ソードアート・オンライン アイとユウキのセカイ   作:カレー大好き

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今回から新章に入ります。
初回は、みんなで17階層を攻略する話となっております。
原作設定の無い階層なので、ほぼオリジナルです。


ソレスタル・ナイツ編
第35話 剣士の碑


 2025年11月上旬の土曜日。いつものように紺野家へ泊まりに来ていた宗太郎は、慣れ親しんだ木綿季の部屋でまったりとしながら、とある考え事をしていた。

 

「(メディキュボイドにアシストAIか……)」

 

 いつになく真面目な顔で、つい最近仕入れたばかりの情報を思い浮かべる。それらのVR技術は一般的にはあまり知られていないもので、宗太郎自身も最近まではそれほど気にしていなかった。しかし、今は違う視点を持っている。サチと出会うことになったクエストで感じた疑念がそれらと繋がっているように思えたのである。

 

「(プレイヤー情報を簡易的にコピーするアシストAIは、サチの人格をコピーした未知のAI技術と似ている気がする。そしてそれは、メディキュボイドにも関係があった……。これは偶然の一致なのか?)」

 

 まさか、ホロウ・エリアなるデータを使ってAIの実験をおこなっているらしい連中と繋がりがあるのだろうか。不意に思いついてしまった可能性に首を捻りながらも、このような疑念を抱くようになったきっかけを思い返す。

 

 

 6日前の日曜日。ダイシーカフェにておこなわれたオフ会で、宗太郎は意外な事実を知る事になった。知り合いであるイオリ・セイから話を聞いて急遽参加することになったラルさんから、GBOの開発裏話を聞けることになったのだが……。

 

「つまり、サイコトレースシステムに使用されているアシストAIは、医療用に開発されたVR技術を転用したものなんだよ」

「なるほど。そのような経緯があったとは、実に興味深い」

「本当に意外な出所ですね」

「わしもそう思うよ。医療用フルダイブ機器の性能を向上させるために作り出された特殊なシステムをゲームに転用するなど、拡張性の高いVR技術ならではだろうね」

 

 ラルさんは、熱心に話を聞いてくれる和人と宗太郎に気を良くして得意げに語る。それに対してまったく興味を示さない女性陣や一部の食いしん坊たちは、料理とお喋りに夢中でまったく寄り付かないけど……たまには男同士の友情を深めるのもいい。

 そんな空気を読まない男たちによるマニアックな会話の中で、少し気になる単語が出て来た。

 

「医療用フルダイブ機器って、メディキュボイドのことですよね?」

「ほぅ、その名前を良く知っているね」

 

 VRマシンに詳しい和人が言い当ててみせた。彼は、明日奈を救出して落ち着いた後に、茅場晶彦の遺産であるVR技術について猛勉強した。その際に集めた資料の中にメディキュボイドが含まれており、公開されている機能からナーヴギアの技術を応用したものだと理解していた。しかし、その開発者が自分の知っている人物だったということまでは読めなかった。

 

「実を言うと、メディキュボイドを開発した【神代凛子教授】が、アシストAIの元となったシステムを作ったんだよ」

「っ!? 神代凛子……」

 

 その名を聞いた途端に和人の表情が強張った。神代凛子は、あの茅場晶彦の後輩で元恋人という間柄だったからだ。つまり、2人の関係性や発表された時期などを考えると、メディキュボイドの開発にあの男が関わっていた可能性が高くなるわけだ。デスゲームなどという非人道的な犯罪をやらかした男がこれほど人道的な発明をおこなっていただなんて理屈に合わない。

 

「……」

「どうした和人。エロ本を隠し忘れて外出してしまったことに気づいた中学生のような顔をして」

「この状況でなぜそうなる!? っていうか、お前にも神代凛子のことは話しただろ?」

「ああ、覚えている」

「だったら普通、驚くとこだろ? たぶん、メディキュボイドを作ったのは彼女ではなく茅場晶彦だぞ」

「なんと!?」

 

 和人の推論を聞いたラルさんは素直に驚く。しかし、不条理なまでに頭の切れる宗太郎はまったく動じない。

 

「ふん。それしきのことで動揺するなど、読みが浅いなぁ、和人。神代教授の意図はともかく、VR技術を広めることは茅場晶彦の利害とも一致する。ならば、医療分野に目を付けたのは必然であるとさえ言えるはずだ」

 

 宗太郎の説明を聞いてなるほどと思う。茅場晶彦は、善意でメディキュボイドを作ったのではなく、自分の世界を広げるために利用しようと考えたのかもしれない。彼が試みた【魂の電脳化】は医学の分野にも大きく関わっているから、メディキュボイドに触発されて研究を進める者が現れるだろうことは想像に難くない。つまりはそういうことなのだろう。あの男は、ザ・シードの他にも【種】を蒔いていたのだ。

 もちろん、自分の手で【世界の種子】を蒔いたことは今でも後悔していない。和人は、SAOで歪められてしまったVR世界を多くの人に肯定してもらえる場所にしたいと願い、誰もがザ・シードを使えるようにした。2年以上も生活し、大切な仲間たちとの出会いと別れを経験したあの世界は、彼にとってもう一つの現実となっていたからだ。

 とはいえ、それを利用する者に悪意があるとなれば話は別だ。もう二度とVRマシンを人殺しの道具にさせたくはない。

 

「須郷みたいに茅場が残した技術を悪用しようとするヤツが現れなければいいけどな……」

「確かに、前例がある以上、そのような危険性は常に付きまとうだろうな。しかし、道具自体に善悪は無い。生まれた経緯がどうであれ、我々が正しく使えばいいだけの話だよ。だから今は、人の善性を信じようじゃないか」

「ラルさんの言う通りだな。あの男が作ったVR技術も俺たちが大好きなAV動画も、正しく使えば何ら問題は無いのだからなぁ!」

「お前の発言に問題があるだろ!」

 

 シリアスな話を台無しにする例え話にムッツリ和人がつっこむ。確かに、彼らは現在17歳なので彼の主張は正しい。

 だがしかしと宗太郎は思う。キリトはSAOでアスナとエッチィことをしていたじゃないか!

