陣内も立ち上がり、片腕だけで数人を薙ぎ倒した。
安曇は下がりながら、殴りかかってくる男たちの足を払う。
皐月は襲ってくる男たちを冷静に見ながら、距離を取って回避に専念する。
しかし──
「ほらほらぁ、だから伯父さんが言ったろう?」
折れた腕を狙われた陣内が苦悶の表情を浮かべる。後ろからふたりに組み付かれ、地面にひれ伏した。
森という足場の悪さを利用して立ち回っていた安曇の目の端に、追い詰められた皐月が映る。
その一瞬をついて安曇の首を大男が抑えた。木に叩きつけられ、一瞬息が止まる。
「だから言ったのになぁ?」
地面に落ちた安曇の元に、楽しそうな細谷が歩み寄る。上から覗き込むようにして笑い、そのまま安曇を蹴りあげる。
「さて、もういいか。……ころ──」
細谷が指示を出そうとしたのとほぼ同時だった。
「がっ!!」
複数の男たちがなだれ込み、端から細谷と野々宮の陣営を殴り飛ばした。
(来た──!)
彼らが来ると、皐月から聞いていたわけではない。
けれど皐月が時間を稼いでいるのを見て、来ると思っていた。
「何!」
細谷の意識が安曇から逸れる。
それを見逃す安曇ではない。瞬時に体勢を立て直し、落ちていた太めの枝で突きを繰り出すように──細谷の急所に打ち込んだ。
「ぐああああ!!」
細谷は森中に響くような絶叫をすると、体をくの字に曲げて崩れ落ちた。
「ぶっ!! ギャハハハハハ!!」
いつの間に来たのか、横で塚原和臣が大爆笑している。
「お、おま……!! ぶはっ!! 面白すぎんだろ!!」
その和臣の背後から、野々宮の部下が殴りかかる。
「おっと! お、ら、よぉ!!」
涙を流すほど笑いながらも、男の拳を避けて顎の下に滑り込み、そのまま頭突きする。
「ぎゃっ!!」
男は二、三歩フラフラ下がって倒れる。
どれだけ石頭なのか。
「やっぱ、お前が一番おもしれぇわ!」
それだけ言うと和臣は嬉々として乱闘に乗り込んでいく。
その背を見ながら、安曇は小さくため息をついた。
「うーわ、痛そう……」
痙攣《けいれん》しながら泡を吹いている細谷を覗き込み、皐月がポツリと漏らす。
その間も乱入してきた男たちとの乱闘は続き、程なくして野々宮と細谷の部下たちは制圧された。
「お、お前ら……こ、こんなことをして……」
ジリジリと後退りする野々宮の前に、タバコの煙をゆっくり吐きながら乱入者──鮎川幹部が歩いていく。
「下手を打ったな、野々宮。年貢の納め時だよ」
「く、くそぉ!!」
「捕らえろ」
逃げ出した野々宮に向かってバタバタと鮎川の部下が走っていく。慌てた野々宮は木の根に躓いて頭から転び、そのまま無事捕縛となった。
「鮎川……てめぇ……」
細谷が呻く。
(まだ意識があったのか)
中々の根性だ。
ただの詐欺師ではなかったらしい。
「あ? 細谷、お前も落ちたなぁ?」
ニヤリと鮎川は笑みを浮かべ、パラパラとタバコの灰を捨てる。
「ぐ……お前、いつから……安曇に?」
呻《うめ》くような細谷の言葉に、鮎川は首を傾げる。
「んー? あー……皐月」
そしてそのまま安曇の横にいる皐月を見た。
「はい?」
「いつからだ?」
「え?」
きょとんと首を傾げる皐月。
鮎川は気怠《けだる》げに言葉を投げる。安曇からしても簡潔すぎる。
「安曇につこうと思ったの」
「え、あー。ひと月前くらいかなぁ」
ひと月前というと……おそらく安曇が学校で初めて皐月と話した時だろうか。
(そういえば名前を呼ばれたからだとかどうとか……)
安曇が皐月を見れば、視線に気づいた皐月はヘラリと笑う。
「だとよ」
鮎川は細谷に雑な返答を投げる。
「……は? お、まえ……何……」
さすがの細谷も困惑しているようだ。
「うちは家長に諸々の決定権があるんだよ。未来に誰に従うかは、未来の家長が決める。──当然だろ?」
鮎川はポイッとタバコを捨てると足でグリグリと踏みつけた。
「お前……この、クソ野郎……!」
「お前ほどクソ野郎じゃねぇよ」
「っ!!」
それが余程気に食わなかったのか、細谷は土を握りしめて上半身を起こす。──が。
バキィ!!
