ガルヴァス達が影武者だったとはいえ、既に大魔王バーンも耳にしているはずだ。そう予想した俺――兵藤隆誠は予定を急遽変更することにした。魔王軍の本拠地と思われる『デルムリン島』へ向かうつもりで。
本当なら一通りの準備を済ませてから動きたかった。だが、この世界へ来て早々に魔王軍と交戦する羽目になり、計画を練り直すしかなかった。もしバーンが
休息を取りながら考えた結果、まずは『デルムリン島』へ向かうことにした。『名もなき大地』も候補に入れているが、どちらが魔王軍の本拠地なのかはまだ分からない。もしデルムリン島が違うなら、次に名もなき大地へ向かえばいいだけだ。
創造神から渡された古ぼけた地図を頼りに、飛翔術で空を進む。やがて視界の先に、小さな島がぽつんと浮かんでいるのを見つけた。
「此処が『デルムリン島』……なのか?」
大魔王バーンがいる本拠地とは到底思えないほど、のどかな雰囲気だった。島全体が柔らかな光に包まれ、破邪の力と思しき結界が張られている。邪悪なモンスターが潜む気配はまるでない。
俺は疑問を抱きつつ降下し、破邪の結界に触れた――が、すんなりと通過できた。
分かっていたが、やはりこの結界は邪悪な力を持つ者に対して発動するものだ。もし悪の心を持つモンスターがいれば、すぐに浄化されて穏やかな性格になるだろう。
そうなると、別の疑問が浮かぶ。
(大魔王バーンがこんな無意味なことをするか?)
破邪の結界で島を守るなど、バーンの思想とは真逆だ。『地上波滅計画』を進める男が、こんな牧歌的な島にいるはずがない。
(いや、此処は違うな)
俺はこの島にバーンはいないと結論づけた。となれば――『名もなき大地』が本命かもしれない。
そう考えていると、島のモンスター達が俺の存在に気付き、姿を現した。
(おっと、考え込んでて気付かなかったようだな)
モンスター達は俺を見つめているが、襲いかかる気配はない。それどころか、まるで初めて見る珍しい生き物でも見るように、興味深そうに様子をうかがっていた。
その中の一体――小柄な鬼面道士が、杖をつきながら近づいてきた。
「おやおや、見慣れないお方ですな。ここは平和な島です。どうぞゆっくりしていかれよ」
その声は驚くほど穏やかで、敵意は微塵も感じられなかった。
(……本当に魔王軍の本拠地じゃないんだな)
俺は胸の奥で確信を深めながらも、軽く頭を下げる。
「突然押しかけてすみません。俺は兵藤隆誠といいます。少し、この島について知りたくて」
「ふむ、隆誠殿ですか。わしはブラスと申します。デルムリン島のモンスター達をまとめておる者ですじゃ。この島には貴方と同じ人間もおるのですが、生憎その者達は島周辺の見回りで出払っていましてな」
ブラスはにこやかに笑い、島のモンスター達も安心したように散っていく。その様子は、魔王軍の本拠地とは到底思えないほど平和だった。
(やっぱりここは魔王軍の拠点じゃないな……)
俺が内心で結論づけていると、ブラスが首をかしげた。
「しかし、人間がお一人でここへ来るとは珍しい。何かお探しのものでも?」
「ええ、少し……魔王軍について知りたいことがありまして」
ブラスの表情がわずかに曇る。
「魔王軍……あの者達は、世界を乱す厄介な存在ですじゃ。わしの孫も、今まさに戦っておるのです」
「孫……? その方は、魔王軍と戦っているのですか?」
「ええ。ダイといいます。まだ子供ですが、心優しく、勇気ある子ですじゃ」
ダイ――魔王軍がもっとも警戒している勇者の少年。俺はその名を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
「貴方のお孫さんが魔王軍と戦っている? もしよろしければ、その話を詳しく教えてくれませんか?」
「ええ、構いませんよ。ダイのことを知りたいと言ってくれるなら、わしも嬉しいですからな」
ブラスは島の岩に腰を下ろし、ゆっくりと語り始めた。
「ダイはこの島で育ちました。モンスター達とも仲良くして、争いを嫌う子でした。しかし……ある日、魔王軍が動き出し、あの子は自分の力に気付いたのです」
「力……?」
「ええ。あの子は人間離れした強さを持っておるのです。理由は分かりませんが……生まれつき、特別な力を授かっていたのでしょうな」
ダイと言う少年がどんな力を持っているかは知らないが、魔王軍からすれば無視出来ない存在なのは間違いないだろう。
「ダイは仲間達と共に、魔王軍を何度も退けてきました。詳しいことは分かりませんが……どうやら、あの子は世界の人々に希望を与えているようですじゃ」
「……そうですか」
俺は静かに返したが、心の中では別の感情が渦巻いていた。
(俺が倒した影武者の六大軍団……恐らく魔王軍はそれを勇者ダイではない何者かがやったと警戒している筈だ。つまり――)
俺は自分の胸に手を当てた。
(もしかしたら、俺の存在を勇者以上の脅威と見ているかもしれない、な)
ブラスはそんな俺の心の揺れなど知らぬまま、優しく微笑んだ。
「隆誠殿……貴方も何か大きな使命を背負っておるのでしょうな。ダイと同じく」
「……ええ。どうやら、そうみたいです」
デルムリン島の穏やかな空を見上げながら、俺は静かに息を吐いた。
ブラスとの会話が一段落した頃、島の穏やかな風がそよぎ、どこか心を落ち着かせる空気が流れた。
俺は本来ならすぐに島を離れるつもりだった。
魔王軍の本拠地を探すため、ここに長居する理由はない――そう考えていた。
しかし、ブラスは柔らかい笑みを浮かべて言った。
「隆誠殿。貴方は遠方から来られたのでしょう? よければ、今夜はここで休んでいかれてはどうですかな。島の者達も歓迎しますぞ」
「え……いや、俺は――」
思わず言葉を詰まらせる。相手はモンスターとはいえ、ここまで親切に接してくれる存在を前に、冷たく断ることなどできなかった。
ブラスは続ける。
「この島は安全ですじゃ。魔王軍の手も届きません。旅の疲れを癒すにはちょうど良い場所ですぞ」
その言葉に、周囲のモンスター達もこくりと頷いた。敵意はまったくなく、むしろ客人を歓迎したいという気持ちが伝わってくる。
(……こういうの、断りづらいんだよな)
俺は内心で苦笑した。異世界に来てから、魔王軍との戦闘や移動続きで休む暇がほとんどなかったのも事実だ。
「……では、お言葉に甘えさせてもらいます」
「おお、それは良かった! では、島の者達に準備をさせましょうぞ」
ブラスは嬉しそうに杖を鳴らし、モンスター達がぱっと散っていく。どうやら客人用の寝床や食事の準備を始めたらしい。
俺はその様子を見ながら、胸の奥で複雑な思いを抱いていた。
(魔王軍の本拠地を探すために来ただけなのに……まさかモンスター達に歓迎されるとは、な)
デルムリン島の穏やかな空気は、まるでこの世界の争いを忘れさせるようだった。だが、俺の心は休まらない。
(ガルヴァス達を倒した件で、魔王軍は俺の存在を警戒している。バーンが動き出す前に、次の手を考えないと……)
それでも――今だけは、ブラス達の厚意に甘えて休むことにした。
異界の旅はまだ始まったばかりなのだから。