三日後のサンフランシスコ。
休暇のはずの日に、レオンは三人の女性と出会う。
何も起きない――それでも、心は確かに揺れていた。

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バイオハザード 3人の女神との休日

三日前のアルカトラズの悪夢が嘘のように、サンフランシスコの海岸には柔らかな風が吹いていた。

 

午前七時、早起きのランナーたちがすれ違う砂浜の端で、レオン・S・ケネディは両手をポケットに突っ込んだまま、ぼんやりと潮の香りを吸い込んでいた。

目元には薄いサングラス。

疲れを隠すにはちょうどいいアイテムだった。

 

サンフランシスコの朝の海風は、思ったよりも肌寒い。

 

波打ち際を歩いていたレオンは、手の中のコーヒーカップから立ち上る湯気に、ほんの少しだけ救われる気がした。

 

「やっぱり、こういう時はブラックが正解だな」

 

隣で歩く黒髪ショートカットの美女が、笑いながら答える。

 

「レオンがそう言うってことは、だいぶお疲れなんだ?」

 

レベッカ・チェンバースは、軽やかな足取りで彼に並んで歩いていた。

キャップをかぶった彼女は、キャミソールにパーカー、スリムなレギンスというカジュアルな装いだったが、そのどれもが彼女らしく清潔感があり、動作にも無駄がない。

 

朝の散歩中、海岸沿いで偶然出会った彼女。

大学に戻ったかと思いきや、有給の消化のためにとここに残っていたらしい。

 

テイクアウトのドリンクホルダーから、フラペチーノを引き抜き、笑顔で口に運ぶ。

 

「ピスタチオとバニラのミックス。ホイップはノンファットね。キャラメルソースとハニーチョコレートソース。チョコチップとクラッシュアーモンドに、シナモンとココアパウダーよ。奢ってくれてありがとう」

 

「……相変わらず注文が複雑なんだよ。舌かまずに言うのが大変だったぞ」

 

「ちゃんと覚えて注文に行ってくれてるあたり、レオンって細かいよね」

 

「すぐ物事を記憶する、ってのは悪い癖なんだよ。職業病ってやつ」

 

レベッカはくすっと笑って、レオンの横顔を見た。

 

「それ、疲れてる人の笑い方よ。無理してない?」

 

「いや、してるよ。してないように見えてたなら、演技成功ってことだな」

 

レオンが自嘲気味に笑うと、レベッカはふと足を止めてまっすぐに彼の顔を覗き込んだ。

 

「……そういうの、きちんと口に出して言えるようになったのは進歩ね」

 

「なんだ、まるで先生みたいだな?」

 

「私は科学者だけど、それ以上に現場では、バイオテロの先輩だから。あと……お姉さんみたいなものだし」

 

「年下のお姉さんって、なかなか珍しい設定だな」

 

レオンが肩をすくめて笑うと、レベッカは小さくため息をついた。

 

「いいから少しは自分を労わって。あなた、また食事もろくにしてないでしょ。睡眠も不規則で、カフェインだけで動いてる感じ」

 

「図星すぎて、ぐうの音も出ないな」

 

「ほら、休暇中くらい、身体ゆるめなさいってば」

 

そう言いながら、レベッカはレオンの肩を軽くぽん、と叩いた。

その手は小さいのに、意外と温かくてしっかりしていた。

 

レオンは苦笑いを浮かべながらも、自然とその言葉に従って体を緩める。

気づけば、自分よりずっと小柄な彼女がどこか頼もしく見えた。

 

その時、風が吹いた。

レベッカのパーカーのすそがふわりと揺れ、髪が肩にかかる。

 

『……あれ』

 

一瞬、レオンの視線が吸い寄せられる。

パーカーの下に覗く首元、細い手首の白さ、レギンスのライン。

気心の知れた仲だからこそ、むしろ無防備なその仕草に不意を突かれてドキリとする。

 

『弟に接してるつもりのような相手に、何考えてるんだ、俺は……』

 

自分の視線が不躾だったことに気づいて、レオンは慌てて目を逸らす。

 

「ん?」

 

「いや、なんでもない。風がいいなってだけ」

 

そう言って視線を外すと、レベッカが意味深な笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「……レオンって、もうちょっと休暇慣れしたほうがいいわ。ビーチは、ぼーっとしててもいい場所なんだから」

 

「了解、先生」

 

