黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第55話 不毛な争い

 

 

 黒鉄組では、定期的に幹部会が開かれる。参加する幹部は自分の組を持っている傘下の組長、あるいは黒鉄組の古参幹部だ。

 他の組がどうだか安曇は興味もないが、ずっとこの形式を続けてきたと聞く。

 

 もっともそれは大人の話であり、参加すらしない子供たちには関係ない。──通常ならば。

 

 

「幹部会を始めるわ」

 

 

 上座に座ったのは結衣子だ。

 瀬良はいつものように司会を務めるらしい。

 今回の幹部会は安曇と総司はもちろんのこと、見知った顔──幹部の子息たちも参加している。

 

(幹部たちの野心が見えるな……)

 

 隣の総司は険しい表情で正座している。隆盛の死、これまでひたすら後継者として生きてきた矜持を考えても、心中複雑なのだろう。きつく握りしめた拳が心境を表しているように震えていた。

 

 ヒリついた空気が大広間に広がっていく。それを意に介さない様子で結衣子は瀬良を見る。

 

「早く進めなさい!」

 

「……わかりました。すでに報せは受けただろうが、組長が狙撃された。手は尽くしたが……間に合わなかった」

 

 すでに知らされているはずの内容に、幹部たちはざわめく。

 

「テメェが付いていながらどういうことだ!?」

 

 塚原幹部がドスを聞かせた声で瀬良を睨む。視線を受けた瀬良は、言い訳もせずにそれを受け止めた。

 

「狙撃手にも逃げられた。探らせてはいるが、返す言葉もねぇ」

 

「あぁ? 腑抜《ふぬ》けたこと言いやがって」

 

 安曇が知る限り塚原幹部は粗暴だが、幹部の中ではかなり組長に可愛がられた位置だった。だから圭輔の騒動の時も、後見人候補から完全な脱落はしなかった。

 

(まあ、圭輔が錯乱してたというのもあるけど)

 

「まあまあまあ」

 

 結衣子の横に座っていた細谷が大仰に両手を振る。

 

「あぁ?」

 

「今は責める時じゃないだろう。そもそも今回は安曇の希望で急に決まった事だしさ、最小限の準備しかできなかったんだって~」

 

 仲介に入った細谷がチラリと安曇に目を向ける。実に綺麗な誘導だ。

 

 細谷の声と視線に合わせて、いくつかの視線が安曇に集まった。

 

 ──好奇、疑惑、警戒、嫌悪。

 

(懲りない男だな)

 

 横の総司もチラリとこちらを見たが、あえて反応する必要もないので無視をする。

 

「嫌な言い方ねぇ。性格の悪いオヤジは嫌われるわよ?」

 

 ジュリアが睨むように細谷を見つめるが、細谷はどこ吹く風だ。

 

「んー? 俺が何かしたかい?」

 

 細谷はにこやかに肩を竦めた。

 正面に座っていたジュリアはしかめっ面をして押し黙る。

 

 ──バンッ!

 

「とにかく!! 次の組長を決める必要があるわ!!」

 

 結子が畳を殴ると、幹部連中は押し黙った。瀬良は一瞬安曇を見たが、安曇は反応しないことで返事をする。

 

(そう、ここからだ)

 

「まあ、順当に総司じゃないか?」

 

 さも当然と言うように言う細谷の提案に、ジュリアの横に座っていた男が頷く。

 

「うちもそれに異論はないですね」

 

 メガネをクイッとあげて神経質そうな様子を見せたこの男は、都築豊の父親だ。

 隣に座る豊は、安曇と目が合うとビクリと肩を震わせ、そっぽを向いた。

 こちらは懲りているらしい。

 

「いやぁ、総司ってことは実質お前が名乗るようなもんだろ? 細谷」

 

 塚原が嘲るような笑みを浮かべて細谷を見つめる。

 

 現状、総司はまだ十二歳。組を率いるには早すぎる。当主に立てても良いだろうが、表舞台に立つには別の大人が必要だ。

 

「んー? いやいや、まあ、そこはね? 仕方ないところだろ?」

 

 細谷はにこやかな笑みを浮かべ、槍玉に上がった総司は黙って塚原を見ている。その拳が白くなったのが見えた。

 

 総司が組長になるのなら、結衣子と細谷が組を仕切ることになるだろう。

 安曇が選ばれた場合、保留となっていた後見人の家が力を持つことになる。

 

「仕方ない、じゃねぇよ。ちょっと調子に乗りすぎなんじゃねぇのか?」

 

 塚原か。

 安曇は、眉間に皺を寄せた塚原を見る。

 

「塚原君こそさぁ、そんな目くじら立てることじゃなくない? 総司に権利があるのはわかるだろ~?」

 

「あー? 安曇坊ちゃんにも権利ならあんだろ。テメェの都合のいいように動かしてんじゃねぇぞ?」

 

 腰を浮かせた塚原を、隣に座っていた野々宮が慌てて抑える。

 塚原の横──野々宮とは反対側にいる息子の和臣は、つまらなそうな顔で座っている。右腕に包帯がつけられているところを見ると、まだ怪我が治っていないようだ。

 

(ここを見る限り塚原は、計画を立てて組長を暗殺しようとした家には見えないな)

 

 視線を逸らそうとした瞬間、和臣と目が合った。和臣の顔にパッと笑みが浮かぶ。──厄介な狂犬に目をつけられた気がする。

 

 安曇は息をついて和臣を無視した。

 

 半ば口論になりつつある大広間を、安曇は静かに眺める。

 空調の効いた部屋だというのに、煙草の煙と大人の熱気で少し蒸し暑く感じた。

 

