黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第60話 乱闘

 

 

 部屋に沈黙が落ちる。貴雄は都築の方に向き直り、口を開けては言い淀む。上手い言い訳でも考えているのかもしれない。

 

「貴雄」

 

 だからと言って、見逃してやる気は毛頭ない。

 

「……?」

 

「綺良々に仕込んだのは君だろう? あの子を逃がしていいのかな?」

 

「……別に俺は……仕込んでなんか」

 

 安曇が笑って言えば、貴雄は気まずそうな顔をして絞り出すように答えた。

 まあ、そう言うのなら自由にすればいいだろう。安曇はチラリと横を見る。

 

「皐月」

 

「はーい。陣内、綺良々を捕縛」

 

「かしこまりました。行くぞ」

 

 安曇の意図を汲み取った皐月が後ろに控えた部下に命令する。陣内を筆頭に男たちが綺良々を追って庭に出ていった。

 それを愕然とした顔で見た貴雄は、小さく舌打ちして庭に駆け出した。

 

「都築、お前はどうするの?」

 

「私ですか? まあ、見たままを組長にお話するまでです」

 

 配下を引き連れ、都築は安曇とすれ違うようにして廊下へと出ていく。

 安曇を見張る気もなければ、追いかける気もないようだ。

 

「僕らはどうします?」

 

「とりあえず追うよ」

 

 貴雄の動向が気にかかる。

 綺良々を抱き込むか、父親に泣きつくか。どちらにしても、繋がりを押さえた方がいい。

 

 安曇は皐月が頷いたのを見て、庭へと進む。

 

 対の館に手を出した対価は払ってもらう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 もう朝日が昇り始めていた。

 屋敷の周りの森は昨夜の火事などなかったかのように静かだ。

 しかし少し進めば、静寂を切り裂くように言い争う声が響いてきた。

 

「……野々宮の連中がいるようです」

 

 スマホで連絡を受けた皐月が、そっと安曇に目配せする。

 安曇は小さく息をつき、落ちていた太めの枝を拾う。

 

(無いよりはマシだろう)

 

 少し開けたところで、野々宮の下っ端に守られるように綺良々が。少し離れた位置に貴雄が。それを睨むように陣内たちが囲んでいた。

 

 

 葉の隙間から差し込む朝日が、各々の顔を微かに照らす。

 誰も動かない中で貴雄だけが、ジリジリと野々宮に近寄っていく。

 

「うちの娘が独断でやるわきゃないでしょう」

 

 綺良々を背に庇った野々宮幹部が苦い顔をして陣内を見ていた。

 野々宮幹部の親バカは安曇も何度か目撃している。物を壊そうが、人を壊そうが、基本的にこの父親が隠蔽している。

 

(隠蔽能力だけは優秀だね)

 

「だとしても綺良々さんが放火に関与したのは事実でしょう。当然、中坊ひとりでできることじゃないですが」

 

 陣内が野々宮を睨む。

 背後の綺良々は涙を浮かべながら陣内を……いや、貴雄を睨んでいる。

 

「あぁ? うちが企んだことだって言いてぇのか?」

 

 野々宮が陣内を睨み返すと、その背後から綺良々が父親の袖をつかみながら叫んだ。

 

「違うもん!! 貴雄がやってほしいって言ったの!!」

 

「綺良々!?」

 

 その告発に目を剥いたのは貴雄だ。野々宮も苦い顔をしている。

 

「当然、野々宮幹部は責任の追及があるでしょう」

 

「ちっ、テメェ、陣内。幹部でもねぇくせして随分強く出るじゃねぇか」

 

 そこに安曇と皐月が並び、野々宮の顔が歪んだ。

 

「綺良々の自白は聞いた。貴雄、お前も終わりだね」

 

 安曇が笑えば貴雄は苦い顔をして野々宮の元まで進む。その瞬間、綺良々が思い切り顔を顰めた。

 

「……野々宮!」

 

「貴雄なんて嫌いよ!! パパ!!」

 

「ん、お、おう、しかしだな……」

 

 綺良々の勢いに押されながらもチラリと貴雄を見る野々宮。

 

(何か裏取り引きがありそうだ)

 

