グアドサラムで復活した《善きシーモア》に民衆は熱狂する。だがユウナだけは、その完璧な笑顔に揺らぎを見た。

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《善きシーモア》の微笑

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グアドサラムの広場は、いつになく異様さに包まれていた。

半地下に築かれたこの都市は、元来は湿り気を帯びた樹木の根と岩壁に囲まれ、[[rb:仄暗 > ほのぐら]]い洞窟のような空気を漂わせていた。石畳の床の下からは薄く霧が立ちのぼり、頭上には天井から滴る水滴が青白い光を反射している。かつては召喚士たちが旅の途上で立ち寄り、シーモアの館や死者を送る大広間へ向かう道として知られた場所だ。

 

だが、いま目に映るのは往時の[[rb:静謐 > せいひつ]]とは程遠い光景だった。

露店や旗が通路を埋め、広場には花や香が捧げられ、色とりどりの布が張り巡らされている。グアド族の青年たちは髪を結い、誇らしげに胸を張り、老人たちは涙ながらに祈りの言葉を唱える。彼らの間には、スピラ各地から訪れた見物客や観光者も混じり、押し合いながら台座を取り囲んでいた。

 

「本日は《善きシーモア》除幕式にお越しいただき、誠にありがとうございます。それでは、さっそく…」

 

司会の声とともに幕が下ろされる。

 

「うオォ…老師!」

「わぁぁ…なんと神々しい…!」

「シーモア様だ!」

 

歓声が一斉に湧き起こった。

台座の中央に現れたのは、光を帯びた清らかな姿の男。

グアドと人間の血を引くその姿は朗らかで、ただそこに立つだけで周囲を包み込むような慈愛を放っていた。

 

彫像でも立体映像でもない。

確かな呼吸があり、視線を返してくる気配がある。

まるでシーモア=グアドその人が、蘇って群衆の前に立っているかのようだった。

 

ユウナへも、その目が向けられる。

彼は柔らかく微笑んだ。

 

「君がいてくれれば、きっと未来は揺らがない」

 

透き通るような声。

言葉の響きはユウナへ投げかけられたように感じられたが、その内容は誰にでも通じる普遍的な希望だった。

 

民衆は手を合わせ、涙を拭きながら歓声を上げる。

「これこそ我らの誇り!」

「シーモア様、我らを導いてください!」

「グアド族の再興を!」

「栄光を再び!」

 

その熱狂の渦を見つめながら、ユウナの胸に小さな違和感が芽生える。

 

確かに目の前の《善きシーモア》は朗らかで、清潔感に溢れていた。

大多数の者にとっては理想そのものだろう。

だが――。

 

(あの人ではない…)

 

ユウナは知っていた。

《善きシーモア》は、シーモアを信奉する人々の願いと残滓を集め、澱みや穢れを払い落とした「理想像」にすぎない。

選び抜かれた善の要素だけで構築された、完璧すぎる存在。

 

来賓席のユウナの隣に座るのは、異界の門調査団の団長カイレフだった。

父はグアド、母はロンゾという血を引く彼は、近年のグアド族の失墜に心を痛め、《善きシーモア》に人一倍の期待を寄せていた。現ロンゾ族長のキマリとも親交を深め、過去のロンゾ族とグアド族との間に生じた確執を少しづつ払拭しようとしている。時間はかかるであろうが、彼の血が橋渡しとなるかもしれない。

 

彼は細かく残滓の流れや光の粒子を制御し、表情に一滴の濁りも混ざらぬよう監視している。

「まだ不安定だ」「笑顔を維持させろ」と低く指示を飛ばし、導入された専用[[rb:マキナ > 機械]]も稼働していた。

最近ではマキナを忌避視する風潮は薄れてきている。むしろ希望を具現化するための力として歓迎されつつあった。

 

ユウナは心の中で呟く。

(あれは…本当の笑顔じゃない。あの人はもっと…)

 

その瞬間、《善きシーモア》の顔に一瞬だけノイズのような陰りが走った。

水面をかすめる微風のような、ほんの一瞬の揺らぎ。

群衆には気づかれない。

しかしユウナの目だけは、その違和感をとらえていた。

 

(救われる人は確かにいる。でも、私は――)

 

言葉は胸の中で途切れた。

熱狂に包まれる広場で、彼女だけが小さな空虚を抱えていた。

 

光はさらに強さを増し、《善きシーモア》は満面の笑みで群衆を照らす。

希望を託す民衆の声は絶えず、未来を確かに揺るがぬものとした。

 

ただ一人、ユウナを除いて。

 

 

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式典が終わり、会場を去ろうとしたとき。

カイレフがユウナに声をかけた。

 

「どう思われましたか。《善きシーモア》について」

 

ユウナは少しだけ間を置き、静かに答えた。

 

「……はい。皆さんの善き導き手になると、期待しています。

 ただ――わたしは、ここにいてはいけないようです」

 

彼女の言葉は、熱狂に包まれた広場には決して届かなかった。

 

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【挿絵表示】

 


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