部屋に沈黙が落ちる。貴雄は都築の方に向き直り、口を開けては言い淀む。上手い言い訳でも考えているのかもしれない。
「貴雄」
だからと言って、見逃してやる気は毛頭ない。
「……?」
「綺良々に仕込んだのは君だろう? あの子を逃がしていいのかな?」
「……別に俺は……仕込んでなんか」
安曇が笑って言えば、貴雄は気まずそうな顔をして絞り出すように答えた。
まあ、そう言うのなら自由にすればいいだろう。安曇はチラリと横を見る。
「皐月」
「はーい。陣内、綺良々を捕縛」
「かしこまりました。行くぞ」
安曇の意図を汲み取った皐月が後ろに控えた部下に命令する。陣内を筆頭に男たちが綺良々を追って庭に出ていった。
それを愕然とした顔で見た貴雄は、小さく舌打ちして庭に駆け出した。
「都築、お前はどうするの?」
「私ですか? まあ、見たままを組長にお話するまでです」
配下を引き連れ、都築は安曇とすれ違うようにして廊下へと出ていく。
安曇を見張る気もなければ、追いかける気もないようだ。
「僕らはどうします?」
「とりあえず追うよ」
貴雄の動向が気にかかる。
綺良々を抱き込むか、父親に泣きつくか。どちらにしても、繋がりを押さえた方がいい。
安曇は皐月が頷いたのを見て、庭へと進む。
対の館に手を出した対価は払ってもらう。
***
もう朝日が昇り始めていた。
屋敷の周りの森は昨夜の火事などなかったかのように静かだ。
しかし少し進めば、静寂を切り裂くように言い争う声が響いてきた。
「……野々宮の連中がいるようです」
スマホで連絡を受けた皐月が、そっと安曇に目配せする。
安曇は小さく息をつき、落ちていた太めの枝を拾う。
(無いよりはマシだろう)
少し開けたところで、野々宮の下っ端に守られるように綺良々が。少し離れた位置に貴雄が。それを睨むように陣内たちが囲んでいた。
葉の隙間から差し込む朝日が、各々の顔を微かに照らす。
誰も動かない中で貴雄だけが、ジリジリと野々宮に近寄っていく。
「うちの娘が独断でやるわきゃないでしょう」
綺良々を背に庇った野々宮幹部が苦い顔をして陣内を見ていた。
野々宮幹部の親バカは安曇も何度か目撃している。物を壊そうが、人を壊そうが、基本的にこの父親が隠蔽している。
(隠蔽能力だけは優秀だね)
「だとしても綺良々さんが放火に関与したのは事実でしょう。当然、中坊ひとりでできることじゃないですが」
陣内が野々宮を睨む。
背後の綺良々は涙を浮かべながら陣内を……いや、貴雄を睨んでいる。
「あぁ? うちが企んだことだって言いてぇのか?」
野々宮が陣内を睨み返すと、その背後から綺良々が父親の袖をつかみながら叫んだ。
「違うもん!! 貴雄がやってほしいって言ったの!!」
「綺良々!?」
その告発に目を剥いたのは貴雄だ。野々宮も苦い顔をしている。
「当然、野々宮幹部は責任の追及があるでしょう」
「ちっ、テメェ、陣内。幹部でもねぇくせして随分強く出るじゃねぇか」
そこに安曇と皐月が並び、野々宮の顔が歪んだ。
「綺良々の自白は聞いた。貴雄、お前も終わりだね」
安曇が笑えば貴雄は苦い顔をして野々宮の元まで進む。その瞬間、綺良々が思い切り顔を顰めた。
「……野々宮!」
「貴雄なんて嫌いよ!! パパ!!」
「ん、お、おう、しかしだな……」
綺良々の勢いに押されながらもチラリと貴雄を見る野々宮。
(何か裏取り引きがありそうだ)
「綺良々、俺は誤解してただけだよ。あとでちゃんと説明するから」
「……うそ……きらいだもん」
「お前の欲しがってたプラタのバック買ってやるから」
何の茶番だ。
待ってやる義理はないので皐月に目配せすれば、皐月は大きく頷く。
陣内に合図をすれば、下っ端の数人が森に消えた。
野々宮の周りにいるのは十五人程度。
対する鮎川は陣内が抜きん出ているとはいえ、今は五人しかいない。
「安曇坊ちゃん、すみませんねぇ。こうなったら、強行突破させてもらいます」
「綺良々!」
「うー! 約束だからね!!」
貴雄と綺良々が下っ端ふたりと一緒に森に走り出した。
「たぶん、先に行かせてるヤツらで足ります」
ボソリと呟く皐月に、安曇は頷いて枝を構えた。
野々宮の部下がジリジリと安曇たちに迫っていた。
「やれ!!」
野々宮が吠えた。配下の男たちが叫び声とともに殴りかかってくる。
「おっと!」
皐月が下がる。荒事には向いてないなら、邪魔にならないのが鉄則だ。陣内が庇うように皐月を背に隠した。
向こうが動くのと同時に、鮎川の人間も散開する。
「うらぁ!!」
殴り合う音や叫びが周囲に響く。
「怯むな!! やっちまえ!!」
野々宮本人は声を張り上げるだけで動かない。安曇が動かないのを見て、陣内は皐月から離れて乱闘に参加する。
鮎川側の方が人数は少ないのに互角にやり合っている。
安曇はじっと野々宮を睨んだ。その視線に気づいた野々宮は、一瞬怯むように身を固くした。
「ガ、ガキを狙え!!」
声に反応したのは敵にふたり。
鮎川側は五人とも一瞬こちらに気を取られた。
「おおおお!!」
殴りかかってくる男を見据え、その拳が届く寸前に身体を翻す。
バランスを崩した男の頭上に持ってきた枝を叩き込む。
「がっ!?」
男が崩れた隙に蹴り飛ばし、皐月に向かっていたふたり目の足元に枝をスライドさせる。
「うわっ!!」
安曇の持つ枝は衝撃で吹き飛び、男は足を取られて顔から地面にぶつかった。
ビリビリと痺れる手を無視して倒れた男の首に肘を叩き込む。
「うっひゃー、相変わらずお見事」
皐月が呆然と声を零す。
しかし安曇が立ち回る向こうで、鮎川の手勢は押され始めていた。
安曇を落とすことはできなくとも、鮎川陣営の気を逸らすことに野々宮は成功したらしい。
「クソガキが……!! 何やってんだ!! 早く決めろ!!」
ワナワナと震える野々宮は、さらに男たちに激を飛ばす。
「おら!!」
陣内がまとわりつく男ふたりを振り回し、そのまま野々宮に投げつける。
「うひゃあ!!」
野々宮が避けたので部下ふたりは後ろの木にぶつかり、そのまま気絶した。
人数は鮎川がふたり、野々宮が八人にまで減っていた。
静かな森は呻き声がする異質な空間へと変わり果てていた。
「舐めんなぁ!!」
野々宮の部下が、どこから出したのか金属バットを持って安曇に殴りかかる。
(卑怯な……!)
咄嗟に距離を取ったところで陣内が割り込んだ。
ゴキン……!
嫌な音が響く。
「子供相手に正気か!!」
歯を食いしばっている陣内の右腕は、おかしな方向に曲がっていた。
「陣内!」
「下がってください!!」
皐月の叫びに、陣内が鋭く警告する。
そしてさらに悪いことに──
ザクザクと足音を立てて野々宮の後ろから人影が現れる。
「おいおい、こんなところで喧嘩か?」
場違いなまでに明るい、愉しげな声が響く。十人ほどの部下を従えた細谷の姿がそこにはあった。