ソードアート・オンライン アイとユウキのセカイ   作:カレー大好き

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ようやく魔女が登場します。
更にキリトが追い込まれて酷い目に……。
勝利のカギは、ユウキの愛だ!


第17話 弱虫な魔女

 偽ラフィン・コフィンはグラハムたちによって一掃された。その様子を静かに見守っていたキリトは、ようやく身体の震えが収まってきた。頼れる仲間が悪夢を切り払ってくれたおかげだ。

 しかし、自覚してしまった恐怖心は消えてくれない。それは覚めて消える夢ではない確かな現実だからだ。

 

「……まだ、俺の中のSAOは終わっていないのか?」

「キリト君……」

 

 震えた声でつぶやきながらうなだれる。こんな仕打ちを受けたのなら仕方がない。キリトに寄り添って身体を支えているアスナは、暗い表情を浮かべて思った。このパーティで唯一、すべての事実を知っている彼女だけは、キリトの心理状態を理解していた。

 それでも、同情しているだけではダメだ。いつまでも過去を引きずって停滞するわけにはいかない。生還できた自分たちにはそうしなければならない責任がある。死んでいった仲間のためにも、彼らが生きたシルシを胸に抱いて未来に進んでいかなければならない。

 

「行こうキリト君。わたしたちの手で、この悪夢を終わらせよう!」

「……ああ、そうだな。これ以上俺たちの思い出を侮辱されてたまるか!」

 

 愛しい恋人から励まされて何とかモチベーションを上げる。

 グラハムと同様に彼も理解しつつあった。このクエストが自分の記憶を元に作られていると。なぜこんな異常が起きているのかは分からないが、今はできることをするだけだ。

 

「このふざけたクエストを速攻で終わらせて、原因を調べてやる!」

 

 怒りと恐怖の入り混じった感情を持て余しつつ、戦う理由を必死に作る。この先に更なる苦痛が待ち構えていると想像できるから、あえて自分を鼓舞する必要があった。

 

 

 キリトたちと合流した一行は、調子の悪そうな彼を気遣いつつ先に進む。街の中心まで3分の1といった所まで来たので、目指すべきゴールは近い。

 とはいえ、すんなりと行かせて貰えるわけもなく、三度敵が襲いかかってくる。今度の相手は、ギルドを特定できないありふれた装備のアバターだった。

 

「何か、段々と時間を遡ってる気がするわね」

「たぶんそうだと思ウ。こいつらの装備は30層辺りのものだからナ」

 

 フィリアとアルゴは、推察した意見を確かめ合う。彼らの装備は、自分たちも身につけたことがある初期のものだった。

 ただ、実力の方は真逆で、先に出て来た奴らよりかなり手強い。動作が単純な通常の敵とは違って、妙に人間臭い反応をしてくる。先に進んで難易度が上がったということなのだろうが、それだけではない気もする。彼らの動きに高度なNPC並の意思みたいなものを感じるのだ。AIの能力が上がったというよりは人のそれに近い印象を受ける。

 

「こいつら結構やるよ!」

「本物のプレイヤーと戦ってるみたい!」

 

 2体ほど切り捨てたユウキとランもその点に気づいて顔をしかめる。SAOのアバターで人間らしい動きを再現するなんて、悪趣味にも程がある。本当にこれはただのAIなのだろうか?