 

 

 記憶の海から戻ってきた宗太郎は、キリトたちの情事を改めて想像してしまい、理不尽な怒りを燃やした。AIの件も気になるが、今は一足先に【大人】になってしまった友人に対する嫉妬心の方が上回った。

 

「あの野郎、俺たちが地獄の禁欲生活を送っている間にアスナと合体してやがったんだよなぁ。改めて考えるとすっげー腹立つぜ……。しかし、『ゆうべはおたのしみでしたね』を実際に実践してみせる勇気が俺たちには無かった。その点は認めぬわけにはいくまい。流石は黒の剣士……いや、この場合はエロの剣士と褒め称えるべきか」

「ねぇ、ソウ兄ちゃん。エロの剣士ってなに?」

 

 おバカな独り言をつぶやいていると、対面に座っている木綿季が話しかけてきた。彼らは今、木綿季の部屋に設置した【コタツ】に入って堕落タイムを満喫している最中だった。もちろん藍子も一緒にいて、宗太郎の右隣でのんびりとミカンの皮をむいている。そして、取り出した身の一つを手にとって宗太郎の口元へと運んでいく。

 

「はいソウ君、あーんして?」

「あ~ん」

「どう、美味しい?」

「うん、とってもおいちい」

「って、ボクの話を無視しながらナチュラルにイチャつかないでくれる!?」

 

 藍子の【あーん攻撃】に屈した宗太郎に、木綿季の蹴り攻撃が襲い掛かる。無論、本気ではなく、コタツ内でよくおこなわれる場所取り合戦みたいなものだ。

 あぐらをかいた足をゲシゲシと蹴られた宗太郎も彼女の意図を悟り、その挑戦を受ける。

 

「ふっ、この俺をこたつから追い出そうなど、阿修羅でさえも不可能だと知れ!」

 

 基本的に負けず嫌いで大人気無い彼は、巧みな足さばきで反撃する。最初は足裏同士を重ねた力比べから始まり、続いて蹴りの応酬が展開される。

 

「このっ、このっ!」

「はーはっはっは! まったく効かん、効かんぞぉ!」

「もう、埃が立つから暴れないでよ」

 

 しっかり者の藍子が至極真っ当な注意をする。彼らの日常は大体いつもこんな感じなので慣れたもんである。しかし今日は、予期せぬハプニングが起きてしまう。

 木綿季の足裏を押してやろうと考えた宗太郎が足を伸ばすと、そこに彼女の足は無く、空を切った彼のつま先は、何か【柔らかいもの】に当たった。

 フニフニ……

 

「あっ!」

「ん? 何だコレは?」

 

 この柔らかいものの正体探るため、更に動かしてみる。

 フニフニ、ムニュムニュ……

 

「きゃぅん!」

「むむ、この靴下越しに伝わってくる温もりと柔らかさは……まさか!?」

 

 しばらく吟味して、ようやく禁断の答えに行き着いた。彼が足でフニフニしていたものは、太ももの奥に隠された木綿季の……

 

「オパ「言うな―――――っっっ!!!」ングッ!?」

 

 答えを言おうとしたその時、顔を真っ赤に染めた木綿季の蹴りが宗太郎の股間に決まった。

 

「ぐぉぉぉぉぉ―――――っ!? ゴッドイズデェェェーッド!!」

 

 男の急所にダメージを負い、悶絶する宗太郎。自業自得である上に良い思いもしたのだから仕方ないところである。

 

「はぁ、距離が近すぎるのも考え物ね……」

 

 コタツの中で何が起きたのかを察した藍子は、妹に負けないくらい真っ赤な顔でため息をつく。こういった男女の関係に対しては、ある程度のケジメが必要だと思うのよね。別に嫌ってわけじゃないんだけど……。

 

「ほんと、ソウ兄ちゃんのラッキースケベは油断ならないんだから!」

「って言いながら、わたしのミカンを食べないでよ!」

 

 照れた木綿季は、藍子にちょっかいをかけることでそれを誤魔化す。恋のライバルである姉としては、彼女も油断ならない存在であった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 コタツでドッキリ事件から2時間後。ユウキたちはALOにログインしていた。今日の目的は、いつものメンバーと一緒に新生アインクラッドの17階層をクリアすることだ。既に迷宮区まで辿り着いており、ランとユウキにとっては初めて剣士の碑に名前を刻み込めるチャンスなので、誰よりも張り切っていた。

 

「今日は絶対クリアしてやるぞー!」

「アスナさんたちの気遣いを無駄にしたくないからね」

 

 ユウキは自らを鼓舞し、ランは仲間の想いに応えることを誓う。今回は、2人の名前を剣士の碑に刻むためにパーティ分けをしていた。ユウキが剣士の碑に強い興味を示していることに気づいたグラハムがキリトたちに頼んだ結果だ。ユウキとランはそれぞれ単独で参加し、他のメンバーは紺野姉妹の要望を聞き入れて、アスナとグラハムをリーダーにした臨時パーティを組んだ。これで彼女たちと関係の深い2人も剣士の碑にその名を連ねることが出来る。

