ソードアート・オンライン アイとユウキのセカイ   作:カレー大好き

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今回は過去の話です。
木綿季たちが病気にならなかった理由が分かります。
まぁ、結構あっさりとしたギミックですけど。


第7話 マザーズ・ロザリオ

 ボス攻略を成し遂げてから2日後の月曜日。学校から帰宅途中の宗太郎は、晩御飯の買い物をしていた。

 意外なことに、彼はかなりの料理上手だ。その理由は、11歳の頃から父子家庭となったからで、藍子が料理を学ぶきっかけになったのも彼の影響である。土日だけは紺野家の好意に甘えてご馳走になっているが、平日は極力自炊をするように心がけている。

 そんな彼が選んだ今日のメニューは、大好物のアレだ。

 

「よし。今日の夕食はカレーにしよう。それも特別スパイシーな!」

 

 帰り道に立ち寄ったスーパーで良い食材を手に入れた宗太郎は、生き生きと目を輝かせる。

 現在彼の父親は海外に単身赴任しており、大好きなカレーを思う存分に楽しめる状況にあるせいで、やりたい放題だった。そのハマりっぷりは、木綿季たちから【カレーの妖精】と呼ばれてしまうほどだ。

 つまり彼は、仮想世界だけでなく現実でも妖精だった。

 

「この前食べたS級食材も美味かったけど、やはりカレーが最強だ! この気持ちだけは何があろうと決して揺るがない! 愛ゆえに!」

 

 変なスイッチが入った宗太郎は、人目もはばからず力説する。途中ですれ違った親子連れに変な目で見られても全く気にしない。なぜなら彼は、愛の探求者だから。

 

「ふっ。愛とは、あらゆる苦難を超越した先にある、精神の極みなのだよ」

 

 無駄にカッコイイ仕草でカレーに対する愛情を語る。内容はアホっぽくても、ハンサムガイな彼がやると様になるのだから性質が悪い。

 アメリカ人とのハーフである宗太郎は、茶色がかった金髪が良く似合う彫りの深いイケメンで、引き締まった身体と高身長という要素まで備えたイイ男だった。

 もちろん、紺野姉妹から好かれるほどに性格もいいのだが……少しばかり難があることも否めない。いずれにしても、美少年に産んでくれた母親に感謝すべきところだろう。

 ただ、今の彼は別の人に感謝していたが。

 

「まったく、カレーを生み出してくれた人には感謝してもしきれないな!」

 

 カレー愛に染まりきった宗太郎は、色々と台無しな発言をしながら帰途に着くのであった。

 

 

 現在、宗太郎が向かっている松永家はごく普通の一戸建てで、学校のある西東京市近郊に建っている。そのおかげで寮に入る必要がなく、近所に住んでいる木綿季たちと楽に会える状況を保っている。それと同時に、時間的にも余裕を生み出せているので、その分勉強や運動に力を入れている。ようするに彼は、理想的な環境で学生らしい真面目な生活を送っていた。

 普段のおかしな言動からはまったく想像もつかないが、コレでもインテリの道を着実に進んでいる科学者の卵だ。彼がSAOをプレイした動機が、VRマシンに対する技術的興味にあったのだから推して知るべしだろう。

 もちろん今日も、落ち着いたら勉強をするつもりだ。

 しかし、ユウキたちからお誘いが来た場合は、そうも言っていられない。彼女たちも出来るだけ邪魔しないように気を使っているのだが、恋する乙女の純情な感情を止められない時もある。そして、彼女たちのことが大好きな宗太郎も想いは同じだ。

 

「でも、今日のお誘いは無いかな」

 

 昨日の夜に木綿季から送られてきたメールで、『アスナと遊ぶ約束したんだ』と記されていたことを思い出す。出会ったばかりなのに随分と仲良くなったものだ。

 

「それ自体は良いことなんだけどなぁ……。お兄ちゃんとしては、ゲームばかりしてるあの子たちが心配だ」

 