 

「この敵、何か変だよ!」

「しかし、気後れしている場合ではない! 推して参るぞ、フラッグファイター!」

「「了解!」」

 

 いつものように軽快なトークで気分を盛り上げ、迫り来る敵を屠っていく。SAOで鍛えているグラハムは言うに及ばずだが、紺野姉妹の活躍も目覚ましい。その原因は、例の超常現象にある。時間の経過と共に別世界のユウキの影響も大きくなり、VRマシンとの親和性が向上し続けているからだ。

 

「(ほう。更にできるようになったな、ユウキ! だが、その成長はあまりに早い。やはりアレが関係しているか?)」

 

 グラハムは、急激に強くなっていくユウキに得体の知れない秘密があるのではないかと疑う。その疑問は当たっていて、別世界から流れ込んでくる因果情報の影響をもっとも受けている彼女の変化はとても顕著だった。

 

 

 2人のユウキが起こした小さな奇跡、【限定的な因果流動】は、人間の魂とされる【フラクトライト】に変化をもたらしている。伝達方法が量子的なアクセスに近いため、脳やVRマシンだけでしか感知できず、人体に与える変化はアミュスフィアを使用している該当者の記憶とフラクトライトだけに留まっているが、それにアクセスすることで機能しているVRMMO内において大きな影響が現れていた。別世界から送られてくる因果情報によって、もう1人の自分のフラクトライトと同化現象を起こし、徐々に変質しているからだ。ユウキの場合、まるで長期間メディキュボイドと接続しているように錯覚したフラクトライトが変化を起こし、彼女の実力を絶剣の領域へと近づけつつあった。

 

 

 無論、受身のユウキでは詳しく認識できず、自身の変化に対しても当初は半信半疑だった。しかし、最近になって具体的に自覚してきた。信じられないことに、ソードスキルを通常動作で受け止めることができるようになってきたからだ。100%とまではいかないものの、並のプレイヤーでは偶然に当てることすら困難なのだから、チートもいいところだ。

 

「(何となくズルしてるようで気が引けるけど、今はありがたいよ)」

 

 こういう時に役に立つなら、たとえ正体不明の力でも素敵な贈り物だ。真実を知らないユウキは前向きに受け止めることにした。

 そう、深く考えるな。素直に受け入れて心のままに振るえばいい。かけがえのないものを守るために。

 

「(これ以上、みんなを傷つけさせない!)」

 

 ユウキは、高ぶる感情を押さえることなく戦う。

 グラハムから落ち着けと言われたが、どうしても譲れないものがある。たとえゲームだとしても引いちゃいけないものがある。

 大好きな姉ちゃんと冒険して、素敵なアスナと出会って、大切な仲間たちと最後のお別れをしたこの世界を、こんなことでめちゃくちゃにされてたまるか!

 

「……あれ? 今のはなんだろ?」

 

 自分の記憶と合わない言葉が浮かんで首を傾げる。怒りで意識を乱していたせいか具体的なイメージまでは見えなかったが、恐らくあの現象が起きたのだろう。

 もちろん意味は分からない。最後のお別れなんて不吉な言葉が出るような記憶などどこにもないのだから当然である。命に関わる大病を患ったことなんて、あるわけがない。

 そうだよ。ボクも姉ちゃんも、死んじゃうような病気になったことなんて……。

 

「無い……はずだけど……」

 

 否定しようとした途端に、なぜか身体が震え出す。得体の知れない恐怖に心が竦む。

 

「なにこれ……。ボクは、怖がってるの?」

「ユウキ! ぼうっとしちゃダメ!」

「っ!?」

 

 ランから注意を受けて我に返り、両手剣による攻撃をパリィで弾く。

 いけない。今は目の前の戦いに集中しなくては。死んでしまっては守れるものも守れなくなってしまう。たとえゲームだとしても。死んでしまっては……。

 

「でも、ボクは生きてる! 姉ちゃんも、ソウ兄ちゃんも……!」 

 

 何となく不安になったユウキは、現実を確かめるように叫ぶ。

 もちろん彼女は現実でもゲーム内でも生きており、ランと協力して活路を切り開いていく。しかし、2人が進む先には既に命を失った者たちが待ち構えていた。

 

 

 中央広場へ続く入り口の前まで辿りついたユウキたちは、直前の道で立ち止まる。そこには3つ目の通行止めオブジェクトが配置されており、4人の敵が守護していた。

 彼らは、これまでの流れ通りにキリトと関わって死んでしまった人物たちだった。ただし、今度の敵はキリトが直接殺した相手ではなく、助けられなかった者たちだ。

 

