ソードアート・オンライン アイとユウキのセカイ 作:カレー大好き
萌えなどはほとんどありませんが、大体のことは分かりますのでスッキリ出来るかと思います。
ランのOSSによってカラミティ・ワルプルギスのHPがゼロになった。それと同時にザ・スカル・リーパーの巨体が砕け散り、キリトたちにも勝利が伝わる。
「やった! ユウキたちが勝ったんだ!」
「私の期待に応えてくれたか。その武勲に、心から敬意を表する!」
ようやく死闘から開放されたアスナとグラハムは、ほっとしながら仲間の健闘を称える。無論、その気持ちはキリトも同じで、彼女たちに感謝していた。だが、今はもっと優先すべきことがあった。
「サチ!」
キリトは彼女の名を叫ぶと、全力で駆け出した。
走っている間にカラミティ・ワルプルギスが作り出していた結界も無くなって、風景が一変していく。廃墟となった始まりの街から、ユニコーンと戦った森へ戻ってきた。
そして、キリトが向かう先には……本来の姿を取り戻したサチの姿があった。ただしそれは半透明で、すぐに消えてしまう幽霊みたいなものだったが。
「サチッ! 俺はっ……!」
意識の無いまま消えようとしている彼女の下へ懸命に駆ける。たとえカーディナルが作り出した幻影だとしても、最後のお別れをしたくて。
でも、サチに残された時は残酷に過ぎ去って、キリトが辿りつく前にリミットが来てしまう。
天に昇っていく彼女に向けて必死に伸ばした手は、残念ながら届かなかった。
「待ってくれ! まだ逝かないでくれよ! サチッ! サチ―――ッ!!」
必死な呼びかけも空しく、少女の身体は光り輝きながら形を変えていく。その様子は、彼女の魂が天国へ昇天していくように見えた。
「…………さよなら、サチ……」
ついに歩みを止めたキリトは、光の粒子となっていく彼女に別れを告げる。その目には涙が光り、静かに頬を流れていく。
そんな痛々しいキリトの姿を見てみんなも悲しい気持ちになったが、これで悪夢は終わったのだと安堵もしていた。
しかし、そう思うのはまだ早かった。
光の粒子となったサチは消えること無く一箇所に集まり、虹色に輝く小さい涙滴型の結晶となって空中に留まっていた。その宝石の存在は、まだ何かが起こることを意味していた。
「ねぇソウ兄ちゃん。アレってどういうこと?」
「その問いかけには返答不能だ。あの宝石、よもや彼女の魂だとでも言うつもりか?」
一体サチはどうなってしまったのか。何となく不安になったユウキは、小さい子供のようにグラハムの腕に抱きつく。無論、他の面子も事態が掴めず、途惑うばかりである。
恐らくは何らかのイベントなのだろうが、異常の起きているクエストだけに、どうしても不安を掻き立てられる。
しかし、彼らの感情など考慮することなく事態は進行していく。みんなの予想どおり、これはALOというゲームのイベントだった。
「あっ、何か出て来た!」
ユウキが真っ先に声を出してその変化を伝える。彼女は、宝石の近くに転移してきた小さい人物を見て反応したのである。
その可愛らしい姿には見覚えがある。彼女は、このクエストで最初に出会ったNPCだ。
「おめでとうございます妖精の剣士様。1人の犠牲も出さずに勝利を収めるとは、まことに見事な戦いでした」
突然現れた1人のピクシー……マリアベルが祝いの言葉を述べる。この後、街にいる彼女に話しかけてクエストが終了すると思っていたが、当の本人が来るとは思っていなかった。もしかしたら、一瞬で戻れる仕掛けだろうか。
とはいえ、どこか様子がおかしい気もする。彼女の言葉は、まるで自分たちの戦いを見ていたような口ぶりだった。神の加護を失ったから戦場には行けないと言っていたはずなのに。
頭の回転が速いキリトとグラハムは、すぐにおかしな点を見抜いて警戒する。
すると、彼らの予想を裏切ることなくマリアベルが変化を示し始めた。
「あなた方のおかげで私の望みも叶いました。これでこそ、わざわざ大掛かりな舞台を用意した甲斐があるというものです」
「舞台を用意しただと?」
「ええそうです。巫女姫の毒を中和できるようにユニコーンを連れ込んだのも、あなた方のような資格ある者を招き入れたのも、すべては人間の世界よりやって来た招かれざる存在を滅ぼすためだったのです」
何かあると思っていたら、とんでもない事を暴露しだした。
「えぇ!? 人間の世界とか招かれざる存在ってなに!?」
「それはよく分からんが、一連の出来事にコイツも絡んでるってことみたいだナ」
「とりあえず、ただのピクシーじゃないことは間違いないわね」
「はい。あなた方が思っている通り、本来の私はピクシーなどではありません」
