ソードアート・オンライン アイとユウキのセカイ   作:カレー大好き

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今回は、不良少女たちから詩乃を救出する話となります。
紺野姉妹より不良少女の出番が多いけど、見てやってください!


第23話 幼少期の悪夢

 その日、詩乃は浮ついていた。深夜にへカートIIを入手し、今朝は占いも絶好調。そして、久しぶりに来た繁華街では気に入った服を購入できた。まさに順風満帆だ。

 

「ふふっ」

 

 帰りの電車に揺られながら、自然と笑みを浮かべる。

 今日は本当に良い一日だ。この流れに乗って夕食も奮発してしまおうか。

 

「少しだけ高い肉買っちゃおうかな」

 

 1人暮らしの彼女は身の丈にあった贅沢を企画する。基本的にしっかり者なので、たとえ浮かれていても金銭感覚はまったくぶれない。バイトをする余裕が無い以上、無駄遣いは禁物だ。

 しかし、そんな彼女の生活費を脅かす連中が現れる。目的の駅に着いて改札口を出た直後に、柄の悪い不良少女たちが話しかけてきたのである。

 

「よぉ、朝田ぁ。こんなところで会うなんて奇遇だなぁ?」

「っ!!?」

 

 聞きたくなかった声に驚きながら振り返ると、予想通りの人物がいた。事あるごとに詩乃をいじめているクラスメイトの不良少女たちだ。

 この3人は典型的な小悪党で、詩乃の銃に対するトラウマを悪用して金銭を恐喝する愚か者である。不運なことに、改札口を出たところで自宅のある街に帰ろうとしていた彼女たちとばったり鉢合わせしてしまったのだ。

 

「な、なんの用?」

「いやぁ実はさ~、今日はみんなですっげー盛り上がって、金使いすぎちゃったんだよね~」

「……それで?」

「だからぁ、いつものアレを頼みたいんだよ。アレ」

 

 彼女の言うアレとはお金を借りるという意味だが、もちろん返す気など微塵も無い。拒否しても無理やり奪うくせに、相変わらず身勝手なことを言う。常識をどこかに無くしてしまったこいつらは、いつでもやりたい放題だ。

 でも今日は、こんな奴らに負けたくない。理不尽な現実に負けたくない。だから、できることをする。

 

「まぁそんなわけだから、落ち着いて話せる場所に行こうぜ、朝田ぁ」

「……なんて無い」

「はぁ? なんだって?」

「あなたたちに渡すものなんて何も無いわっ!」

「なっ!? てめぇっ!!」

 

 拒否するや否や、詩乃は駆け出した。掴まって銃の話を持ち出されたら抵抗できなくなる。だったら、そうならないように逃げ切るしかない。後方を見て不良少女たちが追いかけてきていることを確認した詩乃は、恐怖を押さえ込みながら懸命に走る。

 その時、詩乃の進路上に1人の少女が接近してきた。間の悪いことにお互いが余所見をしており、結局そのままぶつかってしまう。

 

「うわぁ!?」

「きゃっ!?」

 

 しまった。前方の注意を怠っていた。

 ぶつかった相手のことを心配した詩乃は、焦った様子で視線を向ける。するとそこには、中学生くらいの可愛らしい少女がいた。

 

「ご、ごめんなさいっ……?」

 

 その少女は、慌てたように謝ってきた。どうやら見た目通りに良い子のようだが、後方から迫る悪意に怯えている今の詩乃には、彼女に気を使っている余裕は無かった。

 

「あ、あのっ」

「ごめん、先急ぐから!」

「えっ!? ちょっ!」

 

 追われる立場にある詩乃は、何かを言いかけた少女の言葉を遮って逃走を再開する。この時は平常心ではなかったため、その少女と特別な縁があるという事に気づけなかった。

 

「(あの子には悪いけど、今は全力で逃げないと!)」

 

