肉走り幅跳びとは、4メートルまでの記録は測ってくれるが、それ以上は全部4メートルちょうどという記録にしかならない、上限が決まっている幅跳びのことだ。
この世の中を揶揄する奇天烈ストーリー

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肉走り幅跳びとは、4メートルまでの記録は測ってくれるが、それ以上は全部4メートルちょうどという記録にしかならない、上限が決まっている幅跳びのことだ。
この世の中を揶揄する奇天烈ストーリー


肉走り幅跳び

ここは、地域の公民館です。運動場が隣接しており、子供たちが陸上競技をしたり、華やいだ声が聞こえます。

 

そしてその可愛らしい声がキャッキャと聞こえる運動場に隣接した公民館の会議室の一室で小学校五年生のケンタくんは、コーチに詰め寄っていました。 

 

「コーチ、僕の走り幅跳びの記録、おかしいと思うんです。ちょうど4メートルの記録が最近続いてて」

 

「うん、ケンタくんの記録は、最近4メートルジャストが続いてるね」

 

「もっと、僕、飛んでると思うんです。ちゃんと測ってくれてますか?」

 

「ちゃんと測ってるよ。測った上で4メートルジャストがここ三ヶ月ぐらい続いてるんやで」

 

ケンタくんは、どうしても納得がいかない様子です。

 

「ちょうどなんて、おかしいと思うんですよ。絶対もっと、飛んでると思います。友達も4メートル30センチぐらいは飛んでるように見えたって言ってます」

 

コーチはふと息をつきながら、言いました。

 

「ケンタくん、コーヒーは飲めるかな?」「今、そんなのいらないです」「誰もいれてあげるとは言っていない。コーヒーは飲めるかと聞いたんや」「いや、まあ、ミルクと砂糖入れて飲んだりとかはあります」

 

コーチは楽しそうに笑いました。

 

「ケンタくんは、まだまだ子供やね。コーヒーはブラックで飲むもんやで。いっちょ前のことを言うけど、君はまだまだ子供なんや」

 

ケンタくんは、運動神経だけでなく、勉強も出来る、頭の良い子です。

 

こんな筋違いなことを言われたら黙ってはいられません。

 

「コーヒー飲めないのと、走り幅跳びの記録と、何の関係があるんですか!!」

 

ケンタくんは、悔しさのあまり、涙が出てきそうでしたが、寸前でこらえていました。

 

「ケンタくん、君がやってるのが、走り幅跳びなら、4メートルより飛んでるよ。それは認めよう。この運動部の小学生たちの中で、一番飛んでる。それは間違いない。4メートル以上飛んでいる。ただし、それは走り幅跳びの場合や。せやけど、君がやってるのは“肉走り幅跳び”や。だから記録は4メートルや」

 

「肉走り幅跳び?なんですか、それ!!何を言ってるんですか!?走り幅跳びでしょう!!4メートル以上飛んでるのに、ジャスト4メートルっておかしいです!」

 

「いや、君がやってるのは肉走り幅跳びや。4メートルまでは、ちゃんと3メートル45センチとか、3メートル89センチとか、測ってあげていたやろ?ただ、君がやってるのは肉走り幅跳びや。肉って、一定以上の値段から上は、もうおいしいけど、違いわからへんやろ?A1ランクとかA5ランクとか、俺は食ったことあるけど、もうA以降は、おいしいけど、いっしょやねん。肉走り幅跳びもそうやねん。もう4メートルを超えたら、“すごく飛んだ人”として、全部4メートルになるねん」

 

ケンタくんの頬に涙がポタポタとつたい、床にボトボトと落ちていきます。

 

「わかるか?4メートル32センチ飛んでも、4メートルやねん。5メートル飛んでも4メートルやねん。6メートル飛んでも4メートルやねん。それが肉走り幅跳びや。どうや、意味がわかったか?」

 

「意味はわかったけど、意味わかんないです」

 

コーチはゲラゲラと笑いました。

 

「意味わかったけど、意味わかんない、は名言やな。おもろ!おもろ!」

 

ケンタくんは顔を真っ赤にしています。

 

「そんなん、聞いてないです!肉走り幅跳びなんて!!4メートル超えてるならちゃんと、超えた記録を残してほしいです!それに、肉走り幅跳びなんて、聞いてないです!」

 

「言ってないからな。そして、質問もされてない。お前には、何度も何度もチャンスを与えた。『この走り幅跳びって肉走り幅跳びじゃないですかね?』と聞けるタイミングをいっぱい作った。さっきまで喋ってたのに、突然黙って、『今聞けよ!』という目でお前を見た」

 

「知るか!死ね!!!なんやねん!肉走り幅跳びって!そんな言葉知らないのに、どうやってそんなん聞くねん!肉走り幅跳びなんて、この世にあるか!アホ!死ね!」

 

ケンタくんは、実はもっと小さい頃から、両親が手をつけられないほどの癇癪持ちでした。そのエネルギーを抑えさせようと、この運動部に加入させたのでした。

 

「死ねとか、そういうのは良くないよ。ケンタくん。大人相手に、使っていい言葉遣いと、シャレにならない言葉遣いがあるんやで」

 

ケンタくんは、もう顔をグシャグシャにして泣いています。

 

「だ、だって」

 

コーチはいつの間にか、ケンタくんの前にコーヒーを淹れてテーブルに置きました。

 

