竜人の宝物   作:フリーレン2期嬉し…嬉し…


原作:葬送のフリーレン
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アニメ2期が嬉しくて書き散らかした妄想です。
久々の創作なので変なミスとかあるかもでお目汚しかもしれませんが、せっかく書いたので投稿させていただきます。

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竜人の宝物

事の発端は、フリーレンの「こっちのルートの方が面白い」という気まぐれな提案だった。

 わざわざ安全な街道を外れ、険しい山道へと遠回りをした結果――一行は、記録的な猛吹雪に見舞われていた。

 北側諸国の冬は、骨の髄まで凍てつくほどに厳しい。

 視界を白一色に染める猛吹雪の中、一行は重い足取りで雪原を進んでいた。

 

「……もう駄目だ。俺、ここで死ぬんだ……。凍って春に発見されるんだ……」

「シュタルク様、泣き言を言わないでください。口を開くと余計に体力が奪われますよ」

「だって、前も後ろも見えないんだぜ!? このままじゃ全滅だって!」

 

 重厚な外套に身を包んだ戦士シュタルクが、情けない声を上げて膝に手をつく。

 その背中を、魔法使いのフェルンが杖でグイと押した。

 

「ほら、もう少しだよ。あそこの岩陰に洞窟が見える」

 

 先頭を歩くエルフの魔法使いフリーレンが、淡々とした声で指差した。

 鉛色の空を突き刺すようにそびえ立つ岩山。その険しい崖に、ぽっかりと空いた巨大な穴があった。

 まるで世界を飲み込もうとする怪物の口のようだが、この猛吹雪を凌ぐにはそこしかない。

 

「た、助かった……」

 

 シュタルクが転がるように洞窟の中へ駆け込む。フェルンとフリーレンもそれに続いた。

 洞窟の中は、外の轟音が嘘のように静まり返っていた。だが、一息ついたのも束の間、シュタルクが青ざめた顔で周囲を見回し始めた。

 

「……フリーレン。ここ、妙に嫌な気配がしないか? なんだか、生物としての本能が警鐘を鳴らしてるっていうか……」

「うん。魔物除けの結界も張ってあるし、先客がいるみたいだね」

「やっぱり!? 出ようぜ、他の場所探そうよ!」

「無理だよ。外はあの吹雪だし」

 

 フリーレンは濡れた外套を払いながら、懐かしむように洞窟の奥を見つめた。

 

「それに、……うん、間違いない。ここは『竜人の巣』だ」

「……竜人?」

 

 聞き慣れない言葉に、シュタルクがポカンとする。

 一方で、フェルンが眉をひそめた。

 

「竜人というのは、あのお伽噺に出てくる種族のことですか? 確か、人の姿をしてるけど中身は凶暴な竜そのもので、気に入らない相手はブレスで骨も残さず消し炭にするという……」

「うん。噂通りなら、魔族よりも気が荒くて危険な種族だね」

 

 フリーレンは他人事のように答えた。シュタルクが「ヒッ」と短い悲鳴を上げる。

 

「魔族より危険って……! なんでそんな所に避難するんだよ!」

「大丈夫だよ、シュタルク」

 

 フリーレンはふふっと小さく笑った。

 

「彼ら竜人族は、凄まじい収集癖を持っていることで知られている。巣の中には、太古の昔から集められた金銀財宝や失われた伝説の武器や魔導書が眠っているらしいんだ」

「……つまり、わざわざ遠回りをしたのは魔導書が目当てということですか」

「人聞きが悪いなあ、フェルン。吹雪が止むまで休ませてもらうだけだよ。……それに、久しぶりに顔を見ておかないと、拗ねて暴れるかもしれないしね」

 

 フリーレンはそう呟くと、躊躇なく暗闇の中へと足を踏み入れた。

 フェルンは「……?」と不思議そうに小首を傾げ、シュタルクは「帰りてぇ……」と呟きながら、覚悟を決めてその背中を追う。

 

          ***

 

 洞窟の奥に進むにつれて、異様な光景が広がっていた。

 広い空間の至る所に、うず高く積まれた「山」があるのだ。

 