 弱みを握られている彼女に助けを求めるという選択肢は無かった。こんなところであの話を暴露されたら、さらに自分の居場所が無くなってしまう。すでに学校で酷い目にあっている彼女は、『人殺し』という事実が広まることを極端に恐れていた。

 あれは正当防衛だったのに。自分はただ、母親を助けたかっただけなのに。

 

「(なんでわたしがこんな目にあわなきゃならないの!?)」

 

 詩乃は、これまでの経緯を思い出して唇をかむ。

 高校に入学したばかりの頃、不良少女たちに騙された彼女は、友人だからと言いくるめられているうちにアパートの部屋を専横されてしまった。幸いその件は警察の介入で早期に解決出来たのだが、それがきっかけとなってさらに状況が悪化していくことになる。その時のことを逆恨みした不良少女たちが、陰惨な報復を計画したからだ。

 徹底的に詩乃をいたぶることにした不良少女たちは、彼女の弱みを求めて中学時代のことまで調べ上げた。その結果、強盗事件という想定外の情報を手に入れて、浮かれた気分に流されるまま学校全体に暴露してしまったのである。

 そんな心無い行為のせいで学校中から避けられるようになってしまった詩乃は孤立無援となり、自力でトラウマを克服しなければならないという強迫観念に囚われていくことになる。

 

「(わたしが強くならなきゃ、いつまでも終わらない……!)」

 

 たとえ警察を頼っても根本的な解決にはならない。自分の力で悪夢に勝たなきゃ意味が無いから。どんな敵が現れようとも1人で立ち向かって乗り越えていくしかない。そんな想いが、安易に助けを求められない理由の一つとなっていた。

 とはいえ、トラウマを克服できていない今は逃げるしかない。矛盾をともなった行動に苛立ちを覚えつつも、がむしゃらにアパートを目指す。

 しかし、勇気を出して臨んだ反攻は、結局失敗に終わる。帰宅部で身体を動かす遊びもしない詩乃は体力が無く、アパートにたどり着く前に追いつかれてしまう。GGOに慣れてしまったが故に、自身の身体能力を過信してしまったことも一因となっていた。

 

「待てよコラァ!」

「あうっ!」

「はぁ、はぁ……てこずらせやがって、このクソがっ」

 

 体力が尽きて速度が落ちた詩乃は、リーダー格の少女に捕まってしまった。その様子は事件性を感じさせるものだったが、残念なことに詩乃を助けようとする者はいない。わざわざ進んで厄介ごとに関わろうとする人は少なく、皆が見て見ぬふりをして通り過ぎていく。

 とはいえ、一方的に彼らを責めることは出来ない。先の理由により、詩乃が助けを求めていないことも手を出しにくい原因となっているからだ。宗太郎がすぐに動けなかったのも、彼女の行動に疑問を感じたせいだった。

 さらに厄介なことに、不良少女たちもそのことを承知しているため、やたらと調子に乗ってしまっていた。

 

「さぁて、面倒かけさせた分、奮発してもらおっかな~」

「っ……」

「おら。ここはあちぃから、涼しいところでお喋りしようぜ、朝田ぁ?」

 

 詩乃の腕を掴んだリーダー格の少女は、アゴをしゃくって移動を促す。人気の無い路地裏に誘い込んで恐喝する気なのだ。もちろん従う必要の無い理不尽な要求だが、弱みを握られている詩乃は抵抗出来ない。

 

「(はは、結局こうなるのか……)」

 

 へカートIIを手に入れて強くなったと思えたのもただの幻想だった。

 乱暴に引っ張られながら歩みを進める詩乃は、自分の弱さを嘆いた。

 

 

 一方、遅れて後を追っていた木綿季たちは、眼鏡美少女が捕まった辺りから隠密行動に切り替えて様子を伺っていた。

 不良少女に腕を掴まれている眼鏡美少女は、抵抗する様子を見せずに路地裏へ連れて行かれる。そこは小さい飲食店の裏口で、薄暗い袋小路になっており、悪いことをするにはうってつけの場所だった。

