1話完結(1万文字程度)、主人公視点は無いです。
#1. 聖域に眠りし魔女
どれほど永い眠りについていたのだろう。
彼女には状況を全く把握できなかった。周囲には何もなく、白いドーム状の空間が広がっているだけである。色はなく、「虚空」と呼ぶのにふさわしかった。
あまりにも退屈で、時間が過ぎているのか、それすら分かり得なかった。
記憶が不完全なため、過去の詳細を思い出すことができない。かろうじて、ここは研究所であることは記憶の断片から察することができた。
なぜ閉じ込められているのか、もし誰かがいるなら教えてほしい。状況を分かり合える誰かとつながりたい。平静を装っていたが、心の中では常に嵐が吹き荒れていた。
空間の中心部には何やら装置のようなものが存在する。最初から気になってはいたが、直に触れてはならないと感じていた。しかし、あまりにも長い退屈にとうとう耐えきれず、装置のある方へと向かった。だが彼女には装置に関する記憶もない。
かつては「災厄の魔女」と称されていた。世界を滅ぼした張本人として民や権力側の上層部からも恐れられており、彼女の存在は忌み嫌われていた。
自身が他人から恐れられる存在であることは、当の本人もわかりきっていた。彼女を封印するために、このような場所へと閉じ込めたのだとしても、自然の成り行きと言わざるを得ない。
しかし、内心は孤独だった。本当はか弱く傷つきやすい側面のある彼女を誰も理解してくれなかったからだ。そして彼女が本心から望んでいたのは、ありきたりな幸せを追い求めることであった。
だからといって、今の状況が変わるわけではない。泣かないと決心した時から、どんなに泣いたとしても誰も助けてくれないと気づいていた。
装置はあたかも彼女に反応するかのように作動し始めた。
そして、どこからともなく現れたのは――
エルフの少女。
彼女には見覚えがあった。まさしく「英雄の子」と呼ばれていたオリビエである。
だが、オリビエからは一切の感情をくみ取れない。ただ無慈悲な表情でひたすら彼女の方へと近づいてくるのだ。
ここでは魔力が制限されており、彼女の本来の力を発揮することができない。無力に等しい状態だった。もし今の彼女へと矛先を向けば、結果は一目瞭然だ。
そのエルフの少女が目の前へとやって来た。彼女への視線は無機質であったが、どうやら戦闘意思があるようにも感じられない。
すると突如、彼女の方へとさらに近づき、ぴったりと体をくっつけた。そして上方を向くと、華奢な右手を後頭部の方へとやった。
今まさに、オリビエから頭を撫でられている。
少女の行動もやや不可解であったが、彼女がひどく困惑したのはそのせいではなかった。
――頭皮を直に触られているような気がしたからだ。
(髪がない!?)
彼女は今頃になってようやく気付いた。
自身の髪がほとんど消えてしまっていることを。
思えば、後頭部にも全く重みを感じず、毛先が顔にかかって不快な思いをすることもなかった。
災厄の魔女として、世界で圧倒的な力を見せていた頃ですら、ひどい肩こりに悩まされ、長く重たい髪がその原因にもなっていたりしていた。
彼女はオリビエの手を振りほどいて、直に確認してみる。
唯一残っていたのは、耳のつけ根の辺りだけだった。
……なぜ?
よくよく見れば、自分が纏っていた衣装も違和感があるものだった。
今まで記憶が薄れていたせいだとばかり思い込んでいたが、今となって現実だと思い知らされた。
もしかすると老けてしまったのだろうか?確かに私はこれまで何年過ごしてきたのだろう。ゆうに千年は超えているのかもしれない。この研究所で魔力が封じられているのなら、魔力で生命力や容姿を維持するのも難しくなっているはずだ。老化に抗うことも出来なくなれば、自然消滅するのも時間の問題だろうか…?