「ああ……そんな……」

 

 偽ラフコフの衝撃から何とか立ち直ったキリトだったが、今度はそうはいかない。彼らこそ、キリトの心にもっとも大きな傷を作っている【月夜の黒猫団】のメンバーなのだから。

 

「ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー……なんでお前たちが出て来るんだよ?」

「キ、キリト君?」

「やっぱり俺を憎んでいるのか? なぁ、そうなのか?」

 

 今にも泣き出しそうな声で尋ねる。その表情には悲壮感が漂い、どこか危険な感じがした。

 

「答えてくれよケイタ。俺に何か言いたいのか? なぁみんな? 一体俺はどうすればいいんだよっ!?」

「キリト君!!」

 

 アスナは、急に取り乱し始めたキリトを抱きしめる。以前、キリトから月夜の黒猫団について聞いたことがある彼女は、彼の口から出た名前で大体の状況を把握できた。

 

「落ち着いてキリト君! あの人たちは本人じゃないわ! カーディナルが作り出した偽物よ!」

「で、でも……そこにいるんだ。みんなが、いるんだ……」

 

 必死に宥めるアスナの声にかろうじて反応したキリトは、震えた声でつぶやく。立て続けに精神を痛めつけられて一時的に錯乱しているのだ。

 しかも、心拍数が急上昇したせいで強制ログアウトしかけてしまう。キリトの視界に『WARNING』と表示されたウィンドウが出現して、耳障りな警告音が鳴り響く。

 

「くっ! キリトをここまで追い込むとは! 許さんぞ、カーディナル!」

「グラハム君!?」

「アスナはキリトについていたまえ! 彼らの相手は、この私、グラハム・エーカーが務めさせていただく!」

「もちろんボクたちも行くよ!」

「アスナさんたちの分も暴れてきますから、待っていてください」

「その間にキリトとイチャイチャしときなよ」

「男をその気にさせるのも、良い女の条件だからナ」

「ユウキ、みんな……」

 

 明らかに危険な状態に陥っているキリトを助けるため、アスナ以外のメンバーが躍り出る。

 キリトの反応から推察すると、あの敵はSAOで死んだ仲間らしい。どのような経緯でこんな内容になったのか分からないが、あまりに惨い話である。彼らのアバターを意思の無い操り人形として利用するなど、死者を冒涜する行為に他ならない。ならば、ゲーム仲間である自分たちの手で弔ってやるべきだ。

 

「ソルブレイヴス隊、スタンドマニューバとともに散開! 弔い合戦だ!」

「「了解!」」

「早くあの人たちを楽にしてあげなきゃね!」

「キー坊の代わりにオレっちたちがやってやル!」

 

 なすべき事を見出した5人は、迷うことなく立ち向かっていく。遊撃役のグラハム以外はそれぞれ1対1となって戦闘に入る。

 両手棍使いのケイタはユウキ、メイス使のテツオはラン、槍使いのササマルはアルゴ、短剣使いダッカーはフィリアが担当し、彼女たちの間をグラハムが駆け巡って各個撃破していく。

 数も実力も有利なため、戦闘自体はスムーズに進んでいく。グラハムの援護を受けたランたちは速攻で相手を倒し、残る偽ケイタもユウキ1人で片がついた。

 

「ゴメンなさい!」

 

 何となく罪悪感を覚えたユウキは、思わず謝りながら突きを繰り出す。直前に両手棍を弾かれていた偽ケイタは為す術もなく攻撃を食らい、消滅していった。

 

「ケ、ケイタ……」

 

 かつての仲間が再び目の前で消えいく。封印していた過去の惨劇がフラッシュバックして、キリトの心に大きなダメージを与える。

 そのせいで更に心拍数が上昇し、強制ログアウトの一歩手前まで追い込まれてしまう。

 