 

「ソウ兄ちゃん、あの人が襲われちゃう!」

「ちぃ! お前たちは、あの自販機あたりで隠れていろ! 後は俺が何とかする!」

「分かった!」

「気をつけてね!」

「おうよ! 戦勝祝いに、俺様の大好物のパインサラダでも作っておくんだな!」

「それって死亡フラグなんですけど!」

 

 救出作戦の実行を決断した宗太郎は、2人に荷物を預けた後に全力で走り出す。健康的な身体を維持するために適切な運動をこなしている彼は、文化部のくせにかなりの身体能力を持っていた。

 

「燃え上がれ、俺のマッスル!」

 

 おバカなセリフを言いながら街中を疾走する。発言内容はアレでも足は速く、あっという間に目標の袋小路までたどり着く。

 とはいえ、何の準備も無しに踏み込むのはマズイ。状況的に黒い三連星の方が悪いことをしている可能性が高いものの、確証を得られなければ動けない。まずは、何が起きているのかを確認する必要がある。

 

「(忍じゃないけど忍んでいくぜ!)」

 

 木の葉を隠すなら森の中ということで、一先ず通行人を装って覗いて見る。通り過ぎる間に袋小路の奥へ視線を向けると、黒い三連星が眼鏡美少女を取り囲んでいる様子が見て取れた。胸糞悪い光景だが、一番危惧していた暴力沙汰にはなっていないようだ。

 

「(典型的な恐喝か? 被害者があまり抵抗していないのが気になるけど、やっぱり助けたほうがいいよな……)」

 

 ゆっくりと袋小路を通り過ぎた宗太郎は、再び様子を伺うために建物の角に近寄る。

 さて。この手の荒事はSAOで慣れているが、現実でも上手く立ち回れるだろうか……。

 

 

 そのように奇妙な援軍が行動を始めた同時刻。彼の存在など知る由も無い詩乃は、ささやかな抵抗を試みていた。

 

「ほら、さっさと金だしな」

「……イヤだって言ってるでしょ」

「ちっ、今日はやたらと歯向かいやがって、めんどくせーヤツだなぁ!」

 

 いつもより反抗的な詩乃に苛立ったリーダー格の少女は、いやらしい笑みを浮かべながら奥の手を出す。自分の右手を銃のような形にして詩乃の眼前に突きつけることで、彼女のトラウマを刺激する方法だ。

 

「ふんっ。なんか妙にがんばっちゃってるようだけどよぉ、こうすればどうかな~?」

「ひっ!?」

「はっ! 指だけでビビってやんの! 人を撃ち殺したクセにさぁ?」

「あ……あぁっ!」

 

 暑い中を走らされてイラついていた彼女は、過剰に詩乃を煽り始めた。

 右手の人差し指を詩乃のおでこに押し付け、銃を撃つようなジェスチャーをする。

 

「バァン!」

「ひぅっ!?」

「ははっ、もっと撃ってやるぜぇ? バァン、バァン!」

「あ……あぁっ……」

 

 リーダー格の少女は、予想通りの反応をする詩乃に気を良くして、卑劣な行為をさらに続ける。

 

「(やめてっ……それ以上やられたら、わたしはっ……)」

 

 銃というきかっけでフラッシュバックを起こした詩乃は、まともに立っていられなくなり、とうとう座り込んでしまう。

 

「うぷっ!」

「おいおい。ゲロるなよ、朝田ぁ」

「あんたが教室でゲロッて倒れた時、すっげぇ大変だったんだぞぉ?」

 

 吐き気を催してしまった詩乃に向けて不良少女たちの汚い言葉が降り注ぐ。あまりに酷い状況だが、パニックに陥りかけている彼女に抵抗する術は無い。それを悟った不良少女たちは、下品な笑みを浮かべながら彼女のバッグを奪い取る。