「それじゃあ、君は何者なんだ?」
サチのこともあってか、やけに苛立った様子で問いかけるキリト。そんな彼の怒気など意にも返さずに無表情を貫くマリアベルは、静かに頷いてみせる。どうやら素直に正体を明かすつもりらしい。
「それでは、私の本当の姿をご覧に入れましょう……」
マリアベルがそう言った途端、彼女の小さな身体が光輝く。みなが注目する中、その青白い光は急速に大きくなり、1人の女性と大きな動物の形に変化した。
「ほぇ~……」
「……綺麗……」
あまりの美しさに見惚れてしまう。神々しい光を発して自分たちを見下ろしている彼女は、まさしく女神だった。
穢れを知らない乙女のような顔立ち。鮮やかに煌くプラチナブロンドの髪。繊細なエングレービングが施された白銀の鎧。黒を基調とした騎士装束。そして、彼女が騎乗している翼を持った天馬。その姿は、かの有名な戦乙女そのものだった。
「我が名はラーズグリーズ。主神オーディンに仕えしヴァルキュリアが1柱だ」
「なっ!?」
「ヴァルキュリアって……あのヴァルキュリア!?」
「なんと!? 乙女座の私を誑かした者が、本物の女神さまだったとは! 運命の女神もイタズラ好きだなぁ!」
あまりにも意外なキャラの登場に全員が驚く。SAOが絡んでいる奇妙なクエストのクセに、しっかりと北欧神話の要素を絡めていたらしい。
「それにしても、なんでヴァルキュリアがこんなところに出てくるんだ?」
「慌てるなよ、スプリガンの少年。これから私がすべてを語ってやる。このサチという名の少女が辿った運命と共にな」
ラーズグリーズはそう言うと、右手に持ったものを掲げる。その宝石はサチが変化したもので、虹色の光を発しながら彼女の手の平で浮いていた。
「それがサチだっていうのか!?」
「ああそうだ。これは、私が連れてきた彼女の魂だよ」
「連れてきただと? 一体どこから……いや、何のためにそんなことをしたんだ!」
「ふむ。なぜお前が感情的になっているのか分からないが、望みどおりにありのままの事実を伝えよう」
キリトの疑問を一先ず保留して本題を語り出す。
「すべては浮遊城アインクラッドの存在が確認されたことから始まった。あれは、主たるフレイの怒りを受けて滅び去ったアルフどもが神々に反旗を翻すため用意した居城だと伝えられているが、その話は真実ではない。あの城は、狂った神が作り出した【真なるアインクラッド】を復活させたものであり、この地に存在していたミッドガルドの成れの果てだ」
ラーズグリーズは容姿に似合った流麗な口調で説明したが、今語られたことは公式の設定とまったく違う。一般的には、後半部分の記述は無い。
そもそも、話の流れからして人間の世界というのはSAOのことだと思われる。
「(やっぱりこのクエストは普通じゃないな)」
異常を見つけたキリトは警戒心を強める。それでもラーズグリーズは、淡々と話を進める。
「かつてミッドガルドは世界樹の中層にあり、人間や亜人たちに統治されて大いに栄えていた。しかしそれは、未曾有の天変地異によって消滅してしまった。後に分かったことだが、異世界の創造を夢見た【新しき神】が暴走した結果だった。彼の者は、類稀な頭脳を持って万物の源たる【世界の理】を己がものとし、ミッドガルドの大地をアインクラッドへと作り変えた。それはあまりに傍若無人な行為であり、決して許せるものではない。神々の怒りは頂点に達し、総力をもって断罪しようとした。だが、それを見越していた彼奴は【遍在の大魔法】で複製した【幻影のアインクラッド】を囮に使い、その隙を突いて世界樹の根さえ届かないはるか遠方へと旅立っていった。巻き込まれた人間たちをその内に乗せてな」
今の内容は、SAOとALOの設定を融合したものだと分かる。新しき神とは茅場晶彦のことで、世界の理とはカーディナル・システムのことだろう。よく出来た話だとは思うが、彼の計画に巻き込まれた当事者としては複雑な気分になってしまう。
「(それでも、的を射ていると言わざるを得ない。侮れんな、カーディナル)」
場違いだとは思いながらも感心してしまう。
しかし、彼女の話はまだ続くので、感想を述べるのはまだ早い。
「後に【大地切断】と呼ばれるその災厄によって我々はミッドガルドを失い、唯一残された幻影のアインクラッドもその名の通りに忽然と消え去ってしまった。こうして人間の世界は世界樹から消滅した。しかし、新しき神が生み出した遺産は、皮肉なことに反逆者オベイロンの手によって開放されることになる。彼奴はいずこかに残されていた新しき神の知識を手に入れ、世界の果てに隠れていた幻影のアインクラッドを見つけ出すと同時に、失われた人間の世界へ続く道まで作り出していた。これぞまさに汚名返上の好機。復讐の機会を得た我らは、愛馬を駆って戦場へと赴いた。しかし、そこにあるべき真なるアインクラッドは滅び去った後だった」