 

「ありがとうみんな。ボクたちの我儘を聞いてくれて」

 

 感謝の気持ちを伝えるためにペコリとお辞儀するユウキ。それに対して真っ先に反応したクラインが、やたらと爽やかな笑顔を浮かべて返答する。

 

「なぁに、礼なんていらねーよ。仲間の願いを聞いてやんのは当然のことだからな!」

「あんたの場合、可愛い女の子からのお願いだったら全部オッケーでしょーが」

 

 せっかく良い男をアピールしようと思ったら、リズベットによって真相を暴露されてしまった。とはいえそれは、この場に集まった仲間たちにとって周知の事実なので、素直に納得するだけだった。

 

「それよりも先を急ごうぜ。早くしないと、せっかくのチャンスが無駄になっちまうぞ?」

 

 クラインよりも大人なエギルが至極真っ当な意見を述べる。久しぶりに時間が空いた彼は、ユウキたちと同じくらいにこの機会を楽しみたいと思っていたのである。

 

「無論承知している。そのうち淫行条例に引っかかりそうなクラインなど放置して、攻略を進めるとしよう」

「ちょっとカッコつけただけで、ひでー言われようだなオイ!」

 

 いつものようにクラインをからかいつつ、いよいよ迷宮区の攻略を始める。

 今回の参加メンバーは、キリト、アスナ、クライン、エギル、リズベット、シリカ、リーファ、フィリア、アルゴ、グラハム、ラン、ユウキの12人となっている。ALOの中でもトップクラスに入る剣士集団であり、戦力に申し分はない。

 ただし、この階層の雰囲気に怯えているアスナだけは、あまり当てにはなりそうも無かったが。

 

「あうぅ~、早く帰りたいよぉ~」

 

 涙目になったアスナは、キリトの腕に掴まりながら弱音を吐く。ここはホラー系のフロアとなっており、幽霊や怪談話が苦手なアスナにとっては立ち寄ることすら嫌な場所なのだ。紺野姉妹のためと思ってここまで来たけど、怖い気持ちは変わらない。

 

「なぁ、アスナ。そんなに抱きつかれると歩きづらいんだけど……」

「で、でも~」

 

 周囲の視線など気にすることなく2人だけの空間を作るキリトとアスナ。その様子は、お化け屋敷でイチャついているカップルそのものである。

 

「何かわたしら空気になってるわね」

「いいなぁ……」

「ぐぬぬ……目の前でイチャつかれると流石に腹が立つわね」

 

 キリトに思いを寄せているリズベット、シリカ、リーファが、それぞれの性格を反映した愚痴をこぼす。エギルを始めとする第三者としては、微妙に気まずい状況である。しかも、この手の話が大好きなグラハムが、いつもの如くちょっかいをかけて、更におかしな空気にしてしまう。

 

「公共の場で婦女子とみだらな行為に及ぶとは、破廉恥だなぁ少年! 少しは社会常識をわきまえたまえ!」

「俺以上にみだらなお前に言われたくねーよ!」

 

 茶化されたキリトは、4人の女性に抱きつかれているグラハムに言い返す。アスナの様子を見たフィリアとアルゴが彼女のマネをしてグラハムの腕に抱きつき、それに対抗意識を燃やしたユウキとランが彼の身体に抱きついて2人の邪魔をしていたのである。

 

「いい加減に離れろってばー!」

「フン、今日はお前たちの我儘を聞いてやったんだから、このぐらいの役得があってもいいだロ?」

「まったくもってその通りだわ。あんたたちの代わりにグラハムの相手をしといてあげるから、攻略の方はソッチでがんばりなさい?」

「くっ……確かに一理ありますけど、それとこれとは話が別です!」

 

 キリトのツッコミ通り、こちらの雰囲気も負けず劣らずラブラブだった。

 どちらにしろ、キリトとグラハムは勝ち組であり、独り身のクラインには目の毒以外の何者でもなかった。

 

「かぁ―――っ! なにこの疎外感! もしかして、恋人のいない俺に見せつけちゃってんの? 2人前のピザを1人で食うことしか出来ない俺に彼女自慢しちゃってんの? これだからリア充野郎はいけすかねーってんだ、コンチクショー!!」

「まぁ、そういじけるなよクライン。お前には俺がついててやるからよ」

「スキンヘッドのガチムチオヤジに肩を抱かれても嬉しくないやい!!」

 

 仲間想いのエギルに慰められるクラインだったが、その優しさが余計に辛かった。しかし、恋愛感情に疎いユイには彼の悲しみなど伝わらない。そんなことより、今日の攻略はサチの晴れ舞台となる予定なので、姉である彼女としてはクラインの定番ネタなどに構っていられなかった。

 

「みなさーん、こんなトコでふざけてないで早く行きましょうよー! わたしもサッちゃんもずっと待ってるんですよー?」

「わたしは別にいいんだけど……」

 

 やたらと張り切るユイとは対照的に、サチのほうは控えめな態度で苦笑している。それでも、内心では張り切っているようで、いつもより翅の動きが忙しないように見えた。

 

「ママもしっかりしてください。お化けなんて、他のモンスターと変わらないじゃないですか!」

「そりゃユイちゃんにとってはそうかもしれないけど……って、そんなに押さないでよ~!」

 