「ぐうぅ……」

「しっかりして、キリト君!?」

 

 ダメだ。このままではキリトがログアウトしてしまう。そうなったら、後に控えているボスに勝てるか分からなくなる。

 いや、今はそれ以前に彼の心が心配だ。

 この時キリトは、この先に待ち構えているだろう人物を予測して打ちひしがれていた。

 彼にとって、もっとも強く心に残っている故人。月夜の黒猫団にいたもう1人のメンバーがこの先にいたら……自らの剣で倒さなければならなくなる。

 

「また守れないのか? 君を……。SAOでも、ALOでも! 俺は無力なのかっ!?」

 

 感情が高まったキリトは人目をはばかることなく叫ぶ。その声は慟哭に近く、思わず押しのけてしまったアスナの姿も目に入らない。自分を見失った彼は、認めたくない現実に目を背けようとしていた。

 その時だった。2人の様子が気になって駆け寄ってきたユウキが、自棄になっている彼を叱り飛ばしたのは。

 

「キリトのバカ!!!!!」

「っ!!?」

「ユ、ユウキ?」

 

 駆け込んできたユウキは、キリトの胸倉を掴んで揺さぶる。綺麗な顔に怒りの表情を浮かべ、本気の感情をぶつける。彼女は今、心の底から怒っていた。

 

「何やってるんだよキリト! 自分勝手にわめき叫んで、ずっと君を支えてたアスナを泣かしちゃうなんて! それでも恋人なの!?」

「えっ? ……アスナを、泣かした?」

 

 熱意の篭ったユウキの言葉で我に返り、ゆっくりとした動作でアスナを見る。キリトに押された拍子にバランスを崩し、地面に座り込んでしまった彼女は――静かに涙を流していた。彼を傷つけ続けている悲しい過去に心を痛めて。助けてあげられない自分が情けなくて。冷たい涙が頬を流れる。

 

「キリト君……」

「アスナ……」

 

 目を合わした瞬間、キリトは理解した。

 ユウキの言う通りだ。彼女はずっと自分のことを想って支えてくれていた。それなのに自分は、彼女に甘えて傷つけてしまった……。

 

「お、俺は……」

「やっと分かった? 過去に酷いことがあったとしても、今はアスナがいるんだよ? それなのに、君が選んだ大切な人を蔑ろにして、なにが恋人だよ! 自分の気持ちすら守れない人に、大好きなアスナを任せるわけにはいかないよ!」

 

 怒りで興奮したユウキは、ちょっぴり大胆なことを言い出した。しかし、効果は抜群だった。彼女の熱弁を聞いたキリトは心から反省した。

 そうだ。今の自分にはアスナがいる。そして今があるのは、この先にいるだろう彼女が生き抜く意思を与えてくれたおかげだ。

 

「(やっと見つけたよ。それこそが、君と出会った意味なのかもしれないって。だから俺は、君を倒す。みんなから貰った未来を守るために)」

 

 キリトはようやく覚悟を決めた。

 もちろん、この短時間ですべてを吹っ切れたわけではないが、一番守らなければならないものは見えた。このクエストをクリアすることで仲間だった者たちとの過去を乗り越え、恋人であるアスナとの未来を切り開く。困難な仕事だが簡単な事実だ。

 

「(アスナたちと一緒なら何とかなるさ)」

 

 自分の胸倉から手を離すユウキを見つめながらキリトは思った。仲間がいてくれるということがどんなに素晴らしいことか。それを最初に気づかせてくれた彼女には、感謝してもしきれない。そして、自分を叱ってくれた少女にも。

 

「すまないユウキ。君の言葉で目が覚めたよ……」

「もう、謝る人が違うでしょ」

「ああ、そうだな……心配かけてゴメンな、アスナ」

「ううん。気にしなくてもいいよ、キリト君」

 

