黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第47話 子供の特権

 

 

 継葉はどうしたいのだろう。

 ずっと、あの死水の奥で戦い続けるつもりなのか。

 

 ──ひとりで?

 

「……」

 

 そこから解放したい。せめて背負うものを減らしたいと願うことは──傲慢なことなのだろうか。

 

 

 

 ***

 

 

 

(──は?)

 

 翌朝、食堂から戻ると、安曇の自室前に男たちがズラリと並んで立っていた。

 その中央、安曇の自室の扉の前にいたのは塚原幹部とその息子の恵輔だった。安曇が来たことに気づいた塚原幹部は、恵輔の背中を押しながら安曇の元へやってくる。

 

「いや、安曇さん、聞きましたよ。うちのガキが失礼しました。……恵輔」

 

 塚原幹部は恵輔の頭をグイッと頭を下げさせる。

 

「す、すいませんでした!」

 

「「「すいませんでした!!」」」

 

 周りの男たちも合わせて頭を下げる。とても鬱陶しい。

 ただ、だからといってこれをやめさせたり、もういいと言ってしまうのも悪手だ。

 

「部屋に入りたいんだけど」

 

「あ……ああ、失礼。どうぞどうぞ」

 

 塚原幹部は苦笑いして道を開ける。恵輔が睨んできたことを見れば、反省はしてなさそうだ。

 

 安曇が部屋に入るまで男たちは頭を下げたままで、部屋には塚原親子がついてきた。

 

「入室の許可はしてないけど?」

 

「いやいやいや、そんなこと言わないでくださいよぉ。ほら、恵輔もこうして謝ってんじゃないですか」

 

 どこか高圧的な雰囲気を持つオールバックの塚原幹部は、どことなく恵輔の兄の和臣を思い出す。

 

「……だから?」

 

「え。あー、ですから、後見人候補として、謝罪をね。ほら、恵輔!」

 

 父親から蹴り出されるように前に押し出された恵輔は、もう一度深々と頭を下げた。

 

「ちょっとふざけただけだったんです。すいませんでした!」

 

 恵輔の声が半分裏返る。

 よほどこの父親が怖いらしい。

 

「だからまあ、組長に取り成してくれませんかね? あ、もちろん手土産も持ってきたんで」

 

 扉から男がひとり、小さなカバンを持って入ってくる。中身はまさかの現金だった。

 

(これを受け取るべきかどうか……)

 

 どちらにもメリットとデメリットがある。どこに手間と労力をかけるかの差でしかない。

 その上で、現状この親子を見ていて、手元に置きたいという気持ちは湧かなかった。

 

「それは無理だね。僕が決めた話でもなければ、そもそも恵輔や綺良々が僕に危害を加えたなんて伝えてもいない。交渉する相手を間違えてるよ」

 

 カバンを無視して小さく笑う。

 未だにミイラ姿に効果があるのか、恵輔は半歩下がって男たちはざわめいた。塚原幹部だけはつまらなそうな表情を浮かべ、眉をひそめた。

 

「んー、そうは言ってもですね……いや、仕方ねぇか。オラ、戻るぞ、お前ら」

 

 ザワザワと下っ端連中と下がり始める塚原幹部。恵輔も慌ててついて行こうとしたが、塚原幹部はドンッと音が聞こえる程の強さで息子を押し返した。

 

「うわっ!?」

 

「けーすけぇ。お前はちゃんと謝んだよ。何帰ろうとしてんだぁ? しっかり落とし前つけて来い」

 

 ズイッと顔を近づけて息子を脅す様子は、やはりあの和臣の父親だなと思う。

 

「う、え、とうさ……」

 

「ぬるいことしてんじゃねーぞ」

 

 ──バタン

 

 閉じられた扉の前で恵輔は呆然と立ちすくむ。そして振り向いた恵輔の顔は恥辱と涙でぐしゃぐしゃだった。

 

「お前……お前!! 何でだよ!? ちゃんと謝ったじゃんか!!」

 

「……はぁ?」

 

 こちらに当たらないでほしい。

 そもそも馬鹿な行いをしたのは自分たちだろうに。

 

「親父さんに掛け合うくらいいいだろ!? このままじゃ俺殴られんだよ!!」

 

 恵輔が掴みかかってきたので、手を振り払う。

 

「知らないよ。今のその行動が答えだろう」

 

「わけわかんないこと言いやがって……!!」

 

 恵輔は激昂して安曇に駆け寄ってくる。

 

(一発殴るか?)