 ユイに背中を押されてようやく進み出したアスナに苦笑しつつ、みんなで17階層の迷宮区に入っていく。このマップは悪質なトラップだらけの厄介な作りとなっており、これまでの階層より攻略が滞っていた。一番の難関は幻惑の魔法でマップ表示を変化させている中ボスを探し出すことで、コイツを見つけて倒さない限り先に進めない。ようするに、力押しではゴールに辿り着けないようになっているのだ。

 そこで活躍するのが、サチに備わっている特殊スキルだ。以前おこなったピクシーを救うクエストで、彼女を苦しめてしまったお詫びとしてラーズグリーズから危険察知スキル【ティミッドサーチャー】が与えられていたのである。裏の真相は、キリトの因果情報が反映された結果であり、【サチがトラップにかかって死んだ】という因果に苦しんでいた彼を救済するという名目で仕込まれたものだった。

 幸か不幸か、キリトにも真相は分からず、こうして素直に彼女のスキルを頼りにすることが出来た。

 

「待ってフィリア。その宝箱は、魔法無効化とモンスター召喚の複合トラップになってるよ」

「えっ、ホントに?」

「本当だよ」

 

 広めの部屋で見つけた宝箱をホクホク顔で開けようとしていたフィリアをサチが止める。その様子を見ていたキリトは、彼女を失った状況に酷似していたためドキリとする。しかし今度は、被害者だった彼女自身がトラップを防いでくれた。正直、複雑な気分だけど……嬉しい気もした。

 

「ありがとうサチ。宝箱に目が眩んだフィリアを止めてくれて」

「ううん、フィリアの手癖の悪さにはもう慣れたから」

「って、そんな目で私を見てたの!?」

 

 お宝に弱いフィリアをダシに仲良くトークするキリトとサチ。色々あった2人だけど、今は普通に話すことが出来る。キリトたちは、その喜びを堪能しつつ攻略を進めていく。

 ただ、すべて順調というわけでもない。サチが察知できるのは、仲間に危害を加えるトラップや敵の行動だけなので、謎解きはみんなの頭でやらなければならなかった。ボスのいるフロアへ行くには隠し扉を見つけなければならないのだが、その仕掛けが分からない。

 

「ったく、扉なんてどこにあんだよ?」

 

 行き止まりとなっている部屋でクラインが愚痴る。トラップだらけの宝箱を回避してイベントアイテムを入手し、この場所まで突き止めたのだが、最後の謎は自力で解かないといけなかった。

 アルゴは、ゴースト系モンスターを属性攻撃で殴り飛ばしながら答える。

 

「ヒントによると、この部屋にあるらしいんだがナ」

「でも、それらしいオブジェクトなんて見当たらないよ?」

 

 近くで剣士型のアンデッドと戦っていたリーファが質問してくる。確かに、一通り探してみてもそれらしいものは見つからない。他の場所と違う点を上げるとすれば、ザコをひたすら召喚する【フォビドゥンゲート】という大きな鏡をモチーフにしたモンスターがいることくらいだが……。

 

「あっ、もしかすると……」

 

 何かを思いついたランが急に声を上げた。そして、フォビドゥンゲートの注意を引きつけながらフロア内を一周し、仕掛けの謎を解いた。

 

「やっぱりあった!」

 

 彼女は、フォビドゥンゲートの鏡部分に映った景色に【見えない扉】を見つけた。普通に見ただけではただの壁だが、このモンスターの鏡を通して見ると真実の姿が映るようになっていたのだ。

 

「おぉ~、ほんとに扉がある! こんな分かりにくいのに気づけるなんて、姉ちゃんはやたらと目聡いね!」

「なに、これは当然の結果だよ。なにせ彼女は、私の隠したエロ本をことごとく見つけ出してしまうのだからな」

「そんなことを堂々と言わないでよ……」

 

 扉を確認したユウキとグラハムは、ランの機転を賞賛(?)する。鏡を使ったトリックとしてはありきたりな仕掛けだったものの、初見でこれを見破るのは難しい。他のプレイヤーは、ザコを召喚する厄介なモンスターとして真っ先に倒してしまうため、気づくことができなかったのである。

 とにもかくにも、ランのおかげで先に進めるようになった。一刻も早くこの階層をクリアしたいアスナは、目に涙を浮かべながら喜ぶ。

 

「ありがとうラン! 今度ケーキを奢ってあげるわ!」

「は、はい、ありがとうございます……」

「なんか、今日のアスナはキャラが違うね」

「まぁ、ホラーの類は、唯一にして最大の弱点だからナ」

 

 おかしなテンションでランをハグしているアスナを見たユウキとアルゴがこそこそと囁きあう。いつもは最前線で暴れまくるバーサクヒーラーな彼女も、今日は後方で魔法支援をするだけだった。

 だが、親しい仲間が全員参加している今回は彼女が大人しくしていても問題ない。隠し扉の奥にいた中ボスも彼らにかかればひとたまりもなかった。止めにユウキのソードスキルが決まり、この迷宮区でアンデッドの研究をしていた【マッドネスウィッチ】を撃破する。

 

「てやぁぁぁ――っ!!」

『ギャァァァァァ――――ッ!!!』

 

 死の世界に魅入られた狂気の魔女が光となって消えていく。そして、勝利者となったユウキは、突き出していた愛剣を眼前に構えなおして満足そうに頷く。

 

