黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第57話 赤き炎に包まれる

 

 

「安曇さん、出ないでください!!」

 

 扉を開ければ、下っ端の男ふたりが安曇を抑えた。監視していたようだ。

 

「どけ!」

 

 安曇が怒鳴ると下っ端たちは一瞬体を震わせたが、すぐにまた腕に力を込める。

 

「火事なのは聞こえましたが、安曇さんはここにいてください!」

 

「子供にできることはないでしょう!」

 

 思わず奥歯がギリッと音を立てる。

 

(このわからず屋ども……!)

 

「あの森と館は僕が隆明叔父さんから継承したものだ。僕には何が起きているか知る権利がある!」

 

 森が燃えるのも迷惑な話だが、それ以上に対の館が燃えていたら厄介だ。死水がどうなるのか想像もつかない。

 

 言い切ると下っ端たちは口篭り、互いの顔を見合わせた。

 それでも掴んだ腕を離そうとしない。

 

 いっそ殴るしか。安曇がそう考えた時──

 

「がっ!!」

 

 ドカッという音とともに下っ端のひとりが崩れ落ちる。

 

「え!? うばっ!」

 

 振り返ろうとした下っ端も横から蹴りが入って吹き飛ぶ。

 

「ちょ!? 和臣《かずおみ》くん、やり過ぎでは!?」

 

「ははっ! 雑魚どもなんだからしゃーねーじゃん」

 

 鮎川皐月と、塚原和臣がそこに立っていた。

 

「お前たち……」

 

 倒れた下っ端は見事に気絶しているようだ。やったのは和臣か。

 

「安曇さん、状況の報告です。対の館が燃やされてます!」

 

「……森ではなく?」

 

「館のようです。わざわざ周りの木を切り倒してまで燃やしたみたいですね……」

 

 何故わざわざそんなことを……。

 少なくとも、あの場所に手を出す権利は誰にもないはずなのに。

 

 苦い顔で頷く皐月に、和臣が笑う。

 

「で、どーすんの?」

 

「いや、和臣くんはなんで参加してる風なんですか? 部外者では?」

 

「んーなこというなよ~。止めに行くんだろ?」

 

 このふたりがなぜここにいるのか、それぞれ何をしに来たのか。聞きたいことはいろいろあるが、今は時間が惜しい。

 

「皐月、犯人は?」

 

「現状不明ですが、どこの下っ端が動けたのか調査中です」

 

 夜半のことだ。鮎川が動けばある程度の情報は手に入るだろう。

 

「至急で。命令を出した人間を捕まえる必要がある」

 

「了解です。あ、それと総司さんが結衣子さんと揉めてるのを見ました」

 

「……揉めてる?」

 

「はい。聞こえた感じだと、消火を手配してほしいという総司さんを、結衣子さんが叱りつけてるって感じでしたね」

 

「なるほど?」

 

 対の館の意味はわからずとも、歴代継承してきたものなのは総司も理解している。だからだろう。

 対する結衣子は、対の館なんて取り壊して更地にすべきという意見を主張をしてきた。

 

(細谷含めた総司派が、だけど)

 

 旗印の総司と意見が違っているというのは馬鹿らしい話だ。だが、その話が事実なら。

 

「じゃー、あのババァが犯人か?」

 

 和臣が腕を頭の後ろで組み、ケラケラと笑った。

 

「ちょ、呼び方ァ!」

 

「あー? ヒスばばぁ?」

 

 皐月は頭を抱えたが、和臣は安曇を見てニヤリと口元を歪ませる。その表情は挑発的でもあり、期待に満ちたものでもある。

 

「どーすんだよ、安曇坊ちゃん」

 

「……」

 

 対の館が焼ける。

 死水は──あの場所はどうなる?

