「臣兄ぃの裏切り者~!! めちゃおこだよ!!」
走り込む安曇の耳に、鼻にかかった甲高い声が届く。
「あー? 知らねぇよ! てか轢き殺す気かよ!?」
ブルドーザーの車線から横に飛び退きながら和臣が怒鳴る。
見ればブルドーザーを運転している下っ端の後ろに、きゃあきゃあと騒ぐ野々宮綺良々の姿があった。
「ちょっと!? アンタら、あのバカを止めな!!」
叫び声に目を向ければ、ジュリアの姿が見えた。三林とは対の館を挟んだ反対側で指示を飛ばしていたらしい。
「ジュリア!!」
「安曇坊ちゃん!? 危ないわよ!?」
ブルドーザーの動線へ飛び出した安曇の元へとジュリアが走る。
(退くわけには行かない!)
安曇はブルドーザーを──運転席を睨みつける。
運転席の男が驚いたように操作し、ブルドーザーはギギギと大きな音を立てて減速する。
「ちょちょちょ!! ミイラ邪魔ぁ!!」
綺良々が叫ぶ。
「安曇坊ちゃん!!」
ジュリアがその太い腕で安曇を抱きしめたのと、ブルドーザーが止まったのはほぼ同時だった。
「何してんだ、テメェらぁ!!」
そのドスの効いた声が、側道側から響いたのも。
「く、組長!?」
死んだことにされていた黒鉄組組長、柘植隆盛の姿がそこにあった。
「安曇さん!!」
「時雨!?」
瀬良に支えられた隆盛の横から走ってきたのは時雨だった。
「メッセージ送ったんですが、既読にならなかったので……何かあったのかと思って瀬良さんに連絡したんです。そしたら火事だって聞いて……」
「残った火を消せ!」
瀬良が下っ端たちに指示を飛ばす。
安曇がスマホを確認すれば、確かに隆盛の目覚めを報せるメッセージと、指示を仰ぐメッセージが届いていた。
(部屋で寝てた頃か……)
「当主様に事情を聞かれたので、簡単に説明はしました。その……余計だったですか?」
「いや、そんなことないよ。英断だ」
安曇が肯定すれば、時雨は雨に濡れた子犬のような表情からパッと顔を輝かせる。
「よ、良かった……」
「安曇」
声に顔を上げれば、瀬良の肩を借りた隆盛が安曇を見ていた。
「父さん」
「話は聞いた。この件は俺が預かろう」
「ブルドーザーに野々宮綺良々がいます。それから、母さんも一枚噛んでいるようです」
皐月が上手く動いていれば、向こうはある程度片付いているだろう。
「……あいつか。こんなことを考えるとはな。怪我は」
「ありません」
「わかった。瀬良、頭数揃えて森を探せ。他にもいるかもしれん」
隆盛は瀬良に目を向け、指示を出す。
「わかりました。結衣子さんはどうしますか?」
「そちらは鮎川に向かわせました」
瀬良の言葉に安曇が答える。
隆盛は一瞬安曇を見て、再び瀬良に目を向ける。
「ならそっちはいい。森が終わり次第、鮎川と合流して結衣子を俺の元へ連れてこい」
「承知しました」
頭を下げる瀬良に頷くと、隆盛は安曇を見る。その額には脂汗が浮いている。
「とりあえずこの場は瀬良に任せてお前は──」
「僕しか確認できないので、館の中を確認してきていいですか?」
帰れと言いたそうな隆盛の言葉を遮り、安曇はあちこち崩れている対の館を見つめる。
「……良いだろう。だが崩れ落ちる気配があれば即座に出てこい」
「わかりました」
「安曇さん……」
横で時雨が心配そうに眉を下げ、ジュリアは何か言いたそうに口を噤んだ。
「行ってくるよ。この場は任せる」
***
対の館の被害は甚大だった。
特に玄関側──居住区が酷かった。
「ゴホッ……」
煙で目が痛い。
中はまだまだ蒸し暑かった。
壁は煤で汚れ、部分的には穴が空いてしまっている。触れる場所を間違えれば焼けた壁や柱がミシリと音を立てる。
遺品の棚は消火剤にまみれていた。焦げ付いた棚の引き出しは出しにくい。
「中身は……くそっ!」
半分ほどは焼け焦げてしまっている。かろうじて形は残ったが、誰のものだったのか、なんだったのかわからないものも多かった。
安曇はグッと黒くなったぬいぐるみを握りしめる。
これは安曇にも責がある。
こんなに馬鹿なことをする奴らがいるとは思わなかった。
(無意味なことを……!)