軽口を返しながらも、レオンは照れ隠しに歩幅をゆるめた。

二人の靴音が、乾いた砂の上をさらさらと優しく擦れる。

 

やがて、レベッカがスマホを取り出して時刻を確認する。

 

「そろそろホテルに戻るわ。午後から飛行機で帰るの。準備しないとね」

 

「相変わらず働き者だな」

 

「……十分、のんびりできたわ。これで明日から働ける。またね、レオン。引き続きいい休暇をね」

 

レオンは、彼女の小さな背中を見送りながら、ふっと息を吐いた。

 

「……俺って、本当に休めてるのか?」

 

コーヒーのカップを持ち直しながら、レオンはひと口すすった。

 

[newpage]

 

昼前、サンフランシスコの街はすでに活気づいていた。

カフェのテラスには観光客、古着屋の前にはカラフルな若者たち。

どこを見ても日常の顔をしている。

だが、レオンの胸には妙な空洞感が残っていた。

 

(休暇って、こんなにも時間を持て余すものか…)

 

レベッカと別れた後、港を離れてぶらついていたレオンは、焼けたアスファルトと路地裏の陽射しの中、どこかから聞こえてくる音楽にすら馴染めずにいた。

 

そのとき、耳に飛び込んできた乾いた金属音。

パンッ、パンパン。

銃声だ。間違いない。

 

気づけば足が自然とその方向に向かっていた。

 

『GOLDEN GUN RANGE』

扉を押して中へ入ると、冷房の効いた空間に、火薬とオイルの混じった匂いが漂っていた。

 

視線の先、ひとつの射撃レーンに見覚えのある後ろ姿があった。

 

細身のジーンズ、濃紺のタンクトップ。

背中で語るような気配を纏いながら、銃を構えている女。

 

「ジル……」

 

その名を口にした途端、彼女の放った弾丸が的の中心を正確に撃ち抜いた。

 

「……相変わらずだな」

 

漏れた言葉に気づいたのか、ジルが肩越しに振り返る。

額のサングラスを指で持ち上げ、微笑みながら言った。

 

「レオン? あら、ここで何してるの? 迷子?」

 

「たまたま通りかかっただけさ。銃声が聞こえたもんだから、つい足が勝手に動いてな」

 

「撃ち合いの真似事しに来たのかと思ったわ」

 

「……ああ、そんな感じだ。撃たないと落ち着かない時もあるんでね」

 

ジルは少しだけ黙って、それから真顔でうなずいた。

 

「わかる。私も、撃ってないと、自分がどこにいるのか見失いそうになる」

 

そう言って再び銃を構える横顔を、レオンはしばし黙って見つめていた。

その動きはしなやかで、どこか野性的な美しさを放っていた。

 

(……この女、今も最前線で張ってるせいか、艶っぽいんだよな)

 

肩甲骨の動き、締まったウエスト、タンクトップの下に潜む曲線……

 

「今日のタンクトップ、破壊力すごいな。戦闘用か誘惑用か、判断が難しいな」

 

ジルは乾いた笑いを漏らす。

 

「あんたね……そういうこと誰にでも言ってるでしょ。スケベ」

 

「ジルにだけ特別に、って言ったら信じるか?」

 

「やれやれ、ほんと、武器より口が先に出るのね」

 

それでも嫌な顔をせず、むしろ肩をすくめながら笑ってくれるところが、彼女らしい。

そのくせ、本気で距離を詰めようものなら、躊躇なく首を締めてきそうなところも彼女らしい。

 

「しばらく撃ってないんでしょ? ちょっと撃ってみる?」

 

ジルが軽く顎で隣のレーンを示す。

 

「ああ、3日も撃ってないから悪くないな。君が肩を外さない程度になら付き合うさ」

 

「言ったわね? 私、容赦しないけど」

 

ブースを並べて立ち、冗談を交わしながら弾丸を装填する。

だがレオンは、照準よりもジルの横顔にちらと視線を向けることの方が多かった。

 

(こんな女とクリスはよく、ただの戦友、って顔してられるな……)

 

しばらく撃ち合ったあと、ジルが銃を置き、タオルで首筋の汗をぬぐった。

 

「コーヒーでも行く? 私、ちょっと小腹すいた」

 

「カフェなんかでいいのか?」

 

「いや、せっかくだし、ローカルのバーガーとか、ガツンといきたい気分」

 

「だな。付き合うよ」

 