これまたなるほどと感心する。特に裏事情を知っているキリトとアスナは、オベイロンの名を聞いて変な気分になってしまう。あいつは、茅場晶彦よりも最悪な男だったからだ。
とはいえそんな鬱憤も、後に続く話を聞いた途端に吹っ飛んでしまう。
「すべてが消え去ったその世界で、我々はただ呆然とするしかなかった。結局あの男に最後まで勝てなかったのだと、ただただ敗北感に打ちのめされるしかなかった。その時だ、我々の目の前に新たな道が開かれたのは。それはどのような運命の悪戯だったのか。今からでは確かめようも無いが、我々は指し示されたその道を進んだ。そして、たどり着いたのだ。新しき神によって新たに創造された異世界へと。その名は【ホロウ】。そこは、真なるアインクラッドにて戦死した勇士たちの魂が集うヴァルハラのような場所だった」
今度の内容は驚くべきものだった。これまでに聞いたことも無い話であり、どことなく嫌な感じがした。もし、今の話も現実と関連しているとしたら、ホロウという名の世界はSAOのミラーサーバーである可能性がある。
「(まさかそんなことが……。でも、そうだとしたら辻褄が合う)」
キリトは自分で思いついた発想を否定しようとしたが、出来なかった。それもそのはずで、半分は正解だったからだ。
彼の思考が行き着いたSAOのミラーサーバーは確かに存在している。しかも、このALOと繋がって、今もデータ収集に活用されているのである。
元々はホロウ・エリアと呼ばれる開発テスト用の秘匿エリアで、プレイヤーを忠実に再現したAIデータを使って運用テストを行うものだった。しかし、SAO事件の発生によって、すべてが無意味と化した。事件解決後にそれらのサーバーも処分されることになったのだ。
死んでいったプレイヤーがAIとして生存している貴重な世界。それが、SAOのクリアと共に失われようとしていたのだが……そこに待ったをかける組織が現れる。高度なボトムアップ型のAIを作り出そうとしていた自衛隊である。
彼らはSAOが発売される前からVRマシンの可能性に目をつけ、茅場晶彦に対して盛んにアプローチをかけていた。技術的に不確定要素だらけだったナーヴギアの発売が異様にスムーズだったのも彼らの働きかけがあったおかげだった。しかし、結局は彼らの目論見を看破していた茅場晶彦に利用されただけで、ザ・シードを手に入れるまでは碌な研究が出来なくなる。
そんな自衛隊がホロウ・データに注目したのは計画の遅れを取り戻すことに加えて、事件の最中に神代凛子が成し得た【とある成果】に着目したからだった。茅場晶彦と深い関係にあった彼女は、メディキュボイドの稼動と同時に彼が残したMHCPのデータを研究・改良して特殊な技術を確立した。自衛隊はそれに興味を持ち、こっそりとコピーしたホロウ・データと合わせて研究材料とした。ALOを運営しているベンチャー企業・ユーミルに潜り込み、内密でAIのテストを行っていたのである。
そのホロウ・データがユウキの起こした奇跡と合わさり、事態を大きくしてしまった。
前述した通り、メディキュボイドによって引き出された彼女の異能によって、キリトの因果情報まで流出した。それがこちらの世界のユウキによってカーディナルに伝播し、データの扱いに対する自由度が高いクエスト自動生成機能にもっとも大きな影響を与えた。
何のエラーも無く記録媒体に潜り込んだため、ユウキのフラクトライトと同様に正常な情報であると錯覚してしまった。その結果、キリトの冒険譚を【もっとも新しい伝説】として受け取ってしまったのである。それだけ彼の心意が強かったのだ。あまりに強く印象深いデータが頻繁に送り込まれるため、自分の思考で注目していると錯覚したカーディナルの優先順位を上げる結果となり、今回のクエストが生成された。死んだ人物ばかりを取り入れたのも、キリトの記憶で強調されていた部分を素直に読み取った結果だった。
そしてそこにホロウ・データが加わり、キリトを追い込むほどの高い完成度となってしまった。
親しい少女たちと分かち合った痛み。人を殺してしまった恐怖。大切な仲間を生き返らせたいと想う儚い望み。SAOで経験した悲劇を辿り、そのゴールを英雄の希望が叶う形で終える。つまり、このクエストはキリトの冒険譚を凝縮して生み出されたものだった。
