“魔王が倒されたあとの世界”を書いた男 ~名もなき兵と百年史~   作:こじまたり

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第24話 王都

 朝の空気は、昨夜の酒の名残を薄めるように冷たかった。

 白鹿亭の前に立つと、通りにはもう人の気配が多く行きかう。

 

 荷車を引く男たち。

 店先を掃く女。

 駅へ向かう商人風の一団。

 

 ザリュガ=フェルンは、在留資格書の仮発行証を懐で確かめながら息を吐いた。

 向かう先は、昨日アルンに教えられた駐屯憲兵詰所だ。

 

◇ ◇ ◇

 

 詰所は、街の中心近くにあった。

 

 灰色の石造りの建物。

 入口には、槍を持った兵士が二人立っている。

 

 近づくと、彼らの視線がザリュへと向いた。

 探るような目線だが、幾分慣れた。

 

「在留資格を発行してもらいたい」

 ザリュは仮発行証を取りだすと、それを無言で掲げながら伝える。

 

「……中で待て」

 

 じっくりと発行証を見てから片方の兵士が短くそう言い、扉を開けた。

 

 詰所の中は、思ったよりも整然としていた。

 壁に貼られた掲示板。

 机に向かう書記官たち。

 角を持つ者の姿はここでもザリュひとりだ。

 

 少しだけ居心地の悪さを感じていると、奥から聞き慣れた低い声がした。

 

「おーい、こっちだ」

 

 アルンが、奥の机の横から手を振っていた。

 軍服姿でぴしりと整った格好をしている。

 

 ザリュが近づくと、アルンは一枚の紙束を持ち上げた。

 

「早かったな。これが正規の在留資格書だ」

 

 手に持った紙は仮発行証より一回り厚く、端にはいくつもの印章が押されている。

 

「リェルが推薦状を書いてくれてな。

 “魔族側の協力者と交流できる人物”とそれっぽくな。

 それに、どこまで効果的か分からんが、一応イオと俺の署名もつけた。

 本来ならもう少し時間がかかる書類だが、どれが上手くいったか、すんなりだ」

 

「……すまん、助かる」

 

 ザリュは、思わずといった風に漏らした。

 もっと問い詰められたり、出自を聞かれるのだと思っていたのだ。

 

 アルンは肩をすくめた。

 

「一昔前ならそれなりに面倒だったんだが、今はある程度身元がはっきりしている人間の印があればそれほど難しくないのかもな」

 

 しみじみと、何処か昔を思い出す様に語る。

 

「それに――」

 

 アルンは声を潜めた。

 

「ああ見えてリェルは王都筋に顔が利く。

 イオもこの街じゃそれなりの顔役だ。

 俺も、一応は憲兵隊の中堅。

 まぁ、当然っちゃ当然さ」

 

 ザリュは、在留資格書を両手で受け取った。

 

 自分の名。

 魔族という種族の名。

 滞在目的などが端的に書かれていた。

 

 その下に、小さく三つの署名と印。

 

「……借りが増えたな」

 

「まぁ、ボールドンの弟子だからな」

 

 アルンはわずかに笑った。

 

「王都へはもう出るのか」

 

 ザリュはその問いに首を縦に振ってこたえた。

 

「そうか。道は整備されているし、途中にゃ休憩所もある。

 ……まあ、気をつけろ」

 

 短い別れの言葉。

 ザリュは頭を下げ、詰所を後にした。

 

◇ ◇ ◇

 

 王都へ続く街道は思ったよりも広かった。

 

 石が敷き詰められた道。

 両側に、畑や牧草地が広がる。

 

 荷車。

 旅人。

 馬列。

 

 様々な足音が同じ方向へ吸い込まれていく。

 在留資格書を腰の袋に移し、ザリュは山で鍛えた足で歩き出した。

 

 途中、いくつもの小さな休憩所があった。

 

 屋根付きのベンチ。

 水桶。

 簡単な売店。

 

 道の旅人たちはザリュの角に一度視線を向けるが、彼が共通語を話し銅貨を出せば、特に何も言わずにパンや干し肉を売ってくれた。

 

 わざわざ罵声を浴びせる者は少ない。

 