「他の子供たちは、走り幅跳びとして、無邪気に楽しんでいる。小学生で4メートルを超えるのは珍しいからな。苦しんでるのは君だけや。他の子は4メートルも飛ばへんから、ただの走り幅跳びやと思ってる。幸せそうやろ、窓を見てみろ」

 

そう言うと、コーチはケンタくんの顔を両手でガシッと掴み、窓の外に無理やり向けました。

 

ジタバタとしながら泣きじゃくるケンタくん。

 

「見ろ!見るんだ!あいつらは肉走り幅跳びと知らずに、あんなにも楽しそうや!!あいつらにとっては、肉走り幅跳びは普通の走り幅跳びや!!!どうや!苦しいか!?苦しいやろ!!これがブラックコーヒーの味や!!」

 

「やめてよ!やめてよ!!なんやねん!!肉走り幅跳びって!!アホ!死ね!!」

 

「ケンタくん、肉走り幅跳びの肉が意味を持ってくるのは、4メートルより飛んだ君の世界からや。

 

これからは、5メートル飛べるようになっても4メートル。6メートル飛べるようになっても4メートルや。

 

4メートルギリギリ飛べてる奴も、同じ記録やから、5メートル飛んだケンタくんに、互角みたいな顔をして、タメ口でしゃべりかけてくる。

 

一定以上のレベルの人間にはそういう苦しみが襲う。それでも努力して6メートル飛べるか?それを肉は問いかける!肉は君に問いかけるんや!!6メートル飛んだのに、4メートルと言われてしまう、その差の2メートルこそが、お前の美しさや!!おめでとう!来い!養子にしてやる!」

 

「死ね!両親おるねん!なんでお前の子供にならなあかんねん!こんなきしょい走り幅跳びなんてやめる!」

 

コーチは異常な目つきをして、叫びました。

 

「肉から逃げるのか!!肉はお前を追いかけるぞ!肉から逃げることなんかできひん!!!それに、世の中は実は“肉走り幅跳び”やぞ!!!自分より明らかにレベルの低い人間と給料が同じやったりする!!それでも、そいつとの本当の差を誇りとして持って、生きていくしかない!!

 

肉は、それを教えてくれている!!それでも努力できるか?肉はそれを問いかける!!!!

 

あとな、普通の走り幅跳びも、実は肉走り幅跳びなんやぞ!!!

 

隣のビルまでつっこむほど飛んでしまう奴は想定していない。そんな広いところではやらない!!

 

500メートルも飛ばれたら困るし、測定不能や!!つまり、すべての走り幅跳びは肉走り幅跳びや!!!

 

100メートル走でも、なんでもそうや!肉100メートル走なんや!!」

 

そう叫ぶと、コーチはケンタくんをバシバシと殴り始めました。

 

「や、やめろやあ!!」

 

ケンタくんは泣き叫びます。

 

「お前は肉から逃げることはできひん!将来お前が結婚する嫁も、所詮は肉の塊や!!この世は肉走り幅跳びや!!!ハーッハッハッハッハッ!!」

 

ケンタくんは、のけぞり、コーチの手をはねのけ、会議室のドアを開け、泣きながら出ていきました。

 

追いかけることはせず、コーチはいつまでもいつまでも狂ったように笑っていました。

 

悪夢から、年月が経ちました。

 

今、ケンタくん、いや、ケンタはバッターボックスに入りました。

 

甲子園の決勝戦。

 

あれ以来、ケンタは、個人競技をやめ野球に打ち込んできました。

 

11対9

 

9回裏ツーアウト、ランナーは1塁と二塁です。2点のビハインドを追いかけるのは、ケンタのチーム、北川高校です。

 

現在、ノーストライクスリーボールです。ケンタは四番です。フォアボールがちらつきますが、ケンタはフォアボールの考えを打ち消しました。

 

相手ピッチャーが満塁策も視野に入れながら、振らなければボールのあたりに、カーブを投げました。

 

カキーンという気持ちのいい音がして、打球はグングンとスタンドに吸い込まれていきます!

 

入れ!入れ!!

 

ケンタは、叫びました。

 

逆転サヨナラホームランだ!!

 

打球は入っていきました。

 

ガッツポーズをしてダイヤモンドを一周するケンタ。

 

ベンチに戻ってきて、仲間からの祝福を受けるつもりでした。

 

しかし、何か雰囲気がおかしいのです。部員の仲間は泣いているのですが、喜びの涙のはずが、なぜか下を向いています。

 

ケンタは、「優勝したんや!オレたちやったな!」と叫びました。

 

なぜか背筋に冷たいものを感じます。

 

「スコアボードを見ろ」

 

キャプテンがケンタに言うと、なんということでしょうか。11対9のままです。

 

見ると、相手チームが抱き合って喜んでいます。

 

「お前、知らなかったのか?オレたちは野球部ではない。肉野球部なんだよ」「そ、そんな!!?そんなバカな!」「9点までは入るけど、もう10点以上は、正直、いっしょやろ?だから9点取っても9点。10点取っても、9点、11点取っても、9点なんや。それが肉野球部や」

 

「そんなアホな!!相手チームは11点入ってるじゃないですか!」「相手チームは普通の野球部や。オレたちは肉野球部や。だから、もうオレたちは相手に10点とられた時点で負けが確定してたんや」

 

ケンタの頭の中で、あの時の声がまた聞こえました。

 

「お前は肉から逃げることはできない」

 

(終)




芸人、ネタ作家、短編小説家。“理系の変な奴”は自分で髪の毛を切ります。それが私。ついでの用事が二個ないとお墓参りに行かないです。
Twitter、noteなど色々やってます。

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