シンと静まり返った大広間に、幹部たちの思惑が混ざった視線が行き交う。
隣の総司は僅《わず》かに俯き、再び拳を強く握っていた。
(心中複雑なのだろう)
総司一色じゃなかったのは矜恃《きょうじ》を傷つけただろうし、こんなゴリ押しは組の今後に響く。そこまで気にしてるかどうかは知らないが。
「……では、決を取る。総司さんか、安曇さんか。挙手するように。まずは総司さん」
咳払いをした瀬良がまとめた。
結衣子が睨んだが、顔色ひとつ変えずに瀬良は進行していく。
幹部たちは互いの様子を伺いながらも、パラパラと手が上がる。
上げていないのはジュリア、塚原をはじめとした安曇側と、鮎川など中立派だ。
(鮎川はともかく、中立派は挙げると思ってたけど……)
少し意外だ。
鮎川が挙手しなかったので、隣の佐野なんかは目を丸くしている。
「過半数届かずか。では、安曇さん」
真っ先に挙げたジュリアを筆頭に再びパラパラと手が上がるが、こちらは総司の時より少なかった。中立派はやはり動かず、鮎川のみ挙手をした。
「挙手してない連中の意見を聞こうか」
瀬良の言葉に眉を顰《しか》めた幹部たち。
「どうにも事が性急すぎませんか。当人たちも子供なんですから、まずは幹部の中から出すべきでは?」
「後ろで立つ幹部から決めるべきでしょ?」
「まずは瀬良さんが立っとけばいいんでは?」
ザワザワとまた好き放題に言葉が飛び交う。収拾がつかない状況に、これが黒鉄組かと思うと少々うんざりしてしまう。
(でも……)
お役目への理解の欠片もない総司やその他の幹部が継いだとして、対の館は守られるだろうか。
「……」
それぞれ説明していくことは可能だろう。でもそれを知った時、果たしてこの組はまとまるのか。
危険なものと判断して館を破壊するような輩が出るかもしれない。
「安曇さんは呪われてんだろ? 言い方はアレだが、二十歳まで生きない人に当主を任せんのはねぇ」
「テメェ……言っていいことと悪いことさえ理解できねぇか!?」
中立派に便乗して、安曇派と総司派も互いを否定し始めた。チラリと見れば結衣子は顔を真っ赤に染め上げ、怒りで肩を震わせている。結衣子が再び畳を殴ろうと手を挙げた。──が。
その手を止め、細谷が立ち上がる。
突然立ち上がった細谷に幹部たちの視線が集まった。
一瞬大広間が静まり返る。
「……なぁ、わかるよ?」
まるで隣の友人に語りかけるように静かな細谷の声が、大広間全体に染みていく。
「権力を手にしたい、自分の力を振るいたい……そういうのは誰にでもあるよな」
細谷はゆっくりと大広間を歩いていく。それぞれの幹部の顔を見て、視線を合わせてじっくりと。言い聞かせるような声だった。
「けど、考えてくれ。本当にそれでいいのか?」
「……」
「……」
よくわからないといった様子で、幹部たちは互いに顔を見合わせる。
「俺たちが割れてていいのか? もしかしたら……もしかしたら、白夜が子供を使って黒鉄に仕掛けてるのかもしれないだろ?」
安曇の片眉がピクリと動く。
細谷は安曇を名指ししたわけではないが、意図は明白だ。
「組長が倒れた今こそ、俺たちはまとまらなきゃいけない。それぞれの気持ちもわからなくはないが、今は我慢してくれ」
大仰に身振り手振りで演説を繰り広げていく。為政者のようでもあり、民衆を誑《たぶら》かす煽動者《せんどうしゃ》でもある。
(ロクなもんじゃないな)
「……じゃあ、どうするんだ?」
都築が確認するように聞けば、細谷は大きく頷いた。
「そりゃあ、もちろん、総司を据える」
そしてすぐさま苦笑するように表情を変え、周りを安心させるかのように首を振った。
「あー、誤解しないでほしい。俺のためじゃない。考えてみてくれ? 総司はこれまで、あんなに頑張ってきたじゃないか」
再び高らかに演説が始まる。
両手を広げくるりと振り返り、多くの者の目を見つめ、総司を讃えるように声を張る。
「あの子がどれほど跡継ぎのために学んできたか……みんな知ってるだろ? それを排斥しようなんて……酷いじゃないか」
「それは……まぁ……」
中立派の声が揺らいでいく。
