黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

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第61話 仮面を剥がす時

 

 

「細谷さん……」

 

 陣内が掠れた声で呟くと、細谷はにこりと微笑んだ。

 

「陣内じゃないか~。ずいぶん酷い怪我じゃないか。あぁ、皐月もいるのかぁ」

 

「……いますよ。細谷幹部こそなんでこんな所に?」

 

 かろうじて笑みを浮かべた皐月は、怪訝そうに細谷を見る。

 細谷は気負った様子もなく、いつものように両手を広げて笑う。

 

「なに、揉め事が起きてるって聞いてな? 心配して見に来たんだ」

 

 細谷が喋ってる間にも、細谷配下の男たちが左右に散開する。

 

「それはそれは。野々宮幹部に襲われたんです。捕まえてもらえます?」

 

 皐月は細谷の相手をしながらも、男たちから距離を取るように、ジリジリと後ろに下がる。

 

 細谷の顔には悪意は見えない。だが──

 

「ん〜、それなんだけどな? 本当に野々宮が悪いのか?」

 

「……は?」

 

「いや、お互い誤解があるんじゃないかと思ってな?」

 

(始まった)

 

「誤解とは?」

 

 皐月が窺うように首を傾げた。

 

 細谷の配下は既に全体を囲むように広がっている。

 安曇は陣内と皐月の横に立ち、彼らの動きを警戒する。

 

 細谷が意図的に安曇に目を向けないようにしていることも、野々宮に焦った様子がないのも、この状況の意味を語っていた。

 

「綺良々は安曇に頼まれたのだと聞いたぞ?」

 

「……」

 

(来たか)

 

 なぜこうも狙われるのか。細谷と敵対した記憶はないのだが。

 

 安曇はそっと目を細める。

 

「それは狂言だったみたいですよ? 貴雄くんに頼まれたと言ってましたが」

 

「あっはっは、それはあれだろ。貴雄が冷たくしたから拗ねちゃったんだろ~。あのくらいの子にはよくあることさ」

 

 それっぽく聞こえてくるから細谷はやりにくい。

 

「安曇さんが綺良々さんへ指示を出せるタイミングはなかったみたいですけど?」

 

「綺良々に直接は無理だろうが、安曇はほら、塚原家のヤンチャ坊主たちと親しいみたいじゃないか?」

 

 そこで初めて、細谷は安曇にチラリと視線を向けた。

 

「知ってるはずだろう? 僕は昨夜、塚原の連中とは会ってないよ」

 

 監視を付けたのは他ならぬ細谷のはずなのだから。だからこそ嘘をつかれる可能性はあるだろうが、細谷はどう答えるか。

 

「ははは、相変わらず頭が良いなぁ。でもな? 俺は昨夜伝言したとは言ってないだろ?」

 

「!」

 

「お前は頭が良いからなぁ。昨夜って誘導したかったんだろうが……」

 

 ニヤリと細谷は笑みを浮かべる。

 

(なるほどね)

 

「だからな、皐月。鮎川がどちらにつくか、ちゃんと考えた方がいいな。親父さんが中立してるのが何よりの証拠だぞ?」

 

 皐月がチラリと安曇を見る。安曇は何も答えず、その視線を受け止める。お互いの視線が僅かに交差したあと、皐月は目を逸らした。

 

「証拠がないので……僕には判断つきませんね」

 

「証拠なら、安曇が現場に来たのが何よりの証拠だと思うぞ? 火事に突入して何の得がある。ちゃんと事が進んでるか見に行ったんだろう」

 

「……何のために?」

 

 皐月は慎重に、確認するように細谷を見ている。一度も安曇に視線は向けなかった。

 

「あの館は呪われた子を閉じ込めておく施設だからな……。安曇も不安になったんだろう」

 

 本当にぬけぬけと。

 よくもまあ、それっぽいことをペラペラ並べ立てられるものだ。

 

「なるほど、だから和臣くんが迎えに来たと……」

 

「そうそう。そういうことだ。さすがの回転だなぁ、皐月」

 

 細谷は腕を組み、満足そうに頷いた。

 

「んー、褒めてもらっておいてアレですけど、その説明じゃなくても成り立つ事案ばかりなので。証拠とは思えませんね!」

 

 にこりと笑みを浮かべた皐月は、一足飛びで安曇の後ろに下がる。

 

「あー……わかってくれないか。残念だな。確かにこの説明じゃなくても成り立つかもしれんが……否定もできないだろうに」

 

 やれやれと細谷は首を振る。その視線には冷たい色を宿していた。

 すでに細谷の部下と野々宮の部下はこちらを囲んでいる。

 