 明日奈たちもそうだが、夜な夜なネトゲにダイブする美少女ってのもどうかと思う。特に木綿季たちの場合は、自分がSAO事件に巻き込まれたことがきっかけだったので責任も感じてしまう。

 

「まぁ、問題と言っても寝不足になるくらいだから、別にいいんだけどな」

 

 とりあえず、大きな害は出ていないので答えを保留しておく。そもそもみんなは、やるべきことをやった上で遊んでいるから、あえて注意をする必要もないのである。

 

「いや、里香と珪子の成績はそんなによくなかったか」

 

 宗太郎は、和人や明日奈に勉強を教えてくれと泣きついてくる仲間を思い出した。

 リズベットとシリカ――篠崎 里香と綾野 珪子の学力はいわゆる平均的で、つい最近終わった中間テストの勉強ではかなりテンパっていたりする。

 因みに、宗太郎の影響を受けている木綿季と藍子は結構成績が良いため、そのようなことはない。和人と明日奈は普段からしっかりと勉強しているおかげで問題なく、リーファこと桐ヶ谷 直葉も平均以上をキープしているので、里香と珪子以外は特に気にしなくてもいい。

 逆に言うと、その2人はそれなりに気にしないといけないわけだが。

 

「今回は赤点が無かったから良かったけど、期末の勉強も大変そうだ……」

 

 7月になったら、またみんなで勉強会をすることになりそうだなと苦笑する。

 そのように取り留めの無いことを考えている間に時間は過ぎて、宗太郎は自宅に着いた。所要時間は約1時間といったところだ。そこそこ学校に近いといっても、体力を整えている途中の彼にとっては疲労を感じる距離である。

 

「はぁ、今日も疲れたー。どこでも○アがすこぶる欲しいぜ……」

 

 手早く鍵を開けた宗太郎は、おバカな独り言を言いながら誰もいない我が家に入る。小学生の頃からこのような状況なので、今更寂しさも感じない。それでも一応、言葉をかけてから入ることにしている。それが、子供の頃から続けている習慣だった。

 

「ただいま~」

 

 ドアを開けた宗太郎は、誰かに語りかけるように帰宅を知らせる。すると、返ってくるはずのない返事が聞こえてきた。

 

「おかえり、ソウ兄ちゃん!」

「……あれ、木綿季?」

 

 声に気づくと同時に、笑顔を浮かべた木綿季が視界に写る。

 現実の彼女は茶色っぽい黒髪をボブカットにした美少女で、14歳に見合った可愛らしい服装をしている。ミニスカートから伸びるスリムな足が実に魅力的だ。

 そんな木綿季が鍵の掛かっている宗太郎の家に入れた理由は、合鍵を持っているからだ。

 

「なんだ、遊びに来てたのか」

「えっと、まぁ、そんな感じだったりそうじゃなかったり……」

「ん~? なんか煮え切らない言い方だな?」

「えへへ~。まぁ細かいことは後にしといて、早く部屋に行こうよ!」

「ちょっ、まだ靴脱いでないっての!」

 

 何か言いにくいことがあるらしい木綿季は、誤魔化すように宗太郎の腕を引っ張る。その様子に疑問を感じるものの、今は素直に従うのだった。

 

 

 木綿季に急かされた宗太郎は、買ってきたものをダイニングテーブルに置くと、彼女と一緒に自分の部屋へ向かった。

 2階にある彼の部屋は8畳ほどの広さで、ガンプラが飾ってあること以外は至って普通の装飾だ。中には、良く遊びに来る紺野姉妹の私物などもあったりして、彼女たちにとっては勝手知ったる兄の部屋だった。

 そんなわけで、木綿季は早速自由に行動しだした。

 

「とうっ!」

 

 部屋に入った途端、壁際に設置してあるベッドへ向けてダイブする。これは彼女のお気に入りの行動で、遊びに来るたびにおこなっているものだ。

 

