その日の夜。あたしはベッドからこっそり抜け出して学園の屋根の上に来ていた。
眠れない・・・というわけではない。そもそも今のあたしに睡眠は必要ない。
それでも毎日眠るのは、その方が人間らしいからだ。
でも今日は眠りたい気分じゃない
「ふう」
向こうと違ってこっちの四季は天文学的なものというより、魔法の適性が重要らしく、キュルケの実家なんかは炎の家計が関係してるからか、比較的暖かいらしい。
今このハルケギニアは春のような、少し湿っぽいような空気が流れている。
「悪くないね」
そういうとあたしはヴァイオリンを取り出す。
結界は広めに作った。その方がいい音が出るんだ。
~♪
調律。自慢じゃないが、長年恭介の演奏を聴いていたあたしは結構耳がいい。魔法で作ったヴァイオリンだけど、音の調整はやっぱり耳でしないといけない。
「こんなもんかな」
調整が終わる。
一つ息を吐き―――止めた
♪~~
音楽はあたしの感情だ、ヴァイオリンの弦を伝って音になって響く。悲しく、冷たい旋律。宙に浮いた青い譜面が月夜に怪しく光る。
久しぶりに恭介の事を思い出したからだろうか。
あの頃の気持ちが少し滲んだ。心にためると穢れがたまる。だから、音にする。
音楽には人の心を癒す力があるらしい。もう人ではないあたしの心が癒えるのかは疑問だけど、こうすると不思議と心が落ち着いた。
なんだか今日は疲れた。
実はルイズたちに言っていないことがある。
今回この世界で初めてオクタヴィアになったけど、思ったより戻るのは・・・重かった。
前まではこんなことなかったのに、再び表層に戻るのにあんなに疲れるなんて・・・
直前に穢れを吸ったことも関係しているのかもしれないけど、これからは少しソウルジェムの穢れについて注意した方がいいかもしれない。
~~~ ~~~~―――♪
演奏が終わる・・・。
心地よい余韻が体を通り、ソウルジェムが少し浄化されたのを感じる。
恭介には全然かなわないけど、ちょっとはうまくできたかな・・・
「きゅいきゅい」
「おおっと!」
いつの間にか近くに来ていたのか、タバサの使い魔が屋根の上に来ていた。
「あんたいつの間に、確か名前はシルフィード・・・だったっけ?」
「きゅい~」
「ちょっとちょっと!危ない危ないっ、ここ屋根の上だからぁ!」
結界は音だけを遮断するようにしたから、下から何かしているのが見えて飛んできたのだろう。
「よしよーし、あんたはかわいいねえ」
この子はウィンドドラゴンというかなり大きい種族なのだが、本人は甘えん坊のかわいい子だ。
「聞いててくれてたの?」
「きゅい!」
「ありがとね、そんなにうまくはないんだけど」
「きゅいっ!きゅいきゅい」
もしかして言葉わかってる?って思うくらい首を横に振ってる。
そういえばキュルケがたまに言葉を理解できるくらい賢い個体が居るって言ってたっけ?
「気に入ってくれたんならよかった」
それからシルフィードはもっともっとというようにヴァイオリンを小突くものだからしかたないなあともう2曲ほど引いた。
さすがにあんな重たい曲を聞かせるのは心苦しかったから、バッハのメヌエットを引いてあげたら喜んでいたから子犬のワルツも引いてあげた。もちろん明るく楽しいほうのだ。
「そんなに喜んでくれるならあたしも弾いたかいがあったよ」
「きゅ~い~」
そう言って頭をなでる。
たまにはこういうのも悪くない。
~シルフィード~
―――――
夜、彼女がいつもの寝床でうとうとしていると、悲しい風を感じて目が覚めた。
それを感じられたのは彼女が風を司るドラゴンだったから。
首を持ち上げあたりを見渡すと屋根の上でかすかに光る青色が見えた。
きゅいっと好奇心が湧き、風に上まで運んでもらう。もしかしたら賊かもしれないと思いこっそりだ。
―――♪
ある程度近づくと、風は音に変わった。どうやら何かに阻まれて風だけが彼女に届いたのが、その何かを超えて音が聞こえるようになったのだろう。
(聞いたことのない曲なのね)
その音は穏やかなのに深い絶望を感じる音色だった。
(あ)
青い光の出所をたどるとそこには
(たしかタバサ様の友達・・・)
サヤカだったっけ、と首を傾げる。
ご主人様以外の人間は、彼女には区別がつかない。
それでもサヤカだけは、なぜか覚えていた。
普通の人間とは違う風を感じた。
(きれいなのね)
サヤカはこちらにまだ気が付いていないようで、青い譜面を時々目で追いながら、何やら木の棒をキコキコ動かしている。その棒が動くたびに風と一緒に音が聞こえてくるのが面白かった。
でも当の本人はどこか遠くを見つめている。
~~~ ~~~~―――♪
(終わっちゃった・・・)
サヤカは演奏が終わるとその余韻でしばらく動かなかった。
(もっと聞きたいのね!)