 だが、視線の中に時折距離を感じることがある。

 

 “同じ旅人”として見る者と、

 “角を持つ異物”として境界を引く者と。

 

 ザリュは、そのどちらも黙って飲み込んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 数日歩くと、遠くに城壁が見え始めた。

 大地の上に灰色の線が横たわっている。

 

 近づくごとに、それがどれほど高く分厚いかが分かってきた。

 人間の街を囲うための壁。

 古の大戦で、魔族を防ぎ、外の脅威を拒むために作られた境界線。

 

 ザリュの視線は、その壁を貫く細い黒い筋に向かった。

 鉄道の線路だ。

 壁の一部が低くくり抜かれ、そこから鉄路が王都の中へ延びている。

 

 荷車の列とは別に、煙を上げる黒い車体がゆっくりと出入りしていた。

 

 旅人が入る門は壁の別の場所にある。

 遠目にも、そこに人の列ができているのが見えた。

 

◇ ◇ ◇

 

 門前の列は、想像していたほど長くはなかった。

 広い門がいくつか開き、それぞれに兵士が立っている。

 

 荷車の列。

 旅人の列。

 馬の列。

 

 分けられた列が、それぞれの門へ吸い込まれていく。

 ザリュは、旅人たちの列に並んだ。

 

 前にいるのは商人風の男と、その護衛らしき若者だ。

 後ろには、荷物を背負った農民たち。

 彼らの視線が時折ザリュに向くが、特に口を開く者はいない。

 

 やがて、ザリュの番が来た。

 

「次」

 

 門番が面倒くさそうに言う。

 ザリュが一歩出ると、兵士は目を細めた。

 

 角。

 

 それを見て、微かに眉が動く。

 

「目的は」

 

「王都視察」

 

「在留資格書は」

 

 ザリュは腰の袋から紙を取り出した。

 兵士はそれを受け取り、目を走らせる。

 

 在留資格書。

 種別:魔族。

 滞在目的。

 発行印。

 

 下部には、地方憲兵詰所の印章と、アルンたちの署名が小さく並んでいる。

 

 門番は、その印を確認しわずかに口をすぼめた。

 

「ふむ……問題ないな。しかし、推薦印三つとは珍しい。

 滞在期間は三十日か。

 延長希望なら、王都憲兵司令部で手続きしろ」

 

 それだけ言って、紙を返してくる。

 雑に返されたそれを受け取り、短く頭を下げた。

 

「通れ」

 

 門番は興味を失ったように次の旅人へ視線を向けた。

 ザリュは、厚い城壁の影をくぐった。

 

◇ ◇ ◇

 

 王都の中は、音と色で満ちていた。

 

 石畳を行き交う人々。

 二階建て、三階建ての家々。

 赤茶色のレンガと白い漆喰が縦にも横にも積み重なっている。

 遠くには、ひときわ高い建物が青空を切り取るようにそびえていた。

 

 尖塔。

 鐘楼。

 

 天頂近くには、金色の紋章が光っている。

 

「あれが勇者教会さ」

 

 近くを歩いていた旅人風の男が、ザリュの視線に気づいて声をかけてきた。

 

「王都に来たんなら、一度は見て損はねえさ。

 あの塔の下には、勇者様の遺骸だの、武具だのが祀ってあるらしい。噂だけどな」

 

「そうか」

 

 ザリュは、短く返事をした。

 

 ヨルンの本の中で何度も見た場所だ。

 

 凱旋パレード。

 演説。

 記念碑。

 

 あの塔は、長い時間をかけて“勇者”という物語を積み上げてきたのだろう。

 

「まあ、俺みたいな田舎者にゃあ見物くらいしか出来ねぇもんだがな」

 

 男は笑い、肩に担いだ荷物を揺らした。

 

「あんたも王都じゃ大変だろうが、ま、頑張んな」

 

 そう言い残して、男は別の路地へ分かれていった。

 ザリュは、門からあまり離れないうちに宿を探すことにした。

 

◇ ◇ ◇

 

 一つ目の宿はすぐに見つかった。

 