「クンクン……ソウ兄ちゃんの匂いがする♪」

「はいはいそーですね」

「もう、なにその反応~。ここは、可愛らしいことを言うボクにときめくトコでしょー?」

「って言われても、来るたびにやってるからなぁ。リアクションのネタが尽きたぞ」

「むむっ、やりすぎてマンネリ化しちゃったか……。そうなると、新しいプレイを考えなくちゃいけないなー」

「プレイとか言うな」

 

 少し危ういやり取りだったため、流石に宗太郎も注意する。女子中学生が異性の部屋にあるベッドに寝転がりながら言ったらいけないセリフだからだ。

 実際に、見た目もかなり危険だった。ベッドに飛び込んだ際に木綿季のスカートがめくれてピンク色のパンツが丸見えになってしまっている。年頃の男女が2人きりで同じ部屋にいる時に、女子のおパンツが見えているなど、実にイケナイ状況だ。

 まぁ、木綿季が来るといつもこんな感じなので今更な感じでもあるのだが、一応注意をしておかなければならないだろう。お兄ちゃんとして。

 

「木綿季。あえて言うが、パンツを隠しなさい」

「ん~? ボクは別に気にしてないよ? ソウ兄ちゃんにだったら、いくら見られても……」

「このおバカ!」

「えぇっ!? なんでぇ!?」

「お前はパンツに秘められた魅力をまったく理解していない! いいか、女子のパンツというものは、容易に見せてはいけない聖域なのだ。そう、犯し難いからこそ男たちは、パンツに惹かれ、パンツに夢を抱き、パンツに情熱を燃やすのだよ!」

「ふ、ふぅん……そうなんだ……」

「ゆえに、パンツを隠しなさい。それが社会の常識だ」

「わ、わかったよ」

 

 木綿季は、宗太郎の気迫に気おされて素直にうなずく。パンツを連呼しているヤツに常識云々などと言われても説得力は無いが、愛しい人の言う事だから好意的に受け入れられる。

 恐らく宗太郎は、隙だらけの自分を見て、他の人に見られてしまうことを危惧しているのだろう。そう思ったら嬉しい気持ちになる。

 

「まったく、ソウ兄ちゃんはヤキモチ焼きなんだから♪」

「はぁ? なんのこっちゃ?」

 

 イマイチ意思が伝わっていないようだが、まぁ仲が良いのは確かなので問題は無い。

 

「ところで木綿季。俺に何か用があるんじゃないのか? まさか、パンツを見せに来たってわけじゃないだろうしな」

「う、うん。もちろんパンツは関係ないけど……」

 

 宗太郎は、一息ついたところで本題を切り出す。

 木綿季から感じる雰囲気で、何かしら言いたいことがあるとは察していた。普段はおちゃらけていても、その辺はしっかりとお兄ちゃんしている。そして木綿季も、彼の優しさと頼もしさを十分に理解してここに来た。例のことを相談するために。

 

「あのね……ちょっと信じられないような話なんだけど、聞いてくれるかな?」

「もちろん。お前の話なら何でも聞いてやる」

「うん、ありがとう」

 

 ベッドの端に座りなおして宗太郎に向き直った木綿季は、綺麗な笑顔を浮かべる。

 やっぱり、ソウ兄ちゃんはカッコイイな……。

 そのように木綿季が最大限の好意を寄せる当人は、彼女のとなりに腰掛けて話を聞く体勢を整える。

 

「よし。それじゃあ、話してみな」

「うん……」

 

 話を促された木綿季は、ゆっくりと語り出した。

 ALOをやるようになってからおかしなイメージを見るようになったこと。そこで見たアスナと実際に会えてビックリしたこと。そして、他にも気になる登場人物がいること。それらをすべて説明した。

 

「なるほど、そんなことが起きてたのか」

「これってやっぱり超常現象ってヤツかな?」

「そうだな……デジャヴとか予知能力みたいな現象が起きているのかもしれないな」

「そんなことって本当にあるの?」

「はっきりと否定できないから、存在する可能性はある。それに、別の世界から送られてきた情報とかいう説もあるから、この世界の法則だけで説明できる話じゃない可能性もある」