ここで空気を読める人間ならきっと静かに去ったのだろうが、残念ながら彼女は本能と感情に素直なタイプだったので、遠慮なく続きをねだることにした
「きゅいきゅい」
「おおっと!」
大きな観客に彼女は驚いたようだが、シルフィードとわかると頭を優しくなでてくれた。彼女の手は人間にしては冷たい気がしたが、シルフィードは彼女の手が大好きになっていた。
(あんな綺麗な風をつくるなんてすごいね!)
「ありがとね、そんなにうまくはないんだけど」
「きゅいっ!きゅいきゅい」
(上手だったよ!自信持つのね!)
そう言ってぐいぐいと、音の出る道具を鼻先でつつく
(もっと聞かせて!)
その行動で何を言わんとしているのか察したらしく、サヤカはもう何曲か弾いてくれた。全部知らない曲だったが、最初の曲と違って楽しくて踊りだしてしまいそうな音楽だった。
「そんなに喜んでくれるならあたしも弾いたかいがあったよ」
「きゅ~い~」
サヤカはそう言ってまた頭をなでてくれた。
もちろん、サヤカがシルフィードの為に弾いてくれた楽しい曲はきれいで楽しかったけど、シルフィードは初めて聞いたあの悲しい旋律も好きだった。
確かに悲しいが、サヤカの心を感じる優しい旋律でもあったからだ。
(また聞かせてくれないかな~)
本当はそう言いたいが、今は竜の姿だから伝えることはできなかった。それにあの曲はきっとサヤカの大事なもののような気がした。
その日から時々屋根の上でサヤカはヴァイオリンを弾いた。
彼女はきっとシルフィードが入れないようにすることもできたのだろうが、そんなことはしなかった。
シルフィードもこの演奏会をタバサに話すことはしなかった。
この内緒の演奏会が、一人と一匹の日課になった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
これからは平日のみの投稿にします。理由は、私がパソコンに触れる時間が平日に限られているためです。
マイペース更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。
シルフィード
種族:風竜(ウィンド・ドラゴン)
属性:風
性別:雌
話し方:「〜なのね」「〜なのよ」という独特の口調
タバサが使役する風竜。
小型の竜だが、飛行能力と風属性魔法に優れ、
空中戦・高速移動・索敵といった面で圧倒的な利便性を誇る存在。
本来の歴史では、
タバサの使い魔として行動しながら、
彼女の数少ない「感情の代弁者」の役割を担っている。
人語を解し、会話も可能だが、
その言動はどこか子供っぽく、
場の空気を和らげるマスコット的存在として描かれることが多い。
しかし実際には、
・主であるタバサへの忠誠心は極めて高い
・危険を察知すると即座に行動する判断力を持つ
・戦闘では命令を待たず最適解を選ぶこともある
と、単なる可愛い竜ではない。
タバサが感情をほとんど表に出さないため、
シルフィードの反応や言葉が、
彼女の内面を読者に伝える重要な手がかりとなっている。
また、
人間の事情や政治にはあまり関心を持たず、
「好きなものは好き、嫌なものは嫌」と率直に判断するため、
物語の中で真実を突く発言をすることも多い。
本来の歴史において、
シルフィードは戦力であると同時に、
タバサが壊れずにいられた理由の一つでもあった。
小さな竜だが、
彼女は確かに「誰かを守るために空を飛ぶ存在」である。