「綺良々、俺は誤解してただけだよ。あとでちゃんと説明するから」

 

「……うそ……きらいだもん」

 

「お前の欲しがってたプラタのバック買ってやるから」

 

 何の茶番だ。

 待ってやる義理はないので皐月に目配せすれば、皐月は大きく頷く。

 陣内に合図をすれば、下っ端の数人が森に消えた。

 

 野々宮の周りにいるのは十五人程度。

 対する鮎川は陣内が抜きん出ているとはいえ、今は五人しかいない。

 

「安曇坊ちゃん、すみませんねぇ。こうなったら、強行突破させてもらいます」

 

「綺良々!」

 

「うー! 約束だからね!!」

 

 貴雄と綺良々が下っ端ふたりと一緒に森に走り出した。

 

「たぶん、先に行かせてるヤツらで足ります」

 

 ボソリと呟く皐月に、安曇は頷いて枝を構えた。

 野々宮の部下がジリジリと安曇たちに迫っていた。

 

「やれ!!」

 

 野々宮が吠えた。配下の男たちが叫び声とともに殴りかかってくる。

 

「おっと!」

 

 皐月が下がる。荒事には向いてないなら、邪魔にならないのが鉄則だ。陣内が庇うように皐月を背に隠した。

 

 向こうが動くのと同時に、鮎川の人間も散開する。

 

「うらぁ!!」

 

 殴り合う音や叫びが周囲に響く。

 

「怯むな!! やっちまえ!!」

 

 野々宮本人は声を張り上げるだけで動かない。安曇が動かないのを見て、陣内は皐月から離れて乱闘に参加する。

 鮎川側の方が人数は少ないのに互角にやり合っている。

 

 安曇はじっと野々宮を睨んだ。その視線に気づいた野々宮は、一瞬怯むように身を固くした。

 

「ガ、ガキを狙え!!」

 

 声に反応したのは敵にふたり。

 鮎川側は五人とも一瞬こちらに気を取られた。

 

「おおおお!!」

 

 殴りかかってくる男を見据え、その拳が届く寸前に身体を翻す。

 バランスを崩した男の頭上に持ってきた枝を叩き込む。

 

「がっ!?」

 

 男が崩れた隙に蹴り飛ばし、皐月に向かっていたふたり目の足元に枝をスライドさせる。

 

「うわっ!!」

 

 安曇の持つ枝は衝撃で吹き飛び、男は足を取られて顔から地面にぶつかった。

 

 ビリビリと痺れる手を無視して倒れた男の首に肘を叩き込む。

 

「うっひゃー、相変わらずお見事」

 

 皐月が呆然と声を零す。

 しかし安曇が立ち回る向こうで、鮎川の手勢は押され始めていた。

 

 安曇を落とすことはできなくとも、鮎川陣営の気を逸らすことに野々宮は成功したらしい。

 

「クソガキが……!! 何やってんだ!! 早く決めろ!!」

 

 ワナワナと震える野々宮は、さらに男たちに激を飛ばす。

 

「おら!!」

 

 陣内がまとわりつく男ふたりを振り回し、そのまま野々宮に投げつける。

 

「うひゃあ!!」

 

 野々宮が避けたので部下ふたりは後ろの木にぶつかり、そのまま気絶した。

 人数は鮎川がふたり、野々宮が八人にまで減っていた。

 

 静かな森は呻き声がする異質な空間へと変わり果てていた。

 

「舐めんなぁ!!」

 

 野々宮の部下が、どこから出したのか金属バットを持って安曇に殴りかかる。

 

(卑怯な……!)

 

 咄嗟に距離を取ったところで陣内が割り込んだ。

 

 ゴキン……!

 

 嫌な音が響く。

 

「子供相手に正気か!!」

 

 歯を食いしばっている陣内の右腕は、おかしな方向に曲がっていた。

 

「陣内!」

 

「下がってください!!」

 

 皐月の叫びに、陣内が鋭く警告する。

 そしてさらに悪いことに──

 

 ザクザクと足音を立てて野々宮の後ろから人影が現れる。

 

「おいおい、こんなところで喧嘩か?」

 

 場違いなまでに明るい、愉しげな声が響く。十人ほどの部下を従えた細谷の姿がそこにはあった。

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