しかし、悪いことばかりでもない。自衛隊に所属する者たちの思惑が絡み合い、悪意を感じさせる内容に歪んでしまったが、最後に救いが用意されていたのである。
思わず思考の海に潜ってしまったキリトを他所にラーズグリーズの説明は続く。
「ホロウを調査した我々は、真なるアインクラッドの辿った歴史を知った。新しき神の暴走は、1人の勇敢な少年の手によって食い止められたのだと。その英雄は、罪を悔いた新しき神の導きによってどことも知れぬ新天地へと旅立っていったようだが、この地には彼と縁を結んだ者たちがいる。それを知った私はこの少女と接触し、興味を持った。英雄の運命を変えた立役者である彼女にな」
そう言って手の平で浮いている宝石を見つめる。ここまで聞いてようやく彼女とサチの接点が分かった。
「このサチという少女には運命を変革する力がある。少なくとも、真なるアインクラッドに英雄が現れたのは、彼女の存在があったればこそだ。ゆえに私は彼女を愛し、その功績を称えてヴァルハラへ迎え入れようとした。だが、争いを嫌う彼女は、アインヘリヤルとなることを拒んだ。自分はただ、安心できる居場所が欲しいだけなのだと。無論、本人に断られては無理強いできない。サチを選んだのは私の我がままだったからな。本来なら彼女は、アインヘリヤルに選ばれるべき勇士ではないから、ヴァルハラへ迎え入れるのは酷な話だった。しかし私は、【神の計画を壊す】力となったこの少女のことがえらく気に入ってしまってね、どうしても連れて帰りたくて別の方法を用意したのだ。命を脅かされることの無い【プライベート・ピクシーとして転生させる】という方法をな」
「っ!? プライベート・ピクシーに転生させるだと!?」
「そんなことが可能なの?」
「言わずもがなだ。お前達も魂を入れ替えることで種族転生できるだろう? ようは、魂の器たる肉体を用意できればいいのだよ」
つまり、複数のアカウントを作ってアバターを使い分けるという意味だろう。変なところでゲームっぽい設定が出てくるものだが、辻褄は合っている。
「サチと再び交渉した結果、今度は私の提案を受け入れてくれた。怖い思いをして戦い続けるより、勇士を支える存在になりたいと。新たな可能性を歩んでみたいと、彼女は決心したのだ。しかし、彼女の魂と共にアルヴヘイムへ戻り、ピクシーに転生させようとした瞬間に予期せぬ災難が発生した。新しき神の死により暴走した世界の理が、人間の悪意をもとに破壊神を生み出し、転生を果たそうとしていたサチに取り付いたのだ。このアルヴヘイムに新たな破壊を振りまくためにな」
「それがあの魔女だったってわけ?」
「そうだ。真なるアインクラッドの崩壊によって力を失っていた破壊神は、自身を滅ぼしかけた英雄に執着し、彼と縁のあるサチを監視し続けていた。それがこの悲劇を招く要因となってしまった。サチが肉体を得た瞬間を狙っていた彼奴は、私の隙を突いて彼女をかどわかし、姿をくらませた。その後、アルヴヘイムに満ちた負のエネルギーを取り込むことで力を蓄え、神々より不死の力を得ている巫女姫を狙った。私が気づいた時にはすべてが遅かったのだよ」
そこまで言うと、ラーズグリーズは頭を振った。どうにも女神らしくない仕草に面を食らいながらも、ランは疑問に思ったことを聞いてみる。
「あなたの力で魔女を倒さなかったのはなぜですか?」
「それが世界の理というものだからだ。我ら神族は、強大な力を持つが故に武力行使の機会が限られている。我らがその真価を発揮するのは、世界の存亡をかけた最終戦争の時だけだろう。それ以外は、出来る限りお前たちの力だけで対処するしかないのだ。とはいえ、任せきりでは私の矜持に傷がつくからな、影ながら支援してやることにしたのだ」
「それで放し飼いにしたユニコーンと戦わせたのか?」
「随分と不親切だナ」
「何を言う。あの程度の獣にてこずるようでは話にならないだろう? だが、お前たちは強かった。確かな結果をもって私の期待に応えてくれた。勇敢なるその魂に最大限の敬意を表するよ」
軽く礼をすることでその気持ちを表す。慇懃無礼な感じもするが、戦乙女の彼女にはとても似合っていた。それに、内面は優しい性格のようだ。
「お前たちのおかげで、ようやくサチを生き返らせてやることが出来る。心から礼を言わせてもらおう」
「なっ、サチを生き返らせるだと!?」
「ああそうだ。勇士たちの選別に特別な条件をつけたのも、すべてはこの少女を蘇らせるための布石。お前たちは、世界を守る勇者ではなく、彼女を迎え入れる家族として招かれたのだ」
「家族……?」
突拍子も無い事を言い出したと思ったら、急に場違いな単語が飛び出て来た。家族とは一体どういう意味だろうか?