「す、すげぇ……。あれ全部、財宝なのか?」

 

 シュタルクが目を凝らす。松明の明かりに照らし出されたのは、混沌とした山だった。

 錆びた剣の隣に煌びやかな王冠があり、割れた壺の中に大粒のダイヤモンドが転がり、壊れた馬車の車輪に金のネックレスが掛かっている。  価値のあるものと無いものが、無造作に混在していた。

 

「……なんですか、ここは。宝物庫なのかゴミ捨て場なのか、区別がつきません」

 

 フェルンが顔をしかめ、鼻を覆う。その時だった。

 正面にある一番大きなガラクタの山が、ズズズ……と音を立てて揺れ動いた。

 

「ひっ! で、出た!」

 

 シュタルクが斧を構える。崩れ落ちるガラクタの雪崩の中から、角を生やした男の頭がニューッと突き出した。

 

「……誰だ」

 

 地を這うような低い声。男の瞳孔は縦に裂け、こめかみからは黒い角が、首筋には硬質な鱗がびっしりと張り付いている。紛れもない、竜人族だ。

 シュタルクがごくりと喉を鳴らす。殺される――そう直感した瞬間、男は力なく手を伸ばし、掠れた声で言った。

 

「……誰でもいい。手を貸せ。昨日拾った『廃村で見つけた守り神の石像』を飾ろうとしたら、物が崩れてきて挟まった。……重い」

 

 洞窟内に、冷たい沈黙が流れた。

 

「……やれやれ。80年前もそうやって埋まってたよね、グラナット」

 

 フリーレンは呆れたように息を吐くと、杖の先でちょんちょんと男の角をつついた。男――竜人のグラナットは、埃まみれの顔をわずかに上げ、金色の瞳を細めた。

 

「む……その気の抜けた魔力、フリーレンか? まだ生きていたのか」

「エルフだからね。シュタルク、彼を引っ張り出してあげて」

「えっ、俺!? いや、噛みつかれたりしない?」

「大丈夫、今の彼は動けない。いいから早く」

 

 フリーレンに急かされ、シュタルクは恐る恐るグラナットの脇に手を差し入れた。戦士の馬鹿力で「ふんぬっ!」と引き抜くと、ズボッという音と共に、長身の竜人がガラクタの海から姿を現した。

 彼は立ち上がると、礼を言うよりも先に、自分が下敷きになっていた苔むした石像を愛おしそうに撫で回した。

 

「ああ、よかった……。村人たちの祈りが込められた『耳』が欠けていない。危うく彼らの願いを損なうところだった」

「あの……お怪我はありませんか?」

「問題ない。私の皮膚はオリハルコンよりも硬い。それより小娘、そこにある欠けた茶碗を踏むなよ。それは先月、川の下流で拾った貴重品だ」

 

 フェルンが足元を見る。どう見てもただのゴミにしか見えない欠けた茶碗が、純金の杯の隣に鎮座していた。

 

「フリーレン様。この方は、少々……変わった感性をお持ちのようですね」

「失礼だねフェルン。彼はこれでも、この辺り一帯の主だよ」

 

 フリーレンは勝手知ったる様子で、近くにあった古びた木箱に腰を下ろした。その箱の中には、煤けた積み木や子供靴など、かつてどこかで誰かが使っていたであろう生活用品が詰め込まれていた。

 

「で、グラナット。この80年で、何かめぼしいお宝や魔導書は増えた?」

「ほう、魔導書か。……あるにはあるが、今のこの惨状ではな」

 

 グラナットは溜息交じりに、天井まで積み上がった混沌とした山を見上げた。

 雪崩のせいで、何がどこにあるのか本人ですら把握できていないようだ。

 

「探したければ探してもいいが、私のコレクションを傷つけるなよ。……ああ、そうだ。この山の整理を手伝ってくれ。そうすれば、報酬として好きなものを一つやろう」

「フェルン、シュタルク、やるよ」

「結局、掃除ですか……」

 