並んで歩き出す。

ジルのデニム越しのヒップラインが、やたらと視界に入ってくる。

 

(……くそ、理性保てよ俺)

 

途中、ジルがふと振り返った。

 

「ん? 何か言った?」

 

「いや、何も」

 

「じゃ、こっちの店知ってる?」

 

軽やかに歩く彼女の背中を見つめながら、レオンは小さく息を吐いた。

 

駐車場に出ると、ジルがキーをひねってバイクのエンジンをかけた。

マットブラックのボディに、カスタムのマフラー。どう見ても、街乗りには過剰な仕様だ。

 

「乗って」

 

「バイクでハンバーガーか。…悪くない」

 

「だったら、しっかり掴まってなさいよ。サンフランシスコの坂は、気を抜くと振り落とされるから」

 

「へーい、喜んで」

 

レオンは軽く茶化しながら、ジルの腰に腕を回す。

 

(う…思った以上に、近い……。)

 

呼吸のリズム、髪の香り、背中越しの体温、全てが五感に触れてくる。

 

(……背中越しにここまで密着するって、俺の理性が試されてるとしか思えない、っていうか、俺の腹筋と胸筋がエンジンより熱い)

 

「くっつきすぎ」

 

ジルは笑いながら、アクセルを軽くひねった。

バイクは軽やかなエンジン音とともに坂道を登り、サンフランシスコの風景を駆け抜けていく。

 

20分ほど走った先、赤い看板のバーガーショップが見えてきた。

カリフォルニア特有の開放感あるローカルチェーン。

ベイエリアで愛される老舗のひとつだ。

 

店の外に並ぶベンチに腰を下ろし、二人はグリルの香りに包まれながら、それぞれのバーガーにかぶりつく。

 

「うまいな、これ。肉が煙くて、ちゃんと雑な味がする」

 

「褒めてるの? それ」

 

「もちろん。こういうのは、手で食べてナンボだ」

 

ジルは紙ナプキンで口元を拭いながら、ふっと笑う。

 

「なんだか、あんたとバーガー食べるの初めてな気がする」

 

「確かに。てか初対面から何日目だ?まあ君は超有名人だから知ってたが」

 

「あら、あんたもかなりのもんよ、レオン」

 

レオンはバーガーの包みを置き、ジルの方を向いた。

 

「……じゃあ、お近づきのしるしということで、休暇中の趣味とか聞いてもいいか?」

 

ジルは少し意外そうな顔をしてから、肩をすくめる。

 

「散歩と、コーヒーと、映画。あと…一人の時間」

 

「なるほど」

 

「でも、今は悪くないわ。こうして、隣に誰かいてくれるのも」

 

言った後、自分で恥ずかしくなったのか、ジルはストローをくわえて視線を逸らした。

 

レオンは少しだけ黙って、彼女の横顔を見た。

そのまなざしに、戦場にはない『揺らぎ』があることに気づく。

 

「俺も、今日は悪くないと思ってる。久々に、普通の人間みたいだ」

 

「私たち、普通の人間だったの…?」

 

「……もしかしたら、普通になろうとしてる人間かもな」

 

ジルはフッと笑い、小さくうなずいた。

 

「そうね。ならまずは、デザートでも追加してみる?」

 

「いいね。どうせなら、チョコシェイクとかいってみようか」

 

「それ、カロリー爆弾よ。あんたの腹筋、崩壊するかも」

 

「だったら、責任取ってくれよな」

 

「はいはい。じゃあ、もうちょっと撃とうか?」

 

冗談交じりの言葉が交わされる間にも、午後の陽射しはやわらかく、二人の間に流れる空気はどこか、昔よりもずっと軽かった。

 

[newpage]

 

夕方、海辺に吹く風が少し湿り気を帯びていた。サンフランシスコ名物のクラムチャウダーの香りが、屋台通りを満たしている。

 

レオンはひとつのスタンドに並びかけて、ふと、視線を奪われた。

 

赤いジャケットに細身のデニム。

ポニーテールの髪がゆるく揺れている。

カップを受け取って振り返った彼女の笑顔は、夕陽を受けてまるでスクリーン越しの女優のようだった。

 

「クレア……?」

 

思わず声が漏れる。

彼女がレオンに気づいて、目を見開いた。

 

「レオン!びっくりした、偶然ね」

 

「今日は偶然が続きすぎてね。そろそろ運命って呼べそうだ」

 