退屈な悠久の時を享受するぐらいなら、早く解放されたかった。しかし、その時がいつなのかはまだ分からない。
呆然としながら立ち尽くすエルフの少女を前に、彼女は深いため息をついた。
#2. 二人は出会った
長い年月の間、白の空間に閉じ込められていたのは彼女だけではない。
かつては一人の司祭として、そして教団の幹部として仕切っていた老いぼれもその一人であった。
外見上は紫がかった黒い長髪に菫色の瞳、上品なドレスを纏い、美女と呼ぶのにふさわしい艶めかしさ漂う容貌だ。
腰の辺りまで届きそうな髪は、椅子の座席部分よりも下まで伸びている。
しかし、鏡がないため直に確認することはできない。
気がついた頃にはすでにその姿になっていた。
なぜあれほど目の敵であった災厄の魔女アウロラになってしまったのか。詳しい経緯は老いぼれのみが知る事実だった。もとよりストレスと脱毛に悩まされ、苦悩の日々を送ってきた。抜け毛に伴い、頭皮の照り返しが増していく。頭皮が照明に反射するたび、「悪の幹部」らしい邪悪な顔と重なり合って、部下からは忌み嫌われ、とっさに逃げ出す者までいた。
しかし、念願だった豊富な髪をせっかく手に入れたのだ。この機会は逃すまい。
ここでは老いぼれのことを通称「ハゲ」と呼んでおく。
目が覚めた時にはここにいた。ハゲは先ほどまで悪い夢を見ていた。
夜、観客が大勢いる前に現れ、全てを見下ろしていた。
その先にいるのは、黒いロングコートを纏った謎の青年――
奴は今、我らに刃向かおうとしている。
なんせ自身は今、災厄の魔女であることを知っていた。絶対に負けるはずがない、必ず打ちのめしてやると確固として信じていた。
しかし、結果は予想に反して、自身が敗北を喫することになった。
戦況からして、明らかにこちらのほうが優勢であった。「奴」はあまりにも理不尽な攻撃に、ひたすら逃げていただけなのだと信じて疑わなかった。
だが負けを認められるはずもない。あれは単なるまぐれに違いない。そう思わざるを得なかった。
今、目の前にいるのは――
黒髪のごく平凡な少年だった。
白い襟のあるYシャツに灰色を帯びたベストを着用し、特に際立って洒落ているわけでもない。
なぜ彼がここまで来たのか理由はよくわからないが、部屋の向こう側にある扉からどうやら入って来たらしい。とにかく自身を縛り付けている縄を解いてもらう絶好のチャンスだろう。
彼は挨拶をしてから、椅子に縛り付けられている姿をしばらく見据えると、後ろへ振り向き、さっそうと元入った出口へと戻ろうとした。
あまりにも唐突な行動に意表を突かれた。思わず心の声が漏れる。
(おい、小僧!ワシを置いていくというのか!?)
しかし、今はあくまでもアウロラなのだ。
本来の口調で語りかければ、あの少年は本当に部屋の外へと出て行ってしまうかもしれない。
ここは上手く取り繕うしかないのだ。口調もいつも通りではなく、あえて女性らしく振る舞う。
「……今、目の前にいるのがどういう状態か、わからないの?」
そう問いかけると、少年は淡々と状況を説明し始めた。
どうやら少年は以前にも自ら縛り付ける修行を行っていたそうで、同じ一環だと思っていたらしい。彼は腰元に忍ばせていた鞘を引き抜き、縛り付けられている自分の方を直視した。
(おのれ、ワシを殺す気か!?)
耳元でつんざくような切り裂く音が響き渡る。
幸いにもまだ自分は生きていた。夢の中と同じように斬られるのはもう御免だ。
あの時、奴を始末しておくべきだったとなぜか後悔している。
(なっ!?)