詳細が分からず疑問符を浮かべるが、そんなことなど意に介さないラーズグリーズは、さらなる爆弾を投下する。
「破壊神に侵されたサチの魂は傷ついてしまった。常軌を逸した恐怖によって、心が凍てついてしまったのだ。ゆえに、このまま転生しても生ける屍と化してしまう。だが、妖精と強い絆で結ばれた魂の器があれば、恐怖に囚われた彼女の心を救い出すことができる。そう、お前たちに愛されているユイの肉体を用いれば、サチは蘇るのだよ」
「……えっ?」
さりげなく飛び出してきたとんでもない言葉を聞いて、みんなの動きが止まる。しかも、その意味について思考が働き出す前にラーズグリーズが動き出す。
空いている左手を手前にかざして、その上に目を閉じたユイの身体を出現させたのである。
「なっ!?」
「ユイちゃんが増えた!?」
「あなたって双子だったの!?」
「いいえ。MHCPは、SAOでもわたししか実装されていません」
「それじゃあ、あの子は何なの?」
「ふふっ、やはり驚いたか。これは、最初にユイと接触した時に複製させてもらった魂の器だ。自ら戦場に赴いて勇士を支える使命を担っているプライベート・ピクシーは、神々の加護によって破壊不能な宝具と同じような存在になっていてね、我らの力をもってすれば遍在化することができるのだ」
つまり、アイテムとしてコピーしたユイの身体をサチのデータでアップデートして仕様変更するという意味だ。そうすることによって、ユイのステータスを受け継いだ姉妹になるわけだ。これで、ラーズグリーズが家族と言った意味が分かった。
「お前たちの絆は、世界最高と言えるほど素晴らしいものだ。愛に満たされしこの器をもってすれば、必ずやサチも蘇ることができるだろう」
自信に満ちた表情でそう告げたラーズグリーズは、祈りを捧げるように両手を天に掲げた。すると、右手にあるサチの魂と左手にあるユイの身体が徐々に近づいていき、彼女の頭上で一つに重なった。
そして、閃光が広がる。
「うわっ!?」
「眩しい!?」
思わず目を閉じてしまうが、それも一瞬の出来事。恐る恐る目を開くと、そこには新しいプライベート・ピクシーが誕生していた。
可愛らしい水色の衣装を着たそのピクシーは、ゆっくりと目を開いて辺りを見つめる。
「あれ……ここはどこ? なんで空に浮いてるの?」
「ふふっ。慌てるなよ、サチ。お前はこのアルヴヘイムで転生を果たしたのだ。命を脅かされることのないプライベート・ピクシーとしてな」
「転生…………あっ、そうでした! 本当に、妖精になれたんだ……」
状況を理解しているのか、自分の変化を確認するように幼い声を発する。
それはキリトの記憶にあるものとは若干変わっていたが、確かに彼女の声だった。そして、その容姿も彼女のものだった。
青みがかった黒髪。さっぱりしたショートボブ。右目の下にある泣きぼくろ。控えめだけど可愛らしい顔立ち。間違いない、彼女はサチだ。ユイと同い年ぐらいの幼女になってしまったが、みんなにも分かった。彼女は今、この世界で新たな生を受けたのだと。
「本当に……サチ、なのか?」
「は、はい。わたしの名はサチです。あの……これからよろしくおねがいします」
キリトの問いかけにおどおどとした様子で返事するサチ。そこに懐かしさを覚えた彼は、彼女の事をサチであると認めるしかなかった。
ということで、サチ復活です。
茅場晶彦とは違う形で電脳世界の住人となりました。
次回は、残りの報酬をもらった後に、この章のエンディングとなります。
たぶんイチャイチャも復活できると思います。