「白夜組に面談を申し込むには、当主様を通さないわけには行きません……」
それに関して異存はなかったので、申し訳なさそうにするひばりに任せた。
白夜組と黒鉄組は不仲で有名だ。ただ、規模は白夜組の方が遥かに大きい。
そのため、だいたい一方的に黒鉄組が嫌っている構図になっている。
(黒鉄屋敷を放棄したことを踏まえれば……)
お役目から逃げたのだろう。
それで本家を名乗っているのだから、恨まれるのも仕方ない。
ひばりに隆盛《りゅうせい》との交渉を任せて三日。
日々の雑務を片付けた安曇は、黒鉄組代々の墓地まで来ていた。
初夏ではあっても日差しは強い。風もなくあっという間に夏本番が来そうだ。
黒鉄組関係者が代々埋葬されるその古い寺は、黒鉄屋敷からそう遠くは無い。
住宅地から離れた山林の中にある寺は古くとも由緒ある寺院だ。例え黒鉄組が暴力団であっても、受け入れてくれている場所でもある。
(百蛇衆《ひゃくだしゅう》の頃から縁がある場所なのかもしれないな……)
寺併設のこの墓地には、白夜組の人間も埋葬されているからだ。
林の道を抜けて墓地の奥へと歩いていく。今日の随伴は中林だ。日頃から温和な中林は、木々の隙間から入り込む日光に目を細めている。
林を抜けた先に黒鉄組の区画があるエリアに辿り着いた。
墓参りの時期として季節外れの墓地は、人もまばらで静かなものだった。
柘植の区画は広く、安曇は線香に火をつける。
「来たよ、叔父さん」
墓石に一言かけて安曇は黙る。
そもそも、叔父は水になってしまったのだから、埋葬されているのは名前だけだ。
それでも。
(ケジメだから……)
きちんと挨拶をすることで、区切りをつけようと思った。
「……」
遠くでセミが鳴いている。
今回の叔父との別れ、継葉のこと、自分のこと。いろいろな思いが頭を巡る。
死にかけた瞬間も、そばにいた人の涙も。
『死なないでくれ』
(……うん)
死ぬつもりはない。生きようと決めた。
だからあの『お役目』を、どうにかしなくてはならない。
「白夜へ行くよ」
継葉のためでもある。けれどこれは自分の目的のためでもあった。
何の情報もないかもしれないが、それでもやる価値はあるだろう。
安曇が花を添えた時──
「白夜だと?」
苛立ちを混ぜたような声が横道から聞こえてそちらを向けば、怪訝な顔をした兄の総司《そうじ》と、伯父の細谷《ほそや》が立っていた。
「ふぅむ、何やら聞き捨てならないワードが聞こえたねぇ」
細谷は面白そうに目を細めながら、安曇を見つめている。
「……兄さんもお墓参り?」
手桶ひとつ持っていない彼らを横目に、花を供え終わった安曇は墓石から離れる。
視線に気づいたらしい総司は、気まずそうに目を伏せた。細谷は何も気にしていないように軽い笑いを浮かべて安曇を見ている。
「いや……俺は……」
「そうだとも。墓参りに来たら、弟が見えたから話しかけたんだ。そうだろう?」
「……まあ、そうだ。そんなことよりお前……白夜へ行くとはどういう意味だ? まさかうちを売るんじゃないだろうな?」
この兄はまた突拍子のないことを言う。
「普通に用があるだけ。父さんにも話を通しているよ」
「……何の用だ?」
まるで威嚇するように声を低くした総司に、安曇は呆れてため息をつく。
「兄さんに関係ある?」
「お前……! 弟のことを気にかけてる兄に向かって……!」
──兄とは弟を気にかけるものである。
総司はそのように定義しているようだ。
気にかけているというのなら、呪われたと噂が出た段階で顔を見にくればいいものを。
(来られても困るけど……)
総司は型通りにことを進めたがる。そしてそれを他人にも求める。求められても安曇は安曇であり、弟という生物ではないのだが。
「とりあえず墓参り中なんだ。終わってからにして」
「お前っ!」
総司を細谷が宥めている。けれど細谷のその視線は、安曇を見つめて離れない。まるで安曇の内面を測っているかのようだ。
細谷という幹部は安曇の母、結衣子の兄であり総司を当主に推している。そしてさらに。
(僕の後見人を狙っている)
食えない男だ。
***
「ほぉら、兄弟喧嘩はやめるんだ~。スマイルスマイル。仲良きことは美しいぞ?」