 アスナは、差し出されたキリトの手を握って立ち上がりながら答える。その頬は若干赤らんでいる。泣いてしまったという理由もあるが、ユウキから真っ直ぐな好意を向けられて照れてしまったせいでもある。シスコンになりつつある彼女は、可愛い妹の愛情がとても嬉しかったのだ。

 

「ありがとうユウキ。さっきのセリフ、すごくかっこよかったよ」

「えへへ~、ちょっと偉そうだったかな?」

「ううん、そんなことないよ。それに、愛の告白をされたみたいで嬉しかったし」

「……えっ? コクハク?」

「ほら、大好きなアスナって言ってたでしょ? 同性だけど、ユウキとだったらお付き合いしてもいいかなって思っちゃったよ」

「うえぇ!? そそそ、それはどうかとボクは思うよ? だってボクにはソウ兄ちゃんがいるし、アスナと結婚したら結城木綿季(ゆうきゆうき)になっちゃうし……」

 

 予想外なアスナの言葉に焦ったユウキは、余計な心配までしてしまう。結婚した後のことを気にするって事は、付き合うこと自体は否定してないじゃないか。

 シリアス展開から一転していつもの雰囲気に戻り、置いてけぼりを食らったキリトは苦笑する。

 

「ははっ、女の子ってのは強いな」

「私もそう思う! 同性愛を打ち明けたアスナの潔さには、感動を禁じえない!」

「いや、あれは冗談――」

「皆まで言うな! 先刻承知だ」

「だったら、おま――」

「焦るな少年! 私たちもまた同性愛者だと言いたいのだろう? そんなに急かさなくとも、私と愛を語り合う時間はたっぷり用意するさ!」

「これっぽっちもいらねーよ!!」

 

 アスナとユウキの微笑ましいやり取りを見て和んでいたら、グラハムのおバカな発言で台無しにされてしまった。人の話を聞かないことに定評のある男の面目躍如である。

 

「はぁ、やっぱりこうなるのね」

「でも、グラハムさんのおかげでパパも元気になりました」

「あれは元気になったって言うのかな?」

「まぁ、ツッコミを入れられるくらいにはナ」

 

 美少年同士の絡み合いを見つめる外野陣は、生暖かい目をしながらほっとしていた。何とかボス戦の前に体勢を立て直すことができて良かったと。

 恐らくは、SAO以来の死闘になるだろうと予感していたから。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 みんなでキリトを元気付けて(?)から準備を整えた一行は、いよいよ終着点へと乗り込んでいく。彼らが入っていった中央広場は広大な円形になっており、見上げるような建築物で周囲を覆われている。メインゲートの対面には黒鉄宮が建ち、その景観は豪華な宮殿のようにも見える。ただ、このクエストにおいては、見るに耐えない廃墟と化していたが。

 

「とうとう来たな……」

「でも、ボスがいないね?」

 

 覚悟して駆け込んだものの、そこには何もいなかった。彼らの視界に写っているのは、ボロボロになった石畳と崩れかけている建築物だけだ。魔女とやらはどこにも見当たらない。

 

「ふん。誘っておいて袖にするか。我慢弱い私を弄ぶとは、まさに魔性の女だな」

「まぁ、実際に魔女だからね」

「ふっ、違いない」

 

 周囲を観察しながらのん気な会話をするグラハムとユウキ。一応、場を和まそうと考えての行動だったが、場違いでしかない。他のみんなは、KYなことをしてしまった2人にジト目を送りつつ緊張感を高めていく。

 

「ねぇアルゴ。何か嫌な予感しない?」

「ああ、そうだナ。この赤く染まった景色を見てると、あの時を思い出ス……?」

 

 フィリアに話しかけられて空を見上げたアルゴは、とある異変に気づいた。黒鉄宮の上空に、『Warning』と表示された青いヘクス状のウィンドウが浮かんでいたのである。