「この剣最高だよリズ! ネームドエネミーも紙装甲だよ!」

「そりゃ当然よ。なんたって、このわたしが作ったんだから」

 

 ユウキに褒められたリズベットは、当たり前だといわんばかりに胸を張る。確かに、自慢できるほど素晴らしい出来栄えなので、調子に乗った彼女にイラッとしても、そこは素直に認めるしかない。

 グラハムにより【フェネクス】と名付けられたこの片手直剣は、以前ユウキが手に入れたユニコーンの角を使って作り出したものだ。11月に入ってようやく製造条件がそろい、今日の攻略で初めて使用することとなった。現存する古代武具級(エンシェントウェポン)の中でもトップクラスの攻撃力を持ち、レアアイテム特典として【イノセントアーマー】という名のエクストラ効果を有している。それは、すべての状態異常を無効化する能力とHP・MPを徐々に回復する能力を合わせたもので、場面や使い手によっては伝説級武器(レジェンダリーウェポン)に匹敵する力を出せる。外見は、パールホワイトの刀身にエメラルドグリーンのエングレービングを施した美しい細身の剣で、リズベットのセンスが存分に発揮されたデザインとなっている。

 

「よもやこれほどの業物を作り出すとは。見事な対応だ、リズベット!」

「あんたのマニアックな注文には慣れてるからね」

 

 グラハムとリズベットは、SAOにいた頃を思い出しながら語り合う。あの当時、彼はおバカな注文をつけて彼女を困らせた経験があった。

 

『新たに作る剣を、私色に染め上げて欲しい』

『はぁ……私色って具体的には?』

『ガンダムすら切り裂けるGNビームサーベルを所望する』

『んなもん出来るか!』

 

 速攻で断られた。残念ながら、リズベットの腕をもってしてもSAO内でビーム兵器を再現することは無理だった。それでも彼女のスキルとキャラクターを気に入ったグラハムは、仲良くケンカしつつも幾度となく剣を注文し、その度に期待通りの作品を仕上げてもらった。

 当然、今回のフェネクスも十分に作りこまれており、使い手であるユウキは大変満足している。

 

「だが、真の強敵と戦ってこそ名剣は活きるもの。次のボス戦で見せてもらおうか、新しい愛剣の性能とやらを!」

「任せといてよソウ兄ちゃん! ボクのニューソードは伊達じゃない!」

 

 グラハムの期待を受けたユウキは、新たな相棒を使いこなしてみせると宣言する。その相手がフロアボスなら申し分はない。

 

 

 数分後。中ボスを倒した一行は、迷宮区の最奥部にある扉の前までやって来た。完全な一番乗りで、周囲に他のパーティは見当たらない。サチのスキルでプレイヤーが使う隠行魔法も見破れるため、安全確認は完璧である。

 

「本当によくがんばりましたね~、サッちゃん」

「う、うん。ありがとうユイお姉ちゃん」

 

 サチの活躍が嬉しいユイは、誇らしげな表情で彼女の頭をなでる。すっかりお姉ちゃんが板についてきたようで、実に微笑ましい。精神年齢が上なサチにとっては、ちょっぴり複雑なところだけど。

 

「よし。サチの活躍に応えて、一気にボスを攻略するぞ!」

『おぉ――っ!!!』

 

 キリトの掛け声でテンションを高め、いよいよフロアボスとの戦いに臨む。禍々しい大扉を開いて中に入ると、広いフロアの中心に倒すべきボスが出現した。この17階層のフロアボス【ザ・レギオンズキメラ】だ。

 

「ひぃっ!?」

「きもちわるっ!」

 

 ボスの姿を見たアスナとユウキがすぐさま拒絶反応を示す。

 その容姿は巨大な角の生えたライオン型のモンスターをベースに構成されており、肩、背中、尻尾などに怪牛、山羊、毒蛇、邪竜の頭が生えた異形のアンデッドとなっている。中ボスのマッドネスウィッチが悪霊を合成させて作った【最強の失敗作】という設定で、体の半分が実体の無い青白い炎で出来ているため、物理・魔法ともに耐性がある強敵だ。レギオンの名が示す通り、周囲には無数の悪霊が飛び回っており、ホラー系モンスターに弱いアスナはビビリまくっている。

 

「わわわ、わたしは後方で支援するから、みんながんばってねっ!」

「アスナ……」

「女は魔物だというのに同類を怖がるとは。バーサクヒーラー……存在自体が矛盾している!」

 

 普段とまったく違う彼女の様子にみんなで苦笑する。ちょっぴりかっこ悪いものの、紺野姉妹のためにここまでがんばったのだから、これ以上はつっこむべきじゃないだろう。

 

「と、とにかく行くか」

「お、おうよ!」

「ここは男を見せる時だな」

「先陣はこの私、グラハム・エーカーが務めさせてもらう!」

 

 若干気が抜けてしまったものの、キリト、クライン、エギル、グラハムが一斉に駆け出した。

 更に、やる気を漲らせたユウキたちも後に続いていく。

 

「この剣の力を存分に試させてもらうよ!」

 

 キラリと光る愛剣を構えながらフロアボス目掛けて駆ける。その先では、先制攻撃を仕掛けている男性陣の姿が見える。

 

「でやぁぁぁぁ―――っ!!」

「彷徨いし亡霊たちよ! 私の剣で迷わず成仏するがいい!」

 

 キリトとグラハムは、ザ・レギオンズキメラの打撃攻撃を避けながらソードスキルを叩き込む。その隙に両サイドへ回り込んだクラインとエギルが彼らに続く。

 