 フェルンは杖を構え、嫌々ながらも魔法を行使する。散乱した品々がふわりと浮き上がり、種類ごとに分別されていく。シュタルクは重い瓦礫や木材を運び出す肉体労働担当だ。

 作業を始めて数十分後。シュタルクが不思議そうな顔で、一つの剣を持ち上げた。装飾が施された、業物の剣だ。

 

「なぁ、この剣……凄そうだけど、なんでこんな錆びたナイフの山に埋もれてたんだ?」 「ああ、それか」

 

 グラナットは軽く一瞥した。

 

「それは1000年以上前に滅びたある国から持ち帰ったものだ。国を興すために振るわれた剣らしいが、よくある話だ」

 

 そう言うと、彼はシュタルクが「錆びたナイフ」と呼んだものを愛おしそうに手に取った。

 

「だが、こっちは違う。50年前、迷い込んだ冒険者が『命だけは助けてくれ』と置いていったものだ。必死な顔が傑作だった。……あっちの穴の空いた帽子は、30年前に風で飛んできたものだ。どんな旅人が被っていたのか、想像するだけで夜が明ける」

 

 彼は慈しむように、ガラクタと財宝が入り混じった山を眺めた。

 

「宝石だろうが石ころだろうが、関係ない。俺にとって価値があるのは、そこにどんな『物語』が宿っているかだ」

 

 その横顔は、先ほどまでの間の抜けた収集家ではなく、長い時を生きる賢者のように見えた。

 シュタルクとフェルンが毒気を抜かれて黙り込む中、フリーレンだけが懐かしそうに目を細める。

 

「……変わったね、グラナット。昔は『永遠に変わらないもの以外はゴミだ』って、私の杖をへし折ろうとしたのに」

「ふん。……人の影響というのは、呪いのようなものだ」

 

 グラナットは自嘲気味に笑うと、少し離れた棚に飾ってあった、一つの小さな物体を取り出した。

 それは、少し焦げ跡のある、不格好な木彫りの像――何とも言えない奇妙なポーズをとった男の像だった。

 

「……特に、あの勇者の呪いは、な」

 

 彼は汚れた袖で、その像をキュッキュッと丁寧に磨き始めた。フリーレンの記憶の奥底で、80年前の光景が鮮やかに蘇る。

 

          ***

 

 それは、今日と同じように猛烈な吹雪が吹き荒れる夜だった。魔王討伐の旅の途中、フリーレンたちは避難場所を求めて、偶然この洞窟へと足を踏み入れたのだ。

 

「……何者だ、貴様ら」

 

 洞窟の奥から響いたのは、地獄の底から這い出るような低い唸り声だった。当時の洞窟は、今のような雑多な山ではなく、金貨や宝石、宝剣、魔導書といった「美しい財宝」のみで埋め尽くされていた。その黄金の山に埋もれ、身動きが取れなくなっている男がいた。グラナットだ。

 

「人の分際で、我が寝床に入るとは……」

 

 アイゼンが即座に斧を構え、ハイターが青ざめる。だが、グラナットは動こうとして、ジャラジャラと金貨の音をさせながら顔をしかめた。

 

「……くっ、抜けない」

「……はい?」

「……おい、そこの人間ども。殺すのは後にしてやる。まずはここから出してくれ。昨日集めた金貨の山が崩れてきて、挟まった」

 

 緊張感が霧散し、フリーレンはどうでもよさそうに欠伸をした。だが、ヒンメルだけは違った。

 

「ははっ、すごいな!」

 

 彼は楽しそうに笑いながら、埋もれているグラナットの方へ歩み寄った。

 

「ヒンメル、近づかないほうがいいよ。噛まれるかも」

「見てくれよフリーレン。彼はこの財宝の山に愛されているんだ! これだけ集める情熱があったからこそ、財宝も彼を離さないんだろうね」

 

 ヒンメルはグラナットの目の前まで行くと、屈託のない笑顔で手を差し伸べた。

 

「大変だったね。手伝うよ」

「……なんだ、お前は。財宝を奪いに来たのではないのか?」

「こんなに愛されている財宝を奪うなんて野暮なことはしないさ。僕はヒンメル。外は酷い吹雪なんだ。少しの間、ここで休ませてくれないか?」

 