たとえ他人の身体とはいえ、衣を纏っていない女性の生肌をじかに見ることなど、果たして何年ぶりだろう。
かつて髪があった頃の自分であれば、もしかすると女性を誘っていた時期もあったかもしれない。俗的な生活に憧れていたこともないとは言えないのだ。
だが、まさか自分が「エスコート」される側になるとは思ってもみなかった。
#3. 記憶の断片
二人は延々と続く真っ暗な通路を歩いていた。
ここから脱出する前に、早く元通りにする方法を見つけ出さなければならない。そうでなければ、聖域のシステム自体が破壊してしまい、蓄積されたデータや中にいる者全てが消去されてしまう可能性すらあるからだ。
ハゲが念頭に置いていたのは、この空間にまつわる記憶を維持しているかという点だが、頭髪以外も抜け落ちているものはどうやら無さそうだ。だが隣にいる少年のせいで考え事に集中できない。
(なぜ小僧を引き連れて、付き合わねばならんのだ!)
(オリビエはいないのか!?)
ここでは聖域にいる者の「記憶の断片」が具現化される。
――時は遡ること約1000年、かつて魔人の腕を教団が仕留めていた頃。
はたから見れば終末の光景のようにすら思えるだろう。黒雲が漂い、おびただしい死者の群れ、絶えなく聞こえてくる悲鳴、地面に転がる死体と血痕。
しかし、これらは全て記憶の所有者が造り出した幻想にすぎない。
すなわち「核」にあたる部分を破壊さえすれば、次の層へと繋がっていき、やがて聖域の最深部に辿りつくのだ。
彼女は中で泣いている少女を容赦なく叩きつけた。そばにいた少年もやや驚いたようだ。
場面が暗転すると、次の光景が現れるはずだが――
そして映し出された記憶は、ハゲにとって見覚えのあるものだった。
聖域とは秘密裏で教団によって作られた研究所のことである。研究所には、まだ髪が抜けていなかった頃の自分がいた。当然ながら、外部の人間に見させるわけにはいかない極秘情報であったが、よりによって生意気な小僧に目撃されるとは全く想定外だ。
だが詳細について聞かれても、当事者ではないから知らないとはぐらかしてしまえば問題ない。
「……研究所にいた時の記憶よ」
今はどうにか正体を勘付かれないほうが得策だろう。
巨大な筒の形状をしたインキュベーターの中には、何やら禍々しい魔物の残骸が入っている。
ハゲは知っていた。生成されるのは「雫」と呼ばれるものだ。
巨大装置の下にいた3人のうちの一人が赤い錠剤を口にする。
すると頭部がみるみる間に赤く光りだした。
光が弱まり始めた頃には、先ほどまで頭上にあったはずのものが消えてなくなっていた。
「……!?」
黄金のように輝く後光。
現れしハゲを囲む二人は既に姿をくらました。
取り残されしハゲ――そして誰もいなくなった。
傍観者として見ているのは実に不愉快であったが、ここでは魔力が思う存分に発揮できない仕様上、どうすることもできなかった。魔人たちの力を封じ込めるために自ら造ったものが、裏目に出てしまったのだ。
その赤い錠剤については、少年にとっても見覚えがあった。何度か同じような光景を目撃したことがあるからだ。しかし、このような効果があることは知らなかった。
一連の過程を黙視していた彼はようやく口を開く。
「知り合いのハゲ?」
画面の中を指さしながら言った。
「そのような者は存じて……ないわ」
「ふーん。」
表情にはなるべく出さないようにしていたが、ハゲはすでに怒り心頭だった。あのアウロラとして振舞わなければならないのも一つの理由だが、少年の言動などが毎回苛つかせるようなものばかりだからだ。
研究所にいた頃の憎い部下たちの姿が頭に浮かんだ。
このままでは「あの時の出来事」まで部外者の小僧に見られてしまうかもしれない。しかし、あれはハゲ自身のせいではなかった。部下同士が共謀しあい、常にストレスを押しつけ合った末路なのである。
