黒き蛇は死水に潜る   作:御月ケイ

63 / 67
第63話 答え合わせ

 

 

 遠くで蝉が鳴いている。

 夏が来たのだと、告げているようだ。

 

「そろそろいらっしゃる頃合いだと思っていました」

 

 日向ぼっこをする老人が孫を見るような顔で、奥村はにこりと笑みを浮かべる。

 

「……それは自白?」

 

 縁側に座っていた奥村は、麦茶を安曇に勧めながら首を傾げる。

 安曇は奥村の横に座り、庭を見つめた。

 

「はて? なんの事やら。私はただ、そろそろ安曇坊ちゃんが訪ねて来てくれるような……そんな気がしただけですよ」

 

「……」

 

 安曇には疑問があった。

 細谷を黒幕とするのなら、腑に落ちないことがいくつかあったからだ。

 

「細谷を引き取ったんだってね」

 

「ああ、聞きましたか」

 

 細谷は組長に手を出した。未遂に終わったとはいえ、普通なら処理されても不思議はなかった。

 そこを庇ったのが奥村だ。

 

「何だかんだ言って、あの男は使えますからね。まあ、もう上に登る道のない男ではありますが、しっかり管理いたしますよ」

 

 当初は細谷の処分を強く訴えていた面々も、奥村がこう言えば黙るしかなかった。

 

「管理……ね」

 

 受け取った麦茶を手の中で眺めながら、安曇はポツリと呟く。

 日差しに溶かされた氷がカラリと音を立てた。

 

「今回の件、細谷が仕組んだにしては、おかしな点が多いんだ」

 

「ほう? と、いいますと?」

 

 安曇は小さく頷いて言葉を続ける。

 

「細谷が描いた絵はこうだ。十歳の少年がライバル組織と手を組んで、父親を殺した」

 

「ふむ」

 

「疑いが自分に向いたので森に火を放ち、白夜に逃げることすらせず、わざわざ現場に顔を出した」

 

 奥村は考えるように顎に手を当てると、静かに頷いた。

 

「まあ、実際白夜に会いに行ってらっしゃいますからな」

 

 奥村はこの計画に違和感を感じないようだ。

 安曇ならできる、そう考えているのだろう。

 

「細谷から……黒鉄組が僕をどう評価してるか知っている?」

 

「は……」

 

「よく言われるのは『役たたず』だ。他にも『落ちこぼれの次男坊』なんてのも聞くね」

 

 安曇が笑うと、奥村は意図を理解したらしい。少し眉を下げて笑う。

 

「そう言われてしまうと……先程の計画は少し無理のある話に聞こえますね……」

 

「まあ、罪を着せる犯人像としてはかなり失格だね」

 

 しかし、奥村は顎に手を当てて考えるように首を傾げた。

 

「ですが、なくはないのでは? 実際、その嫌疑をかけられていたわけですから」

 

 安曇は肩を竦める。

 

「細谷の策にしては全体的に強引だ。そもそも細谷にとって、僕を犯人に仕立てるメリットそのものが少ないしね」

 

「総司さんを組長に添えたかったみたいですから、それを狙ったのではないですか」

 

「……なら、僕を事故に見せかけて殺した方が早いな」

 

 細谷は現状でも権力を持っていた。そして総司に一番信頼を置かれていたし、安曇の後見人の椅子も近かった。どう転がしても良かったはずだ。

 

「なぜあえて組長を殺そうとしたのか、ということですね」

 

 奥村は考えるように沈黙したあと、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「欲に目が眩むこともありましょう。組長の位置に一番近い男でしたから」

 

「……まあ、有り得ない話ではないかもね」

 

「ええ、ないとは言えないでしょう」

 

 奥村のその言葉に、安曇はフッと笑みを零す。

 

「他にも疑問点があるよ」

 

「聞きましょう」

 

 安曇は頷き、奥村の屋敷からは見えない森の方を見る。

 

「対の館を燃やしたことだよ。細谷にとって、あの館はただのボロ屋でしかないのに、なぜわざわざ燃やしたのか」

 

「それは……安曇坊ちゃんに罪を着せるためと聞きましたが?」

 

 首を傾げた奥村に、安曇はまた小さく笑みを零す。

 

「野々宮を抱き込み、わざわざ山を切り拓いて燃やした挙句に、塚原に情報を流して僕を対の館へ誘導する。もちろん、監視の目も減らして」

 

 指折り数えながら、安曇は奥村を見つめた。

 

「他にもっと楽な方法がありそうだけど」

 

 安曇が首を傾げると、奥村は少し言葉に詰まったあと微笑んだ。

 

「……確かにそうですね。ですがまあ、犯人は必ずしも最適解を選ばないものだと言いますし。私にはわかりかねますが」

 

 じっと見つめてみても、その表情は変わらない。

 風が吹いて、庭に敷かれた砂がさらさらと流れる。

 

「ところでこんな話を聞いたことがないか?」

 

 突然話を変えた安曇に、奥村は目を瞬かせる。

 

「なんでしょう」

 

 疑問点の多い計画。動機。行動。

 

「偶然は、三回も続けばそれはもう偶然ではない。必然と呼ぶべきものなんだ、とね」

 

「……」

 

「お前はこの会話の中で、何度も『なくはない』と言ったんだろう?」

 

『なくはない』程度の可能性が何度も選ばれたのならそれは──

 

 奥村は何も言わず、静かに手の中のグラスを見つめている。そしてポツリと、独り言のように呟いた。

 

「奇跡は稀に起こるから奇跡と呼ばれるのだと思いますが……まあ、いいでしょう。意味があるのだと仰りたいのですね」

 

 安曇は静かに頷いた。

 

「逆に考えると意味が見えてくる」

 

「逆?」

 

 オウム返しのように呟く奥村を、安曇は静かに見つめる。

 

「つまり、対の館を壊したかった。そして僕を嵌めたかった。だから事件が起きたんだ」

 

「……」

 

 奥村は一瞬意外そうに目を見開いたが、それが気のせいかと思えるほどに緩やかに苦笑を浮かべた。

 

「いやはや、その考えはありませんでしたな。細谷がそこまでして安曇坊ちゃんを排除したかったとは」

 

 老獪な幹部は、自分の思考を微塵も見せない。あくまでも何も知らなかったという体を貫くのだろう。

 

 叔父が奥村を、タヌキと呼んでいたのもよくわかる。安曇は肩を竦めた。

 

「……細谷じゃないと思うよ」

 

 ──この男はボロを出すだろうか。

 

「おや、犯人は細谷では?」

 

(いや……)

 

 奥村に呼吸の乱れはない。

 おそらくこのあとの言葉を言ったとしても、この男は耐え抜くだろう。

 

 だからこそ、努めて静かに答えを告げる。

 

「お前だよ、奥村」

 

 安曇に敵意を持っていた人物。そして呪いを消すことを切に願っていた人物。

 

 ──それはこの男しかいない。

 

 安曇の静かな言葉に、奥村は笑うように目を細めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。