起き上がった矢先に、鮎川の拳が細谷の頬にめり込んだ。
「がぁっ!」
バウンドしながら後方に吹き飛んだ細谷は、怨嗟の唸り声を上げる。
鮎川はゆっくりと細谷に近寄り、頭上から細谷を睨みつけた。
「いい加減にしやがれ! お前は負けたんだ。──腹ぁ、くくれやぁ!!」
ドスの効いた声が森にこだまする。
「──っ」
その一喝に、細谷はガクリと力を落とした。
「ていうか、勝手なこといわないでよ」
皐月がゲンナリした様子で父親に食ってかかる。
その横で暴れ回った細谷一味と野々宮一味が担架で運ばれていく。
「ん? 何のことだ?」
「僕には何の決定権もないのに、未来の家長が〜とか言っちゃって」
「あぁ、あれか。……別に嘘ってわけじゃなし」
陣内の腕を見ていた鮎川は、軽く肩を竦めて気怠そうに答えた。
「いやぁ、そうかもだけど!」
憤慨する皐月に、鮎川はニヤリと笑う。
「まあ、俺らはいつでもお前から離反できる。それだけは覚えてしっかりやれよ、未来の家長」
「ぐああ!!」
皐月は頭を抱えた。
鮎川は常に一歩引いたような位置から全体を見ていた印象だったが、この親にしてこの子あり。
(腹黒さは親譲りか)
頭を抱えた皐月を他所に、鮎川は離れた場所で座っていた安曇の元まで来て片膝をついた。
「皐月にはああ言ったが、俺はあいつの目を信じてる。安曇さん、鮎川家はアンタがどこへ向かおうと、アンタの下につく」
その目はまっすぐ安曇を見つめる。
「……物好きだね」
「なぁに、親譲りで良いものしか掴まんのさ」
互いから、小さな笑いが零れる。
太陽が頭上にさしかかろうとしていた。
***
騒動から三日三晩。
病院を抜け出してきた隆盛が再び病院に戻されるなどのトラブルはあったが、黒鉄組として結論が出た。
組長暗殺の主犯は細谷。対の館の件に関しては結衣子の主導が強かったと判断された。
おそらく、実際に手を回したのは細谷だろう。
結衣子は隆明も、隆明に懐いていた安曇も心底気に食わなかったらしい。対の館を壊す案が出た時、一も二もなく飛びついたという。
(馬鹿馬鹿しい)
自室から、とある場所を目指して安曇はひとり廊下を歩いていた。
大きな幹部家が失墜したことで、屋敷はずいぶんと静かだ。
もっとも、処分が決まった昨日までは怒号が飛び交う煩さだったのだが。
野々宮親子は黒鉄の名前から外された。二度と敷居を跨ぐことを許されなくなった彼らは、塚原幹部が雑用係として引き受けた。
(何せ圭輔があれほど怯えたくらいだ)
きっと良い教育をするのだろう。
庭に出て、広い庭を通りながら幹部専用の屋敷を目指す。
初夏の日差しに、緑の木々が青々と輝いていた。蒸し暑い風が頬を撫でる。
結衣子は隆盛に離縁された。
黒鉄屋敷から追い出され、都内の細谷所有のマンションで生活しているらしい。
細谷が失脚した今、まともな生活が送れるとは思えない。
(総司あたりがそのうち何とかするかもしれないけど)
安曇の知ったことではない。
黒鉄屋敷の西側にある庭の池は大きく、中央に橋がかかっている。渡れば餌を強請りに来た鯉がバチャバチャと音を立てた。
安曇はそれを眺めながら、目を細めて通り過ぎる。
池に映る日差しが眩しかった。
そして細谷。
(ずいぶんやられたみたいだ)
最後に見た時、顔にまで痣ができていた。立つこともできず、下っ端たちに引きずられるように運ばれていたのが印象的だった。
組長暗殺の代償は大きかったということだろう。引きずられていく細谷の左手はぐるぐると包帯が巻かれていた。まるでミイラと呼ばれた安曇のように。
当然、幹部からは除名された。
左手はもう使えないだろうし、和臣曰く。
「不能になったらしいぜ~?」
ということらしいから、幹部としても男としても矜恃はボロボロだろう。
本来は消されてもおかしくはなかった。
しかし──
目的の幹部の屋敷に着いた。
呼び鈴を鳴らそうと手をかけたところで。
「こちらにおりますよ」
中庭の方から声がかかった。
生垣の門をくぐって進めば、縁側に人影がある。
最古参の幹部──奥村保徳の姿がそこにあった。