ガルガルしてるルドルフが見たくて書きました。
ルドルフと担当トレーナーが次のレースについて相談するだけの話です。

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前夜

 年の瀬も押し迫ったある日の夕方。すでに日は沈み、街灯の明かりだけが道を照らしている。

(ふむ……寒気凜冽。しかし、悪くない……)

 トレーニング後の火照った体を寒風が撫でる感覚を味わいながら、シンボリルドルフは学園内を歩いていた。

 中一週での出走を強行した前走(ジャパンカップ)とは違い、コンディションは良好。有馬記念は近い。トレーニングの内容は流す程度で良い。

 生徒会の仕事も重要なものはすでに片を付けたところで、「あとは私たちでやれますから!」「有馬記念、頑張ってください!」と追い出されてしまった。

 つまり、ルドルフにとっては大変珍しいことに、この時間で既に今日すべきことはもう何もない、という状態だ。

「忙中有閑というわけか……さて」

 早めに寮に帰るのもよし、日用品の買い出しをしてもいい。久々に書店を除いてもいいし、友人を訪ねて旧交を温めるのもいいだろう。

「……よし」

 しばし悩んだ後、ルドルフはある場所へと足を向けた。

 

 学園内の別棟の一角にある個室で、隙のないスーツ姿の男性……シンボリルドルフのトレーナーは、室内にある棚の前に立ち、ファイルを広げて眺めていた。

 棚には、『ビゼンニシキ』『ニシノライデン』『ミスターシービー』『ベッドタイム』『マジェスティーズプリンス』『エスプリデュノール』『その他JC出走ウマ娘①』『その他JC出走ウマ娘②』などと背表紙に書かれたファイルが整然と並んでいる。

「……ふぅ……おや?」

 中身を確認し終え、ファイルを閉じる。棚にファイルを戻そうとしたその時、部屋の扉が開いた。

「……やはりまだ残っていたか。精励恪勤というわけだ」

「……ルドルフか。調整プランに修正でも必要になったかね?」

「いや、コンディションは問題ない」

「では、何をしに?」

「強いて言えば、世間話……いや、君と同じ……かな?」

 ルドルフはそう言って、トレーナーが持つファイルを指さす。その真新しいファイルの背表紙には、『カツラギエース』と記されていた。

 

 カツラギエース。トレセン学園の生徒で、性格は豪放磊落。シンボリルドルフのクラスメイトであり、ルドルフより1年早くトゥインクルシリーズにデビューした競争ウマ娘だ。

 昨年の三冠ウマ娘、ミスターシービーと仲が良く、自由奔放な彼女の面倒を一番よく見ている。

 設備のない地方での生まれ、恵まれたとは言えぬ体格、そしてそれを補って余りある闘志の持ち主。その闘志に振り回され、走りに安定感が欠ける面もあるが、好調時ならばシービーに比肩しうる。

 努力を続け、ついにG1宝塚記念を勝利。間違いなく現在のトゥインクルシリーズの最上位層、一流といってよいウマ娘だ。友人としては、彼女のことを尊敬している。

 しかし、それ以上ではない。時代ごとに存在する『強豪』ではあっても、時代を作るウマ娘ではない。

 

 そう思っていた。つい先日まで。

 シンボリルドルフはジャパンカップで、カツラギエースにキャリア初の敗北を喫した。尊敬するスーさん……スピードシンボリの悲願である、日本ウマ娘初のJC制覇の栄冠も手にすることができなかった。

 前を行くカツラギエースの背中がゴール板を駆け抜け、一瞬の静寂の後に響き渡った、自分宛ではない大歓声。

 それに包まれたとき、胸の奥に沸き上がった想い。それはまだ、シンボリルドルフの胸の裡を焦がしている。

 