「ん~、なんか壮大な話になってきたねぇ……」

 

 木綿季は、宗太郎の話を聞きながら呆然とする。いきなりそんな突拍子も無いことを言われてもまったく実感が湧いてこない。とはいえ、納得出来る部分もある。改めて考えると、確かにあのイメージは別の世界みたいだった。自分と宗太郎が一緒にいないあの世界は、間違いなくこことは違う。

 

「でも、それこそ有り得ないんじゃない?」

「そんなことはないさ。実際に確認するまでは断定できないことだし、現にお前自身が経験しているだろ?」

「……ソウ兄ちゃんは、ボクの言う事を信じてくれるの?」

「当然だろ。なんたって俺は、木綿季のことを傍でずっと見てきたからな。お前が真実を言っていることぐらいすぐに分かるさ」

「ソウ兄ちゃん……」

 

 頭を撫でられた木綿季は、頬を赤く染める。普段はおバカな野郎でも、必要な時にはちゃんと決める。これだから、彼に惚れこんでいるのだ。

 しかし、今のやり取りだけで悩みが解決した訳ではない。問題は、そのイメージをこれからどう扱っていくかだ。何もしないで放置するか、積極的に調べるか。それを決めないといけない。

 

「ねぇソウ兄ちゃん。ボクはどうしたらいいのかな?」

「そうだな。精神的に苦痛じゃないなら必要以上に気にしないほうがいいと思うけど、その辺は大丈夫なんだよな?」

「うん。全然苦痛じゃないよ。だけど……気になるんだ、あの人たちが」

「会ってみたいってことか?」

「うん。アスナと会った時にすごく嬉しいって感じたから、他の人たちにも会ったほうがいいような気がするんだ」

「そうか。木綿季がそう思うんだったら、そうするべきなのかもな」

 

 宗太郎は、木綿季の言葉を肯定する。もし、彼女が見たイメージが本当に【別の可能性】だとしたら、会ってみる価値はある。会いたいと思うならそれだけ縁があるということだから、行動してもいいと思う。

 もしアスナの件が偶然だったとしても、その場合は空想の産物だったことになるだけで、今の状況が大きく変わるわけではない。それなら、仲間探しに挑戦してみてもいいだろう。

 

「だったら、姉ちゃんとアスナに相談しても大丈夫かな?」

「あの2人に?」

「うん。姉ちゃんたちもあのイメージに出てくるから、きっと関係があると思うんだ。でも、こんな変な話をしたら迷惑になっちゃうかな……」

「まぁ、あの2人なら大丈夫だろ。それに、迷ってるってことは、やってみたいって思ってるんだろ?」

「う、うん……」

「だったら、俺はやってみた方がいいと思うな。ほら、俺のママも言ってただろ、『やりたいと思ったことは一生懸命がんばりなさい』って」

「あっ……」

 

 ここで宗太郎は、制服のポケットに入れているロザリオを取り出した。それは木綿季にとっても大事な物で、まったく同じものを小さな袋に入れていつも持ち歩いている。

 幼い頃、宗太郎や藍子と共に渡された宝物。それを見つめると、もう一人のママを思い出す。

 

「エリスママ……」

 

 木綿季は、ロザリオが放つ輝きを見て、懐かしい過去に思いを馳せる。

 宗太郎の母親である松永 エリスからもらった最後の贈り物に込められた想いを。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 今より14年前の春。

 木綿季と藍子が生まれる少し前に、紺野 遥は最寄の教会へと出向いていた。クリスチャンの彼女は、双子を授かったことに感謝してほぼ毎日祈りを捧げていたのである。

 

「もうすぐあななたちに会えるのね……」

 