どうにかして「記憶」をすぐさまに破壊しなければならなかった。なんせ聖域について最も熟知していたのはハゲ自身だからである。
「……どうしたの?」
知らず知らずのうちに顔が引きつっていたため、異変を察知されてしまったようだ。
少年はそれ以上何も言わなかった。
ハゲの頭に浮かんだのは、聖域の中心部には聖剣があり、その先にある鎖を切断し、扉を解除さえすれば出られるという事実だ。その聖剣の所有主とはまさしく……
――ハゲ自身だ。
しかし、今の姿はアウロラなのだ。もしかすると元の姿に戻らなければ、聖剣を抜くことができないかもしれない。「記憶の断片」には研究所での出来事も映し出されている。これらは間違いなくハゲ自身の記憶だ。
中心部まではまだ遠い。到達するまでに、あまり少年に疑念を持たれては困る。
「たぶんね、聖域が壊れ始めているのだと思うの」
「私にはわかるわ」
そして聖域の中を何度も周回してきたので、中の仕組みを熟知しているのだと彼に告げた。
聖域と呼ばれる空間では、訪れる者の記憶が反映されるようになっている。
ここでは、次元が異なる一種の仮想空間だとしよう。実のところ、防御システムというのは無意識における自己防衛とよく似たものである。
そして、この魔人の想念などを封印するための場所は、ある「事故」をきっかけに致命的な欠陥とバグを抱えていた。だが設立者を除いては誰も知らない。
事故が発生した結果、聖域を訪れた者たちの記憶が混在し、不確かなものとなってしまった。
たった今、先ほど「光頭」へと変わりゆく光景を見た少年の想念に呼応したのだろう。
空間の歪みが割れると、今度はのどかな田舎の男爵家の中にいた。
幼い少女が部屋の中を駆け回り、一家そろって和やかな雰囲気……のはずだが。
ハゲにとっては全く見覚えのない光景だったが、少年は唖然とした。
――なんせ自分の家だからだ。
少年の父親も『不毛の地』だから。おそらく直に触ったことはないだろう。
「……なんで?」
またもや困惑した表情を浮かべた。
#4. ハゲの秘密
二人は少しずつ聖域の深部へと入っていく。
少年とともに歩いていくうちに、ふと気にかかることがあった。
――長い髪は重たい、暑苦しい。陰鬱な気分にさせ、毛先がどこかに引っかかると痛い。
そう思うのも仕方あるまい。
聖剣よりも光り輝く頭の持ち主なのだから。
先ほどは長らく切望していた頭髪が事実上蘇ったことに喜んでいた。念願の思いと言っても過言ではなかったはずだ。
しかし、まだ数時間しか経っていないはずだというのに、次第に髪の存在が鬱陶しく感じるようになってきた。
ハゲはいつから生きていたのだろう。もしアウロラが世の中にいた時から居続けていたのだとすれば、ざっと千年は超えることになる。
完全なる不老不死の状態にはなることはできなかったが、それに近い状態を実現できたのは研究所で生み出した「雫」のおかげだ。
生命を維持するには赤い錠剤を定期的に飲む必要がある。
聖域の内部について知る者は教団の中でも少数だった。
なぜハゲは椅子に縛り付けられながら、錠剤を飲まずして生き延びてこれたのか。
理由はごく簡単であった。
そもそも聖域の中では時間という概念そのものが曖昧だからだ。
よって時間経過による影響を受けなかったのである。
すなわち、老化現象そのものが(原理的には)起きないはずなのである。
だが、髪が抜けてしまったことにさぞかし違和感を覚えるだろう。
髪が抜けることと老化は必ずしも同じではない。
あれはハゲの特有遺伝子に反応し、「副作用」が起きてしまったからだ。
――結果として、あの錠剤も欠陥が残ったままとなってしまった。
500年前、教団に捕らえられた災厄の魔女は隔離されていた。魔人の腕と同じく、その力は強大で、誰もが脅威とみなしていたからである。