「彼女のデータの確認かね? もうすでに十分頭に叩き込んだはずだが」

「復習は大事だろう? 念念不忘というわけだ」

「……わかった。冷えるといけない。茶でも入れよう。玉露があるんだ」「ああ、熱いのをお願いするよ」

 トレーナーはルドルフの顔を見ると軽く頷き、茶の用意をし始める。

 しばらく後、トレーナー室のホワイトボードにはいくつかの資料が張り出され、据え付けられたモニターにはレース映像が映し出されていた。

「……基本データは以上。何かあるかね?」

「いや、問題ない。続けてくれ」

 ソファーに浅く座ったシンボリルドルフが頷いて茶をすするのを確認し、トレーナーは先を続けた。

「……彼女のレースぶりについてだが……まずスタート勘に優れているな」

「ああ、本番でも模擬レースでも、出遅れたのを見た覚えはない。天性のものと言っていいだろう」

「スピードも十分にあるが、最大の武器は、これだ」

 トレーナーはリモコンを操作して、モニターに映し出したのは数か月前の毎日王冠の最終直線。

 激しく競り合うカツラギエースとミスターシービーの姿だ。

 二人はモニターの中で火の出るようなデッドヒートを繰り広げ、数度目のシービーの仕掛けをさらに差し返したエースが勝利していた。

「あのシービーを差し返すほどの競り合いの強さ。これが、彼女の武器だ」

 トレーナーはルドルフに視線を向けて続ける。

「ウマ娘がトップスピードを維持できる距離には限界がある。しかし、なぜ限界が来るのか?一言でいえば、苦しいからだ」

「スパートをかけている最中はほぼ完全な無酸素運動であり、長時間続ければ血中酸素量の減少によって意識は混濁し、運動効率は低下する。だったかな?」

「その通り。しかし、極論を言えば苦しいだけだ。我慢して走り続けることも不可能ではない。そして、訓練や意志力によって、我慢できる度合は変わってくる。

 ウマ娘が長距離を走るときに求められる能力、心肺機能によって規定されるスタミナとは別の、我慢強さ。私はこれを『勝負根性』と呼んでいる」

「『勝負根性』……理論を重視する君の口からそんな言葉が出るとはね、当時は意外に思ったものだが」

「昔の私もそう思ったろうな。……しかし、私は見てしまったからな。アレを」

 トレーナーは言葉を止め、遠くを見るような眼をした。

 

 かつて担当したウマ娘が出走した日本ダービー。

 先頭を走るそのウマ娘は、どう見ても限界を迎えていた。

 口を割って舌が出ており、目は血走って息は荒く、顔色は紫に染まり、完全なチアノーゼ(酸素欠乏症)の症状を呈している。

 走れるはずがない。すぐに倒れていなければ、いや、気絶していなければおかしい。

 そんな状態で、目から涙をこぼし、右に左にヨレながら。それでも彼女は、スピードを維持して走っていた。

 後続から迫るウマ娘たちをことごとく競り落とし、彼が担当したウマ娘を振り切ってゴール板を駆け抜けた。その姿を、彼は今でも忘れられない。

 

「『狂気の逃げウマ娘』……か」

 ルドルフはすでにそのレースのビデオを、鬼気迫る走りを確認している。

「『限界を超えてもなお走るウマ娘』は、確かに存在する。

 そして、その後すぐに引退してしまったこともあって、私は結局彼女の限界の先の限界を観測することができなかった。

 私は君を最強のウマ娘だと信じているが……君でも、彼女に確実に勝てるとは断言できない……」

 

 お互いの言葉が途切れ、一瞬の静寂。ルドルフは少しぬるくなった茶をすすり、話をつづけた。

「彼女と戦って結論を出せないのは遺憾千万……ではあるが、今は現役のウマ娘の話をしたい。カツラギエースが、彼女と同じようなウマ娘だと?」

「そうは言わない。カツラギエースの底はすでに露呈している」

 トレーナーは冷静な顔に戻り、ファイルを手に取って表紙を軽く叩いた。

「確かに優れた勝負根性を持っている。並々ならぬ覚悟と、これまでに詰んだトレーニングに超えてきたレース。そして本人の意志力の賜物だろう。……だがそれは冷静さを失いやすい弱点と表裏一体だ」

「それが発露し秋天は5着に敗れている。そして、スタミナにも限度がある。2200までといったところか」

「JC前の評価でいうなら、『一流ではあるがそれ以上ではない中距離ウマ娘』ということになるな」

 ルドルフは腕を組んで目を閉じ、続ける。

「しかし、雲蒸竜変。『大逃げ』に目覚めたことで彼女は階梯を登った」

「道中をマイペースで走ることで冷静さを保ち、スタミナを温存することができる。……今の彼女なら中山2500も苦にしないだろう」

「最終直線で得意分野に持ち込める上に、スタート勘、優れたスピードもも存分に生かせる……理に適っているな」

「彼女の天分は逃げにあったのだろう。しかし、通常の控えるレースでも十分に通用する実力がそれを押し隠していた」

「現状の評価は?」

 ルドルフは激情を宿した目を見開き、答える。

「……磨穿鉄硯。強靭な意思を武器に成り上がった、トゥインクルシリーズ史上でも屈指の名ウマ娘にして、我が道に立ち塞がる最大の障害だ」

 

「よろしい。……では、弱点と攻略法について話そう……これははっきりしているが、まずは重馬場に弱い」

「身体的データは165cm、B81・W54・H77……鍛えてはいるようだが……身長に対して腰回りが少々貧弱だ。これは骨格の問題だろう」

「比較的な話だが、パワーが不足しているとみるべきか……ならば、最も有効な対策は決まっているな」

「ああ。坂だな。坂で仕掛けて、一気に抜き去る。中山の急坂はお誂え向きだ」

「……勝負根性に優れている相手へのセオリーは、距離を離すことだ。道中は控え、大外から仕掛けることが最善だが、それは、しないんだろう?」

 トレーナーの言葉に、ルドルフの口角がわずかに吊り上がる。

「慧可断臂。彼女の力、彼女の意志、彼女の走り、彼女のすべてを真正面から叩き潰す。それが皇帝たる、シンボリルドルフの道だ」

(雪辱とは、これほどに、これほどに胸を熱くさせるものだったとは……感謝するよ、カツラギエース)

 親しき友への、尊敬すべき好敵手への、そして憎き仇敵への、返報の機は間もなくやってくる。

 決意と、敬意と、殺意と、ありったけの感謝を込め、シンボリルドルフは獰猛に笑う。

「今度こそ世に、君に示そう。トゥインクルシリーズには、『絶対』があるということを!」

 

 この数日後、12月23日。有馬記念で、その言葉は現実のものとなった。

 

 


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