「食らいやがれぇ――っ!」

「どりゃぁぁぁぁ――っ!」

 

 刀と両手斧が、あばら骨の見える巨大な胴体を切り裂く。

 その反撃として尻尾になっている毒蛇から【ヴェノムブレス】が吐き出され、クラインが吹き飛ばされる。

 

「ぐわぁー!? なんで俺だけぇ!?」

 

 最初にダメージを受けたクラインが泣き言を言う。だが、キリトやグラハムも、ライオンの口から吐き出された【フレイムブレス】によって後退を余儀なくされていた。

 

「ブレス攻撃が厄介だな!」

「可憐な乙女の吐息ならばよろこんで受けるのだがなぁ!」

 

 迫る炎から逃げつつザ・レギオンズキメラの敵意を引きつける。その間に後続の女性陣が波状攻撃をしかけていく。物理攻撃をメインとするキリトチームによる脳筋アタックだ。リズベットの魔法で攻撃力を上げたユウキが一番強いソードスキルを叩き込み、大ダメージを受けたザ・レギオンズキメラが怯んでいる隙に他の少女たちが飛び込んでいく。シリカとリーファが同時に攻撃してフィリアとアルゴがそれに続き、最後の締めをランとリズベットが決める。

 

「てやぁ―――っ!」

「はあぁ―――っ!」

『グオォォォォ――――ッ!!』

 

 アスナを除いた全員の攻撃を受けて大きくHPを削られたザ・レギオンズキメラが吼える。最初の出だしは上々だ。しかし、勝負はここからが本番である。強襲を受けたボスの方も反撃をおこない、戦いは激しさを増し始めた。クラインが食らった【ヴェノムブレス】に加えて、怪牛の頭から麻痺効果のある【スタンハウリング】、山羊の頭から呪い効果のある【パンデミックアイ】といった状態異常攻撃が襲い掛かり、キリトたちの攻撃ペースが落ちていく。

 そんな中、ユウキの勢いだけは止まらない。彼女の装備しているフェネクスが、すべてのステータスを守っているからだ。

 

「こりゃいいや! アイツのブレスに当たってもへっちゃらだよ!」

「ふふ、まさに【医者要らず】ね……」

 

 ユウキの快進撃を見たランが自然とつぶやく。その言葉を思い浮かべた時に少しだけ違和感を感じた気もしたけど……。

 

「ランちゃ~ん! 早く解毒しておくれ~!」

「あっ、はいっ!」

 

 考え事をしていたら、再び毒を食らったクラインが助けを求めてきた。このボスは状態異常攻撃ばかりやってくるため、ユウキ以外のみんなは魔法支援が必要なのだ。

 

「ユウキが元気な分、MPの消費を抑えられてるけど……少しペースが速すぎるかな」

 

 思考を戦闘に戻したランは、MPとアイテムの消費が速いことを危惧して、それを全員に伝える。その説明で今後の戦況を予測したエギルとキリトは、攻撃ペースを早めるべきだと判断した。

 

「パターンが変わることを考えると、速度を上げたほうがいいな」

「大丈夫。部位破壊を効率よくおこなえば行けるはずだ!」

 

 即座に話はまとまり、有言実行する。これまで支援をメインに動いていた面子をアタッカーに加えてダメージ量を増加させる。強力な剣に守られたユウキの活躍もあって、ザ・レギオンズキメラのHPは順調に削られていく。

 

「よ~し、後もう少し!」

 

 ボスの行動パターンに変化が現れたことを確認したリーファが嬉しそうに叫ぶ。その直後に、危険な攻撃が来ることを察知したサチが大声で知らせる。

 

「ボスの大技が来るよ! 炎のダメージと状態異常を与える広範囲攻撃だよ!」

「みんな、防御姿勢!」

 

 サチの警告を受けてキリトが指示を出し、みんなもそれに応じる。

 

「5秒前、4、3……」

 

 サチがカウントをおこなっている間にザ・レギオンズキメラの体から禍々しいオーラが発生する。彼女の言う通り、ボスの大技が発動するのだ。

 

「……2、1、0!」

 

 カウントが終わった瞬間、ボスの体内から大量の悪霊が解き放たれた。これは【デモニックスタンピード】という大技で、出現した悪霊の軍隊(レギオン)がプレイヤーに取り付いて自爆するホーミングミサイルみたいな効果を持っている。避けることはできるので、自爆時間まで逃げ切ればダメージを受けずに済ますことも可能だが、速度が早くて数も多いため、無傷で切り抜けることは非常に困難である。

 見た目の演出もお化け屋敷以上の迫力で、ホラー物が大の苦手なアスナにとっては悪夢そのものだった。

 

「うきゃ―――――――――――――っっっ!!?」

 

 6体の悪霊に抱きつかれたアスナがおかしな叫び声を上げる。流石の彼女もこの状況では冷静でいられない。まぁ、ホラーに耐性がある他の女性陣もキャーキャー言っているのだから仕方ないところだけど。

 

「いやーっ! こっちこないでぇー!?」

「ちょっ、コラッ、変なとこ触んな!」

「なにこれ、ちょー怖すぎるんですけど!?」

「ああもう、うっとうしい!」

「流石に全部を避けることはできないカ!」

 

 シリカ、リズベット、リーファ、フィリア、アルゴは、それぞれの反応で嫌悪感を示す。もちろんユウキとランも同様で、グラハムに抱きつきながら、この恐怖(?)に耐えていた。

 