おどけたように言いながら、レオンはもう一つチャウダーを買い、クレアと並んでベンチに腰かける。

ほんの数センチの隙間。

けれどその距離が、やけに気になった。

 

クレアは、チャウダーのスプーンをそっと持ち上げて、ふっと息を吹きかける。

目を細めながらスープを口に含む姿に、レオンの喉がひくりと動いた。

 

(……何で、そんな色っぽい顔して食べるんだよ)

 

唇の端に少しだけ、白いクリームがついている。

そんな無防備な姿に、レオンはあらぬことを想像してしまった。

 

(あの唇にキスしたら……いや、唇だけじゃないか、首筋とか鎖骨のあたりも……)

 

シャツの襟元がわずかに開いていて、白い肌がちらりと覗く。

 

「ん、レオン?」

 

クレアが気づいたようにこちらを見る。レオンは咄嗟にナプキンを差し出した。

 

「……ここ、ついてる」

 

「あっ……ありがとう」

 

クレアは照れたように笑いながら、口元を拭った。その頬にほんのり赤みが差す。

 

(やばい。あの笑顔、まじで反則だろ……)

 

どうしてこんなに惹かれてしまうんだろう。

レオンは、チャウダーの熱さも忘れて、彼女の横顔に見入っていた。

 

クレアが伸びをすると話し始めた。

 

「事件、大変だったね。今回は……ほんと、疲れた」

 

「……君が無事で、本当によかったよ」

 

その言葉に、クレアが一瞬だけ目を伏せる。

風が吹いて、彼女の前髪が頬にかかる。

 

そして静かに、こちらを見つめて言った。

 

「ねえ、レオン。こうしてあなたと普通に一緒にいるの……私、すごく好き」

 

「……ああ」

 

「またどこか行こう。ふつうの場所で、ふつうの時間を過ごしたい。あなたと」

 

その『あなたと』がやけに柔らかくて、胸の奥をくすぐった。

レオンは自分の手の中のカップを置くと、ふと横を見る。

 

彼女の手が、膝の上にちょこんと置かれていた。

何故だろう。

レオンはためらわずそっと、その手に触れる。

 

クレアが目を見開いた。

でも、引っ込めようとはしなかった。

 

「……ダメ?」

 

「いや、喜んで」

 

彼女の指が、ほんのわずか震えながら、レオンの手を握り返してきた。

その温もりに、頭が少しぼうっとする。

 

(キス、できるかな……いやそのまま……ベッドにでも誘ってみようか……)

 

考えた瞬間、レオンは頭を振った。

脳内の自分にツッコミを入れる。

 

(ちがう!今はそうじゃない。今は、ただこの手を……)

 

クレアの手が、静かに力を込める。

彼女は笑っていた。

優しく、どこまでもまっすぐに、まるで全てを受け入れるように。

 

日が沈みかけていた。

風がさらに冷たくなったぶん、手の温もりが余計に心地よかった。

ふたりはしばらく、そのまま手をつないで何も言わずに並んで座っていた。

 

 

 

[newpage]

 

ホテルのベッドの上で、レオンは両手を頭の後ろに組んで天井を見ていた。

 

静まり返ったホテルの一室。

夜のサンフランシスコは霧が立ち込めていて、街灯の明かりも淡くぼやけている。

部屋の中は静かで、隣の部屋のテレビの音すら聞こえない。

 

しかし、レオンの頭の中だけは賑やかだった。

なぜなら、今日出会った三人の女神たちが自由に、軽やかに歩き回っていたからだ。

 

(……贅沢な一日だったな。)

 

今日は久々に男としての脳が活性化したことを実感した。

自然と口元がニヤニヤとだらしなく緩んでしまうのが、その証拠だ。

 

時計は午前2時を指していたが、レオンはホテルのベッドの上で天井を見上げながら、一人での任務と戦っていた。

 

任務の名称は『スケベ心』。

そう、突如として脳内に襲いかかる、妄想の洪水だ。

 

(……ったく。なんでこう、俺ってやつは……)

 

脳内で記憶と妄想が勝手に再生される。

まず浮かんできたのは、レベッカの姿だった。

 

レベッカの細い足。

レギンス越しの無防備なライン。

エスプレッソラテを飲むとき、カップをくわえる口元の艶。

ふと風でめくれたフードの下に覗いたうなじ

 

(あんなの、見せつけてるようなもんだろ……無自覚って罪だな)

 

ライトブルーのパーカー、レギンス姿で、朝の海辺で「偶然」を装って歩いていた彼女……(肥大妄想)

 

(……可愛い。可愛すぎた。)

 

パーカーのフードを少しずらしたときに見えた、細い首筋、細い肩、レギンス越しの太もも。

 

「うん、あれはちょっと犯罪的だったな……俺の理性が壊れる寸前だった」

 

あの首を後ろから抱きしめたら……

もし彼女が、あの距離からで寄り添ってきて、そっと顔を近づけてきたら……キス?