両手を広げて大袈裟な喋りで細谷は安曇と総司を見る。
ファミレスのテーブルの上には、パスタやサンドイッチ、あげくにケーキやパフェまで並んでいる。
「……僕は別に喧嘩してないよ」
チョコレートパフェをもぐもぐと食べながら安曇は首を傾げる。
総司は苦い顔をしながら食事に手をつけなかった。
席に着いているのは安曇、総司、細谷だ。中林は車で待機させている。
「そうなのか? 仏頂面に見えるけどなぁ。総司は心配してたんだぞ~?」
「そう?」
チョコレートは苦味が薄めのミルクチョコレートだった。甘い。
「伯父貴、やめろ。俺は兄として当然のことをしてる。いちいち騒がなくていい」
「あっはは、総司は優しいなぁ」
このふたりに何の目的があるのか知らないが、せっかくのお誘いだ。
(僕も機会を利用するとしよう)
「そういえば兄さん、塚原和臣に殴られたらしいね」
総司に目立った傷はないが、頬は少し腫れている。赤みを化粧で誤魔化しているようだ。
「……何でお前が知っている?」
「たまたまだよ」
「道場で鍛錬をしていたら乱入してきただけだ。お前は気にしなくていい」
なるほど、塚原和臣も最低限の体裁は保ったようだ。即座に処分や後見人候補から外れなかったのは、そういうことなのだろう。
「弟として、心配しただけだよ」
「あっはっは! 麗しい兄弟愛、素晴らしいじゃないか~! 少し前に和臣と会って話していたと聞いたから、伯父さん心配してたんだぞ~」
疑念の種を埋め込むのが好きらしい。
案の定、総司は怪訝な顔をして安曇を見ている。
「……何のために和臣と?」
「あそこも後見人候補だしね。同じ屋敷にいるんだから、話すこともあるでしょ」
「……まあ、そうだな」
「総司、そんな難しい顔するなよ。心配なのはわかるけどさ。まあ、気になっちゃうよな。わかるぞ~。安曇は夜に出歩いてるらしいし、兄として心配だよなぁ」
(……)
「……夜?」
総司が眉をひそめてを傾げた。
本当に……細谷のこういうところが気に食わない。
「そうなんだよ。呪われたボロボロの体で出歩いてるって聞いたら、気が気じゃないよなぁ」
「……安曇、お前、何をしている? そんな体で……白夜も何のために行くんだ?」
朗らかに、まるで主演俳優であるかのように笑顔で総司を見る細谷。
鬱陶しい。
本当に少しずつ、相手の思考を誘導していく。前々から思っていたが、この男には詐欺師が似合う。
「黒鉄屋敷には昔白夜がいたって話でね。白夜のものと思われる物があったから、渡しに行こうと思ってるんだよ」
「白夜……が?」
安曇も知らなかった話だが、総司も知らなかったようだ。この感じであれば、黒鉄全体が知らないと判断して良さそうだ。
「ほー?」
細谷も興味深そうに顎に手を当てる。
「さて、用事は済んだよね?」
丁度よく中林がファミレスに入ってくるのが見えた。
(……なんだ?)
中林は焦ったようにこちらに向かっている。
「おい、安曇!?」
席を立つと総司が慌てた。
「兄さんも、もう少し自分で吟味しなよ」
「は?」
虚をつかれたように総司は一瞬ポカンとする。
「伯父さん、後見人争いも後半戦だよ。印象操作は程々にね」
「ははは」
細谷は苦笑いしたが、安曇はさっさと中林の方へ向かう。
安曇の元まで来た中林が素早く耳打ちする。
「ひばりさんに移動命令が出ました。中国の監視に戻るようにと」
安曇の片眉がピクリと上がる。
(なぜこの時期に?)
ついこの間、やっと向こうから帰国したばかりだ。もちろん、だからこそ向こうから呼び戻すことはできたろうが……そんな予定は聞いてない。
「中華マフィアが白夜と連絡を取っているって話で……」
「へぇ?」
それ自体はおかしくない。が──あえてひばりを移動させる必要はないはずだ。このタイミングで狙った誰かがいる。
「……誰の指示?」
「上からの指示です。小林の話では古参幹部の誰かみたいですが、俺ら下っ端じゃはっきりわからず……」
「古参、ね」
(奥村は謹慎中だから……)
チラリと座席に目を向ける。
総司は相変わらず難しい顔をして座っている。
その横で安曇を見てニコニコ手を振る細谷が見えて、安曇はそっと目を細めた。
奥村と並ぶ力を持つ古参幹部──そう、例えば、ああいう男だ。