈落の一件のあと、安曇は継葉と別れて現実世界に戻ってきていた。

 死水は確かに痛みを与えてきたが、水から出た時はうっすらとした傷があるのみ。それすら黒鉄屋敷に戻る頃にはだいぶ治っていた。

 

(ハナちゃん、ね)

 

 パッと花が咲くように笑った小さな女の子。おまじない以上に、その存在は安曇の心を軽くした。

 

 それでも霜月医師は丁寧に傷の様子を確認し、必要な処置を施していく。この度の一件で物静かになってくれて、安曇としてはありがたい。

 

「それでもちゃんと休んでくださいね。無理はされたんでしょう?」

 

 ひばりがお茶と和菓子を机に並べる。

 

「今回は大丈夫。……というか多分、もう大丈夫だよ」

 

「?」

 

 ひばりは盆を持って首を傾げた。

 

「そうですねぇ、傷の具合いはいいようですよ~。他に体調で気になることはありますかねぇ?」

 

「問題ない。でも包帯は巻いておいて」

 

 霜月医師は不思議そうにしながらも、丁寧に包帯を巻いていく。

 

 安曇はわずかに黒い色が残ってるだけの手を見つめる。

 

 この点に関しては説明が難しい。混ざっただの、おまじないだの言えば余計に悩ませてしまいそうだ。

 

「……」

 

 お茶を手で包むとほんのり熱が手のひらに伝わる。漂う湯気と香りは心を落ち着かせてくれる。

 

 初夏の陽の光が木陰から障子を抜けて、和畳を照らしていた。

 

「とりあえず報告しますね?」

 

「うん」

 

 ひばりは話を進めることにしたようだ。

 今回の安曇の不在は二日ほど。たいしたものはないと思うが。

 

「皐月さんが身代わりをしていたこともあり、安曇さんの不在は誰にも知られていません。鮎川家の方は皐月さんが安曇さんの話を絡めず説明したようです」

 

「うん」

 

 皐月はこの場に呼ばれていないので、あとあとまた自分の功績を押し売りしてきそうだ。

 

「それから、都築と大久保は後見人候補から外れました。安曇坊ちゃんに手を出したんですから当然です!」

 

 フンッと鼻を鳴らして胸を張るひばりに、三林が拍手をする。

 

「そう。他は保留?」

 

「あ、はい。話し合いが続いているようですが……安曇さんから希望はありますか?」

 

「そうだね……。佐野、小林は落としておいて。塚原は……限りなく落第という位置で止めておいて」

 

 流されるだけの佐野稔理と短絡的に時雨を虐めていたその姉。

 あまり物事を深く考えず、喚き散らしていた小林綺良々、塚原圭輔。

 この辺は使えない。

 

「あら、そうなんですか? まあ、塚原は落ちそうですけど」

 

「ん?」

 

「理由はわかりませんけど、塚原のご長男、和臣さんが総司さんを殴ったみたいです」

 

 お茶を飲もうと持ち上げた手がピタリと止まる。

 

 塚原和臣。狂犬のような中学三年生。

 安曇の対応が彼の琴線に触れたらしい。総司の反応を見たくなったんだろう。

 

「……それでどうなったの?」

 

「普通に殴り合いになりまして、大人まで介入した結果、塚原のご長男は入院してますね」

 

 シチュエーションがわからないが、総司には常に誰かしら大人がついている。和臣が見たいものは見れなかったのではないかと安曇は思う。

 

「ふぅん? 兄さんは?」

 

「総司さんは怪我で済んでます。塚原家はこの件で大目玉食らいまして。特に細谷と結衣子さんがカンカンですね」

 

 細谷は母である結衣子の生家。つまり安曇にとって祖父母の家にあたる。今は伯父が当主を務めているはずだ。彼らは総司派だ。

 

(まあ、そうなるだろうね)

 

 塚原和臣は上手く使えばいい結果を出しそうな人物だったが、こうなっては難しいだろう。

 

 安曇は静かにお茶を飲んだ。

 苦味と、ほんのり香るような甘みが染みる。

 

「ということで、安曇さんの意見を鑑みると後見人候補は細谷、鮎川、補欠に塚原くらいになりますね」

 

「そうだね」

 

 細谷に関しては思惑がありそうなので、実質鮎川になりそうだ。今それを言う必要もないだろうと、安曇は茶菓子に置かれた和三盆をつまむ。

 

「とりあえず目新しい情報はそのくらいです。あ、奥村幹部に関してはまだ入院してます」

 

「頼んだ件は?」

 

「百蛇物語ですね。ざっくり鑑定してもらいましたが、明治あたりの品だろうということです」

 

 ひばりには、死水に潜る前に指示を出していた。地下にあった百蛇物語の鑑定だ。

 それから三林には……。

 

「黒鉄組の前はやっぱり白夜組だったみたいです」

 

 大林が和三盆をつまもうとしてひばりに手を叩かれる。

 

「白夜組の系譜に関しては、黒鉄には残ってませんでした」

 

 中林はしみじみとした顔でお茶をもらっている。

 

「白夜組まで行けばわかるかもしれませんけど……あそこはうちのライバルですからねぇ」

 

 小林はひばりにもお茶を入れている。

 ひばりはそれを受け取りながら、考えるように首を傾げた。

 

「黒鉄組と白夜組は昔からあまり良い関係ではありません。理由は知りませんでしたけど、古い因縁がありそうですね」

 

「その白夜だけど、訪問の段取りをつけておいて」

 

 事も無げに言うと、三林とひばりがギョッとしたように安曇を見つめ、反応についていけなかった時雨はビクリと肩を震わせた。

 

「え、安曇坊ちゃんが行くんですか?」

 

 小林が怖々といった様子で安曇の顔を見る。

 

「うん。ちょっと用があってね」

 

(他人に任せられない用が……ね)

 

 手の中の木札を見つめる。

 

『今、白夜がどうなっているのか知りたいんだ』

 

 そう言って笑った継葉には寂しさが見えた。

 

 だから行こうと決めた。

 そこにどんな結末が待とうとも。

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