黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第58話 当主の威厳

 

 

「臣兄ぃの裏切り者~!! めちゃおこだよ!!」

 

 走り込む安曇の耳に、鼻にかかった甲高い声が届く。

 

「あー? 知らねぇよ! てか轢き殺す気かよ!?」

 

 ブルドーザーの車線から横に飛び退きながら和臣が怒鳴る。

 見ればブルドーザーを運転している下っ端の後ろに、きゃあきゃあと騒ぐ野々宮綺良々の姿があった。

 

「ちょっと!? アンタら、あのバカを止めな!!」

 

 叫び声に目を向ければ、ジュリアの姿が見えた。三林とは対の館を挟んだ反対側で指示を飛ばしていたらしい。

 

「ジュリア!!」

 

「安曇坊ちゃん!? 危ないわよ!?」

 

 ブルドーザーの動線へ飛び出した安曇の元へとジュリアが走る。

 

(退くわけには行かない!)

 

 安曇はブルドーザーを──運転席を睨みつける。

 運転席の男が驚いたように操作し、ブルドーザーはギギギと大きな音を立てて減速する。

 

「ちょちょちょ!! ミイラ邪魔ぁ!!」

 

 綺良々が叫ぶ。

 

「安曇坊ちゃん!!」

 

 ジュリアがその太い腕で安曇を抱きしめたのと、ブルドーザーが止まったのはほぼ同時だった。

 

 

「何してんだ、テメェらぁ!!」

 

 

 そのドスの効いた声が、側道側から響いたのも。

 

「く、組長!?」

 

 死んだことにされていた黒鉄組組長、柘植隆盛の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

「安曇さん!!」

 

「時雨!?」

 

 瀬良に支えられた隆盛の横から走ってきたのは時雨だった。

 

「メッセージ送ったんですが、既読にならなかったので……何かあったのかと思って瀬良さんに連絡したんです。そしたら火事だって聞いて……」

 

「残った火を消せ!」

 

 瀬良が下っ端たちに指示を飛ばす。

 

 安曇がスマホを確認すれば、確かに隆盛の目覚めを報せるメッセージと、指示を仰ぐメッセージが届いていた。

 

(部屋で寝てた頃か……)

 

「当主様に事情を聞かれたので、簡単に説明はしました。その……余計だったですか?」

 

「いや、そんなことないよ。英断だ」

 

 安曇が肯定すれば、時雨は雨に濡れた子犬のような表情からパッと顔を輝かせる。

 

「よ、良かった……」

 

「安曇」

 

 声に顔を上げれば、瀬良の肩を借りた隆盛が安曇を見ていた。

 

「父さん」

 

「話は聞いた。この件は俺が預かろう」

 

「ブルドーザーに野々宮綺良々がいます。それから、母さんも一枚噛んでいるようです」

 

 皐月が上手く動いていれば、向こうはある程度片付いているだろう。

 

「……あいつか。こんなことを考えるとはな。怪我は」

 

「ありません」

 

「わかった。瀬良、頭数揃えて森を探せ。他にもいるかもしれん」

 

 隆盛は瀬良に目を向け、指示を出す。

 

「わかりました。結衣子さんはどうしますか?」

 

「そちらは鮎川に向かわせました」

 

 瀬良の言葉に安曇が答える。

 隆盛は一瞬安曇を見て、再び瀬良に目を向ける。

 

「ならそっちはいい。森が終わり次第、鮎川と合流して結衣子を俺の元へ連れてこい」

 

「承知しました」

 

 頭を下げる瀬良に頷くと、隆盛は安曇を見る。その額には脂汗が浮いている。

 

「とりあえずこの場は瀬良に任せてお前は──」

 

「僕しか確認できないので、館の中を確認してきていいですか?」

 

 帰れと言いたそうな隆盛の言葉を遮り、安曇はあちこち崩れている対の館を見つめる。

 

「……良いだろう。だが崩れ落ちる気配があれば即座に出てこい」

 

「わかりました」

 

「安曇さん……」

 

 横で時雨が心配そうに眉を下げ、ジュリアは何か言いたそうに口を噤んだ。

 

「行ってくるよ。この場は任せる」

 

 

 

 ***

 

 

 

 対の館の被害は甚大だった。

 特に玄関側──居住区が酷かった。

 

「ゴホッ……」

 

 煙で目が痛い。

 中はまだまだ蒸し暑かった。

 

 壁は煤で汚れ、部分的には穴が空いてしまっている。触れる場所を間違えれば焼けた壁や柱がミシリと音を立てる。

 

 遺品の棚は消火剤にまみれていた。焦げ付いた棚の引き出しは出しにくい。

 

「中身は……くそっ!」

 

 半分ほどは焼け焦げてしまっている。かろうじて形は残ったが、誰のものだったのか、なんだったのかわからないものも多かった。

 

 安曇はグッと黒くなったぬいぐるみを握りしめる。

 これは安曇にも責がある。

 こんなに馬鹿なことをする奴らがいるとは思わなかった。

 

(無意味なことを……!)