聖域の中では魔力が封印されるような仕掛けにしておいたのは、一部の者だけが使える力をさらに濃縮するためだった。
さらに言えば、以前起きた学園襲撃事件で用いられたアーティファクトなども同じ原理である。記憶済みである特定の波長を除き、魔力を全て無効化させる装置だ。
しかし、魔人の腕を保管しながら同時に管理するには、膨大な維持費やコストがかかってしまうのが喫緊の課題であった。
同時に部下の怠慢が問題視されていた。なぜなら赤い錠剤をいち早く欲しがる者がいたからだ。年に一度だけ手に入る「雫」は教団内の人間であれば誰しもが望んでいた。不老不死に憧れ、幹部の地位を狙う者が後を絶えず、度々内乱が起きていたのだ。
そのために管理が疎かになっていたのは紛れもない事実である。
当時の事故さえ発生していなければ、ハゲは幹部であり続ける資格を得て、さらなる地位を手に入れることが出来たのだ。
今後、ハゲが返り咲くチャンスはあるのだろうか。
#5. 肩の荷を下ろして
それから沈黙の時が流れた。
彼女はやがて不安になり、エルフの少女に問いかけた。
「あなたも聖域に囚われているの?」
だが何も返事がない。
「それなら今はどうしようもないわ。だって、ここを出る方法が分からないもの」
このエルフの少女は口が聞けないのだろうか。だが言葉は理解しているように思えた。
同時に自身が発する言葉に違和感を覚えた。それは内容ではなく、彼女自身の声だ。
柔らかな声さえもすっかり変わり果ててしまったのだろうか。
だが自身のことよりも、エルフの少女のほうが気がかりだ。
英雄の子と呼ばれていたが、その実は魔人の細胞を移植され、無理やり戦わさせられていたのだから。
――可哀想に。
不遇を憐れみ、情けをかけると、ふと少しだけ表情が和らいだかのように見えた。
あの子はどんな記憶を見ていたのだろう。それとも何も見ていなかったのだろうか。
私が知っているのは上辺だけの事実。いくら強かろうと、本当はただの無垢な女の子に過ぎないのだから。過去の弱々しかった自分の姿を重ね、彼女は思いを馳せた。
初めて人間らしい顔を見ることができて、肩が軽くなったような気がした。
エルフの少女はまるで相手を見定めるかのような目線で凝視する。
「あなたは……」
彼女はいつの間にか、ずっと前から一緒にいたような居心地になっていた。
互いの意思が通じ合ったような感覚を得られた。
すると突然、エルフの少女が彼女のもとへとさらに近づくと腕を回した。
二人が目を閉じた瞬間――別の空間へと飛ばされていた。
再び外の世界を見ると、地面に埋もれし眩い光を放つ剣に視線を引き寄せられる。
剣のある方向へと進んでいく。本来ならば、オリビエこそが物語の主人公であるかのように。ついにその時が来るのだと信じて疑わなかった。
――あっけなく予想は裏切られてしまった。
英雄の子はまさしく彼女だというのに、なぜかその剣を引き抜くことは出来なかったのだ。
#6. 美女とハゲ
視界の奥にいたのは――私。
彼女は状況を理解できなかった。なぜ私がもう一人いるのだろう?そして今の「私」とは違い、なぜ元の姿をしているのだろうか。
それとも記憶の断片をまたしも見せられているのか……頭が真っ白になっていた。
少年はその様子を見て思った。
――どうしてあのハゲは僕たちを見て、驚きうろたえているのだろう。
しかし、彼は気づいた。隣にいる美女もあたかも動揺しているかのように見えたからだ。
彼女はハゲのことを全く存じていないと言った。はたしてそれも嘘だったのか。
今の状況からして、完全に蚊帳の外にいるのは僕。ここでもモブとしての役割を果たしている。
一方、ハゲは内心ほくそ笑みながら思った。
――やはりアウロラとオリビエはここに居ったか。あとはオリビエを利用して、聖域自体を元通りにする方法を試す時が来たのだ。そうすればいずれはワシも解放される。