 その真っ直ぐな瞳に、グラナットは毒気を抜かれたようだった。彼は「……勝手にしろ」と吐き捨て、その手を取った。

 

 

 

 その夜、焚き火を囲みながら、奇妙な交流が始まった。グラナットは、人間という種族が理解できなかった。

 

「理解できん。お前たちは、瞬きするほどの短い時間しか生きられない。脆く、すぐに壊れる。なぜそんな脆弱な身で、魔王になど挑む?」

「平和な世界が見たいからさ。それに、旅は楽しいしね」

 

 ヒンメルは小刀で木片を削りながら、軽やかに答えた。グラナットは鼻で笑う。

 

「楽しい、か。……俺にはわからん。俺が集めるのは『永遠』だけだ。金や宝石は腐らない。錆びない。裏切らない。俺のような長命な種族にとって、価値があるのは『変わらないもの』だけだ」

「確かに、君の宝物は美しいよ」

 

 ヒンメルは手元の作業を止めずに言った。

 

「でも、少し寂しいね」

「寂しい?」

「そこには『物語』がない。この金貨が誰の手から渡り、どんな旅をしてここに来たのか。それを語る傷も汚れもない。ただそこにあるだけのモノだ」

 

 ヒンメルは削り終わった木片に息を吹きかけた。出来上がったのは、マントを翻し、妙に腰を反らせて剣を掲げた、不格好な男の像だった。

 

「はい、これをやろう」

「……なんだこれは。呪いの人形か?」

「失礼だな。僕の勇姿を模した芸術作品だよ。君のコレクションに加えてくれ」

 

 グラナットは顔をしかめ、像を指先で弾こうとした。

 

「ふざけるな。そんな木屑、数十年で朽ち果てる。永遠のコレクションにゴミを混ぜる気か?」

「だからいいんじゃないか」

 

 ヒンメルは真っ直ぐにグラナットの金色の瞳を見つめた。

 

「朽ちるからこそ、君が記憶に留めておく必要がある。価値があるから集めるんじゃない。君が大切に想うから、それに価値が生まれるんだよ」

「……屁理屈だ」

「いつか君がこれを眺めた時、『こんな変な勇者がいたな』って笑ってくれれば、それがこの像の役目だ。僕たちはすぐにいなくなるけど、君が覚えていてくれるなら……僕たちが生きた証は、君の中で永遠になる」

 

 グラナットは押し黙った。彼はしばらくその不格好な像を睨んでいたが、やがて「……チッ」と舌打ちをして、それを洞窟の隅にある岩棚へ、カツンと無造作に置いた。

 

「……暖炉の焚き付けにでもしてやる」

 

 そう言った彼の耳が、少しだけ赤くなっていたのを、フリーレンは見ていた。

 

          ***

 

 そして現在。グラナットは、あの時と同じ、しかし少し古びて飴色になった木像を、大事そうに眺めている。

 

「『焚き付けにする』って言ってたのにね」

「……うるさい。薪にするのを忘れていただけだ」

 

 グラナットはぶっきらぼうに答えると、像を一番安全そうな棚の奥――周囲を柔らかい布で囲った特等席――にそっと戻した。

 

「それに、あいつの予言通りになっただけだ。この木屑を見るたびに、あの騒がしい夜を思い出す。……悪くはない気分だ」

 

 その時だった。洞窟の外から、空気を震わせるような轟音が響き渡った。天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。

 

「な、なんだ!? 地震か!?」

 

 シュタルクが慌てて立ち上がる。だが、それは自然現象ではなかった。

 入り口の岩盤が、強力な魔法によって内側へと吹き飛ばされたのだ。舞い上がる粉塵の向こうから、複数の影がゆらりと現れる。

 

「……ここか。『竜人の財宝』が眠る場所というのは」

 