「鮎川さん、あんた静かじゃないですか。安曇坊推さなくていいんですか?」

 

 でっぷりした腹を揺らして、ひっきりなしに汗を拭いているのは佐野だ。隣の鮎川に絡むように声をかける。

 

「どうにも騒がしいからね。うちは組長の喪に服して見守っておくさ」

 

 鮎川は佐野に視線を送ることすらなく、煙草に火をつけた。

 

「けど、あんたのとこにもお鉢が回るかもしれんでしょ? 降りるなら降りると言った方がいいんじゃないですか?」

 

「大人の権力争いに、ガキどもを巻き込むのは気が引けるんでね」

 

 鮎川は特に口出しをするつもりはないようだ。佐野の言葉にも適当に返しながら、煙草をふかしている。

 

 佐野稔理の小心さは父親譲りか。学校での様子を思い浮かべながら、安曇は鮎川に袖にされてアワアワしている佐野を見ていた。

 

(佐野の線はないな)

 

 視線をずらすと皐月が見える。

 鮎川幹部の隣に座っていた皐月は大人たちを興味深そうに眺めていたが、安曇と目が合うと小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 明け方部屋に戻ってから、安曇には監視がついた。おそらく結衣子の癇癪に細谷が手を回したものだろう。

 安曇としては迷惑な話だが、各々の動向を見る上ではいいのかもしれないと受け入れた。そこに──窓をコンコンと叩く音がした。

 

「(安曇さん)」

 

 窓を開ければ薄暗い時間に、子供がふたり。庭から忍び込んだ皐月と時雨が顔を出した。

 

「安曇さんが戻るの待ってたんですよ。組長が撃たれたって大騒ぎでしたから」

 

「大丈夫ですか……?」

 

「うん、僕に怪我はないよ」

 

 呼んだわけではないが、こうして来てくれるのは都合がいい。朝には幹部会が始まってしまう。

 

「食事とれました? チョコ差し入れに持ってきましたよ」

 

「あ、俺はお茶持ってきました!」

 

 少年たちの気遣いがどこか暖かい。

 厄介なことが続いていて固まっていた心が、わずかにほぐれていくような気がした。

 

 灯りを消し声を顰《しか》めながら、彼らは小さなランプの中、お茶とチョコを並べる。

 その様子に息をつきながら、安曇は時雨に目を向ける。

 

「時雨、霜月医師から話は聞いている?」

 

 隆盛の容態を黒鉄組に秘匿とするには、窓口の霜月医師を介する他ない。そこは瀬良とも打ち合わせた部分だ。

 安曇の質問に、時雨は小さく頷いた。

 

「聞きました。父さんからは、安曇さんを助けるようにって」

 

「ん? 何の話ですか?」

 

 皐月に説明してやれば、皐月はなるほど……と呟き顎に手を当てる。

 

「明日参加するメンバーが怪しいということですね」

 

「病院に問い合わせはきてないみたいです」

 

 隆盛の生死確認をした人間はいない。

 いち早く瀬良に情報を回させたのが上手く機能したようだ。

 

「あ、僕からも報告が。塚原圭輔くんですけど、だいぶいい子になりましたよ」

 

 にこりと笑う皐月。

 

「いい子?」

 

「はい! 僕の舎弟になりたいそうです!」

 

「……」

 

 時雨が怯えるように皐月から距離をとった。

 

(時々腹黒いな)

 

 まあ、安曇としては役に立つならそれでいい。皐月が楽しそうなのは放っておこうと思う。

 

「ということで、塚原家の内情は圭輔に探らせることにしますね」

 

「うん。今回の一件で動機がありそうなのは細谷、鮎川、塚原あたりだけど……」

 

「うちは組長殺したりしませんよ!?」

 

「わかってるよ」

 

 あくまでもメリットだけ見るのなら、だ。

 

 そういう意味では白夜も容疑者に含まれなくはない。とはいえ、彼らはお役目の重要性を知っている。黒鉄組に管理を任せている現状、こちらを潰そうとするとは考えにくい。

 

(やはり細谷だろうか……)

 

「犯人をどうするつもりですか?」

 

 皐月の言葉に、時雨が不安そうに安曇を見る。

 

「彼らの目的が権力なら、それ相応の目にはあってもらうよ」

 

 もちろん、それを決めるのは隆盛自身になるだろうが。落とし前というのはそういうものだ。

 

「別の目的があると?」

 

「さぁね。それを知るための隠蔽だし、幹部会だ」

 

 現状、隆盛が死んで得をするものは権力以外に見えてこない。だとすれば、犯人側の思惑に乗ることで見えてくるものを見るしかない。

 

「ふむ。じゃあ、僕は、とりあえず安曇さんとの関係は伏せますね」

 

「うん、それでいいよ」

 

 細谷と結衣子に、安曇に罪を着せようとしている動きが見えた。ここが黒なら安曇は孤立している方が良いだろう。

 

「俺は、参加できないから当主様の様子を見ておきます。目が覚めたら、今回のことを伝えるんですよね?」

 

「そうだね、まず目覚めたら連絡して」

 

「はい! わかりました!」

 

 時雨は噛み締めるようにして頷いた。

 

 あとは幹部会だ。誰がどう動きを見せるか。安曇は白んできた空を見つめる。

 

(まあ、大多数は総司を推すだろうが……)

 

 

 

 ──バンッ!!

 

「継ぐのは総司に決まってんでしょ!? あんたらは何を勝手なこと言ってんのよ!?」

 

 大広間に、結衣子の甲高い声が響く。

 

 燃えるような怒りを湛えた結衣子の様子に、揉めていた幹部たちは押し黙った。

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