 しかし、不良少女たちの天下はそこまでだった。バッグの中を覗いて財布を捜している所に、背の高い少年が駆け寄ってきたからだ。美少女のピンチに颯爽と現れたのは、もちろん宗太郎である。しゃがみこんだ詩乃を見て黙っていられなくなったのだ。

 

「待ちたまえ!!」

「「「っ!!?」」」

「そこまでだ、黒い三連星! お前たちの悪行、この目でしかと見させてもらったぞ!」

 

 通路の中央に立って退路を封じた宗太郎は、グラハム口調でビシッと決める。内容はアレでも効果は抜群で、唐突に現れた外国人っぽいイケメンに不良少女たちはうろたえる。その驚きようは、変なあだ名を付けられていることにも気づかないほどだ。

 

「なっ、なんだてめぇは?」

「私の名はグラハム・エーカー。ご覧の通り、軍人だ」

「はぁ? 軍人? バカにしてんのか、てめぇ!?」

「ふっ、バカになどしてないさ。軍人とは、一般市民を守るために持てる力を振るうもの。ゆえに、お前たちの悪行からか弱い少女を守る私も、立派な軍人なのだよ!」

 

 そう言って、リーダー格の少女が持っているバッグを指差す。観察力のある宗太郎は、木綿季とぶつかった際に詩乃が所持していたことを覚えていた。

 

「お前たちの恐喝行為は、このグラハム・エーカーが確認した。その手に持っているバッグが何よりの証。もはや言い逃れは出来んぞ、黒い三連星!」

 

 確かに彼の言う通りである。どう見ても強引に奪ったものなので、このままでは言い訳も出来ない。

 しかし、相手は警察官じゃない。このバッグを手放してしまえばいくらでも誤魔化すことができる。そう思ったリーダー格の少女は、持っていたバッグを詩乃の方へ放り投げた。

 

「はんっ! こいつはただ拾ってやっただけだよ!」

「ほう。この期に及んで嘘をつくとは。悪あがきも大概にしたまえ」

「んだとコラッ!? あたしらが悪ぃことやったなんて証拠はどこにもねぇだろーが!?」

 

 愚かな不良少女は、幼稚な隠蔽工作の成功を信じて疑わない。しかし、彼女以上の悪人と命がけのやり取りをしてきた宗太郎にとっては可愛すぎる抵抗だった。

 

「その言葉、真正面から否定しよう」

「はぁ? だったら証拠を出してみろよ?」

「ならば、あえて言わせてもらおう。お前たちは派手に彼女を追いかけ回していたが、その光景は街中に設置された防犯カメラに録画されている。それを警察が見ればどう思うかな?」

「あっ!?」

 

 指摘されてようやく気づいた。今回は、想定外の抵抗を受けたせいでつい感情的になり、怒りに任せて目立つ行動をしてしまった。

 

「しかも証拠はそれだけではない。私の左手にあるものを見たまえ」

「そ、それはっ!?」

 

 言われて宗太郎の左手を見た不良少女は、あからさまに焦り出す。そこにはスマホがあったからだ。彼はスマホを手の平に隠して、これまでのやり取りを動画撮影していたのである。わざとグラハム口調を使って彼女たちの注意を引いていたのは、これを誤魔化すためだった。もちろん、ただやりたかっただけではないのだ。

 

「これこそまさに動かぬ証拠。『画像は動くだろ』とつっこまれようとも、お前たちの罪は不動なのだよ!」

「くっ!」

 

 そこはかとなくおバカなセリフで不良少女たちを言い負かす。

 上手いことやり込めたが、宗太郎の提示した証拠は絶対必要というものではない。恐喝の場合、被害者と証人がいれば逮捕できるので、今のやり取りは蛇足でしかなかった。それでもあえて言ったのは、反省の色をまったく見せない彼女たちに己の立場を分からせるためだった。残念ながら、良い効果は得られなかったが。

