黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第59話 企の綻び

 

 

 死水の向こうは一見普通の風景だった。

 

「対の館は変わらずか」

 

 向こうの世界では半壊したが、こちらはまだきの色も新しい。

 安曇はホッと息を吐く。

 

 しかし館の外に出ると──

 

「これは……」

 

 いつもは無限に広がっている田園風景。それがいやに少なく見える。

 安曇は空を見る。いつも快晴の空なのに、今はどことなく色が薄い。

 

(世界が薄まった……?)

 

 火災の影響か。

 しかし、現実世界で死水は変わっていなかった。

 

 安曇はあぜ道を見つめながら、自分の思考を整理する。

 遺品の部屋で浮かんだ考えが真実味を帯びてきたかもしれない。

 

 ──もし、そうだとすれば。

 

 一度戻って試してみるか。

 しかし……確証もない。

 

 今にも崩れそうな館を思い浮かべる。

 確かめる余裕があるかどうか……。

 

(難しいな)

 

 館の破損によって外に影響が出るかもしれない。

 先に館の片付けと補修をした方がいい。

 

「……師匠、もう少し……待っててください」

 

 必ずカタをつけるから。

 ──黒鉄屋敷に戻らなければ。

 

 安曇は深いため息を吐く。

 

 

 

 死水から戻れば、壁の穴が広がっていた。

 外でジュリアたちが声を上げて燻った火を消している。

 

(本当に余計な真似をしてくれた)

 

 苛立ちを抑えながら、安曇は館を見て回る。

 

 なぜ犯人は館を燃やしたのか。

 処分したかったにしても、あまりにも杜撰なやり方だと思う。

 

 野々宮綺良々の暴走だろうか。

 

 安曇の記憶では綺良々はあまり賢い方ではないし、常に圭輔の腕にぶら下がっていたように思う。

 ひとりで何かをするタイプには見えなかった。

 

「今回の暗殺未遂と関係あるのか……?」

 

 安曇に罪を着せたがっていた細谷と結衣子。

 そこを踏まえれば今回の件は──

 

(……対の館に行くべきではなかった?)

 

 安曇のその予測は、黒鉄屋敷に戻ってすぐにわかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 対の館から出て、待ち構えていた三林たちの手を借りて屋敷に戻った。

 

「俺らは森に戻ります。まだジュリアさんたちが後始末してるんで」

 

「うん」

 

 安曇が対の館にいる間に、隆盛は先に帰っていた。あの体調なら当然だろう。そもそも病院から抜けてきたようなものだろうから。

 

 和臣は勝手に行動していたことがバレて呼び戻されたのだと、大林が苦笑いしながら説明した。

 

(皐月は──)

 

 広間に足を向けたところで、泣きわめくような声が聞こえた。

 

「だからぁ!! あのミイラの指示だってばぁ!!」

 

 また何の話だ……。

 

 安曇は少々うんざりしながら広間を覗き込む。そこでは厳しい男たちに囲まれて泣きじゃくる綺良々がいた。

 

「安曇坊ちゃんの指示とはどういうことだ?」

 

 どうやら安曇にここでも被せたいらしい。少し様子を見ようと扉の影に身を隠す。

 

「うー! だから……えっと……くみちょー暗殺の……めくろまし? えっと?」

 

「目くらましか?」

 

 クイッとメガネを上げながら、幹部の都築が綺良々を見下ろす。

 

「そ、それ!!」

 

 この綺良々の言葉は、安曇が隆盛の死を伏せさせた事実で簡単に破綻する。

 そもそも客観的に見て、隆盛を殺したところで安曇に利はない。

 

(僕の立ち位置が悪いという以外、被せる相手としては上手くないだろうに)

 

「安曇坊ちゃんから森を燃やせと?」

 

「そ、そう! そのショーコに、あの場にミイラ来てたでしょ!」

 

「しかしあの館は安曇坊ちゃんの物だ。自分の持ち物を壊してどうするんです?」

 

 都築は淡々とした様子で綺良々を詰める。

 安曇としては、何の証拠にもならない話を追求しないのが疑問なのだが。

 

「え、う?」

 

 綺良々はそこで答えに詰まった。

 彼女の……彼女に指示を与えたものはきちんとカンペを渡さなかったのか。あるいは綺良々が馬鹿なのか。

 

(どちらもありそうだ)

 

「で、でも、指示されたんだもん!!」

 

「はぁ、困りますね、これは……」

 

 いい加減見飽きた。

 そろそろ入るか?

