黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

51 / 67
第五章 黒き蛇は死水に潜る
第51話 招かれざる客


 

 

 時刻は夕暮れの日が薄れ、闇が降りてくるそんな頃合い。

 

 誰もいないはずの対の館に、少年が倒れている。

 

 開け放たれた玄関。

 少年──塚原圭輔《つかはらけいすけ》が倒れた拍子に倒したと思われる木の板。

 

 ぐったりと動かない塚原圭輔。

 

「チッ」

 

 思わず舌打ちが出る。

 

 泡を吹いて倒れている圭輔を抱え、一気に引っ張って玄関の外へと放り出した。

 塞がりかけた傷が鈍い痛みを訴えたが、気にしている余裕はない。

 

「本当に次から次へと……!」

 

 ここは……対の館は。

 継承者たちと、叔父と安曇と。そして継葉が守ってきた空間だ。そこに土足で踏み入られたようで酷く気分が悪い。

 

 胸の奥に押し込めた痛みが、苛立ちとなって滲んでくる。圭輔を見つめる目に冷たさが宿る。

 

 ──たとえここでこの少年が死んだとて、自業自得では?

 

「……」

 

(いっそ放置するか?)

 

 ザァ……

 

 薄暗い森に風が吹く。

 腰につけている房紐と六文銭が小さく揺れた。

 

「……」

 

 安曇は眉を寄せてそれを握る。

 

 塚原圭輔がここで死ねば、対の館に累が及ぶかもしれない。それに──

 

「……はぁ」

 

 苦味も苛立ちも静かに心の奥底に沈め、安曇は小さく息をついた。

 

「……まあ、そうだね」

 

 ポツリと零す。

 慌てて飛び出してきた時の、三林たちとジュリアの驚いた顔。

 中国へ飛ばされてしまったひばり。

 なぜか安曇に懐いている時雨と皐月のことを思えば。

 

「放置は……できないな」

 

 きっと継葉もそれを良しとしない。

 

 ふぅ、と息を吐き、改めて塚原圭輔を眺める。

 安曇が死水に入った時間を考えれば、倒れてからそこまで長い時間は経っていないだろう。

 

(……頃合いか)

 

 スマホを取りだしてメッセージを送る。

 すぐに既読がつき、そこから30分かからないうちに、目当ての人物は森を走ってきた。

 

「安曇さん!!」

 

「うん」

 

「うん、じゃなくて!!──って、は!? 塚原!?」

 

 ちゃんとひとりで来たらしい皐月は、息を切らしながら塚原圭輔を見て目を白黒させている。

 

「館に侵入していたんだ」

 

「うーわー、バッカだなぁ」

 

 しゃがんで木の枝でツンツンと塚原圭輔を突つく皐月。

 

「これを任せるよ」

 

「え?」

 

 安曇の言葉に、皐月はきょとんと顔をあげる。

 

「君に任せる。上手く片付けておいて」

 

 圭輔は記憶が飛んでいるだろうし、皐月なら上手く処理するだろう。

 

「……僕に?」

 

「うん」

 

「安曇さんが?」

 

 ソワソワという音が聞こえてきそうな表情だ。

 

「うん」

 

「任せ、る?」

 

「そう」

 

 皐月はガバッと立ち上がり、目に見えてわかるほどその表情に喜色が浮かべる。

 

「おおお!! やりますやります!! やってみせますとも!!」

 

 小躍りしそうな皐月。

 

 鮎川皐月という少年が、なぜ安曇につこうとしているのかは今も分からない。

 けれどその行動も態度も、安曇のために動けるものを探して、役に立ちたいという意志が見えた。

 

「少し騒々しい」

 

「あ、はい。んー、それにしても館に潜入してどうする気だったんでしょうねー」

 

 スンッと落ち着いた皐月は、塚原圭輔を覗き見る。

 

「僕の弱みでも掴もうとしたんだろう」

 

 ついでに先日のリンチを話してやれば皐月は爆笑した。

 

「えー! なんですか、それ! 安曇さんを弱みのひとつやふたつでどうにかできると思ってるなら本当にアホとしか!」

 

 随分と高く買ってくれているらしい。

 

「別に弱みもないんだけどね」

 

 物も、人も。

 困るような持ち方はしていない。

 この皐月でさえ、自分の身は自分でどうにかするだろう。

 

「これが十歳の言うことかって感じですけど、安曇さんだと納得できちゃうところが面白いですね」

 

「そう?」

 

「ですよー。総司さんはどうにでもできそうですけど、安曇さんとはやり合いたくないですからね、僕」

 

(それで僕につこうってことか)

 

 安曇は肩をすくめる。

 まあ、使えるならそれで──

 

「あ、でも。僕が安曇さんのところに来た一番大きな理由はそれじゃないですよ!」

 

 察しがいいのかなんなのか。

 皐月はニコリと笑顔を浮かべる。

 

「……何?」

 

「聞いてくれますか~! ふふ。安曇さんはほら、名前を呼んでくれたじゃないですか」

 

 名前。

 いつの話だろう、と安曇は思考を巡らせる。

 

(学校か?)