 

「ね、ねぇ……」

「やばいよこれ……」

「チッ、チクショォーッ!!」

 

 とうとう手も足も出なくなった不良少女たちは、慌てて逃げ出そうとした。しかし、唯一の脱出口は宗太郎によって塞がれている。長身で細マッチョなだけでも十分に気おされてしまうが、SAOで身につけた戦士の気迫と呼ぶべきものが彼女たちを圧倒する。

 

「行かせはせんよ!」

「「「っ!?」」」

「ここは潔く罪を認めて、素直に改心するがいい。それがお前たちのためでもある。これ以上、自分を粗末にするなよ」

 

 怒りを押さえ込んだ宗太郎は、できるだけ優しく諭す。迂闊に敵意を煽って眼鏡美少女が逆恨みされてはたまらない。ここはひとまず冷静に対処すべきところだろう。

 

「(なに、木綿季と藍子のことを思えば、荒んだ心もすぐに落ち着く)」

 

 夏休みに堪能した紺野姉妹の水着姿を思い浮かべることで怒りを静める宗太郎。無様に慌てる不良少女たちとは対照的に、綺麗な笑顔を浮かべるのだった。

 そんな微妙な空気の中、一連の出来事を呆然と眺めていた詩乃は、少しばかり混乱していた。

 

「(な、なんなのこの人……)」

 

 地面に座り込んだまま宗太郎を見上げて思う。なんで彼はこんなことをしているのだろう。まさか助けが来るとは思っていなかったため、不思議な気分に陥ってしまう。

 一応1人だけ自分を助けてくれそうな友人はいるが、ここまで大胆な行動はできないはずだ。

 

「(同年代に見えるけど、新川君とは全然違う)」

 

 詩乃は、最近親しくなった友人――新川恭二のことを思い浮かべる。同い年の彼は、銃に興味を持っていた彼女にGGOを勧めた人物で、今では込み入った相談をするくらいまで信頼関係を築いている。

 とはいえ、完全に心を許せる存在というわけではない。女性の勘というべきものが、彼の発する【邪な感情】を察知していたからだ。異性に向ける欲望のようなものを感じて、無意識の内に壁を作っていたのである。

 しかし、目の前にいる奇妙な少年からは嫌な感じがまったくしない。むしろ温かくて、安心を感じる。

 

「(喋り方は変だけど……とりあえず良い人みたい)」

 

 いきなり偽名を名乗ってることも知らずに好意的な意識を向ける。理不尽な脅威に敢然と立ち向かえる彼の強さが、今の詩乃にはとても眩しかったのだ。

 

「(いつかわたしも、この人のように……)」

 

 やたらとイイ笑顔を浮かべている宗太郎を見つめている内に希望が膨らんでいく。その本人は可愛い女の子の水着姿を想像してたりするのだが、何にしても、詩乃にとって素敵な出会いだということは間違いない。

 しかし、彼女の試練はまだ続いている。このまま無事に解決するかと思われた事件は、急展開を見せることになる。

 警察を呼ぼうとした宗太郎がこの場の住所を調べ始めた直後にそれは起こった。捕まることを恐れた不良少女たちが醜い悪あがきを始めたのである。

 

「てめぇ、何やってんだ!?」

「無論、警察を呼ぶ準備をしている。罪を犯した君たちは、罰を受けねばならんからな。この場で縛についてもらおう」

「はぁ!? なんで『人殺し』なんかのために、あたしらが捕まんなきゃなんねーんだよ!!」

「っ!!?」

 

 リーダー格の少女は、詩乃を指差しながら奇妙な言い訳を始めた。彼女が人殺しなど、にわかには信じ難い内容だが、指摘された本人は過剰なまでに反応している。その変化に気づいた宗太郎は、詩乃に注意を向けつつも続きを促す。

