旅に行こうよ、そう語りかける。
「それは僥倖」
彼女の口癖が聞こえてきたのでいつもの様に頷いてくれた、と思った。
「君もようやく大人になるって訳だ」
ねえ一緒に行こうよ。その返事はしてくれずにそのままそっぽ向いてしまう。
揺れる長い髪の残像を目で追いながら、僕はひとつふたつと彼女に向かって歩きだす。
「一緒に行こうよ、ロマンチカ」
差し出した手を一瞥。すぐにまたそっぽを向いてしまう。
「君は君だけの浪漫を探しに行けばいい」
「僕は君と旅がしたいのに」
「旅から帰ってきてまだそう思うなら連れて行ってくれよ、リアリスト」
もうこちらを向かなかったけど、小さな彼女は確かに笑った。
僕は駆け出して抱きしめたいと思ったけれど、できないくらいのいくじなしだった。
だって君の体温は、
ロマンチカへ
旅先からの手紙を書くのは不思議な心地です。なにせ、僕たちは幼なじみでずっと一緒にいたわけですから。
まだ、僕はひとりぽっちの旅に臆病です。だから国境も越えていないし、初めての手紙は隣町で書きました。未練たらたらでしょう?
どうかぐずな男だと笑ってください。
どうしても貴女と一緒に旅がしたいのです。僕の浪漫はまだ見つかりませんが、幸福はあなたの隣にあるのです。
あなたのリアリストより
旅がしたい。
最初にそう考えたのは、とある旅人のスケッチを見せてもらってからだったはず。
ロマンチカは笑っていて、楽しそうで、こんな景色が見てみたいと呟いたんだ。
僕は一緒に旅に行こう、大きくなったらきっとだよって言ったね。
ロマンチカは僕に、「上手く旅に誘えたら行ってやろう」ってふんぞり返って返事をしてくれた。髪がさらさら揺れて、君はいつも通り男勝りな話し方をしていて、でも今と同じように美しかった。
美しいロマンチカ、君と一緒に行きたくて、ことあるごとに僕は一緒に旅をしようって言ったよね。
そのたびにはぐらかされて、そのたびにひとりで行って来いって言ってさ。
僕が頼りないからかも、だけど。
旅に出た僕はことあるごとに手紙を書いたね。
青い稲穂、真鍮の髪飾り、押し花の栞、ビーズ細工の腕輪……そんなものを同封して。
もちろん返事はもらえない。
そうでなくても僕はずっと移動しているんだから。
だから、一方的な愛のかけらを送り付けて、送り付けて、僕の心は旅先でも君のもとにいた。
『夢を見るのはリアリスト。ロマンチストは現実にいながらにしてフワフワしているんだからな』
なんて君の言葉を思い出しながら、世界の浪漫を探した。
美しい景色かな?
絶景と称されるスポットを巡る。
絶壁の滝壺、燃える湖、極地のオーロラ。
見たこともない文化だろうか?
少数民族を訪ね、異国の衣装を借り、知らない楽器を聴いて一夜を明かす。
それとも、僕自身が変わること?
君への土産を見繕いながら手紙を書く。
末尾は決まって、幸福の居場所への言及だ。
広い世界を回りながら、何を見ても何を体験しても幸福とはあなたの隣にあるのだとしか思えない。
長い旅をしたのさ。
異国の愛を目の当たりにして、世界各地の求愛を学習して、きみのリアリストは帰宅する。
「ただいまロマンチカ」
僕は彼女の
――おかえり、旅するリアリスト。
……今日も、あの時と少しも変わらない声が聞こえる。
夢を見るのはリアリスト
「つどい杯」参加させていただきました。