~ルイズ~
「あたしはこの国なんて、この世界なんてどうでもいい、ルイズだけでいいのに」
サヤカの言葉はうれしかったが、それでも私は貴族。有事の際に先頭に立つからこその特権階級。
でも確かに、それにサヤカを巻き込むのは違うのかもしれない。
「・・・」
気が付けばサヤカが自分の左手を見てなにか恐ろしいものを見たような顔をしていた
「サヤカ?」
「・・・」
反応のないサヤカだったが、しばらくして我に返ったようで
「そ、そもそもなんで王宮の人じゃなくてルイズに頼む必要があるわけ?」
明らかな話題逸らし。
「王宮の人間ではだめなのです」
静かな断言だった。
サヤカが眉をひそめる。
「どうしてですか? 王宮の人の方が安全なんじゃ――」
「安全ですわ。ええ、形式としては」
王女は穏やかに微笑む。
「ですが王宮の使者を立てれば、それは“国家の正式な意思”として扱われます。記録が残り、証人が立ち、書簡の存在そのものが公文書となる」
一拍置いて、視線を伏せる。
「けれどこれは、国家の書状ではありません」
「……?」
「わたくし個人の手紙です」
空気がわずかに張り詰める。
「いずれわたくしは政略の場に立ちます。婚姻もまた、国のための契約。
その前に他国の王子へ私的な文を送ったと知れれば――それは交渉の席で“弱み”になります」
サヤカが小さく息を呑む。
「王宮の者を使えば、必ず記録に残る。噂も立ちましょう。
ですからわたくしは、国家機関に属さず、しかし信頼できる者を選びました」
王女は静かにルイズを見る。
「この任は、あくまで“わたくし個人”の願い。
だからこそ、王宮の人間ではだめなのです」
―――沈黙
長い沈黙がその場を支配していた。姫様の言葉に私はなんとなく彼女の言う手紙の内容を察することができた。
幼いころ、一緒にまだ遊んでいたころから、彼女のウェールズ王太子に向ける視線は恋する乙女そのものだったのだから。
自分がいかに重要な任務を任されたのか、いまさらながら重く背中にのしかかる。
同じくサヤカも相手まではわからないまでも、そのたぐいの手紙ということには気づいたのかもしれない。しかし今の私にはサヤカの心の内を察することがとても難しく感じた。
「……わかった」
長い沈黙を破ったのはサヤカだった。
「あたしからはもう何も言うことはないよ。」
「では!」
「でも、一緒に行くかどうかは少し考えさせてほしい」
「え」
その言葉に思わず声が出た。サヤカの事だからてっきり一緒に行くと言い出すと思っていた。
その彼女が自分から行かないというなんて、正直言うと意外だった。
「ええ、ええ!もちろんそこまで求めるわけにはいきませんもの、こちらからもルイズの護衛として信頼できる人物に同行をお願いしています」
「そう」
「護衛ですか?」
サヤカの態度も気になるが、その信頼できる護衛というのも気になる。
「ワルド子爵ですわ」
「わ、ワルド様ですか!?」
その名前に一気に顔に血が上るのが分かる。
だってそうだろう、彼は私の初恋の人だ。
初恋と言っても、幼いころのやさしさに「私お兄ちゃんのお嫁さんになるわ」とか言ってしまうようなそんな幼い恋だが。
「はい、あなたの婚約者候補として最有力候補と言われるほど信頼されている彼ならば、きっとあなたを守ってくれると思いまして」
「それは、そうですけど」
気まずげにサヤカを見る。
いや、なんで私サヤカを見てるのよ!全然、何も後ろめたいことなんてないわ!
むしろ安心して私を送り出してくらい言ってもいいわよね?そうよね?
「わたくしのわがままに付き合って頂くのですもの、これくらいはさせてください」
「アンリエッタ様…」
「そろそろ戻らなくては、最後にこれを」
アンリエッタは手紙と指輪をルイズに渡す
「これをウェールズ様に渡渡していただければ、証明になるはずです」
それをルイズが受け取ると、名残惜しそうに指輪に視線を落とした後、またルイズを見る。
「内緒で抜け出したので早く戻らないと、騒ぎになってしまいますわ」
そう言って姫様はフードを被ると部屋を静かに出て行った。
残されたのは、私とさやかの二人きり。
「そういうことだから、あなたは無理に付き合う必要はないわ」
本当は心細いと思うけれども、こんなことにサヤカを巻き込むのは、それこそ私のわがままだ。
サヤカはまた左の手の甲を見つめている。
どうかしたのかしら?
少し様子がおかしいサヤカに再度声をかけようとしたところで
「いや、ついていくよ」
「え?」
「ここまで一緒にやってきたんだし、途中で投げ出すなんてことできないからさ、ちゃんと付き合う」
そう言ってサヤカは私に微笑む。そこに先程の影はもう微塵もなくなっていた。
気のせいだったのかしら?
そう疑問を持ったが
「そうと決まれば今日はそろそろ眠らないとね!明日から忙しくなるんでしょ」
「ええ、そうね」
いつも以上にハイテンションなサヤカに背中を押されてベッドに押し倒される形になる。
「おわああ!!」
「ちょっと!何するのよ!」
「めんごめんご!勢いがありすぎたか」
そう言ってサヤカはケタケタと笑った。
私はというと、なぜかこの状況に心臓がバクバクとなりっぱなしだ。
いったいなんだっていうの、なんでこんなに胸が高鳴るのだろう。
きっと任務の事があって緊張しているだけだわ。
そう、自分に言い聞かせた。
最後に一瞬サヤカが怖い顔をしたように見えたのは、きっと気のせいよね?