 

(……ないな。)

 

レオンは即座に妄想の続きを断ち切った。

 

(彼女は、誰よりもしっかり者で……一番、あり得ない。凹んでいるときの俺の背中を押してくれる、そんなキャラだ)

 

レオンは寝返りを打つ。

 

(前のニューヨークのバイオテロの時も思った。レベッカはいい女だ。正直惹かれる。でも……彼女の笑顔見てると、付き合いたいっていうより、背中押してもらいたい、って感覚なんだよな。何かが違う…)

 

レオンはふっと笑うと心の中でレベッカに感謝し、飛行機で帰って行った彼女とまた再会できることを祈った。

 

 

 

 

 

次に脳裏に浮かんだのはジルの背中。

 

ジルとの時間は、正直心地よかった。

バイクの後ろに乗った時、潮風に吹かれながら彼女の髪が揺れるのを見てドキッとした。

 

射撃の反動で揺れる肩甲骨。

ぴったりとしたタンクトップの下の鍛えられた背中と、引き締まったウエスト、漂う女の色気。

そして悩ましい身体のライン…あれはほぼ反則だ。

 

しかもバイクで密着した時のあの腰……。

……背中越しにあそこまで密着するなんて、俺の理性が試されてるとしか思えなかった。

 

「しがみつかないと落ちるわよ」

 

「了解!いや喜んで!!」

 

もしジルが、あのまま振り返って、「泊まっていかない?」なんて言ったら……

 

いやいや!ジルはBSAAの英雄という栄誉のある鋼鉄の女。

 

「彼女にキスするには命を賭ける覚悟が要るな」

 

レオンは深く溜息をついた。

 

 

 

 

そしてクレア。

 

今までは、ただの同志。仲間。戦友。

でも今日、ようやくそれを越えた(ということにする)。

 

ベッドに横たわり、天井を見つめながらクレアのことを考える。

彼女の笑顔。あの横顔。夕日に透けた髪。

チャウダーをすする仕草。口元に付いたスープ。無防備な姿。

心が、静かに熱を帯びていく。

 

もし、あの場で自分が手を伸ばしていたら、彼女は拒まなかったかも……。

 

(……いや、ダメだろ、それは)

 

とはいえ、もしも。

もしもクレアが、あのとき「寒いね」なんて言ってきて、腕を組んできたら。

そのままそっと引き寄せて、耳元に息を感じながら……

 

『レオン、少しだけ……』

 

って、目を伏せて近づいてきたら……

無防備に笑って

 

『レオンなら、いいよ』

 

って言われたら……

そして一緒にこのホテルの部屋に戻ってきて……

シャワー浴びた後、彼女がタオル一枚で出てきて……なんて。

 

(おい、落ち着け。バカか俺は!)

 

いけないところまで妄想してしまい、思わず寝返りを打つ。

 

だが脳内のスケベ妄想は止まらない。

 

まぶたの裏に浮かぶクレアの赤毛、青い瞳、髪の香り、白い首筋、スプーンを持つ指先の動き。

そのすべてが今夜の眠りの敵だ。

 

「……くそ、何考えてんだ俺」

 

枕に顔を埋めて、頭を抱える。

シーツを頭からかぶって、ベッドの中でゴロゴロと何度も寝返りを打った。

 

「レオン・S・ケネディ、四十近くになって何やってんだ……」

 

しかしそれは、遅まきに現れたスケベな自分の中のピュアな恋心。

彼はいつ眠れるとも分からない長い夜に、戦いを挑んだ。

 

[newpage]

 

月がふたつ、空に浮かんでいた。

どちらもやわらかいミルク色をしていて、波の上に滲んでいる。

 

レオンは気づけば、石畳の濡れた坂道を歩いていた。

サンフランシスコのはずなのに、どこか異国の街角のようでもあった。

足元から立ち上る霧の向こう、クレアが振り返る。

白いワンピースが風をふわりとはためかせて、彼女は笑った。

 