「うわーん! 怖いよソウ兄ちゃーん!」

「わたしも、こういうの苦手なのー!」

「ふっ、私もだ」

「って、お前もかよ!」

 

 変なところで素直なグラハムにクラインがつっこんだ直後、みんなに取り付いていた悪霊が一斉に自爆した。毒々しい紫色の炎が爆発したように燃え広がり、キリトたちの身体を包み込む。火属性のダメージでHPが減り、更にランダムで状態異常が発生する厄介な技だった。

 

「回復急げ!」

「あばばばば!」

「って、アスナがアッチに行ったままだよ!?」

「ああもう、こんな時に!」

 

 あまりの恐怖でヒーラーのアスナが固まってしまっていた。まさか彼女がウィークポイントになろうとは。思わぬところで危機的状況に陥ってしまい、ちょっぴり焦るキリトたち。しかし、状態異常の起きていないユウキだけはすぐに動ける。消費アイテムですばやくHPを回復すると、1人でボスに立ち向かっていく。

 

「キリト、アスナのことは任せたよ!」

「おう、任せとけ!」

 

 短いやり取りで問題は解決した。アッチに行っていたアスナはキリトに抱きしめられて復活し、何とかピンチを脱出する。

 

「あの、取り乱しちゃってゴメンね、キリト君」

「いや。怖がってるアスナも可愛かったよ」

「もう、そんな恥ずかしいこと言わないでよ」

「……ねぇ、なにあれ? なんでこんなとこでイチャついちゃってんの? バカなの? バカップルなの?」

 

 天念でラブラブ空間を作り出す2人にクラインが嫉妬する。ボスが新しい技を使い始めたことでMPとアイテムの消費が激しくなり、更に時間制限が厳しくなっというのに、何をやっているのやら……。

 しかし、この逆境を覆す力をリア充キリトが持っていた。正確に言うと、彼の娘であるユイと協力することでその力を発揮できる。1日1回、30秒という制限があるものの、使い手によっては必殺技と成り得る特殊スキルだ。これを使えば、一気にボスのHPを削ることが出来る。

 

「そろそろ頃合だな、ユイ!」

「了解です、パパ!」

 

 経過時間と行動パターンの変化からザ・レギオンズキメラのHPが残り僅かだと予測したキリトがユイに合図を送る。今こそ、ピクシーの領主から貰ったレアアイテムを使う時だ。

 

「「【ユニゾンバースト】!!」」

 

 キリトとユイが手を合わせ、同時にスキル名を叫ぶ。すると、ユイの体が光の玉となって、キリトの胸に吸い込まれた。その瞬間、彼の体が赤く発光し、すべてのステータスが3倍にパワーアップする。つまりこれは、ALO版トランザムである。

 

「一気に行くぞ!」

『はい、思いっきり行っちゃってください!』

 

 ユニゾンしたユイが元気良く答える。大好きなパパと一緒に戦えることが出来てとても嬉しいのだ。

 

『うお――っ!』

 

 可愛らしいユイの声に後押しされたキリトは、凄まじいスピードで剣を振るう。通常攻撃がソードスキル以上の威力となり、それでいて硬直時間が無いのだから、もうやりたい放題である。キリトの攻撃だけでボスのHPが急速に減っていく。

 

「惚れ惚れするほど圧倒的だなぁ少年! まるで世界観を間違えているようだよ!」

「実際チート過ぎでしょアレ」

 

 見物人と化したグラハムとユウキが、阿修羅すら凌駕したキリトの戦いっぷりにツッコミを入れる。確かに、今の彼らは『俺たちがガンダムだ!』を体現していた。

 

『パパ、後もう少しです!』

「よし、俺たちでLA(ラストアタック)を決めるぞ!」

『はい!』

 

 ユイの期待に応えるべく、キリトは連撃を繰り出す。ザ・レギオンズキメラも反撃するが、簡単に避けられて足止めにもならない。

 

「これで終わりだぁ―――っ!!」

『終わりですぅ―――っ!!』

 

 ボスのHPが次の連撃でゼロになると見た2人は、止めとばかりに叫び声を上げる。しかし、その攻撃が決まる前に、ザ・レギオンズキメラが砕け散る。

 

「『……あれ?』」

 

 予想外の結末に動きが止まる。一体何が起きたのだろうか。そう思った途端に、キリトたちの向かい側にいたクラインが歓喜の雄たけびを上げた。実は彼も地味に攻撃を続けており、たまたまボスに止めを刺すことが出来たのだ。

 

「よっしゃ――――っ!! LAはオレ様がいただいたぜぇ―――っ!!」

「って、お前の仕業か―――っ!!」

「うぅ……パパとわたしのLAが……」

 

 空気を読みそこねたクラインの暴挙によってユイの心はしょんぼりとなってしまった。そんな光景を見て、付き合いの長いリズベット、エギル、グラハムが呆れた様子を見せる。

 

「はぁ、これだから女子にモテないのよねぇ」

「なんつーか、イイやつなのに悪ノリし過ぎて自滅するんだよなぁ、あいつは」

「モテ道とは、空気を読むことと見つけたり。女子に好かれたければ、この私を見習いたまえ」

「あんたも十分KYでしょーが!」

 