 見覚えのある光景を目撃したSAO組は戦慄する。色は違うが間違いない。この演出はあの時と一緒だ。デスゲームが始まった時と。

 

「まさか……」

「アレが来るの!?」

 

 フィリアが驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。

 100層のフロアボスであり、茅場晶彦がデスゲームの開始を告げる際に使用したホロウアバター。あれが出現した時と同じシチュエーションが再び目の前で始まろうとしていた。

 上空に浮いていた青いウィンドウが瞬く間に増殖し、空全体を覆っていく。つい先ほどまで赤かった空は一瞬で真っ青に染まってしまう。そして、黒鉄宮の上空にあるウィンドウの結合部から青い液体がにじみ出きた。血のように滴るそれは、生き物のように蠢きつつ一箇所に集まっていく。

 

「うわっ、気持ち悪っ!?」

「空から血が出てるみたい……」

 

 一連の出来事を初めて見た紺野姉妹は嫌悪感を抱く。無論、SAO組も同様で、徐々に人の形になっていくソレを鋭い視線で睨む。

 

「よもや世界を超えてSAOのラスボスと戦うことになろうとは。運命の女神は気まぐれだなぁ!」

「ええっ!? あれってSAOのラスボスなの!?」

「いや、たぶん違う。あれはきっと……」

 

 キリトは、グラハムの予測を否定する。彼には予感があった。恐らく最後に待ち構えているのは彼女だと。

 

「(できれば、間違いであって欲しいけど……)」

 

 心の中で願いながら上空を見上げる。そんな彼が見つめる先で形を整えたボスは、青いローブを着た巨大な女性の姿になった。

 大まかなデザインは赤いローブ姿のホロウアバターと似ているが、明らかに別の存在だった。身長は約4m。全体的に細くなったその容姿は若い女性のようで、胸元には2つの膨らみがあり、腰はしなやかにくびれている。そして、フードから見えるその顔は……キリトの知っている人物だった。

 

「ああ、やっぱり……」

 

 懐かしい彼女の顔を見て、様々な感情を込めた声を上げる。

 青みがかった黒髪。さっぱりしたショートボブ。右目の下にある泣きぼくろ。控えめだけど可愛らしい顔立ち。すべてがキリトの記憶にあるとおりだった。

 

「こんな形で再会するとは思わなかったよ、サチ……」

 

 泣き笑いのような表情になって変わり果てた少女を見つめる。月夜の黒猫団の紅一点であり、キリトの目の前で死んでいった大切な仲間。『君は絶対に生き延びる』と言ってやったのに守れなかった少女。彼にとっては絶望の象徴とも言える彼女が、このクエストのラスボスである【カラミティ・ワルプルギス】となって、再び仮想世界に蘇った。

 

「怖い……。この世界が怖い……」

 

 サチの顔をしたボスが言葉を発する。顔だけでなく声まで本人と同じだった。

 

「街から出るのが怖い。モンスターが怖い。戦うことが怖い。すべてを失うのが怖い」

 

 悲しそうに、繊細な声で負のイメージを語る。悪夢に脅かされた少女のように。

 

「わたし……死ぬのが怖い」

 

 それはかつて、サチ本人の口から紡がれた言葉。死に怯えた彼女が、心を許したキリトにもらした本音。彼にはそれが、録音した音声を再生したように聞こえた。

 しかし、当然ながらそんなことは有り得ない。

 

「だからわたしは不死になって、怖い世界を壊してしまうの。安心して眠りたいから……」

 

 そう。彼女は、こんなことを言わない。サチは、臆病だけど優しい子だから。

 

「この気持ち、あなたなら分かってくれるよね……キリト」

 

 絶対に、こんなことを言わない。




次回は、魔女との決戦となります。
サチを倒さなければならないので、当然シリアスです。
一通り終わればイチャイチャできるから、それまで我慢せねば……。
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