黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第46話 否定ではない

 

 

 安曇と中林はファミレスをあとにして車に戻る。会計は任せておいていいだろう。

 

 ファミレスの駐車場はまばらで空いている。安曇は中林が運転してきた黒のセダンの後部座席に座った。

 初夏の日差しに蒸された車の中はシートまで熱くなっていた。

 

 中林がエンジンをかけてクーラーを調整する。冷たい風に当たりながら、安曇は背もたれに寄りかかって目を閉じる。

 

(ひばりさんがいなくなった……か)

 

 裏の顔があったとしても、ひばりはただの家政婦だ。中国の監視というのは、表向きそこにいるメンバーのサポートだ。

 叔父の葬儀にすら呼ばなかったくらい、隆盛に交渉したとして、すぐに呼び戻すのは難しいだろう。

 

「どうします?」

 

 目を開ければ、運転席から覗き込んだ中林は困惑顔だ。

 ひばりについてあれこれ雑務をこなしていたのだから、今回の白夜行き以外でも支障は出ているだろう。

 

「……まあ、父さんには自分で当たろう。連絡をつけるくらいはできる?」

 

「う、わかりました。任せてください!」

 

 中林はまた少し困ったような顔をしたが、今度は何かを決意したように気合を入れて承諾した。スマホを弄っている。

 

(組長への連絡は……下っ端には厳しいかもしれないな)

 

 安曇は小さくため息をついた。

 

 問題は多い。

 警戒していた中国が白夜と連絡を取っているとすれば、白夜へ行きたいという希望自体却下される可能性は高い。

 

 せめて後押ししてくれる幹部が必要だ。

 

「……」

 

 親子であっても安曇と隆盛は距離がある。その点、ひばりは裏側でかなり力を持つ。一番都合が良かった。

 

 おそらく細谷は、今回の件を妨害する意図はなかっただろう。安曇の後見人の座を狙うには、安曇が孤立した方がやりやすい。実に性格の悪いやり方だ。

 

「……」

 

 車は動き出し、ファミレスから遠ざかる。

 安曇は視線をチラリと離れていくファミレスに送った。

 

 総司はあの男を制御できるのだろうか。組を継ぐのなら当然気にするべきことなのだが。

 

 利用されていることくらいは知っているかもしれない。

 総司は頭は固いが察しが悪いわけではない。ただ少し、慢心があるように思う。そのうちに痛い目を見るんじゃないだろうか。

 

(でもまあ、僕の知ったことじゃないな)

 

 こちらに被害が来ない限りは……だが。

 

「あ」

 

 中林は近くのコンビニに車を停めた。

 そしてスマホを見つめて声を上げる。

 

「安曇さん!」

 

「うん?」

 

「俺らが直接組長のとこには行けませんけど、うちのボスが掛け合ってくれるそうです! ちょっと時間下さい!!」

 

「……ボス?」

 

 三林は誰のところの下っ端だったか。

 最近安曇にずっと付いていたし、ひばりの指示に従っていたから少し忘れていた。少し考えて思い当たる。

 

「……ああ、藪内龍之介か」

 

 葬儀で叔父の死を嘆き悲しんだ人物。

 幹部としては新参な方だが幹部会にも出席している。煌びやかな服装を好み、夜の街で荒稼ぎした人物でもある。

 

「安曇さん、龍之介さんって呼ぶと怒られますよ。ジュリアさんですって」

 

 思わず半目になってしまう。

 確かに幹部会でも、藪内は奥村に食ってかかっていた。

 

「わかった。……ジュリアは叔父さんのファンクラブだったっけ?」

 

「あ、そうですそうです! よくご存知で」

 

「……うん、まあ」

 

 叔父が嫌がっていたことは黙っておこうと思う。

 それにあのメンバーであれば、少しは信用してもいいかもしれない。

 

「どのくらいかかる?」

 

「そうですね……。ジュリアさんはシマの方に行ってて、明後日には戻れると思うんで、早ければ明後日です」

 

 それであれば、自分で行くより早いだろう。ひばりを通さなければ幹部を通すか、偶然捕まえるか、執務室で張っておくしかないのだから。

 

「わかった」

 

 息子からより幹部からの方が父に近い。

 この距離感は、何だかとても奇妙だと安曇は思う。

 

(今更、寂しいとかはないけど……)

 