 冷徹な声と共に現れたのは、禍々しい魔力を纏った魔族たちだった。侵入してきたのは、三体の魔族だった。

 先頭に立つのは、貴族のような装束を纏った魔族。その背後には、大柄な武人のような魔族と、杖を持った魔術師タイプの魔族が控えている。

 

「……なんだ、このゴミの山は」

 

 リーダー格の魔族が、足元に散らばるガラクタを見て不快そうに顔を歪めた。

 

「報告では、ここには『竜人の財宝』があるはずだ。金銀、宝石、そして古代の魔導書……。どこだ、ゴミに埋もれているのか?」

「……消えろ」

 

 グラナットは低い声で言った。

 

「虫ケラを招いた覚えはない。俺の庭から出て行け」

 

 だが、魔族は嘲笑うように指を鳴らす。刹那、後方の魔術師が杖を振るった。

 

「掃除が必要ですね」

 

 放たれたのは風の魔法だった。暴風が洞窟内を吹き荒れ、丁寧に積み上げられていたコレクションの山が次々と崩れ去る。積み木細工のように繊細なバランスで置かれていた「物語」たちが、無残に壁に叩きつけられ、砕け散った。

 

「ああっ! せっかく整理したのに!」

 

 シュタルクが叫ぶ。暴風が止むと、リーダー格の魔族の足元に「ある物」が転がってきた。棚から落ちた、ヒンメルの木彫りの像だ。

 

「なんだ、この汚い木屑は」

「……返せ」

 

 グラナットの声から、感情の色が消えた。

 

「返せだと? ふん、こんなゴミ、燃やしてしまえ」

 

 魔族の指先に、赤黒い炎が灯る。

 シュタルクが「やめろ!」と飛び出そうとした瞬間、フリーレンが鋭い声で制止した。

 

「シュタルク。行くな」

「えっ、でも!」

「……空気が変わった」

 

 フリーレンの言葉と同時だった。洞窟内の空気が、鉛のように重く変質した。

 生物としての本能が警鐘を鳴らす。シュタルクの膝がガクガクと震え始めた。

 

「……貴様、今、それを『ゴミ』と言ったか?」

 

 グラナットが顔を上げる。その瞳孔は針のように細く収縮し、口元からは白い蒸気が漏れ出していた。

 人の姿をしているのに、そこに立っているのは、間違いなく「巨大な捕食者」だった。

 

「……?」

 

 魔族が違和感に気づき、振り返ろうとした時には、もう遅かった。爆発のような踏み込み音と共に、グラナットの姿がかき消えた。

 次の瞬間、彼は魔族の目の前にいた。魔法防御を展開する隙すら与えない、純粋な身体能力による超高速移動。

 

「ガッ……!?」

 

 グラナットの手が、魔族の顔面を鷲掴みにしていた。鋼鉄をも砕く握力が、魔族の頭をミシミシと軋ませる。

 

「その辺りの金貨ならいくらでもくれてやる。だが……」

 

 グラナットの口が裂けるように開き、喉の奥から、地響きのような唸り声が漏れる。

 

「俺の『宝』をゴミ扱いした罪は、万死に値する」

 

「は、離せ……!」

 

 残りの二体の魔族が、慌てて攻撃魔法を放つ。漆黒の閃光がグラナットの背中に直撃する。だが、彼は避けない。防御魔法さえ張らない。

 魔法は彼の鱗に弾かれ、煙を上げるだけで傷一つつけられなかった。

 

「……邪魔だ」

 

 グラナットは魔族の顔を掴んだまま、残りの二体に向かって咆えた。いや、それは声ではない。

 魔力を帯びた、破壊の衝撃波だ。

 

 『消え失せろ(ドラゴ・ロア)

 

 空間がねじ切れるような轟音。指向性を持った衝撃波は、二体の魔族を防御魔法ごと粉砕し、洞窟の壁に巨大なクレーターを生み出した。後には、塵一つ残らない。圧倒的な、理不尽な暴力。

 リーダー格の魔族は、鷲掴みにされたまま、恐怖に顔を歪めた。

 

「ば、化け物……」

「どの口が言う」

 

