ハンスは平穏な日々を過ごしていますが、マルガレーテのことが気がかりなようです。
これからも、短編を中心に、様々なジャンルのものを気楽に書いていきたいと思っています。何卒。
今回は、人気フリーホラーゲーム「ベルとお菓子の家」のお話です。
かなりのネタバレを含みます。
夢を、見ていた。
ゆらりとゆれる、飴のように甘い夢を。
俺は、草原に寝転んでいた。
遠くに広がる、晴天。青空。
なんとも有りがちで、使い古されたシチュエーション。
ーーだが、心地良い。
空の高いところで、影と化した蝶が、くるくる回っている。
ーーいつか、見たような……。
ぼんやりと、既視感を感じていた。
その時
「ハンス、」
ーーまさか
ほぼ反射的に跳ね起きると、よく知る少女が、居た。
なんてことの無いように、当たり前のように、俺を覗き込んでいる。
「マ、ル…」
思わずその名を口にしかけた俺に、響いた声が、制止をかけた。
ーーいや、これは……夢だ。マルガレーテは、死んだ。目の前にあるのは、俺が創り出した風景にすぎない。
俺の夢に存在するのは、俺一人で十分だ…
ーー下らない。
急に馬鹿らしくなって、再び草原に身を投げ出した。
「え? ハ、ハンス? まさか夢だと思ってるんじゃないわよね?」
何かやかましく言っているが、気にしない。
俺が言って欲しい事を、夢が都合良く再現しているだけだ。
「もう……。ハーンースー。私よ、マルガレーテよ」
どれだけ騒ごうががゆさぶられようが、無反応を決め込んだ。
そのうち、マルガレーテもどきも諦めたらしい。
当てつけか、大げさにため息をついて、勢い良く俺の隣に倒れた。
「懐かしいわね。小さい頃はよく、こうやって一緒に寝てたわ」
ーーいつの話だ……。
「……いいわよ、別に。夢だって思ってれば? 私、勝手に話すから」
マルガレーテは、よく喋る。
夢でもそれは、変わらないらしい。
「今日はいい天気よねー。こんな日に再開できるなんて、神様に感謝しなくちゃ。なんて」
無邪気に笑う姿は、元気だった頃のマルガレーテそのままだ。
「……ああ」
「あら?」
少し、感傷的な気分になって、うっかりしてしまった。
マルガレーテの満足そうな顔が容易に想像できる。
いつだって、ほんの少しでも構ってやると、アイツは喜んで、得意になって、また饒舌に喋り出すのだ。
「あのねえ、ハンス。あの世、なんてのも中々快適なのよ!」
「人を食べなくたって、食べたみたいに幸せなの」
「ね、今日はそれを言いに来たの」
ーー……
「ハンス?」
マルガレーテがごろんとこっちに頭をやって、目が合った。
「あら、泣いてるの?」
意外、だとか呟いて、俺の髪をそっと撫でた。
「昔と逆ね」
どうも、ニヤニヤ笑いが鼻につくが。
ーーああ、忌々しい。夢のくせに、嫌なところを突いてくる。
ずっと、心残りだった。頭の片隅に、いつも引っかかっていた。
マルガレーテは、どこに行ってしまったのだろうか、と。
マルガレーテは、殺人、果ては食人と禁忌を犯した。
それだから、まさか、地獄なんかに堕ちてしまったのではないか、と。
死後の世界だとか何だとか、完全に信じているわけではなかった。
しかし、自分や、あの瞬間という前例もある。
何より、苦しむマルガレーテが、悲痛な叫びが、時折脳裏をよぎるのだ。
どんな事をしようと、結局は大切な、唯一の妹なのだから……。
それが、夢とはいえ幸せそうなマルガレーテを前にして、胸が、頭が、ぐちゃぐちゃな感情でいっぱいになってしまった。
「仕方ないわね」
涙が止まらない俺を尻目に、マルガレーテはおもむろに立ち上がり、
「私に会えたのが、そんなに嬉しかった?」
