ゼロの人魚姫   作:北町スイテイ

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第44話「わかってくれてうれしいよルイズ」

~ルイズ~

 

アルビオンは、私が思っていたよりもずっと張り詰めた空気に包まれていた。

港は活気がなく、人々は家の中に身を潜め、よそ者を警戒しているのが肌で感じ取れる。

 

「ルイズ、あまり離れないでくれ」

 

そう言って肩を抱いてくるワルドに、私は少しだけ困ってしまう。

 

「それで、姫君からはどこへ向かうよう言われているんだい?」

「こちらです」

 

私がワルドを伴ってやってきたのは、古びた大きな教会だった。

見た目には特別なものは何もないが、姫様の手紙には確かにこの場所が示されている。

 

今にも崩れ落ちそうな扉を、体ごと押しつけるようにして開けた。

 

中には、甲冑を着た兵士がざっと二十人ほどいた。

 

「あ、あの……」

「君たちは何者だ?ここへ何をしに来た」

 

兵士の一人が前に進み出て、教会の中央で私たちの前に立ちはだかる。

 

「あの! 私たちはアンリエッタ王女殿下の任務でここへ来た使者です。ウェールズ皇太子にお会いさせてください!」

「君たちがレコンキスタの刺客ではないと証明できるのか」

 

彼は威圧するように問い詰めてくる。

危険を感じ取ったのか、ワルド様が一歩前に出た。

 

「すまないが、それ以上近づくなら私は杖を抜くぞ」

 

その言葉に周囲の兵士たちがざわめき、剣に手をかける。

だが目の前の兵士が手を上げると、皆すぐに動きを止めた。

 

「今この国は二つに割れている。誰が味方で誰が敵か分からぬ状況だ。

 正体の知れないよそ者を簡単にお会いさせるわけにはいかない」

 

「そんな……」

 

やっとここまで来たのに。

思わずうなだれた私を、兵士はしばらく見つめていたが、ふと何かに気付いたようだった。

 

「君、その手にはめているのは……」

 

それは姫様から預かった指輪だった。

 

「それを掲げて見せてくれるか」

 

言われるままに、私は指輪を前に差し出す。

 

しばらくそれを見ていた兵士は、おもむろに左手の手袋を外し、同じように手を前に出した。

 

「え?」

 

次の瞬間、二つの指輪が淡く輝き、白い光が周囲に降り注いだ。

 

「今のは……?」

「先ほどまでの無礼を許してほしい」

 

そう言って兜を外した人物の顔を見て、私は思わず声を上げた。

 

「ウェールズ殿下!」

 

「その指輪は“水のルビー”と言ってね。私の指輪と対になっているんだ」

 

そう言って彼は穏やかに微笑んだ。

 

「君たちが味方であると信じよう」

 

その言葉に、私はようやく胸をなで下ろす。

 

「それで、君たちは何をしにここへ来たのかな?」

「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。姫様の命により、ウェールズ殿下にこれを」

 

私はそう言って手紙を差し出した。

 

ウェールズ殿下はその場で封を切り、中身に目を通す。

しばらくしてから、丁寧に折り畳んだ。

 

「あの小さかったアンリエッタが結婚か……」

 

そう呟いた彼は、どこか寂しげな笑みを浮かべた。

 

「手紙を書くのに少し時間をもらってもいいかな?

 それまでゆっくりしていてくれ」

 

近くの兵士に私たちを案内するよう命じると、彼はその場を去っていった。

 

案内されたのは地下の一室だった。

想像していたよりずっと広く、貴族の私が使っても失礼にならない程度の設備が整っている。

 

「ここでお待ちください」

「ありがとうございます」

 

兵士は一礼すると部屋を出ていった。

 

「あんな教会の地下にこんな部屋があるなんて……」

「おそらく王城に何かあった時のための隠し通路だろう。入る前に、さらに地下へ続く扉が見えたからね」

 

ワルドはそう言いながら私に近づいてきた。

 

「ルイズ。昨晩の答えを、ここで聞かせてくれ」

「い、今ですか?」

「ああ。今だ」

 

あまりに突然で、私は言葉に詰まった。

けれど、ワルド様の瞳は真剣だった。

 

なぜこんなにも急ぐのかは分からない。

けれど彼は、今すぐ私の返事を必要としているのだと感じた。

 

戸惑いながらも、答えはもう決まっていた。

 

「ごめんなさい、ワルド様。やっぱり私、結婚はできません」

「どうして!」

 

それは、この旅で初めて見る彼のむき出しの感情だった。

 

「君を守れるのは私だけだ」

 

そう言って迫ってくる彼に、私は後ずさることしかできない。

 

「君は私と来るべきだ」

「ごめんなさい。でも私にそんな価値があるとは思えません。ワルド様にはもっとふさわしい方が……」

 

「いいや! 君以外にいない!」

 

気が付けば、私は壁際まで追い詰められていた。

あんなに優しかった彼が、まるで別人のようだった。

 

恐怖しか感じない。

 

「本当は、こんな手は使いたくなかったんだけどね」

 

そう言って、彼はゆっくりと手を伸ばしてきた。

 

「な、何を……」

 

次の瞬間、その手は私の身体を探るようにまさぐっていた。

 

「きゃっ! やめてください!」

 

必死に抵抗するけれど、力の差は歴然だった。

そして彼は、ついにそれを取り上げた。

 

「それは!」

「これは君の大事なものだったね」

 

彼の手の中にあるのは、あの宝石。

 

サヤカから無理やり預かったソウルジェムだった。

 

「返して!」

「いいや、返さないね。返してほしければ――俺の求婚を受けるんだ」

 

「そんな……」

 

彼は杖をソウルジェムへ向ける。

 

「さあ、返事をもらおう」

 

そのまま、宝石を強く握り込んだ。

 

ミシ……。

 

嫌な音が、確かに聞こえた気がした。

 

「やめて!」

 

このままじゃ――

 

「……わかったわ」

 

その言葉を聞くと、ワルドは嬉しそうに微笑んだ。

 

「わかってくれてうれしいよ、ルイズ」

 

彼が抱き寄せようとした瞬間。

 

私は全身で彼の腕に体当たりした。

 

「あっ!」

 

ソウルジェムが彼の手から離れ、弧を描いて床へ落ちる。

 

私はすぐにそれを拾い上げ、ポーチに押し込んだ。

 

しかし――

 

「俺を騙そうなんて、ルイズ。君は悪い子だね」

 

ワルドが杖を振った。

次の瞬間、私の体は思うように動かなくなった。

 

「本当は君の意思でついてきてほしかったんだけどね。

 この際、仕方ない」

 

(やだ……やめて……!)

 

声を出そうとしても、喉は動かない。

それなのに、私の体は勝手にワルドへ歩み寄り、彼の胸へと身を預けてしまう。

 

「さあ、ルイズ」

 

ワルドは静かに微笑んだ。

 

「結婚式をしよう」

 

その目は、まったく笑っていなかった。

 

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