エルフの少女は、聖域の中心部へ訪れた二人をただじっと凝視している。
二人が来たところで、この白で囲まれた空間での静寂は変わらなかった。
沈黙を破ったのはハゲ(の見た目になってしまったアウロラ)である。
「あなたは……私なの?」
彼女の問いかけに少年が反応する。
「えっ……?」
老人の語り口とは到底思えない。それに記憶の中で見たハゲはもっと狡猾そうな性格をしていそうだった。
「答えてくれないのね。私ったら、また夢でも見ているのかしら。」
「えっ……?」
少年は首をかしげて少し考え込む動作をする。そして、どうやら状況を理解したようだ。
「…」
「……なるほど」
「どおりでこれもテンプレってわけか」
そう、入れ替わりである。
少年の言葉に応じて、アウロラ(の見た目になってしまったハゲ)が答える。
「ねぇ、あなたたちは何を言っているの…?」
「な~んてな!そうだ、ワシこそが災厄の災厄なのだ。フアーハッハッハ!!!!!」
菫色の瞳をした美女が取り繕っていた表情は、瞬時に凶悪な目つきに豹変した。
#7. 夜空に瞬く閃光
聖剣を引き抜けば鎖の扉が解除され、出口へ通じる道が開かれる。
だが今の姿はアウロラだ。もし本人であるとシステムが認識しなければ、そもそも聖剣を抜くという手段自体が無効化されているかもしれない。
――ならば元の状態に戻すことが何より最優先だ。
ハゲはすぐそばにあった装置を起動させると、真っ先に聖剣の在処へと向かった。
「なっ……やはり抜けんというのか!?」
だが聖域の中心部に向かう途中から、ハゲの腹の内は決まっていた。まずは目障りな少年から始末してしまおうと。その計画まで頓挫するとは到底思えない。
装置にはバックアップシステムが存在し、元の状態まで復元する機能がついており、その権限者はハゲ自身である。欠点は、膨大な時間がかかることだ。そのうえ、元に戻したからといって、必ずしも入れ替わった状態が直るとは限らない。だが方法は一つしかない。
もし仮にアウロラの姿のままだとしても、本体が消えるのであれば何も問題あるまい。
画面は暗転し、万華鏡のごとく「英雄の子」のコピーが一面に現れ出た。
エルフの少女のシルエットが周囲を覆いつくす。
なんせ古代では英雄の子よりも優れた剣士など存在しなかったのだ。分身が目標へと、一度に襲いかかればひとたまりもないだろう。そこらの少年など尚更の事……
「オリビエ、さっさとそいつを殺せェ!!」
しかし、ハゲの予想は大幅に外れた。
少年はいとも簡単に、無数に飛び交う剣を受け止めながら余裕の表情を浮かべる。
「ぬぬっ……なぜだ、あり得ん!」
だが少年は意に介さず、ずっと隠し溜め続けていた本来の力を一気に開放した。
一応、当人としては聖剣についても念のため確認しておきたかったが、おそらく彼が所有主である可能性は低いだろう。
青紫色の光が一面に広がり、血管のように緻密に分かれた線が空間を覆いつくす。
人間には到底不可能なはずの未知の魔力。
「だがこんな……個人の魔力でこんな……」
――今のは空耳だろうか。
その頃、ハゲはこみ上げる悔しさと怒りの念に囚われ、気が付いていなかった。
外見はハゲ(アウロラ)の側にいたオリビエがその場から全く動いていなかったのだ。
オリビエは彼女の耳元で何かを囁いてから、中央にいる者にすっかり意識を取られていたハゲの頭部へと一気に飛びかかった。
「なっ……!?」
素早い動きで後頭部を狙い、長く伸びた黒髪を即座につかみ取る。
「何をする!?オリビエ!!!!!」
その瞬間、聖域は白よりも光り輝き、漆黒よりも視界の見えない世界へと変わった。
閃光とともに、爆風によって周囲にいた者は吹き飛ばされてしまう。
・・・
「あれっ……?」
(僕の出番は?)
