劇場版『チェンソーマン レゼ篇』Prime Videoにて9月19日より見放題独占配信開始記念に更新
銃の悪魔篇開始
刺客を退けてから3日。
報復の類は一切なく、東京には平和が戻っていた。
被害を鑑みて各国が引き下がったならそれで構わない。
しかしデンジの胸中には、拭いきれない不安が燻り続けていた。
世界大戦以降、各国の軍事は条約によって大幅な縮小がなされている。
軍事力の保有は勿論、新兵器の開発も───少なくとも表向きには───厳しく制限されている。
戦後から80年近く経ち、今や当時を知る人間はほとんどいなくなった。
それでも国防を担い、国家の中枢に関わる人間ならば、資料を読むだけでも理解できる。
戦争とは、リスクとリターンがまるで釣り合わない愚行なのだと。
───だが、状況は変わった。
人間は喉元を過ぎれば熱さを忘れる生き物だ。
惨禍の本質を理解した気になって、自分ならコントロールできると思い上がる。
世代交代が完了し、欲望によって均衡が崩れた今、待ち受けているのは………。
「未来! 最高! 未来! 最高!」
悪魔収容センターの地下深く。
錆びつき、カビともコケともつかない緑がこびりついた重い扉を開けると、老木のような姿の悪魔───未来の悪魔が、異様なハイテンションで出迎えた。
「……なあ、それ毎回やんないとダメか? ちっと今日はそういう気分じゃねえんだわ」
「なんだ、ツマラない。……だが、それも無理はないか」
未来の悪魔はニタニタと笑いながら、自分の伽藍洞の腹を指さす。
ほれここだよここ、と促されるまま、デンジはそこに顔を突っ込んだ。
「フ、フフ……ウフフフフ……」
やがて頭を引き抜いたデンジは、露骨に嫌そうな顔をしていた。
未来の悪魔はデンジが支配している悪魔ではない。
単純な力勝負なら比較にもならないほど弱体だが、予知能力を持つ存在はデンジの知る限りでは代わりがいない。
絶対的な希少性ゆえにどうしても格下と認識できず、支配したくともできないのだ。
それでいて脅しにも屈しないのだから、デンジはこのバッドエンド大好きな悪魔のことが心底苦手だった。
「ご機嫌だな」
「なかなか
聞く内容は決まっている。
杞憂ならばそれでいい、むしろ未来永劫現れないという確証を得たい。
軍隊や刺客が霞むほどの脅威で、事前情報無しでは迎え撃つことすらできない怪物───
「銃の悪魔がいつどこで起動されんのか教えろ」
「ならば対価は1000年だ」
条件を聞いたデンジが舌打ちする。
「ボッタクリやがって」
「当然だろう、銃の悪魔に関する情報は高くつくぞ」
デンジが指を鳴らす。
同時刻、全国各地の死刑囚が一斉に死亡した。
さらに一部の無期懲役囚も、看守に体調不良を訴えた。
……デンジが未来の悪魔を軽々しく使えない理由がこれだ。
能力を行使する度に人間の寿命を請求され、その量は質問内容によって変動するが最低でも100年は求められる。
内閣総理大臣の承認に基づき、以前から内容を吟味して少しずつ使い続けていたが、とうとう死刑囚が全滅してしまった。
寿命武器の生産はしばらく中断するしかない。
一般国民や公安職員の寿命を使わずに済んだことだけが救いだ。
「ンン……寿命1000年、確かに受け取った。取引成立だ」
未来の悪魔はわざとらしく間を置き、数秒ほどデンジを焦らしてから口を開いた。
「銃の悪魔が出現するのは1997年3月12日午後3時18分21秒! そして肝心の場所だが……未確定だ」
小馬鹿にするような物言いだった。
デンジは額に青筋を浮かべたが、未来の悪魔はこんな性格でも嘘だけは言わない。