スカートに付いた草を払いつつ、ドヤ顔でそう言い放った。
ーー本当に、ガキみたいな奴だ。
根本的には子供のように単純で、純粋。
感情が真っ直ぐだからこそ、葛藤して、あんな事になってしまったのだが……。
その姿が、やけに懐かしくて…眩しかった。
「あ。ねえ、ちょっと起きて」
夢だとかいう意地は捨てて、差し伸べられた手を素直にとる。
悔しいが、コイツの言う通り、逢えて嬉しい気持ちもあったかもしれない。
認めるのが、怖いだけで。
「ほら、あれ」
白い指が示す先では、美しい夕日が、柔らかく世界を染め上げていた。
「……なあ」
「なーに?」
弾む声。
きっと、目の前に居るのは紛れもなく。
「久しぶりだな、マルガレーテ」
「・・・」
数秒の間、マルガレーテはポカンとしていた。
それから、
「おそい!」
むっと頬をふくらませて、わざとらしくふくれてみせた。
ーーコロコロ移りやすい表情だ。
「……ふっ」
「もう、笑うなんて酷いわ」
マルガレーテも、笑っていた。
俺も、話したいことは…たくさんある。
ーー
「ねえ、ハンス」
「なんだ」
夕日が地平線に沈みかけてきた頃、マルガレーテは不意に、真面目な顔をした。
どこか、悲しそうにも、見える。
「私、悪いことを、たくさんしたわ」
「……、」
らしくない、言葉。
思いがけず動揺して、言葉につまってしまい、俺は何も言えなかった。
マルガレーテは、静かに続けた。
「いろいろあるけど、何より、ハンスに迷惑かけたり、心配させてしまった」
「……そんな事は」
かつての魔女の、懺悔。
否定すらしてやれない自分が情けない。
「今も、私が死んでからも、ハンスはずっと悩んでた」
だからね、とマルガレーテは、可愛らしい包みを取り出した。
「ハンスに、あげる」
甘い、香り。
「……焼き菓子か」
マルガレーテは、ただ笑った。
「お菓子も、私、嫌いじゃないわ」
俺の両手を包む、暖かい、マルガレーテの手。
真っ直ぐな瞳が、俺の顔をしっかり捉えている。
「だからもう、心配しないで? ……私、ちゃんといい子で待ってるから」
いい子で、待ってるから。
噛み締めるように告げられたそれは、しばらくの別れを意味していた。
「……ああ、わかった」
それでも、俺は、そっと手を離した。
「良かった」
マルガレーテの優しげな笑みは、遠い記憶の中の母に、よく似ている気がした。
「……もう、暗いな」
「そうね。…あ、一番星」
薄紫色の空には、金星が瞬いている。
今頃、心配しているだろうか。
そんな想いを見透かしたように、マルガレーテは、目を閉じて言った。
「ほら、お迎えみたいよ」
促されて後ろを見ると、とぼとぼ歩くベルリーナの姿があった。
「ベル……」
「ハンス!」
ヒースを抱えたベルリーナは、俺と目があった瞬間、はっとして駆け寄ってきた。
「心配したのよ!」
「ああ、すまない」
ぽんぽん、と栗色の髪を撫でてやると、ベルリーナは露骨に慌てた。
「も、もう、からかわないで。それより、隣に誰か居なかった?」
「ああ」
振り返ったとき、
彼女の姿は、なかった。
「……」
「どうしたの?」
「いや…なんでもない。帰ろう」
見失わないように、ベルリーナの小さな手をしっかり繋ぎ、歩き出した。
決して、振り返らずに。
また、いつか。
必ず、逢えるから。
ーー私も、大人になったわよね
風に混じって、そんな台詞が聞こえた気がした。
もしかしたら、長い白昼夢を見ていたのかもしれない。
ただ
仄かに漂う香りは、どうも気持ちを逸らせる。
まだまだ直しどころがあるかと思います。
拙いながら、なんとか伝わればいいなあ…