 

「人殺しだと?」

「ああそーだよ! こいつは、強盗犯からピストル奪って撃ち殺しちまった危ねー女なんだぜ? そんなゴミみてーなヤツに何したってどーでもいいじゃねーか!」

「そ、そーだよ! 人殺しには罰が必要だろ!」

「とーぜんの報いってヤツだよな?」

 

 助かりたい一心の不良少女たちは、あまりに身勝手なことを言い出した。そんな自覚無き悪意が、傷ついた詩乃の心をさらに打ちのめす。

 

「あ……あぁっ!?」

 

 知られてしまった。あの忌まわしい過去を、彼に知られてしまった。そう思った瞬間、詩乃は強烈なフラッシュバックに襲われ、重度のパニック発作を起こしてしまう。

 

「い、いや……母さん……そんな目でわたしを見ないで……見ないでぇ!!」

 

 強盗犯を撃ってしまった自分を恐怖に怯えた目で見つめていた母親の姿が脳裏に浮かぶ。

 違う……違うの。わたしはただ、母さんを助けたかっただけなの。だからわたしは人殺しじゃない。人殺しじゃ――

 

「おえぇっ!」

「うわっ、汚ぇ!」

「こいつ、ゲロ吐きやがった!」

「クソッ、少しついちまったじゃねーか!」

 

 詩乃は、急激に押し寄せた嘔吐感に我慢できず吐いてしまった。そんな彼女に対して、近くにいた不良少女たちが悪態をつく。その様子を見た途端、宗太郎は激怒した。

 

「貴様らぁ――――っ!! 人を傷つけることに何の抵抗も無いのか――――――っ!!!」

「「「っ!!?」」」

 

 あまりの卑劣さに堪忍袋の緒が切れた。普段はおバカな宗太郎だが、真剣に怒った時は容赦ない。これでも彼は、人を殺そうと決意した経験がある。阿修羅になりかけたことのある男だ。そんな奴に強烈な怒気を発せられたら、子悪党にすぎない小娘などひとたまりもない。

 ゆっくりと歩みを進める宗太郎は、後ずさりするリーダー格の少女に顔を寄せると、冷たい声で話しかける。

 

「なぁ、人でなし」

「ひっ!?」

「お前、人殺しがどーのこーのと言ってたけどよ。人の尊厳を踏みにじってヘラヘラと笑っていられるお前らも、人殺しと変わんねーぞ?」

「うぐっ……」

「それが嫌だと思えるなら、お前の罪を懺悔しな。他人の過ちを責める前に、お前自身が道理を示せってんだよ、クソガキども」

「………………」

「なんだ、間抜けな悪知恵は働くくせに、俺の言っていることが分からないのか?」

「あ……あぅ……」

「分かるんだったら、ちゃんと返事しろよ。悪いことをしたら謝れって、小さい頃に教えられただろ?」

「い……いや……」

「返事はどうしたぁ!!!!!」

「は、はひぃっ!?」

 

 言葉に乗せて送られてくる凄まじい怒気がリーダー格の少女を圧倒する。これまで経験したことのない恐怖に襲われて、思わず尻もちをついてしまう。

 その様子を見て怒りが冷めた宗太郎は、彼女をそのまま放置して詩乃の介抱に向かう。呼吸を乱して苦しんでいる彼女の姿が病床にあった母親とかぶってしまい、必要以上に怒りを感じてしまったが、いつまでもバカを相手にしていられない。今は、パニックに陥っている詩乃の心を落ち着かせる方が先だ。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「さぁ、もう大丈夫だから。焦らずに、ゆっくり呼吸して」

 

 宗太郎は、過呼吸になってしまっている詩乃の背中をさすりながら優しく語りかける。

 その間に放心していた不良少女たちも我に返り、一目散に逃げていく。みすみす逃すのはしゃくだが、詩乃のことを思えばいなくなってくれたほうがいい。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ごほっ、ごほっ!」