 一番前の席に座った遥は、すっかり大きくなった自分のお腹を愛おしそうになでる。2人分の重さなので移動するのも大変なのだが、今はそれさえも幸せである。

 そして、彼女と同じくらいに嬉しそうな表情をした女性が隣にいる。2歳児の宗太郎を抱いたエリスだ。

 アメリカ人の彼女は、宗太郎の父親である松永 光太郎と大恋愛の末に結婚して国籍を日本に移した。日本文化が大好きで、留学までした彼女の行動力はとても大胆だった。その結果、様々な要因が重なり、このように遥と親交を結ぶことになったのである。

 

「ほらほら宗太郎~。あと1ヶ月であなたのお嫁さんが誕生しますよ~」

「もう、気が早すぎるわよ。それに、候補が2人いるから、どっちになるか分からないし」

「ふふん。候補ってことは、あなたもその気があるんじゃない?」

「まぁね。宗太郎ちゃん、とっても可愛いから。できればわたしの息子にしたいわ」

「まったく、双子が生まれるってのに欲張りねぇ」

 

 若いママたちは、軽快な母親トークを交わして微笑みあう。

 すごく親しい様子の彼女たちは1年前にこの教会で知り合い、仲良くなった。結婚して子供を授かりたいと望んでいた遥が教会へお祈りをしに来た時、1歳になったばかりの宗太郎を抱いたエリスと出会って話しかけたのが事の始まりだった。天使のように可愛らしい宗太郎を見て心を奪われてしまったのだ。

 もしこの時、宗太郎がぐずって教会に来る時間が遅れていなかったら――紺野一家はHIVウイルスに感染してしまうところだった。偶然エリスと出会ったことで彼らの運命が変わったのである。

 年の近いエリスと気が合い瞬く間に親友となった遥は、子供が出来た時に彼女が勧めた病院に行くことに決めた。そのおかげで、HIVウイルスに汚染された輸血を受けずに済んで、悲しい運命を回避することができた。つまり、エリスと宗太郎は、紺野一家にとって救いの天使となったのだ。

 もちろん、誰もその事実に気づいてはいないが。

 

「さぁ、そろそろ家に帰りましょう。長居すると身体が冷えてしまうわ」

「うん、そうね」

 

 エリスの言葉に同意した遥は、彼女の運転する車に乗って帰宅する。紺野家と松永家は数百メートルしか離れていないため、もはや家族レベルの付き合いだった。

 

 

 それから月日が経ち、木綿季と藍子が無事に生まれてからも両家の仲は続いた。その関係は子供たちが育つにつれて更に深まり、幸せな時間を分かち合った。特に木綿季と藍子は、とても綺麗で面白いエリスに良く懐き、本当の母親のように慕っていた。

 しかし、そんな幸せな時間も終わりを迎える時が来た。あれほど元気だったエリスが病魔に侵されてしまったのである。

 病名はあえて言わないが、発覚した時点で彼女の余命が残り少ないことは確定していた。

 それでも彼女は懸命に生き続ける道を選んだ。闘病生活は数年に及び、母親の努力を感じ取った宗太郎も、紺野一家に助けられながら懸命に看病を努めた。

 だが、宗太郎が11歳になった時にエリスの病状が悪化し、これまで気丈に振舞っていた彼も心が折れそうになった。

 なんとか小康状態を保って眠っているエリスを見つめながら、宗太郎はつぶやく。

 

「この世界に神はいない」

 

 その声はとても冷たくて、エリスの回復を神に祈っていた木綿季と藍子は信じられないものを見たように驚く。

 

「……ソウ兄ちゃん?」

「突然、どうしたの?」

「そんなことしても無駄だよ。この世界に神はいないんだから」

 

 いつも教会に行ってお祈りをしていた母親がこんな酷い目にあっている。だから、幼い宗太郎は神の存在を信じられなくなった。

 

「そんなものがいるなら、この世界に不幸な人なんかいないはずだろ。ママが病気になることもないはずだろ!」

「で、でも……」

「じゃあ、何でママがこんなに苦しまなきゃならないんだよ!」

「それは……私たちの力で克服しなくちゃいけない試練だからよ」

「「!?」」

「ママ!!」

 