 そう思った時、第三者の声が割って入った。

 

「その辺にしといてやれよ。綺良々だって指示されただけで理由なんか知らないのさ。そうだろ? 綺良々」

 

「貴雄!」

 

 貴雄は安曇とは反対側の、縁側から来たらしい。

 綺良々の声に喜色が滲む。そのまま立ち上がり、綺良々は貴雄の横まで走っていった。

 

 チラリと覗けば、嬉しそうに貴雄の腕に絡みついている。

 

(圭輔の彼女だったんじゃ……?)

 

 まあ、安曇をリンチした時点でかなり揉めていたし、そのあと圭輔は失態続きだ。乗り換えたのかもしれない。

 

「まあ、そういうこともあるでしょう。では、他に証拠はありますか? スマホの履歴など」

 

「え、えーと」

 

 綺良々は再び言い淀む。そこに貴雄が思い出したように手を打った。

 

「ああ、もしかしてあの時か?」

 

「え?」

 

「夜中に廊下で安曇に会ったって言ってたろ?」

 

「あ! そ、そう! そうなの! 直接言われたの!!」

 

 蛙の子は蛙。

 細谷よりだいぶ詰めは甘いけれど、その血はしっかり受け継がれているらしい。

 

「(安曇さん)」

 

 安曇が振り返ると、いつの間に来たのか皐月がいた。

 

「こっちは組長が戻ったことで結衣子さんは引き渡して来ました。組長暗殺の件も、何やら噛んでそうでした」

 

「……つまり細谷が?」

 

 結衣子の案とは考えにくい。

 

 組長に一番近い男。この細谷が犯人ならば、白夜と安曇が動いたタイミングで動いただけで、前から構想はあったのかもしれない。

 

(若干疑問点は残るけど……)

 

「おそらく。で、こっちは対の館放火の犯人ですか?」

 

 皐月がチラリと部屋を見つめるので、安曇は小さく頷く。

 

「うん。貴雄がやんわり庇っているね」

 

「踏み込みますか?」

 

 皐月の後ろには数人の男たちがついてきている。いつぞやの陣内耕太郎を含めた、鮎川の配下の連中だ。

 

 準備は悪くない。

 

「行こうか」

 

「了解しました!」

 

 中では都築と貴雄、綺良々のやり取りが続いている。

 

「あまり責めないでやってくれよ。可哀想だろ?」

 

「そうは言いましても。実際にブルドーザーまで持ち出して、組長はお怒りですよ」

 

「だから、矛先が違うだろ? 指示したのは安曇だよ」

 

「──僕が何?」

 

「!」

 

 全員の視線が安曇と皐月、その後ろに控えた鮎川の手勢に目を向ける。

 

「おっと……安曇じゃないか」

 

 最初に立ち直ったのは貴雄だ。

 都築は探るような視線を安曇に向けている。

 綺良々はビクリと肩を震わせると、貴雄の影に隠れた。

 

「僕と君がいつ会ったって?」

 

「え、え?」

 

「……立ち聞きかい? ずいぶんと意地が悪いじゃないか」

 

 動揺する綺良々を背に隠し、貴雄はにこりと笑った。さすがあの父親仕込みだ。

 

「勝手な嘘で塗り固めようとするからだ。僕には昨夜監視がついていた。綺良々と話をしていたかどうか、彼らに聞いてみるといい」

 

「!」

 

 そこで初めて貴雄から笑みが消える。

 

「……口裏合わせてるんじゃないか」

 

「まあ、ジャッジは組長がすると思いますし……これ以上嘘、重ねてみます?」

 

 横にいた皐月がにこりと微笑む。

 一瞬目を伏せた貴雄は次の瞬間、綺良々を振り返る。

 

「そうなのか? 嘘、ついてたのか?」

 

「え!? た、貴雄……」

 

「なんてことだ……! お前、なんでそんなこと……!!」

 

 見る間に綺良々の目に涙が溜まる。

 

「うーわ、クズ」

 

 皐月がボソリと呟く。

 安曇も同感だった。潔いまでの尻尾切りだ。

 

「わ、わたし……わたし、悪くないもん!!」

 

 綺良々が叫んだので、貴雄は驚いたように半歩下がる。

 

「貴雄のバカバカバカバカ!!」

 

 そして背を向け、靴も履かずに庭に飛び出した。

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