 

 そう考えた時、森から足音がバタバタと聞こえてきた。

 

「安曇坊ちゃん! ご無事で!!」

 

 三林だ。

 塚原圭輔は中学生だし、安曇と皐月が運ぶには重い。

 

「うん。これ、霜月先生のところに運んで」

 

「んえお!? 塚原の坊ちゃんじゃないっすか!?」

 

 わあわあ騒ぎながら、中林が塚原圭輔を背負う。フットワークが軽いのはなかなか便利だなと安曇は思う。

 

「皐月」

 

「はい」

 

「あとは任せるよ。僕は帰る」

 

 いろいろな意味で疲弊していた。

 今はもう、休みたい。

 

 消えてしまったものが大きすぎて、ただ眠りたかった。

 

「はーい! 承知しました!」

 

 そうして帰路につき、塚原圭輔の一件は収まったかに見えたのだが──

 

 

 

 ***

 

 

 瑣末な事も、いざという時に綻ばないように確認しておかねばならない。

 安曇はそう考えている。

 

 対の館へ潜入という無茶をしてくれた塚原圭輔は、霜月医師の管理する病室で休んでいた。

 

 目覚めたという連絡が来たのは三日も経ってからだった。

 

(全部忘れてるならいいんだけどね)

 

 これ以上、あの場所を荒らされたくない。そう考えたのだが──

 

「来るな! 来るな!! 来るなぁ!!」

 

 目を覚ました塚原圭輔は、確かに何の記憶もなかった。しかし。

 

「化け物! 殺されるぅ!!」

 

「……どういうこと?」

 

 安曇を見て取り乱し、ベッドの後ろに転げ落ちた。

 ガシャンと音を立ててサイドテーブルに置かれていたグラスが飛んできたのには、さすがにゲンナリする。

 

「ん~、念のため聞きますがぁ、安曇くん、何かしましたか~?」

 

 霜月医師が困ったように眉を寄せて安曇を見つめる。

 医務室は塚原圭輔のせいで物が落ち、壊れ、荒れていた。

 

「特に何も」

 

「んまぁ、安曇くんはそうかもですねぇ。ん~」

 

 霜月医師は唸ったあと、塚原圭輔を落ち着かせに向かう。

 安曇は仕方なく居住スペースに移動した。

 

 こちらの部屋は荒れ果ててなくて何よりだ。

 

「安曇さん、大丈夫ですか? 何か当たったり……」

 

 時雨が麦茶を出しながら安曇と病室の方を交互に見る。

 

「当たらなかったからね。ずっとああなの?」

 

「えっと……安曇さんと、塚原幹部に対してあんな感じで……」

 

 安曇は特に何かをしたつもりもないが、その選抜であるならば記憶が混濁した圭輔が変な妄想に取り憑かれたのかもしれない。

 

「んまあ、あれですよ~。何か怖い目にあって、ショックで記憶がグシャッとねぇ? そこに自分が苦手なものを……こう! ミックス!!」

 

 疲れたような顔をした霜月医師は、それでも謎のテンションで身振り手振りで説明する。

 

「……まあ、ロクなものではないということがわかるね。僕はともかく、実の父親もって辺りが」

 

「ですねぇ。塚原幹部が息子を虐待! なぁんて話も出てたんですがねぇ。安曇くんもとなると、そぉんな感じだと考えられますねぇ」

 

 霜月医師は肩をグリグリと回している。

 

 化け物と言われて、何かを目撃したのかと思ったがそうではなさそうだ。

 そもそも、あの時間に影が外に出ることもなかっただろう。

 

(僕としては、圭輔が何も覚えていないことを確認できたからいいけど)

 

 麦茶は冷たく、一口飲めばカランと氷が鳴る。

 

 その音に合わせるかのようにスマホが鳴った。確認すればジュリアだ。

 

「……」

 

 白夜へ行く日程が決まった。

 遅くなってしまったが、継葉の願いを届けるその日が。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。