 妙な家族だ。

 いや、家族と呼べるかどうか。

 

『安曇』

 

 いつも笑顔で頭を撫でてくれていたのは叔父だけだ。父も母も遠かった。

 

「……」

 

 なんとなく。

 本当になんとなく、継葉の様子を知りたくなった。

 奈落を掌握して不安定になっていた師を思う。繋がりがある者がいた方が安定すると言っていた。

 時間ができたのなら様子を見に行くのがいいかもしれない。

 

「明日、対の館に行ってくるよ」

 

「あ、お役目ですか?」

 

「うん、まあ、そんなところ」

 

 継葉に木札も見せた方がいいかもしれない。間違いはないと思うが、違うものなら困る。

 

「了解です!」

 

 中林は先程までと打って変わって晴れやかな笑顔で頷いた。

 

「うん」

 

 繋がりがほしいのは、安曇の方かもしれない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 死水の向こうは静かだった。

 あの時と違って、今日は対の館が消えていたりしない。それだけで安曇は少し安心する。

 

「……師匠?」

 

 継葉の不在に一瞬ヒヤリとするが、心を落ちつければ彼女がどこにいるかなんとなくわかる。

 安曇は思わず息をついた。

 

 継葉はどうやら、対の館の外にいるようだ。

 

 外には相変わらず長閑な景色が広がっている。暖かささえ感じるあぜ道は継葉らしいなと思うようになった。

 

 少し進んだところで、影を継葉が斬っていた。

 穏やかな田園風景の中に、ゆらりと動く影は異質だ。さらさらと塵のように消えては景色の中に吸い込まれていく。

 

(消滅しているのか、それともまたどこかで形になるのか)

 

 それは安曇にはわからない。

 

「師匠」

 

「ん? ああ、安曇か」

 

 継葉は少し疲れたように微笑む。

 

「影はまだ出るんですか?」

 

「彼らの想いが消えない限りは出るよ。私は奈落を掴んだから、今も彼らの守ろうという気持ちは見える。同時に寂しさもな……」

 

 混ざったあと、記憶や感情が確かに見えた。今も継葉の感情は流れてくる。そう考えれば、奈落そのものを掌握した継葉には、かつての継承者たちの感情が流れているのではないだろうか。

 

(……重いな)

 

「奈落がなければ僕でも片付けられますし、師匠は休んでも良いんですよ」

 

「んー。気持ちは嬉しいけどな。ずっとここを守ってきたんだ。むしろお前が……」

 

 継葉は言いかけて口篭り、苦笑してから安曇を見た。

 

「お前は無理に来なくてもいい──」

 

「嫌です」

 

「……って、即答か!?」

 

 継葉のツッコミはいつ以来だろうか。そんな昔の話ではないのに、なぜか少し懐かしくなってしまう。

 

 だが、それよりも。

 

「はい。来るか来ないかは僕が決めます」

 

 継葉の気持ちは理解できる。けれどそれとこれとは別問題だ。

 

「だが……影も私が外には出さないようにする。お前が無理に傷を負う必要はないんだ」

 

「別に無理してません」

 

 思わず声が固くなる。

 例のおまじないのおかげか、今は傷もほぼない。

 

 けれど継葉は目を伏せて、手に持った刀を握りしめた。

 

「……そちらの生活を優先したらいい」

 

「……」

 

 言いたいことは……わかるのだが。

 拒絶されたようで、安曇の中に重い気持ちが広がっていく。

 

「お前まで、この先の未来をここに使う必要はないんだ」

 

 グッと手を握り、言葉を飲み込んだあと木札を見せる。

 

「前に言ってたものはこれですか?」

 

「え、あ、うん、それだ。でも……」

 

「……また来ます」

 

 遮るように言葉を被せる。それ以外の言葉は出なかった。

 彼女は安曇のためを思っているのはわかっている。嫌という程に。

 

「……安曇」

 

 継葉の声に迷いが見えたが、安曇は振り返らなかった。そのまま静かに対の館に戻る。

 

 居間を通り過ぎる時、机の上に叔父の手記が置かれていることに気づいた。来た時は継葉の居場所に気を取られて気づかなかった。

 

 叔父の書いた手記。

 そして継葉が現実を知ることになったもの。

 

「……」

 

 それをそっと持ち、重い息を吐き出すと安曇は死水をあとにした。

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