~ルイズ~
私は目の前の光景を、ただ見ているしかできなかった。
どこか覚悟したような顔をして、私の前へ出たサヤカは、あろうことか剣を自分に突き刺した。
「いやああああ!!」
自分の口から悲鳴が出ているのに気づいたのは、そのサーベルがサヤカの背中から突き出ているのを見た時だった。
剣先には、なにか蠢くものが見えた。それはサヤカの……。
手品でも何でもない。
完全に貫通している。その証拠に、サヤカの体からはどぼどぼと血が流れ続けている。
「や、やめて。このままじゃ……」
死んじゃう……。
それどころか――。
しかしその言葉を出す前に、さらにサヤカはその剣を思いきり引き抜いた。
「っ!!!」
苦しそうな顔をしながら、さっき以上の量の血を流すサヤカ。
……一目でわかる。
あの量の血を流して、助かるわけがない!
「いや、いやよ。サヤカぁぁぁ……!」
こらえきれずに、私は泣きだした。
私の大事な友達……。
初めは、なんでこんな使い魔を召喚したんだろうって思った。
だけど一緒にいるうちに、彼女の存在がどんどん大きくなっていて。
いつのまにか、いなくてはならない存在になっていた。
そんなサヤカが――。
「死ん……え?」
その時見たものを、私は一生忘れることはないだろう。
「なに……あれ?」
サヤカの体が、流れた血で作った血だまりに沈んでいく。
「!?」
それは、まるで血の色をした穴から這い出てくるように姿を現した。
鎧をつけた上半身に、魚のような下半身。その両腕には巨大な剣が握られていて――。
それが、どこか不安になるような動きをしながら這い上がり、ついには宙に浮いた。
それはまるで悪魔のようで……その悪魔から、禍々しいオーラが噴き出しているのが、遠目にも分かった。
それに驚いたのは、私だけではなかった。
上空にいる、普段無表情なタバサでさえ、その驚きを隠せていない。
やがてそれは動きを止め、まっすぐゴーレムの方を見た。
甲冑の中の、なんとも言えない色の目。その奥に、サヤカの青色を見た気がした。
瞬間、巨大な剣が風切り音を鳴らしながら、ゴーレムに振り下ろされる。
ガガガガガガッ!
岩をこそぎ落としながら振り抜かれた剣は、そのまま地面に食い込む。
それと同時に、ゴーレムも形を失って崩れ落ちた。
「なんなの、これは……」
「わからない……」
いつの間にか傍らまで来ていたキュルケの声に、正直に答えた。
「何が起こったんだい!」
ゴーレムの方にいたのだろう、フーケが瓦礫の下から這い出てきた。
カタカタ……
今まで動かなかった甲冑が、音を鳴らす。
「まだ何か起こるっていうの……?」
キュルケが私の肩を抱きながら、後ずさる。
ぽた、ぽた……。
今度は甲冑の隙間や、下半身の鱗の間から水が溢れ出し、それに合わせるように体が溶けていく。
気が付くと、サヤカが自分の血でそうしたように、地面にはなんとも言えない色の水たまりができていた。
その水面から、ずいっと白い手が現れる。
何もない地面から出てきたかと思うと、今度は水面に手をつき、這い上がるように体を現した。
「っ……!! はあ、はあ!」
「サヤカ!!」
底から出てきたのは、魔法少女の格好をしたサヤカだった。
私ははっとして駆け寄ろうとしたけれど、キュルケに肩を押さえられて止められる。
「ちょっとキュルケ!」
「ルイズ、落ち着きなさいよ! さっきのを見てなかったの? あんなの、普通じゃないわ!」
それに合わせるように、タバサが私たちの前に立ち、杖を構える。
「何してるのよ! あれはサヤカよ! 杖を向けるなんて!」
タバサ越しに見えるサヤカは、苦しそうに息をしていた。
「はあ……はあ……」
やがて息が落ち着き、顔を上げる。
その目は、いつもとは違って冷たく、虚空を見つめていた。
「あんた、一体何者だい? こんな化け物だなんて、聞いてないよ」
フーケは足が挟まっているのか、瓦礫の下から動けずにいた。
決着はついたはずなのに、
私とキュルケ、タバサ、フーケ、そしてサヤカは、互いを視界にとらえたまま、しばらく動けなかった。