 その細谷の視線を遮るように、安曇は皐月と陣内の前に出る。細谷はその様子に目を細めた。

 

「……伯父さんは、不確かな情報しか飲み込まないし、ずいぶん偏った考え方をするんだね」

 

 冷笑した安曇に、細谷の頬がピクリと動く。

 

「おいおい、ずいぶんな言い方じゃないか? 俺はそんなにおかしなことは言ってないぞ~?」

 

「そう? 例えば……綺良々への『僕からの指示』という不確かな情報から、『僕が事前に指示を出したに違いない』という偏った考え方に飛んだじゃないか」

 

 他にいくらでも可能性が転がっているにも関わらず。

 

「……」

 

 細谷は黙り込んだ。

 確かに黙る方がマシだほう。何を言っても言い訳になる。

 

「僕が犯人である、という前提を用意してる。まあ、母さんよりは上手いと思うよ」

 

「ふむ、まあ、それは悪かったよ。組長があんな目にあって、お前以外に怪しいのも見えなかった。ついついフィルターがかかっちゃったんだろう」

 

 軽い調子で肩を竦めた。

 道化という言葉が良く似合う男だと思う。

 

 傷が最低限で済む位置で謝罪するのは上手い立ち回りだ。

 

「判断する側がそれでいいんだ? これで当主候補とは……まだ総司の方が公平に見ているよ」

 

 今度は明確に、一瞬細谷の表情が崩れた。すぐに何も無かったように苦笑を浮かべる。

 

「総司が優秀なのはわかるけどな。大人を侮辱するもんじゃないぞ」

 

「……僕はかなり寛容だと思うけどね。自分を陥れようとしている相手ともきちんと対話しているじゃない」

 

 野々宮の部下が仲間を起こしていく。

 人数が再び増えてしまった。

 

「そうは言うがな、実際問題、お前を疑う声は多いぜ? なあ、安曇。対の館を燃やして得がある人間なんてお前しかいないんだよ」

 

 隔離される可能性を避けたくて。

 そして狙撃の捜査を有耶無耶にしたくて。

 

 ──という流れにしたいのだろうが。

 

「そもそもね。僕は対の館を壊したいと思っていない。むしろ守っている側だ」

 

 細谷は一瞬ピタリと止まる。

 

「守ってって……いや、隆明から継いだものだってのはわかるけどな?」

 

「なぜ黒鉄組が長年あの館を維持してきたのか、伯父さんは考えないの?」

 

 安曇の声は温度をなくしたように冷たい。細谷相手に、遠慮などいらない。

 

「呪われた子を隔離してたんだろ? だからそれを避けるために……」

 

「……」

 

 安曇は視線を細谷から動かさずに静かに笑う。

 野々宮も、部下たちも口出しできずに固唾を飲んで見守っているようだった。

 

 安曇の笑みを見た細谷の動きが止まる。

 

「館自体に、何か? いや、あんなボロ屋……」

 

 呆然と呟く。その姿には道化という言葉がピッタリだ。策士策に溺れるともいうか。

 

 安曇と鮎川の陣営は完全に取り囲まれてしまった。だが──

 

(そろそろか?)

 

 油断なく周りとの距離を測りながら、安曇はチラリと皐月を見る。皐月に焦りは見えなかった。

 

「まあ、好きに考えればいいよ。少なくとも、僕に館を壊す理由がないことは、他ならぬ父さんが証明してくれるから」

 

「!」

 

 細谷が息を飲んだ。

 あと細谷にできることと言えば、隆盛狙撃に関する何かを捻り出すことくらいだろうが……。

 

「……さて、他に言いたいことはある?」

 

 まあ、無理だろう。

 

 安曇の言葉に俯いた細谷は、肩を震わせる。そして──

 

「くくく……ふふ、あはははは!!」

 

 大きな声で笑い出した。

 後ろで陣内が警戒を強め、皐月がビクリと身体を震わせる。

 

「いやあ……ふはは! ほんっと、お前……!」

 

 髪を掻き揚げて、細谷は安曇を見つめた。

 

「はーあ。はは、やりにくいガキだよ、可愛くない」

 

「それはどうも」

 

「大人しくしてれば、それなりに生活させてやろうと思ったんだがなぁ……」

 

 変わらぬ調子で言う細谷が浮かべた笑みに、これまでの柔和さはない。ニヤリと歪んだ口元も、冷たさを湛えた目も。

 

(化けの皮が剥がれたか)

 

 そして冷めたと言わんばかりに、静かに言い放つ。

 

「……おい、やれ。殺していい」

 

 それを合図に、周囲の男が一斉に動き出した。

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