 「金鳥亭」と書かれた看板。

 白鹿亭よりも少し立派な造りだ。

 

 扉を開けると、香辛料と酒の匂いが混ざった空気が鼻をくすぐった。

 

「いらっしゃい」

 

 カウンターの向こうから、店主と思しき男が顔を出した。

 ザリュの姿を見た瞬間、その目が固まる。

 

 角。

 わずかな沈黙。

 

 ザリュは、共通語で丁寧に口を開いた。

 

「泊まりたい。

 一部屋、空いているだろうか」

 

 店主は、ザリュの顔から視線を逸らさないまま口の端をわずかに歪めた。

 

「……あいにく、うちは“角持ち”を泊めることはできませんで」

 

「在留資格書はある」

 

 ザリュは、懐に手を入れかけた。

 

 それを、店主の手が制した。

 

「そういう問題じゃありません。ここは王都の表通り。

 “角持ち”が泊まってると知れたら、他のお客さんに迷惑が掛かる」

 

 声は静かだが、明確な拒絶がそこにあった。

 

「角を持つ連中は、東の方――混血街に行くのが暗黙の決まりでね。

 お互い、その方がやりやすい」

 

 ザリュは小さく息を吐いた。

 

「揉め事を起こすつもりはない」

 

「だったらなおさら。

 ここに居座って余計な奴らに絡まれるより、最初から“そういう場所”に行った方が平和ってもんでしょう」

 

 店主は、片手をひらひらと振った。

 それは、“これ以上話す気はない”という合図だった。

 

 ザリュは、在留資格書を見せるのをやめた。

 懐から手を離し、短く頭を下げる。

 

「分かった。邪魔をした」

 

 背を向けるとき、店内にいた客たちの視線が一斉に自分から離れていくのを感じた。

 最初から、そこにいなかったかのように。

 

◇ ◇ ◇

 

 外の空気は、さっきよりも少し冷たく感じた。

 勇者教会の塔が、遠くにそびえている。

 

 王都。

 栄華の象徴。

 

 その一角では、角を持つ者たちのために別の区画が用意されているらしい。

 

 混血街。

 

 ボールドンも、ここに住んでいたのだろうか。

 王都で居場所を見つけられず、山を越えて谷へと向かったのだろうか。

 

 ザリュは一度だけ振り返り、金鳥亭の扉を見た。

 扉の向こうから漏れる笑い声。

 その中に、角を持つ者の声はない。

 

「……東か」

 

 小さくつぶやき、彼は歩き出した。

 街の石畳が、靴の裏で微かに鳴る。

 

 人々は、一瞬こちらを見てすぐに視線を逸らす。

 あからさまな敵意ではなく、“関わらない方がいい”という無言の線引き。

 

 谷にはなかった種類の冷たさが、王都の空気には混ざっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 ――後年、

 ある歴史書はこの時期の王都を次のように記している。

 

 *

 

 【『大陸王国戦後史 第四巻 王都と周縁』より】

 

 「魔王戦争終結から八十年余りを経た王都は、

 

  政治と信仰と商業の中心として

  かつてない繁栄を謳歌していた。

 

  城壁内には

  レンガ造りの高層家屋が立ち並び、

 

  勇者教会の尖塔は、

  遠方より訪れた者に

  王国の威光を示していたという。

 

  一方で、

 

  魔族および混血は、

  生活の一部として

  すでに王都に存在していた。

 

  工場や清掃業、

  一部の研究機関など、

 

  “汚れ仕事”あるいは

  “名の出ない仕事”において、

 

  彼らの労働は不可欠となりつつあった。

 

  しかし、

 

  表通りの宿や店舗において、

  角を持つ者が

  堂々と客として受け入れられることは稀であり、

 

  彼らはしばしば

  “混血街”と呼ばれる区域に

  居住と出入りを制限された。

 

  世論は、

 

  “彼らもまた同じ王都の民である”と

  口では言いつつも、

 

  古い世代を中心に

  如実な軽蔑の視線を残していた。

 

  それは、

 

  戦争の記憶が薄れ、

  勇者伝説のみが肥大化していく過程で

  細く、しかし確実に

  生き残った遺恨であったと考えられる」

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