雄英高校ヒーロー科
そこは、強力な個性を持つ子供たちが未来のトップヒーローを目指して研鑽を積む学舎である。
そこに通う少年、緑谷出久《みどりや いずく》が教室に入る。
いつもよりざわついているような…
どうしたんだろう?
「おはよう、デクくん!
ねえねえ、あの噂聞いた?」
「おはよう、お茶子さん。
噂って?」
「聞いてないみたいだね。
転校生の噂だよ」
「転校生…雄英に?」
出久が戸惑うのも無理はない。
雄英高校は、ヒーローを目指す子供たちにとって最高峰に位置する学校。
入試における倍率は300倍にも達する。
そんな雄英に外部から転校してくるなど、よほどの事情がない限り有り得ないことだ。
「ああ、やっぱり信じられないよね。
でも、本当らしいよ」
「そんなの…よっぽどの事がないと」
「そのよっぽどの事が起きたのよ。
この間、ヴィランによる同時多発テロ事件があったじゃない?」
「…うん」
出久もよく覚えている。
雄英高校もテロの標的にされ、出久たち学生も事件に巻き込まれたのだから。
「その時に、何人かの一般人がヴィランを倒しちゃったらしいの」
「へぇ…でも、一般人ってことはヒーロー志望じゃなかったんじゃ?」
ヒーローは命懸けの仕事であるため、本人の意思に反して強制する事は出来ないことになっている。
「それなんだけど…本人たちは、自分が無個性だと思って生きてきたらしいのよ」
「えっ、無個性って?」
「で、今回の件で個性持ちだったことが発覚したの」
「そんな事ってあるの?」
「通常の検査では検出されない、特殊な個性があるみたい。
裏個性って言うんだって」
裏個性?
そんなの聞いたこともない。
出久の困惑は当然だ。
これは、世間には公表されてない情報。
発見例があまりに少ない上に、自分にも裏個性があるのではないかと考えた無個性者が無茶をしないよう、ヒーロー関係者にしか開示かれない情報だった。
「でも、検査には出ないんだよね?
本当に個性持ちとは限らないんじゃ…」
「それはないよ。
弱い個性なら、状況によっては無個性の人でも取り押さえられるかもだけど、相手はかなり強力な個性を持ったヴィランだったんだから無個性はあり得ないって」
「そう…」
確かに、無個性の一般人が突然テロを起こしたヴィランに対応できるとは思えない。
裏個性か…僕にもそんな力があれば…
そんなことを考えてしまう自分がいる。
いや、こんなんじゃダメだ!
僕にはオールマイトから受け継いだ個性があるじゃないか!
出久はモヤっとした気持ちを振り払い、授業の開始を待った。
「皆も噂で聞いていると思うが、今日から転校生が来ることになった。
さっそくだが、彼らの実力を確認するために模擬戦を行ってもらう。
野外演習場に移動するぞ」
教室に来たオールマイトに言われ、野外演習場に移動すると、雄英の制服を着た三人の人物が待っていた。
彼らが噂の転校生だろう。
「やあ、待たせたね。
紹介しよう。
彼らが、今日からクラスメイトとなる転校生たちだ。
右から花山薫、愚地克巳、範馬刃牙」
紹介もそこそこに模擬戦が開始される。
「彼らは転校してきたばかりでコスチュームを持ってない。
公平を期すため、君たちにもコスチュームなしで相手をしてもらう。
まずは一人目、花山」
名前を呼ばれて前に出てきたのは、巨体と顔の疵が特徴的な男だった。
「対戦相手は、爆豪」
「おっしゃっ!
転校生だか裏個性だか知らねえが、ねじ伏せてやる!」
「命に関わるような攻撃は禁止。
私が危険だと判断したら、すぐに模擬戦は中止する。
いいね?
では…開始!」
花山がメガネをゆっくりと外す。
バキッ!
開始の合図と共に飛び込んできた爆豪の拳が花山の顔を捉えた。
大胆な奇襲で先手を取った爆豪。
それだけでは終わらず、さらに畳み掛けていく。
「ははっ、でけぇだけで、てめぇもデクか!
このままサンドバッグにしてやる!」
ドカッ!バシッ!べキィ!
打撃音が続く。
クラスメイトは、最初こそ爆豪の凶暴さに引いていたが、困惑を経て、驚愕の表情へと変わっていく。
打撃音が止んだ。
「はぁはぁはぁ…」
息が上がっているのは花山ではない。
一方的に殴っていた爆豪が辛そうにしているのだ。
ちっ、想定してなかったぜ。
こんな見た目で防御系の個性だったのかよ。
爆豪は、まったくダメージを受けた様子のない花山の姿からそう考えていた。
トップヒーローになるための踏み台程度にしか思ってなかった花山を初めてまともに見たことで目が合う。
その瞬間、爆豪の頭に血が昇る。
目は口ほどに物を言う。
その言葉通り、花山の目は雄弁に語っていた。
お前の力は、その程度なのか?