 

 大きく息を吐き、少しむせてから安曇は顔を上げた。

 

 居住区はボロボロだが、地下はさすがに無事だろう。

 先に死水の部屋を見たい。

 安曇は奥の部屋へと足を向けた。

 

 廊下は無事だが、壁には何ヶ所も焦げ付いた部分が見える。少し押せば穴が空くだろう。

 

 最奥の死水の間。扉に焼けた形跡はない。

 安曇は息を飲んで一気に扉を開けた。

 

「これは……!」

 

 死水自体は変わらずそこにあった。

 しかし部屋の床は一部が壁とともに焼け落ちている。

 

(煙い……)

 

 薄ら煙が広がっていて、安曇は口のハンカチを巻き直した。

 

 焦げた壁に触れば、灰になった木材がボロボロ落ちる。向こうの景色が見えるほどだ。

 

「どう見てもダメだな……」

 

 まず最低限の補修が必要だろう。他人は呼べないし、自分でやるしか無さそうだ。

 

(死水は変わってないから、向こうは無事だと思うけど……)

 

 問題は床だ。この惨状で影が出てきた場合、立ち回れるだろうか。足を取られて転んでしまえば命に関わる。

 穴から影が外に出る可能性もあるかもしれない。

 

 安曇は頭痛を感じてコメカミを押さえる。大きなため息が零れた。

 床の穴は死水の部屋の四分の一程度。本当に頭が痛い。

 

「ん?」

 

 床下に何かが──

 

 安曇は目の端に映った色に疑問を覚えた。この暗い館に似つかわしくない色が見えた気がした。

 

 部屋に入り、穴に歩を進める。

 そして床の穴を覗き込むと、真下にあったのは。

 

(幻日石──!!)

 

 死水が結晶になったかのように、床の下に水が零れ、その先に幻日石がゴロゴロ落ちている。

 

 安曇は思わず息を飲んだ。

 

 幻日石の大きさはバラバラだ。

 本当に、少しずつ結晶化したのだという印象がぴったりはまる。

 

 火に燃えた形跡は見えない。燃えないものなのかもしれない。

 もしこれが外に出たら大変なことになる。

 

「ずっとあったのか……?」

 

 この館ができてから、死水が落ちてこの幻日石になった?

 決めつけるのは早いが、そうとしか思えなかった。

 

 そして、その下にも木材が見えた。

 

「下に何か……」

 

 床の下に何かを作った?

 幻日石の保管場所だろうか。

 

(いや──)

 

 あとから石が出来たのだとすれば合わない。

 下に降りて確認すべきだろうか。

 

 空間はそこそこ大きい。

 高さ二メートルはあるだろう。何の準備もなく降りるのは無理だ。

 

「下に降りるには……いや、待てよ」

 

 地下からなら──そこまで考えてハッとする。

 

 安曇は走るように居住区に戻り、焼け落ちた壁のせいで開きにくくなった扉を蹴破る。

 

(石を保管するための場所を作ったわけじゃない)

 

 煤が舞い上がり、安曇は思わず咳き込んだ。

 

 喉の痛みと目の痛みを無視して階段を駆け下りる。転がり落ちる勢いで地下の部屋を開ける。そして。

 

(やっぱりか!)

 

 頭上を見れば先程見た木の板が見える。

 

「地下室の上に……落ちていったのか」

 

 地下の遺品部屋。それはちょうど死水の真下だ。偶然にしては出来すぎている。

 

『道に迷ってしまわぬように』

 

 ──命綱と言えばいいかな。

 

「繋ぎ止めるために……?」

 

 水が零れ落ちるように、ぽたりと思考が落ちてくる。

 紫苑との会話で引っかかった何かが、少しずつ形になりだしていた。

 

「……」

 

 静かに置かれている白夜の遺品。

 地下のジメジメした空間だ。お世辞にも良い保管場所ではないと思っていたけれど、もしかして意図的にこの場所だったのか。

 

 そちらも近いうちに確認しなければ。

 継葉の笑顔が頭をチラつく。

 終わりを願っていた継葉。

 

「ゴホッ……はぁ」

 

 これだけボロボロボロだ。

 死水の向こうへ確認しに行けば、その間に館が倒壊している可能性もある。

 

(だけど──)

 

「守るのは……僕の役目だ」

 

 ──継承者としての。

 

 安曇はゆっくりと死水の部屋へと足を向けた。

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