大きく息を吐き、少しむせてから安曇は顔を上げた。
居住区はボロボロだが、地下はさすがに無事だろう。
先に死水の部屋を見たい。
安曇は奥の部屋へと足を向けた。
廊下は無事だが、壁には何ヶ所も焦げ付いた部分が見える。少し押せば穴が空くだろう。
最奥の死水の間。扉に焼けた形跡はない。
安曇は息を飲んで一気に扉を開けた。
「これは……!」
死水自体は変わらずそこにあった。
しかし部屋の床は一部が壁とともに焼け落ちている。
(煙い……)
薄ら煙が広がっていて、安曇は口のハンカチを巻き直した。
焦げた壁に触れば、灰になった木材がボロボロ落ちる。向こうの景色が見えるほどだ。
「どう見てもダメだな……」
まず最低限の補修が必要だろう。他人は呼べないし、自分でやるしか無さそうだ。
(死水は変わってないから、向こうは無事だと思うけど……)
問題は床だ。この惨状で影が出てきた場合、立ち回れるだろうか。足を取られて転んでしまえば命に関わる。
穴から影が外に出る可能性もあるかもしれない。
安曇は頭痛を感じてコメカミを押さえる。大きなため息が零れた。
床の穴は死水の部屋の四分の一程度。本当に頭が痛い。
「ん?」
床下に何かが──
安曇は目の端に映った色に疑問を覚えた。この暗い館に似つかわしくない色が見えた気がした。
部屋に入り、穴に歩を進める。
そして床の穴を覗き込むと、真下にあったのは。
(幻日石──!!)
死水が結晶になったかのように、床の下に水が零れ、その先に幻日石がゴロゴロ落ちている。
安曇は思わず息を飲んだ。
幻日石の大きさはバラバラだ。
本当に、少しずつ結晶化したのだという印象がぴったりはまる。
火に燃えた形跡は見えない。燃えないものなのかもしれない。
もしこれが外に出たら大変なことになる。
「ずっとあったのか……?」
この館ができてから、死水が落ちてこの幻日石になった?
決めつけるのは早いが、そうとしか思えなかった。
そして、その下にも木材が見えた。
「下に何か……」
床の下に何かを作った?
幻日石の保管場所だろうか。
(いや──)
あとから石が出来たのだとすれば合わない。
下に降りて確認すべきだろうか。
空間はそこそこ大きい。
高さ二メートルはあるだろう。何の準備もなく降りるのは無理だ。
「下に降りるには……いや、待てよ」
地下からなら──そこまで考えてハッとする。
安曇は走るように居住区に戻り、焼け落ちた壁のせいで開きにくくなった扉を蹴破る。
(石を保管するための場所を作ったわけじゃない)
煤が舞い上がり、安曇は思わず咳き込んだ。
喉の痛みと目の痛みを無視して階段を駆け下りる。転がり落ちる勢いで地下の部屋を開ける。そして。
(やっぱりか!)
頭上を見れば先程見た木の板が見える。
「地下室の上に……落ちていったのか」
地下の遺品部屋。それはちょうど死水の真下だ。偶然にしては出来すぎている。
『道に迷ってしまわぬように』
──命綱と言えばいいかな。
「繋ぎ止めるために……?」
水が零れ落ちるように、ぽたりと思考が落ちてくる。
紫苑との会話で引っかかった何かが、少しずつ形になりだしていた。
「……」
静かに置かれている白夜の遺品。
地下のジメジメした空間だ。お世辞にも良い保管場所ではないと思っていたけれど、もしかして意図的にこの場所だったのか。
そちらも近いうちに確認しなければ。
継葉の笑顔が頭をチラつく。
終わりを願っていた継葉。
「ゴホッ……はぁ」
これだけボロボロボロだ。
死水の向こうへ確認しに行けば、その間に館が倒壊している可能性もある。
(だけど──)
「守るのは……僕の役目だ」
──継承者としての。
安曇はゆっくりと死水の部屋へと足を向けた。