「大丈夫。君を脅かすものは追い払ったから、安心してくれ」

 

 そう言いながら震える詩乃の左手を握る。嘔吐物で汚れてしまうのも構わずに、優しく包み込む。長い間母親の看病をしていた経験があるので、こういうことには慣れていた。

 それは宗太郎にとって何気ない行動だったが、自分を卑下している詩乃にとっては信じられないことだった。

 

「(……こんな人殺しの手を握ってくれるの?)」

 

 あの話を聞いた後でも優しく接してくれるなんて。宗太郎の奇妙な行動に驚いた詩乃は、苦しい呼吸を忘れてしまうくらいに戸惑う。しかし、心の奥では嬉しさも感じていた。

 

「(この人は、さっきの話をどう思ってるのかな……)」

 

 ただの嘘だと思ったのか。それとも、偏見を持たない人なのか。その答えは、実際に聞いてみないと分からない。でも、嫌な顔一つせずにこんなことを出来るのだから、良い人には違いない。

 そう思った直後。それを証明するように彼を慕う少女たちが現れる。

 

「ソウ兄ちゃん!」

「何があったの!?」

 

 声のする方に振り向くと、袋小路に飛び込んできた紺野姉妹の姿が見えた。逃げていく不良少女たちを見て合流するべきだと判断したのだ。

 

「もしかして、殴られちゃったの!?」

「いや、暴力は振るわれていないが、怖い目にあってパニックを起こしている」

「えっ!?」

「そんなの酷いよ!」

「その怒りはもっともだが、今は彼女の介抱が先だ」

「うん、分かった!」

 

 宗太郎の言葉にうなづいた2人は、彼と入れ替わるように詩乃の世話を始める。同じ女性の方が落ち着けるだろうとの判断だ。

 

「俺は飲み物を買ってくるから、彼女のことを頼む」

「うん」

「任せといてよ」

 

 いつもの調子で返答しつつ、やるべきことを始める。宗太郎は近場の自販機へ向かい、木綿季と藍子は詩乃を気遣いながら顔や服に付いた汚れを落としていく。彼女たちも宗太郎と一緒にエリスママを看病していたため、こういう作業に対する抵抗感はほとんど無かった。

 

「ダ、ダメ……ハンカチが汚れちゃうから……」

「そんなの気にしなくていいよ、お姉さん」

「で、でも……」

「いいのいいの。実はボク、お医者さんになろうかなって思ってるから、こういうことも勉強になるんだ」

「お医者さん……?」

 

 思いもかけない単語を聞いてきょとんとしてしまう。つい先ほどまで苦しそうにしていた詩乃は、可愛い笑顔を浮かべる木綿季と話しているうちに穏やかな気持ちになってきた。

 

「(この子は確か、駅でぶつかった……)」

 

 改めて木綿季の顔を見た詩乃は、少し前に駅で会った少女だと気づいた。あの時に事情を察して追いかけてきてくれたのだろう。まったく、頼りになるお兄さんがいるからって無茶なことをする。可憐な容姿に似合わず勇気のある少女たちを見て、思わず苦笑してしまう。

 

「(でも、なんだろう、この感じ……)」

 

 木綿季の顔をまじまじと見つめているうちに不思議な既視感を覚えた。

 この子を見ていると、嬉しさと同時に悲しみがこみ上げてくる。初対面のはずなのに、どうして……。

 

「……」

「ん? ボクの顔をじっと見て、どうしたの?」

「えっ!? ……ううん、なんでもないわ」

 

 突然木綿季に話しかけられた詩乃は、慌てて誤魔化す。ふと湧き出した彼女の疑問は、木綿季に対する好意に変わって徐々に薄れていくのだった。




次回は、みんなで詩乃のアパートに行きます。
女子高生のお部屋で、なぜかガンダムトークをすることになるかも?
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