見下していた相手から見下されている。
ついこの間まで一般人だった奴に。
雄英に入って、多少マシになったとは言え、プライドが肥大化している爆豪にとって耐えられるものではなかった。
「クソが!
これでも喰らいやがれ!」
爆豪の個性は、掌から爆発を起こすもの。
それが花山の顔に叩き込まれた。
言うまでもなく、命に関わる危険な行為だ。
あまりにも躊躇なく行われたため、オールマイトが止める間もなかった。
「へっ、どうだ!
少しは堪えたか」
顔を覆っていた爆煙が晴れる。
花山の顔は無傷のままで、表情すら変わっていなかった。
花山の手からメガネが落ちる。
メガネが地面に着いた瞬間、花山の表情が変わった。
その凶悪に歪んだ顔は、凄まじい威圧を放ち、爆豪の身体を一瞬硬直させる。
その爆豪の顔に靴底がめり込む。
見事なヤクザキックだった。
あまりの威力に爆豪は、回転しながら吹きとび、背後のビルに背中から激突、ゆっくりと倒れ込んだ。
「ぐっ、うう…」
なんとか身体を反転させ仰向けになる。
その視線の先では、花山が爆豪を覗き込んでいた。
「まだ…やるかい?」
爆豪は、必死に身体を起こそうとしたが、ダメージが大きすぎて身体が言うことを聞かない。
「クソが!
覚えておけよ…次は…負けねぇ」
そう言って、爆豪の意識は途絶えた。
「そこまで、花山の勝利!」
不死身ではないかと思わせるタフネスと爆豪を一発で戦闘不能にしたパワー。
花山の強力な個性を見て、生徒たちがざわついている。
「次の試合を始めるぞ。
愚地」
名前を呼ばれた克巳が自身の手をじっと見ている。
「どうしたんですか?克巳さん」
隣の刃牙が問う。
「いや、何か一つでも一端に身に付けるってのは、偉ぇもんだなって…」
そう言って、前に歩いていく克巳の背中が何故か大きく見える。
「克巳さん、いったい何を身に付けたんです?」
「ん〜必殺技?」
振り返り、少しふざけたように話す克巳の顔は、軽い言葉とは裏腹に確信めいたものが浮かんでいた。
「対戦相手は…飯田」
「はい!」
飯田天哉が前に出る。
二人が向き合い、開始の合図を待つ。
「開始!」
合図と同時に仕掛けたのは飯田だった。
僕の個性はエンジン。
速さで僕に勝てる者はいない。
どんな個性を持っているか分からないが、使う暇もないほどヒットアンドアウェーで攻め続けてやる。
対する克巳は、構えたまま微動だにしない。
飯田の速さに反応できないのか?
否!
克巳は、構えたまま過去に思いを馳せていた。
無個性だと言われても、不思議なほど気にならなかった。
父、独歩の個性ではなく、強さに憧れていたからだ。
それから、ずっと空手道に邁進してきた。
打撃を相手に当てるために速さを求めた。
イメージで関節まで増やして。
そうやってたどり着いたのが…まさか、当てない打撃だったなんて。
飯田の接近に合わせて、大きく踏み込む。
腕をムチのようにしならせ、振り下ろすが、飯田の身体には届かない。
間合いを見誤ったのか?
そうではない。
ムチは人力で音速を超えることが出来る唯一の武器だ。
その最高速に達する瞬間は振り下ろした時ではない。
引き戻して、ムチの先端が反転する瞬間に音速の壁すらも越える速さが生まれる。
これが、俺だけの
克巳の腕が伸び切った瞬間に手首を返す。
音速を超え、空気の壁をぶち抜いたことで衝撃波《ソニックブーム》が発生する。
そう、戦闘機が音速を超えた時に発生するアレだ。
そんなものを至近距離で受けることになった人間はどうなるか?
答えは簡単。
ぶっ飛ばされる。
飯田は、超高速で突進して来ていた。
なのに上空を舞っている。
前に向いていた運動エネルギーを打ち消され、後ろに跳ね返されているのだ。
どれ程の衝撃をカウンターで受ければそうなるのか。
ドシャッ!
