カルデアの召喚サークルから現れたのは、煌びやかな鎧も、禍々しい魔杖も持たない、穏やかな微笑みを湛えた一人の老人だった。
「やあ、初めまして。君が私の新しい読者……おっと、マスターかな?」
そのサーヴァントは、ベレー帽に眼鏡、そして使い込まれたペンのような杖を手にしていた。ステータスを確認しようとした藤丸だが、真名の欄には「???」と霧がかかっている。
「真名かい? いやあ、私のような裏方が表に出るのは少し照れくさくてね。……そうだな、今のうちは**『日本のキャスター』**とでも呼んでおくれ。なに、ただの物語を描くのが好きな、しがない老人だよ。よろしく、マスター。君の歩む物語、最後まで見届けさせてもらうよ」
マリス・カルデアスの掲げる冷徹な「人理の完成」を前に、カルデアの陣営は窮地に立たされていた。宇宙の摂理、神の如き理屈を並べるマリス・カルデアスに対し、老キャスターが静かに一歩前へ出る。
「……マリス・カルデアス。君の理屈は確かに合理的だ。だが、そこには一番大切なものが欠けている」
「……何だと? 亡霊ごときが何を語る」
マリス・カルデアスの冷笑を、老人は柔らかな、しかし岩のように揺るぎない眼差しで受け止めた。
「マスター。……君のこれまでの歩み、私はずっと横で見ていたよ。それは、ボロボロになりながらも誰かのために手を差し伸べる、素晴らしく『愛』と『勇気』に満ちた戦いだった。 ……そんな君の物語を、こんな悲しい結末で終わらせるわけにはいかない。プロットは、書き換えられなければならないんだ」
老人は手に持っていたペンを高く掲げる。その体から、これまでの隠密性が嘘のような、黄金の魔力が溢れ出した。
「さあ、いまこそ真名を明かそう! 私の名は『やなせたかし』! 飢えと絶望の時代に、本当の正義とは何かを問い続けた者だ! そしてマスター、君のこれまでの戦いに報いよう。我が命、我が筆のすべてを賭して、最高の助っ人を呼ぶとしよう!」
老人の背後に、巨大な絵本が開かれるかのような光のページが展開される。
「宝具開帳! さぁ出番だよ、この物語にバッドエンドは似合わない!「
眩い光の中から、あの聞き慣れた、誰もが幼い頃に口ずさんだメロディが鳴り響く。 光の渦を突き抜けて現れたのは、真っ赤な衣装に、マントをなびかせた、太陽のような笑顔のヒーロー。
「アーンパーーーンチ!!」
そのヒーローが放つ「アンパンチ」は、単なる物理攻撃ではない。絶望を打ち砕き、飢えを癒やし、傷ついた人理すべてに「温かな幸福」を強制的に付与する概念の一撃。 マリス・カルデアスの冷徹な計算式は、そのあまりにも純粋で、あまりにも優しい「愛」の奔流によって塗り潰されていく。
「な……馬鹿な、このような、子供の空想のような力が……!」
「空想の何がいけないんだい? 世界を変えるのは、いつだって誰かの『優しさ』から始まるんだから」
やなせは微笑み、アンパンマンの肩を叩く。 戦場はいつの間にか、黄金色の麦畑のような温かさに包まれていた。カルデアの敗北という運命は完全に消失し、物語は誰も見たことのない、至高のハッピーエンドへと書き換えられていった。
書かないったら書かない。