 グラナットは無表情のまま、腕を振るった。ボロ雑巾のように投げ捨てられた魔族は、壁に激突し、動かなくなった。

 静寂が戻る。  舞い上がった埃が、雪のように静かに降り注ぐ中、グラナットはゆっくりと歩き出し、床に落ちた木彫りの像を拾い上げた。そして、袖口で優しく煤(すす)を拭う。

 

「……よかった。傷ついてない」

 

 その声は、先ほどの破壊神のような響きとは程遠い、安堵に満ちたものだった。

 シュタルクは腰が抜けたまま、ポカンと口を開けていた。フェルンも杖を下ろし、呆然とその光景を見つめている。

 一瞬で終わった戦闘。いや、あれは戦闘ですらなかった。ただの災害だ。

 

「……竜人族の怒りか。噂には聞いていたけど、ここまでとはね」

 

 フリーレンが感心したように、グラナットの背中に声をかけた。グラナットはビクリと肩を震わせ、バツが悪そうに振り返った。

 

「……見苦しいところを見せたな。つい、カッとなってしまった」

「ううん。おかげで助かったよ。……で、その像は無事だった?」

「ああ。少し煤けたが、磨けば元通りだ」

 

 彼は愛おしそうに、ヒンメルの像を撫でている。その姿からは、先ほど魔族を消し飛ばした覇気は微塵も感じられない。

 

「さてと。それじゃあ報酬を貰おうかな。さっき掃除してる途中で、いい魔導書を見つけたんだ」

 

 フリーレンは、先ほど整理した魔導書の山から一冊を手に取った。埃を払い、表紙の古代文字を読む。

 

「えーっと……『カビや虫食いを防ぐ魔法』」

「……便利ですね。これがあれば、保存食がカビたり、服が虫に食われるのを防げます」

 

 グラナットはその魔導書を見て、珍しく羨ましそうな顔をした。

 

「……なんだ。そんな素晴らしい魔法があったのか」

「欲しい?」

「喉から手が出るほどな。金や宝石は腐らんが、木や布は弱い。すぐに虫に食われ、カビが生える」

 

 彼は手の中の木彫りの像と、先ほど拾った穴の空いた帽子を交互に見た。

 

「これがあれば、この木像も、あの帽子も、少しでも長く守ってやれる」

「じゃあ、書き写してあげるよ。いい魔導書を見せてくれたお礼」

 

 フリーレンが魔導書を差し出すと、グラナットは子供のように目を輝かせた。かつて不変的な価値を持つ財宝だけを求めていた竜人は、今や防虫魔法一つで喜んでいる。その変化がおかしくて、フリーレンは小さく笑った。

 

          ***

 

 洞窟を出る頃には、空は晴れ渡っていた。  冬の澄んだ空気が、火照った体に心地よい。

 

「また来い。……次は100年後くらいか?」

 

 洞窟の入り口で、グラナットがぶっきらぼうに言った。その手には、ピカピカに磨き上げられたヒンメルの像が握られている。

 

「……まあ、また近くに来たら寄るよ」

「ふん。……まあ、お前たちの土産話くらいなら、聞いてやってもいい」

 

 素直じゃない竜人に手を振り、一行は雪山を下りていく。

 

「それにしても」

 

 シュタルクが振り返りながら言った。

 

「あんなガラクタ……いや、思い出の品を、あそこまで大事にするなんてな。竜ってもっと、こう、冷徹な生き物だと思ってた」

「そうだね」

 

 フリーレンは空を見上げた。  青空の向こうに、あのお調子者の勇者の顔が浮かんだ気がした。

 

『君が大切に想えば、それは金貨よりも輝くんだ』

 

 80年前、彼が残した言葉は、長い時を生きる竜人の心に深く根を張り、その孤独を癒やしている。

 勇者ヒンメル。彼の剣は魔王を倒したが、彼の心は、こうして世界中のあちこちで、誰かの心を救い続けているのだ。

 

「ヒンメル。君の言った通りだったよ」

 

 フリーレンは誰に聞かせるでもなく呟くと、歩き出した。

 その足取りは、いつもよりも少しだけ軽かった。


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