「正確には、銃の悪魔が向かうのは支配の悪魔がいる場所だ。起動者によってデンジ抹殺の指令が組み込まれ、お前がどこに逃げようとも辿り着く」
「……マキマじゃなくて俺を狙うのかよ」
チェンソーマン奪取の障害となる自分を狙おうというわけか。
だったらむしろ好都合、周囲への被害を抑えながら返り討ちにしてやる───デンジの表情に緊張と戦意が色濃く滲んだ。
……しかし、Xデーに備えて爪を研いでいるのは日本だけではない。
水面下では正史よりも迅速に、さらに大規模な作戦が進行している。
意気込むデンジを、未来の悪魔はひっそりと嗤った。
「ひぅ……闇の悪魔め、来るなら来い!!」
「パワーちゃん……」
「マキマ! 本棚の裏、闇の悪魔がこっちを見とる!」
地獄から戻って3日、パワーちゃんはずっとこんな調子だった。
居るはずのない闇の悪魔の幻影を作り出してずっと気を張っている。
「大丈夫だよ、闇の悪魔はここには───」
「いるんじゃあ!! 寝ても覚めても闇の悪魔がずっと見とるんじゃ! ワシが地獄に帰るまで見ておるんじゃああ!」
普段から息を吐くように嘘をつくけど、これは性質が違う。
目はらんらんと輝き、混じりけのない恐怖と警戒に染まっている。
これでも多少はマシになっていて、最初の頃はデンジさんがきつく抱きしめて宥めてやらないと部屋をめちゃくちゃにしてしまうほどだった。
「ただいま」
「あ、デンジさん。おかえりなさい」
「きっ、来たかデンジ! ワシの後ろに闇の悪魔がいるんじゃ! 早く追っ払ってくれ!」
「あ~……」
デンジさんが返事に困ったように頭を掻く。
パワーちゃんの後ろに立つレゼが、苦笑いしながら首を横に振った。
こういうことが夜になってからも続いた。
「玄関に闇の悪魔いるか見てきて…」と言われれば、見に行って「いないよ」と答える。
「トイレ怖いから出るまで待っててぇ…」と頼まれれば、扉越しにおしゃべりしながら待つ。
「一緒にお風呂入ってえ…」と手を引かれれば、レゼも巻き込んで3人で入る。
迷惑だとは思わなかった。
私だって闇の悪魔にビビってたのは同じだし、今のパワーちゃんは単なる同居人じゃない。
ポチタと同じ……たぶん、家族みたいに大切な存在だ。
だから早く元通りになってほしかった。
うるさくてワガママでも、今よりはずっといいから。
寝る時間になったら、リビングのテーブルをどかして布団を敷く。
レゼ、私、パワーちゃん、デンジさんの順に4人横並びで眠るのが、ここ3日間の習慣だった。
「マキマぁ……」
今夜は私を抱き枕にしたいらしい。
もぞもぞと動いて私を抱きしめてきたから、お返しにぎゅっと抱きしめた。
なぜか後ろからレゼも引っ付いてきたけど…まあいいか。
「ワシを嫌いにならんでくれえぇ……」
「なに言ってるの、嫌いになるわけないじゃん」
「嘘じゃあ! ワシがデンジとハグしたとき、すごく怖い顔しとったもん!」
「……覚えてないかな」
「嘘じゃ! ワシは嘘がこの世で一番大嫌いじゃ!」
それがホントなら普段のパワーちゃんはどうなっちゃうんだ。
「ちなみに、その時の私と闇の悪魔ならどっちの方が怖かった?」
「…………マキマ」
「「ぶふっ」」
デンジさんとレゼが同時に噴き出した。
「今の私は怖い?」
「いや……全然、じゃな」
「じゃあ闇の悪魔なんて平気な気がしてこない?」
「それとこれとは話が別じゃ!」
「そっかあ……」
結局、パワーちゃんが完全復活するまでにはさらに1週間掛かった。
次回は旅行回です。
※江の島ではありません
※投稿日未定