 

(わからない)

 

 だからこそ、急いで火を止める必要がある。どうにもならなくなる前に。

 

「……ジュリアは?」

 

「ジュリアさんと三林さん達があちこちに声をかけて消火に向かってます。山火事に見えるので、消防が来るかもしれませんが……」

 

 消防が来てしまえば消火はできるだろうが、対の館が人目に触れる。

 

「皐月」

 

「はい」

 

「ここを任せる」

 

 倒れている下っ端を顎で指すと、皐月は露骨に顔を顰めた。

 

「うええ、これは和臣くんのせいじゃないですかぁ!」

 

「そのあと、使えそうな幹部連中を集めて母さんを制圧」

 

「ちょ、重くないですかー!?」

 

 叫ぶ皐月を無視して和臣に向き直る。

 

「単車持ってたろう?」

 

 まだ中学生だが、乗り回しているのを見たことがある。確か医務室に突っ込んで大目玉を食らっていた。

 

「おー。あるぜ」

 

「乗せて。対の館へ急ぐよ」

 

 皐月がすごい顔で安曇を見ていたが、そのまま玄関に向かう。

 

「火消しすんのか?」

 

「その場を仕切るんだよ」

 

「……はは!! いいじゃん!!」

 

 躊躇《ためら》う暇はない。──行動開始だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 バイクで森の側道を急ぐ。一時間かかる道を、ほんの十分程度で走破する。夜の闇を明るく照らしていた赤色は、近づけは確かな熱を持って木々を揺らしていた。

 

 ご丁寧に側道側から木々が切り倒され、森への道が出来ていた。

 

「トラクターか何か使ったのか……?」

 

 側道からは舗装されてない山道になる。バイクを降りようと安曇は先を見つめていたが……

 

「和臣!?」

 

 バイクは止まることなく側道から山道に乗り込んだ。

 

「タイヤの跡がある! そのまま行くのが速ぇ!!」

 

 思わず和臣にしがみつく。

 後ろに子供が乗っている事実を忘れているんじゃないか。

 そう思う揺れ方で、バイクは山道を疾走した。

 

「安曇坊ちゃん!!」

 

 バイクに気づいた中林が顔をあげる。その顔は煤で黒く汚れている。

 

 確かに館の周辺はあらかじめ木を切り倒されていたのだろう。空間が広がっているので山火事にはなっていないようだった。

 

 館自体燃えにくい性質なのか、燻《くすぶ》る炎はあれど大きな燃え上がりは見えていないのも助かった。

 

「状況は?」

 

 見たところ、ジュリアの傘下の二十名程度が消化剤をばら蒔いている。

 死水の影響は出ていないようだが。

 

「石油をばら撒かれたみたいで。臭かった連中は森に逃げられました。消火で精一杯で……」

 

 追う余裕はなかったようだ。場所が場所なだけに、他の人手は呼びにくいだろう。

 

「わかった。そのまま消火して。中に入った人間はいる?」

 

「それですが、入ろうとした奴を捕らえてあります。気絶してるんで証言者としては使えないかもしれませんが……」

 

 対の館を燃やす計画を覚えていれば使える。それは目覚めてみなければわからないだろう。

 

「あー? 犯人か? 俺、知ってるぜー?」

 

「!?」

 

 和臣の言葉に中林は表情を固くし、安曇も和臣を睨む。

 

「野々宮綺良々だよ。たぶんひとりじゃねーけどな」

 

「……なんで野々宮《ののみや》綺良々《きらら》が?」

 

「さぁな? そこは自分で考えろよ。全部答え聞くような情けないことすんじゃねぇよ」

 

 和臣は挑発的に笑う。どうしても安曇のやり方を見たいようだ。

 

「なー、そんなことよりさぁ。逃げた奴探していいだろ?」

 

「……いいよ。殺さず、捕まえることができるなら」

 

 和臣は手で顔を扇ぎながら、安曇を覗き込む。

 安曇はハンカチで口を覆うと、頷いた。

 

「おっけぇー!」

 

 和臣はニヤリと笑って走り出す。

 

「……大丈夫でしょうか?」

 

「放っておけばいいよ。どちらにしても害にはならないだろう。それより、僕は中を確認してくる」

 

「んええ!? 無茶ですよ! 大きな火じゃなくても燃えてんですよ!?」

 

「だからこそ、中を見る必要が──」

 

 安曇の言葉を遮るように、突然森に轟音が響き渡る。

 

 ドガガガガ!!

 

「ブルドーザー!!」

 

「うおあ!」

 

 塚原和臣が慌てて戻ってくる背後から、木々を薙ぎ倒しまっすぐこちらに走ってくるブルドーザーが見えた。

 

 重機が走る方向にあるのは──対の館!!

 

 安曇は思わず駆け出した。

 

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