背中から地面に落ちた飯田は、失神していた。
無理もない。
よほど人間離れした頑丈さがなければ耐えられるものではない。
「勝者、愚地」
勝利を宣言され、元の位置に戻る克巳。
「どうだった?刃牙」
刃牙が呆れた顔で手を左右に振りながら答える。
「いや、克巳さん。
腕を振って、衝撃波を発生させるって。
それで無個性は無理がある」
「あっ、やっぱり?」
刃牙たちが和やかに会話をしている一方、学生たちの緊張感が高まっていた。
つい先日まで一般人として過ごしていた相手に二連敗。
確かに裏個性は強力だ。
それは認めよう。
だが、ヒーローを目指し、雄英高校の狭き門を突破した自負がある。
せめて一勝して、意地を見せなければ…
そんな空気が生まれていた。
「最後は範馬」
刃牙が前に出る。
「対戦相手は緑谷」
「えっ、僕!?」
突然の指名に驚くが、出久の夢は最高のヒーローになること。
ここで怯むわけにはいかない。
制御できなかった個性の力加減も出来るようになった。
僕だって成長しているんだ!
覚悟を決めて、前に出る。
「開始!」
前二試合と一転、両者共にすぐには動かなかった。
刃牙は構えながらどう攻めるか考える。
師匠に教わったアレ、やってみるか。
出久も慎重に相手を観察し、出方を伺っていた。
あれ?なんか、範馬くんの後ろがぼやけて。
刃牙の後ろに陽炎のようなものが見える。
それは、次第に形を成し、輪郭がはっきりしていく。
ついで、質感や色艶までも備えるようになった。
浮かび上がってきた像の正体は…
巨大な…ゴキブリ!?
次の瞬間、刃牙が弾かれたように動く。
それは、初速から最高速を出す、加速を必要としない動き。
ゴキブリダッシュ!
キモッ!……いや、速っ…飯田くんより
出久が思考できたのはここまでだった。
刃牙のタックルをもろに受けて、そのまま後ろのビルに激突。
壁を何枚も突き破り、ようやく止まった。
出久は気絶していた。
いや、気絶だけで済んだと言うべきか。
頑丈なコンクリートの壁を何枚も突き破るほどの衝撃を受けたのだ。
大きな怪我をしなかったのは、オールマイトの指導の下、身体を鍛え抜いてきたおかげだ。
「勝者、範馬」
試合を終えて戻ってくる刃牙を見ながら花山が克巳に問うた。
「どのくらいだと思う?」
「ん〜そうだなぁ、新幹線くらい?」
「そうか」
あっ、信じるんだ。
克巳自身もそう間違っているとは思ってないが、加速を経ることなく新幹線並みの速度を出すなど普通はあり得ない。
やっぱ、俺たちが無個性ってのはないわ。
終わってみれば三戦全勝。
裏個性は、強力なものばかりだと言う定説を証明するような結果となった。
出久たちは自らの未熟さを痛感し、刃牙らと切磋琢磨することで成長していくことになる。
徳川邸
「そろそろ、刃牙たちが雄英に着いた頃かのぉ」
徳川光成がお茶を飲みながら独白する。
「まったく、連中は何も解っとらん。
裏個性?
理解できないものを自分たちの常識に無理矢理当てはめるなど愚の骨頂じゃ。
個性などと言う超常のものではない。
いや、常人では想像も付かぬほど強いことは、本当の意味での個性と言えるかもしれんの」
ヴィラン連合本部
「裏個性の持ち主が雄英高校に編入…その内の一人の名前が範馬刃牙」
「先生、どうしました?
その範馬刃牙が何か?」
「いや、なんでもないよ」
範馬…奴の血を引く者か。
奴に付けられた傷さえなければオールマイトなどに負けることもなかった。
最強の裏個性『腕力』を持つ男、範馬勇次郎。
私の
つまり、奴の腕力は個性ではない。
無個性でありながら個性持ちを遥かに凌駕する力。
あの自らの力に対する傲慢なまでの確信。
奴にとって個性など必要のないものなのだ。
まあいい。
ヴィラン連合への誘いを断った上に、敗北を知りたいと言って警察に出頭した裏個性持ちのヴィランたちも動いた。
奴らも間違いなく雄英高校に向かう。
くっくっくっ、面白くなりそうじゃないか。
刃牙たちの実力に関する周囲の認識
花山薫
裏個性『不死身』
その圧倒的な生命力からくる、殺すことは不可能ではないかと思われるほどのタフネスからそう認識されている。
自分の中で譲ることのできない何かを背負った時、信じられないほどの力を発揮する精神性こそが本質であるが、刃牙など近しい者しか理解していない。
愚地克巳
裏個性『音速《マッハ》』
腕を振ると音速を超え、衝撃波を発生させる。
全力で放たれた衝撃波を至近距離で受けた敵は、体内がズタズタにされ、目や耳から血を流すほどのダメージを受ける。
代償として腕の筋肉が千切れてしまうところは、OFAを制御できなかったころの出久に似ている。
範馬刃牙
裏個性『憑依』
肉体に動物を憑依させ、その力を引き出すことが出来る。
肉体は変化しないが、イメージを視認出来るほど真に迫った象形拳の使い手であることからそう認識されている。
テロリストを倒した時には、トリケラトプス拳を使用したらしい。