 我慢の限界にきた宗太郎が思わず木綿季たちに八つ当たりをしていると、眠っているはずのエリスが声をかけてきた。うっすらと意識があって、これまでのやり取りを聞いていたのだ。

 

「宗太郎……神様はちゃんといるわ」

「えっ?」

「神様はこの世界をお作りになることで、わたしたちに【可能性】を与えてくださったのよ」

「可能性……?」

「そう。わたしたちには、あらゆる困難を超えていく【可能性】という名の力が与えられているわ……。でも、そこから先は私たち自身が頑張らなくちゃいけないの」

 

 それが世界の真理だ。平等であり、残酷でもあるこの世界の真の姿だ。そして、か弱い人間がそのような環境で生きていくのに困難をともなうのは当然だ。

 しかし、自分たちはこの世界に生まれ、今を生きている。この美しくも残酷な世界で、大切な命を、想いを、未来につないでいくことができる。もちろん簡単なことではないが、せっかく生きているのだから、やれることはやるべきだろう。

 

「確かに、わたしたちには可能性があるけど、それを活かすチャンスはとても少ないわ……。だから、やりたいと思ったことは一生懸命がんばりなさい。生きて未来を切り開くために」

「生きて……」

「未来を切り開く……」

「でも、ママの未来は……」

「大丈夫。わたしの未来は、あなたたちの中にあるわ」

「俺たちの中に?」

「そうよ。あなたたちが幸せに生きていくことで、わたしの未来も続いていくの。だから、これからも、あなたたちの素敵な未来を見せて……」

 

 エリスはそう言うと、傍にいる遥を呼んでとある頼みごとをした。以前から彼女にお願いして用意していた物を子供たちに贈るために。

 

「みんな。これは、エリスからの贈り物よ」

「えっ?」

「エリスママからの?」

 

 遥は、自分のバッグから小さなケースを3つ取り出して子供たちに手渡した。それを開けてみると、中にはロザリオが入っていた。3人とも同じデザインで、エリスの想いを形にしているようだった。

 

「ママ、このロザリオは……」

「それは、わたしとあなたたちをつなぐ絆よ。お祈りをする時に使ってくれれば、どんなに遠く離れていても想いは届くわ。だから、気が向いた時でいいから、あなたたちのお話を聞かせてね……」

「ママ……」

「ぐすっ……」

「うわ~んっ!」

 

 エリスの言っている意味が分かった子供たちは泣いた。彼女は、もうじき天に召されることを悟っていたのだ。だからこそ、このロザリオを用意していたのである。

 死してもなお可愛い我が子たちを見守るために――。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 数秒後。木綿季は、懐かしい記憶の世界から意識を戻す。

 故人を思い出して悲しくなったが、そのおかげで未来を選ぶきっかけになった。

 

「……そうだね。ボクたちは一生懸命がんばらなくちゃいけないんだ。可能性を掴むために」

「うむ、いい覚悟だ。お前がやるというのなら、俺は全力で協力するぞ」

「うん、ありがとう!」

 

 宗太郎から嬉しい言葉を聞いた木綿季は、首に腕を絡めてぎゅっと抱きつく。その勢いでベッドに倒れこみ、2人の身体はベッタリと密着する。

 

「こら木綿季。いきなり抱きつくな。柔らかい胸がプニプニ当たって気持ち良いじゃねぇか」

「それって怒ってるの? 喜んでるの?」

「ふふっ、バカだなおめぇ。喜んでるに決まってんだろ?」

「じゃあ、もっと抱きついてあげる♪」

「むおぉ~! ナイスダブルオー!」

 

 先ほどまでのシリアスはどこへやら、急にイチャイチャしだす宗太郎と木綿季。

 この光景を天国にいるエリスが見たらどう思うか。正直微妙なところであった……。




次回はアスナ、ユウキ、ランがALOで遊ぶ話となります。
そして後半は、リアルでの出会いが待っております。


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