全くもって見事だ。
「では、総司さんで問題ないか? 反対意見のある者は?」
瀬良の言葉に、先程までの勢いを削がれた幹部たちはチラチラと周りを見始める。挙手する者は──いない。
「では、これにて総司さんを次期当主に──」
その瀬良のまとめの言葉を、静かな声が遮った。
「──私も意見を言っても、よろしいかな?」
誰も予期していない穏やかな……けれどもはっきりとした声。
安曇でさえ、一瞬腰を浮かせてそちらを──大広間の入口を見つめた。
あれだけ熱を帯びていた大広間が沈黙する。全員の視線が声の主に集中していた。
そこにいたのは杖をついた老人──最古参幹部の奥村だった。
「奥村さん……?」
「謹慎中では?」
「なんで謹慎なんだっけ?」
「いや、よく知らん」
ザワザワと大広間に波紋が広がる。決まりかけていた流れが止まった。
(退院したのか)
あの飛び降り以降、謹慎もあったが入院していたはずだ。杖をついているところを見る限り、まだ本調子ではないのかもしれない。
「奥村さん。……意見をどうぞ」
瀬良の言葉に頷き、奥村は大広間のいつもの自分の位置に腰掛けた。
「まぁ、細谷の意見はわかるがね。だが組長ってのは、子供の努力云々で決まるもんじゃねぇ。組の顔になるってことだろう?」
「それは……」
幹部たちは互いの顔を見合わせる。
奥村の言うことにも一理ある。
「何も焦ることはない。まずは大人がしっかり立つべきだ。それから未来を託す子供を決めたらいい。何も総司坊ちゃんに限らず、広く見ていきゃあいい」
「……」
細谷は答えを考えるように黙る。
「総司坊ちゃんも、今すぐ背負えってのは酷でしょう。競走にはなりますが……総司坊ちゃんはすでに一歩も二歩もリードしてる。良い刺激になりますよ」
にこりと総司に向かって微笑む奥村。
総司は戸惑うような素振りを見せながらも、しっかりと頷いた。
その様子を細谷は苦笑いしながら見ている。総司に頷かれてしまえば、無理に押すことは難しくなるだろう。
「──というのが私の意見です。いかがかな?」
瀬良は神妙な面持ちで頷いたが、横の結衣子は苦い表情をしていた。
「他に意見は?」
考え込む幹部がほとんどだ。
あれほど騒いでいた連中も何も言わない。
(細谷にしろ、奥村にしろ……)
扱いにくい大人が多い。
安曇は重い息をつく。
「俺の意見としては、一度この件は持ち帰りとする。各々考え、次回までに立候補する者、推薦する者を決めてくれ。……結衣子さん、それで良いですね?」
「チッ……わかったわよ」
瀬良がまとめると、結衣子は細谷と奥村を睨んで頷き、飽きたように席を立った。それを合図に、幹部たちも席を立つ。
──そうして幹部会は解散となった。
***
さすがに、細谷の言葉だけで安曇が隆盛を殺したとは考えないだろう。しかし疑惑が向いたことは事実。
安曇は思わずため息が零れた。
そろそろ死水の様子を見に行きたいが、今動くのは得策ではないだろう。人目が多い。
(……厄介な)
なんだか酷く疲れている。
考えてみれば、昨日からほとんど休んでいない。
気怠さを誤魔化すように布団に体を預ける。
幹部会の様子を見る限り、動きがあったのは細谷だ。
細谷にとって、総司、安曇、細谷自身、息子の貴雄。この誰が当主になろうとも利益がある。
安曇に疑惑の目を向けさせるのも秀逸だった。
(疑惑止まりにするのが上手い)
白夜と全面戦争にはならない。しかし組を団結させる手段にも、下手な犯人探しを止めさせるのにも有効だ。
そして動いたもうひとり──奥村。
あの老獪な幹部は何を考えているのだろうか。
安曇に敵意を持っているのなら、素直に総司を推しても良かったはず。
「……」
嫌悪の籠った目を向けられたのを覚えている。つまり、単純に柘植が憎いのだろうか……。
だとすれば、一応の動機はあると言える。
そうして、思考とともに眠りに落ちかけた安曇を──
「火事だー!!」
闇を貫くような大声が現実に引き戻す。
思わず飛び起き、窓を見る。そこには。
「!」
夜の闇を消し去るような明るさがあった。対の館のある森が──燃えていた。