『おいおい、そんなところで睨み合ってても、何も進まないんじゃないか?』
「!」
ここにいるはずのない声が、どこからか聞こえた。
「あんたは黙ってな。今、取り込み中だよ」
『そうは言っても姉さん。このままじゃ埒が明かないぜ。ここはひとつ、停戦ってことでどうだい?』
声は、フーケが背負っていた剣から聞こえてきた。
「インテリジェンス・ソード……」
タバサが呟く。
私も初めて見た。噂には聞いたことがある。喋る剣があるらしい、と。
『ここはいったん杖を置いて、話し合いといこうじゃないか』
「あんたは今回、黙ってる約束だろ。この駄剣」
『そう言っても、このままじゃ姉さんも捕まってゲームオーバーだろ? だったら話し合いだ』
「話すことなんてないね」
フーケは、それきり黙り込んだ。
よく見ると、杖がない。いかに強いメイジでも、杖なしで瓦礫の下から抜け出すのは容易ではないだろう。
『そこの四人は仲間かと思ったが……違うのかい?』
「友達よ!」
反射的に答えていた。
その言葉に、サヤカは泣いているような、笑っているような顔をした。
『なら、ちゃんと話し合うこった。姉さんは御覧の通り、もう動けない。わだかまりは早いうちに解消しとかないと、あとで痛いしっぺ返しを食らうぞ』
「ご忠告どーも」
サヤカが、少し難しい顔で返事をする。
沈黙の中、サヤカが口を開いた。
「ルイズ、ケガはない?」
「あ、うん」
私はタバサを押しのけて前に出る。
「それよりサヤカこそ大丈夫なの!? さっき剣が、血が、サヤカが……!」
言葉がうまく出てこない。
駆け寄りたいのに、足が動かない。自分の手が震えているのに気づく。
―――怖い。
怖い、怖い、怖い……。
「ごめんね」
涙目の私に、サヤカはいつもの声で言った。
顔を上げると、そこにはいつもの優しい青色の目があった。
「怖がらせちゃったみたいだね」
サヤカは切なげに言う。何でもないような風で言ってるが、私にはサヤカが心から悲しんでいるのが分かった。
「本当は、あんな姿見せたくなかったんだけど・・・あたし弱いからさ!あの時はああするしかなかったって言うか・・・さやかちゃんはヒーラー職だからパワー!って感じの戦闘は苦手で、あはは、、その、だから」
サヤカは早口で話してる。それは彼女なりの気づかい。きっと私が気にしてると思って、私がサヤカを傷つけたこと気にすると思って平気なふりをしている。
ああ、なんで私は―――
ギリッ
私はこぶしを握りこむときっと前を向き
「っ!」
走り出した
「ルイズが怖いようならあたしは―――ってうわあ!」
私はサヤカの胸に顔を埋め、めいいっぱい抱きしめた
「ばか!」
「えぇ!」
「ばかばかばか!バカサヤカ!」
涙が出た。サヤカの身体はひんやり冷たかった。でも抱きしめて心臓が動いてるのを聞いたら安心した。
さっきまでの震えも収まっていた。
完全に怖くなくなったかと聞かれたらそんなことはない。
でも、きっと私の為にやってくれたことはわかるから。向き合うって決めたから。
「ごめんさやか」
「・・・」
「あんたの事、一瞬でも疑った、怖いと思った。あんたは私を助けてくれたのに」
もとはといえば、私が考えなしに飛び降りたのが悪いのだ。きっとサヤカはあの姿を見られたくなかったんだろう。なのに私が、それを無理やり暴いてしまった。サヤカの心の、多分とても弱いところを・・・
「だからごめんなさい」
サヤカは私に触れないように左右に広げた手をゆっくりと壊れ物を扱うように私の背に手を触れた。
壊れ物に触るように慎重に
「ルイズ・・・あたしが怖い?」
「っ!・・・・怖いわ」
嘘をつくこともできたが、今はそれをしてはいけないと思った。
「そっか、正直に教えてくれてありがとう」
今の今までうずめていた顔を離し恐る恐る顔を上げる
「・・・あれはなに?」
意を決して聞いた
「あれはあたしだよ」
「はぐらかさないで」
「はぐらかしてなんかないよ、あれはあたし、あたし自身だよ」
そういうサヤカの顔は今にも泣きだしそうだった。