 

 いや、それはそれで面倒なことになりそうだ。

 安曇がそう思案した時──

 

「はい! ストーップ!!」

 

 扉が開く音と共に第三者の声が入り込み、恵輔は首根っこを掴まれた。

 

「うぐっ! だ、誰だ!?」

 

 恵輔を猫の子のように持ち上げたのは、筋骨隆々の大男。その衣服はラメの入ったタイトなオレンジのワンピースドレス。

 

「悪い子にはお仕置が必要よね? けーすけちゃん?」

 

「や、藪内幹部……」

 

 藪内竜之介。通称ジュリアがそこにいた。

 

「……入室の許可はしてないけど?」

 

「あぁら? お邪魔します。安曇坊ちゃん」

 

 体をくねらせ、まるで語尾にハートでも着いてそうな声音で話すジュリアに安曇は引いた。

 

(叔父さんの気持ちがわかるな……)

 

「ほぉら、帰んな、クソガキ。じゃないとお姉さんがお仕置しちゃうわよぉ?」

 

「う、うわあああ!!」

 

 恵輔は怯えるように走り去っていった。

 後ろから入って来ようとした三林が、びっくりしたように道を開けた。

 

「……騒々しいね」

 

「すみません、安曇坊ちゃん。ジュリアさんをお連れしたんですけど、なんかヤバいことに?」

 

「いや、別に」

 

 小林がコソッと聞いてきたので安曇は肩を竦めた。

 

 

 

 

「さて。改めまして。藪内ジュリア。組長への伝手が必要と聞いて馳せ参じました」

 

 ジュリアはぺこりと頭を下げる。

 

「うん。父さんに白夜行きの許可を取りたいんだけどね」

 

「んー、ちょおっと難しいわね。今、警戒態勢に入ってるし……」

 

 白夜組は、規模は大きいが温厚な組織だ。とはいえ牙を持たないわけではない。

 黒鉄組とは定期的にぶつかっている。

 

「だろうね。……材料が必要?」

 

「んふふ。信用してくれてるのかしら? あればもちろん嬉しいけど、そういうことならなくても張り切っちゃうわ」

 

 多少引くものの、安曇もだんだんこのテンションに慣れてきた。

 

「白夜へ行くことができれば、中国とのことを探れるかもしれない。ひとつカードを持ってるから」

 

「あら。それは朗報ね。あー、それが何だかは言わなくていいわ。安曇坊ちゃんか言うべきだと思ったら言ってちょうだい」

 

 ジュリアはニンマリと笑顔を見せる。

 安曇も少し肩の力を抜いて頷く。

 

 ひばりの件も任せようかと思ったが、ここで藪内と細谷を敵対させるのはまずいだろう。ひとまず白夜行きの件を片付けることにした。

 

 白夜行きは、継葉の希望を叶えるとともに、『お役目』についてもう少し詳しく知る機会になるかもしれない。

 

 少なくとも、白夜の贄について知ることはできるはずだ。

 

「なるべく早くが良いわよね?」

 

「交渉の結果、組の中で問題が起きるほどのことなら優先しなくていい。僕の希望というだけだから」

 

「あらぁ、いいじゃないのぉ」

 

 ジュリアはニマニマと安曇に近寄る。安曇は思わず半歩離れた。

 三林は後ろでハラハラした顔でこちらを見つめているが、手を出せないのか右往左往している。

 

「照れないの! んもう、そういうバランス感覚好きよぉ!」

 

「ちょっ、近寄りすぎ」

 

「いやだ、可愛いわぁ。隆明さんのミニチュアみたい」

 

 そこで叔父の名前を出されても、さすがにこれは喜べない。苦笑いしていた叔父の顔が頭を過ぎる。

 

「塚原んとこのガキみたいに、あれやりたいこれやりたいって騒いでもいいのよぉ? 安曇坊ちゃんのが年下でしょ?」

 

 泣きわめいていた塚原恵輔。

 あれと同じことはどう頑張ってもできそうにないが、それでも。

 

「僕はやりたいことしかやってないよ」

 

 それは自負している。

 

「あらやだぁ、あたしが言ってんのは『弁える必要ない』ってことよ」

 

「?」

 

 状況的に一番良いと思えないものを選ぶという話だろうか?

 安曇は特に自分を曲げた覚えがないので首を傾げる。

 それを見たジュリアは頬を染めて体をくねらせた。

 

「んもう、好きだわぁ。十年くらい待ってもいいわ!!」

 

「ジュリアさん、さすがにちょっと……」

 

 大林がコソッと突っ込んだが……。

 

「あぁん?」

 

「す、すんません」

 

 睨まれてすごすごと引っ込んだ。

 何をやっているんだと苦笑したその時だった。

 

 ──?

 

 じわりと揺れるような……熱を持つような感覚がポケットから響く。

 

(……六文銭?)

 

 それは安曇と継葉を繋ぐもの。

 

「安曇坊ちゃん?」

 

「……」

 

「あら? どうしたの?」

 

 三林とジュリアが突然黙った安曇を覗き込む。

 

「あとのことは……」

 

「え?」

 

「任せたよ!」

 

 踵を返し、安曇は取るものも持たずに走り出す。戻ったばかりの対の館へ走っていく。

 

 今までこんなことはなかった。

 たとえ奈落に囚われようとも、継葉から安曇へのアクションはなかった。

 

 熱を帯びた六文銭を握りしめ、安曇は森へと飛び込んだ。

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