テンプレではない展開に少年はさぞかし驚いたことだろう。
・・・
聖域に眠っていた覚醒者3rdの記憶が今ここで蘇る。
「ヘアっ!?」
・・・
さらに前世の記憶も蘇る。
「このイカれた聖域へようこそ!!!」
・・・
閃光は聖域の外側まで闇夜を照らした。
黒く長い髪は束となり、空中へと舞っていったが誰もその光景を見届けることはなかった。その刹那はあまりにも眩しすぎて、陰を好む少年にとっては居心地が悪かったかもしれない。
暁に浮かぶ明星は、途端に閃光に覆いつくされ姿を消してしまった。
街中が明るくなり、それはまるで太陽が昇り始めるときの光であった。
・・・
見ていた誰かが驚嘆の声を上げ、思わず口にした言葉は……
「これが、”カミ”の力……」
・・・
七陰の一人である銀髪エルフは愛用のノートに記録を認(したた)めながら、心でつぶやく。
(さすが主さま……♡)
#8. 忘れられない思い出
白い閃光は、朝日が昇るとともに溶け込むかのように、やがて消えていった。
意識が戻ったころには日が既に昇っていた。木漏れ日が差し込み、聖域の中とは対照的なほど彩り豊かで、風に揺れながら、穏やかな時が流れていた。
少年の隣にいたのは紫色の瞳をした美しい女性であった。彼女はすでに目が覚めていたようだ。見かけ上では分かり得ないが、彼自身からすれば、聖域の中を一緒に歩いていた時とはまるで別人のように思えた。そして、先ほどまでとの相違点に気づく。
(……髪が戻ってる?)
にわかに信じがたいが、彼女からは先ほどとは異なる暖かな波長を感じる。
一方、彼女はこの上ない安堵感を覚えていたのであった。
「そうか、戻ったんだね」
彼の問いかけに無言で返事をするように、紫色をした瞳の眼差しは物言いたげそうにしている。
少年は息をつくと、辺りを見回した。周囲には彼女以外に誰もいなかった。
「……そういやハゲは?」
「ハゲ?誰のことかしら」
「……今までずっと、何もかも忘れたいと思い続けていた。だけど忘れたくない記憶ができたの。」
「あなたと初めて会った時から、私は……」
「だけどこれでもうお別れね」
少年は最後の言葉にすら動じることはなかった。聖域が消失すれば、彼女の存在は消える。最初に「彼女」が直に伝えてくれたことだ。たとえ中の人が違っていたとしても、おそらく嘘ではないのだろう。
……いいだろう。何がいいのか分からないけど、まぁいいだろう。
こうして、一連の出来事に終止符が打たれた。
#9. 月夜の少年
ある日の夜更け――
少年は、災厄の魔女に初めて対面した時と同じく黒いロングコートを纏っていた。
グランドピアノの椅子から降りると、ステンドガラスの方を見据えながら先ほどの言葉を口ずさむ。
「覚醒の刻は近い、か」
天井に浮かぶ月は、邪悪な笑みを浮かべていたのであった。
#10. 甦りし「実力者」
聖域は跡形もなく消失した。
魔人たちの怨念やら何処へ消え去っていったのだろう。
記憶の断片にあった恐ろしい光景がデジャヴのように蘇る。
血のような深紅色で染められたゴーストタウンでは、死の行進が始まっていた。
「髪、髪ヲクレ……」
異世界からやって来た脱毛に喘ぐゾンビの群れがどこからともなく押し寄せてきた。
「さぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。脱毛症を防ぐ奇跡のワクチンが遂に誕生~」
怪しい研究者がゾンビの集いに対し呼びかける。
「ワクチン……ワクチン……ワクチン……ワクチン、ワクチン、ワクチン、ワクチン、ワクチン!!!!!」
禁断症状により、バタバタと倒れていく者たち。
世界の闇はすぐそこまで近づいていた。
あのハゲと思しき人物が、真の覚醒者となる。
かつての面影はなく、以前の記憶は消え、残された怨念だけが「実力者」として生まれ変わり、転生した者たちを突き動かしていた。
――抗え。
もし貴様に闘う意思があるのなら、髪をくれてやろう。
(END)
I need…more…HAIR.