少しの間仕事で更新が止まるかもです
「ちょっとキュルケ! 本当にこれ着て演奏するの?」
「とても似合ってるわよ、サヤカ。自信を持ちなさい」
「悔しいけど、あんたに任せて正解だったみたいね」
「ルイズまで……あたしがこんな服、似合うわけないよ……」
お披露目当日。
本番を目前にして、あたしは完全に怖気づいていた。
ヴァイオリンは自分で用意するから、衣装は任せる――そう言ったのはあたしだ。
だけどルイズはなぜかキュルケに助力を求めたらしい。
「あいつの女の魅力を引き出す腕は認めてるわ」
あのルイズが、である。
フーケ事件以降、二人はときどき話すようになった。最近ルイズが妙に垢抜けてきたと思っていたら、どうやらキュルケの影響だったらしい。
その流れで、今回のドレスもキュルケが選んだ。
……結果がこれだ。
「肩、出すぎでしょ! こんなかわいい格好、あたしに似合わないって!」
「サヤカは素材がいいんだから、もっと女を前面に出さなきゃ」
あたしがおかしいのかな、これ。
水色のロングドレス。
ヴァイオリンの邪魔にならないように肩回りは装飾を控えてほしいとは言った。
でも、ほぼ何もないなんて聞いてない。
「ルイズとかキュルケなら似合うんだろうけど……」
「そんなことありませんよ、サヤカさん! 本当にお似合いです!」
着付けを手伝ってくれたシエスタが力強く言う。
「そうよ。たまにはこういう格好もいいじゃない。それに……すごくきれいよ」
ルイズのその一言が、不思議と胸に響いた。
逃げるわけにはいかない。
「……せっかくこんないい衣装を用意してくれたんだもんね。あたしも、この服に恥じない演奏をしなきゃ」
「その意気よ。楽しみにしてるわ」
二人はそう言って、貴族たちの待つ会場へ戻っていった。
ひとり残された控室で、深呼吸をひとつ。
心臓の鼓動がうるさい。
「よし」
あたしは、前を向いた。
そして一歩を踏み出す。
――――――――――――
~とある貴族~
今日はトリステイン魔法学院の使い魔お披露目の日。
毎年恒例の行事だ。
「今年は粒ぞろいですな」
「ええ。あの風竜など見事な機動力。将来が楽しみです」
「いや、サラマンダーも侮れん。戦場では火は重宝しますからな」
周囲では使い魔の軍事的価値についての談義が続いている。
私はこの空気が好きではない。
子どもたちの健やかな成長を喜ぶのならまだいい。
だが大半は、この若者たちをどう戦争に利用するかを考えている。
「嘆かわしい……」
もっとも、時代がそれを許さないのも事実だ。
情勢は不安定。近いうちに戦が起こるという噂もある。
貴族の思考が戦争に染まるのも、ある意味で必然なのだろう。
「そういえば、ラ・ヴァリエール公爵の三女が人間を召喚したらしいぞ」
「魔法が使えないから、平民でも連れてきたんだろう」
「ははは、それは傑作だ」
下卑た笑い声。
早く終わってほしい――そう思ったときだった。
「お、あれが噂の平民か?」
「……楽器を持っているぞ?」
広場の中央に設けられたステージへ、一人の少女が上がる。
手にしているのは見慣れぬ楽器。
少女は静かに一礼し、それを構えた。
――――♪
最初の一音が、空気を震わせた。
それは魔法の詠唱でも、爆ぜる火炎でもない。
ただの音だ。
だが、その響きは胸の奥に直接触れてきた。
次の音が重なり、旋律となる。
風がやわらかく止まり、喧騒が消える。
ざわめきも、咳払いも、すべてが遠のく。
気がつけば、私は立ち上がっていた。
頬を伝う涙に、自分でも驚く。
拍手をしていた。
いつの間にか。
その音に引き寄せられるように、周囲も次々と立ち上がる。
拍手は波のように広がり、会場全体を包んだ。
私は、親の決めた相手と結婚した。
だが、心の奥には別の女性がいる。
告白もできなかった、若き日の恋。
あの旋律は、その記憶を優しく、そして残酷に掘り起こした。
「あの平民は何者だ……!」
誰もがそう思っただろう。
だが私の関心は、彼女の持つ楽器にあった。
あの音色。
聞いたことがない。
魔法でもない、武器でもない。
それなのに、人の心をこれほどまでに揺さぶる。
毎年恒例の退屈な儀式。
そう思っていたはずの一日が、思いもよらぬ出会いへと変わった。
人生とは、実にわからぬものだ。
――この出来事をきっかけに、音楽の新たな可能性を追い求める貴族たちが現れ、やがて一つの組織が立ち上がることになる。
そしてその象徴として、サヤカが担ぎ上げられるのは――また別の物語である。