 自分が見えていない(?)グラハムにリズベットのツッコミが決まる。こんな感じで、最後は閉まらない結果になってしまった。

 とはいえ、とりあえず当初の予定通りに17階層の攻略には成功した。これで、剣士の碑にユウキとランの名前が記されることになる。別世界の彼女たちには実現することが出来なかった成果が達成されたのだ。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 17階層のフロアボスを倒し、18階層の転移門でアクティベートを終えた一行は、すぐに始まりの街へ戻ってきた。そして、黒鉄宮にある剣士の碑の下へやって来る。ここへ来るのは3階層をクリアして以来だ。

 いつになく真剣な表情になったユウキとランは、2人並んで石碑を見上げる。すると、【Floor 17】と記された場所に彼女たちの名前が並んでいた。

 

「「……あった」」

 

 2人同時にそれを見つけて、静かに言葉を発する。

 

「ボクたちの……」

「わたしたちの名前が……」

 

 確かにある。彼女たちが勝ち取った栄光の証がそこにある。たとえ、ローマ字で綴られた名前が刻まれただけだとしても、それは紺野姉妹にとってかけがえのないものだった。別世界の自分から因果情報を受け取っている彼女たちにとっては、奇跡と言える状況なのだから。

 

「ボク、ついにやったよ……姉ちゃん」

「うん……よくがんばったわね、ユウキ」

 

 この時2人は、一瞬だけ別世界の自分となった。因果の関連性が一気に強まり、瞬間的に別世界の自分とのシンクロ率が上昇したからだ。その結果、奇跡的な邂逅を果たし、彼女たちの心に触れた2人は、元に戻った途端に泣き出してしまう。

 

「う……うっ……うぅ……」

「ぐすっ……うぅ……」

「って、あんたたち泣いてるの?」

「そんなに感動したのカ?」

 

 急に泣き出したユウキたちを見てフィリアとアルゴが驚く。多感な年頃とはいえ、泣くほど嬉しい状況でもないだろうと思ったからだ。しかし、この場で泣いているのは彼女たちだけではなかった。周囲を見ると、アスナを始めとする女性陣も何故か涙を流している。

 

「ちょっ、なんでみんなも泣いてるのよ!?」

「ひくっ……よく、わかりません……」

「なんだか、あの子たちを見てたら涙が出てくるのよ……」

「うぅ……わたしもです……」

 

 フィリアが理由を聞くと、シリカ、リズベット、リーファから曖昧な答えが返ってきた。それも当然で、彼女たちも別世界の因果の影響を受けたからだ。フィリアとアルゴは別世界のユウキと接点が無かったため、影響がほとんど出ていないのである。

 そのせいで何だか取り残されたような形になってしまったアルゴは、紺野姉妹と抱き合っているアスナを不思議そうに見つめる。

 

「あうぅ……ありがとう、アスナァ~!」

「ぐすっ、ありがとうございます、アスナさん」

「うん……うん……」

 

 仲の良い彼女たちなら不思議ではない光景だが、それにしても感情の起伏が激しすぎる。そう思ったアルゴは、普段と変わらない様子のグラハムに話しかける。

 

「なぁ、ハム坊」

「なにかなアルゴ」

「これは一体どういう事なんダ?」

 

 状況を把握できないアルゴが少し動揺したように聞いてくる。普段はクレバーな彼女もこの状況に対応出来ないでいた。しかし、彼女より事情を把握しているグラハムは慌てることなく、自分なりに解釈した答えを述べる。

 

「何も不思議なことはない。皆はただ、感動を共有しているだけなのだからな」

「感動を共有していル?」

「その通りだ」

 

 一旦、言葉を切ったグラハムは、ユウキとランに神妙な眼差しを向けながら続ける。

 

「確かに、この世界はゲームに過ぎない。人によっては、一片の価値も無いゴミであると蔑む者もいるだろう。だがしかし、この世界には、私たちだけが感じることの出来る【本物の人生】がある。貴重な時間をかけ、真剣に遊んだ記憶はかけがえのない思い出となって、一生輝き続ける宝物となる。私はそれを誰はばかることなく誇りに思い、感動すべきものだと思う。なればこそ、勝利を祝って涙を流すことは、ごく自然なことだと私は思うが、君はどうかな?」

「……うん、そうだナ。オレっちもそう思うヨ」

 

 アルゴは、若干の間を空けた後に頷く。何となく誤魔化されたような気もするが、納得も出来た。彼の言う通り、自分たちの人生の一部はこの世界にある。そこで感動して涙を流すことは、少しもおかしなことではない。SAOを経験した彼女もまた、そう思えた。

 

「まぁ、感動するのはいいけどさ。アッチは色々カオスなことになってるわよ」

 

 グラハムたちの会話を傍で聞いていたフィリアが、とある場所を指差して言う。何かと思って視線を向けると、その先には妹に泣きつくユイとキリトに抱きつくクラインの姿があった。

 

「あぅぅ~、サッちゃ~ん!」

「えっと、よしよし……」

「うおぉ―――ん、キリの字ぃ―――ッ! オレも涙が止まんねぇよぉ―――っ!!」

「って、鼻水垂れ流しながら抱きつくんじゃね―――っ!!」

 

 どうやら急激に高ぶった感情を持て余して、傍に居た者に抱きついたらしい。

 そんな仲間たちの姿を1人静かに眺めていたエギルは、父親のような心境でつぶやいた。

 

「みんな良い子に育っているな……」

 

 いかつい顔に涙を浮かべ、子供たちの成長を喜ぶエギルだった。




次回は、SAOの思い出話になると思います。
グラハムがアスナやリズベットと出会った経緯やヒースクリフと接触する内容になる予定です。
もしかすると省略して進めるかもしれませんけど……。

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