「ねえ、ついてきて。こっちに見せたい場所があるの」

 

その声は、まるで遠くから聞こえるような不思議な響きがあった。

レオンの足は自然と動く。

 

サンフランシスコの街の、小さなマーケットを通り抜ける。

灯されたランタンは、ピスタチオ色や飴色に揺れていて、空気中には綿菓子とスパイスと、海の匂いが混ざっていた。

 

誰もいない。

けれど賑やかだった。

光と匂いだけが、あちこちで笑っているようだった。

 

坂を登りきったところに、白い観覧車があった。

その一番上に、ふたりはいつの間にか座っていた。

 

クレアが、彼の方を見つめる。

 

瞳の中に月が映っていた。

その光はあまりにも静かで、あまりにもやさしかった。

 

「ねえレオン。これが夢でもいい。今だけは私の前から消えないで」

 

レオンは何も言わず、そっとクレアの頬に触れた。

彼女の肌はあたたかく、でも指先をすり抜けるような、まるで霧に触れているみたいな感触だった。

 

ふたりは顔を近づけ、そっと唇を重ねた。

 

音はなかった。

だけど、たしかに二人の世界がそこで重なった。

 

観覧車の頂点で、世界が止まったように感じた。

空に浮かぶ月が、ふたりの影を淡く照らしていた。

 

「レオン、明日また会おうね」

 

……目が覚める直前、レオンは、クレアの名前を、声に出さずに呼んでいた。

 

 

[newpage]

 

 

カーテン越しに差し込む朝日がまぶたの裏を照らした。

レオンは静かに目を開けた。

天井は変わらず、ホテルの白い天井。

けれど、胸の奥には確かに、誰かの体温が残っていた。

 

……クレア。

 

夢の中のキス。

その柔らかさ。  

 

目を閉じれば、彼女の白いワンピース、微笑む瞳、そして「明日また会おうね」という囁きが鮮やかに蘇る。

 

「……まったく。こんな夢、反則だろ……」

 

レオンは額に手をあててため息をついた。

けれど、その唇はどこか緩んでいる。

 

(もう、誤魔化せない。)

 

レオンはベッドから身を起こし、カーテンを開けた。

霧はまだ薄く残っていたが、青空がその向こうに広がっている。

スマートフォンを手に取り、メッセージを打ち込む。

 

「おはよう。今日もサンフランシスコは綺麗だ。朝のチャウダーどうだい?」

 

送信ボタンを押す。

……そして、彼の一日は再び始まった。

 

 

 

D.S.O. 任務報告書

任務コード: SKB-001

任務名: スケベ心

作成者: レオン・S・ケネディ

日付: 20XX年○月○日

機密区分: 極秘(※関係者以外閲覧禁止)

 

 

 

 

1. 任務概要

本任務は、対象人物の魅力を観察し、心理的影響および士気向上への寄与度を評価することを目的とする。

任務遂行中、ゾンビ、B.O.W.、およびその他脅威は一切出現せず。

ただし、対象の笑顔・仕草による精神的揺らぎを確認。

 

 

2. 観察対象と所見

 

対象A:レベッカ・チェンバース

 

状況:朝の海岸の散歩。

 

特記事項:白いうなじ ぴったりとしたレギンス フラペチーノを飲む口元。

 

心理影響:海風の作用により動悸発生。

 

士気向上率:+35%

 

 

対象B:ジル・バレンタイン

 

状況:射撃場内。

 

特記事項:火薬と汗の香り、濡れた髪、体のライン強調。

 

心理影響:視線の固定困難、心拍数急上昇。

 

士気向上率:+52%

 

 

対象C:クレア・レッドフィールド

 

状況:海辺にてチャウダーを手渡される。

 

特記事項:夕陽、潮風、耳の赤み。

 

心理影響:任務中断寸前、思考の危険領域侵入。

 

士気向上率:+78%

 

 

3. 総合評価

任務は概ね成功。

対象全員の魅力は士気向上に顕著な効果を発揮。

ただし、クレアとの接触時において理性の制御が困難になったため、次回は補助要員(冷水バケツ担当)の同行を推奨。

 

4. 推奨事項

 

今後も定期的に「スケベ心」任務を実施し、士気維持を図ること。

 

必要に応じて写真記録の導入を検討(個人用)。

 

 

署名

レオン・S・ケネディ


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