~ルイズ~
体の自由を奪われた私は、ふわふわとした感覚のまま、肩を抱くワルドに導かれて廊下を歩いていた。
「ウェールズ様、今よろしいですか?」
やがて廊下で兵士たちに何やら指示を出しているウェールズ皇太子を見つけると、ワルドが声をかけた。
けれど、私の思考には靄がかかったようで、自分から何か行動を起こすことができない。
「どうしましたか?」
「実は殿下にお願いがあって参りました」
「お願い?」
そう言ってワルドは、私の身体に腕を回す。
以前の私なら、きっと頬を染めて恥ずかしがっていたのだろう。
けれど今、胸に湧き上がるのは嫌悪感だけだった。
それでも、その腕を振り払うだけの力は、今の私にはない。
「実はこのたび、ここにいるルイズと結婚することになりまして。どうか立会人になっていただけませんか?」
「なんと……」
違う。いやだ。結婚なんてしたくない。
そう思っているのに、身体はまるで動かない。
それに気づかぬまま、ウェールズ皇太子が私の方を見る。
その眼差しは、どこか微笑ましいものを見るようで、それでいて少し切なげだった。
「すみません。どうやら彼女、照れてしまったようで」
怪しまれたと思ったのか、ワルドが慌てて取り繕う。
「それで、引き受けていただけますか?」
「ええ、もちろん」
当然、私の心の声など届かない。
ウェールズ皇太子は、ワルドの頼みを受け入れてしまった。
「今は少し立て込んでいてね。少し待ってもらえるかな?」
「いえいえ。無理を言っているのはこちらです。あなたに祝福していただけるだけでも、恐れ多いことです」
「私はそんなたいそうな存在ではないよ。では、私はこれで。準備ができたら上の教会へ向かうので」
「わかりました」
そう言って、ウェールズ皇太子は再び兵士たちのもとへ戻っていった。
「ルイズ。これで私たちは、晴れて夫婦になれる」
ワルドが静かに言う。
「今はまだ納得できないかもしれない。けれど、いつか必ずこの選択が正しかったと、君も思い知るはずだ」
そうして彼は、私を元の部屋へ連れ戻した。
このままでは、本当に結婚させられてしまう。
そう思ったとき、不意にサヤカの笑顔が頭をよぎった。
ポーチの奥に入れたソウルジェムに意識を向ける。
そこにあるはずのない体温を、必死に探す。
なんで、一人で来ちゃったんだろう。
意地なんて張らなければよかった。
もし、この場にサヤカがいたなら。
私を助けてくれただろうか。
ソウルジェムを奪った、私を――。
もう一度あなたに会って、謝って。
また今までみたいに一緒にいられるなら、どんな対価だって払える。
あなたといた時間は短かった。
それでも、その時間は――私の人生の中で、いちばん輝いている。
そのお礼だって、まだ言えてないのに。
「おや? どうしたんだい?」
気がつくと、自由のないはずの私の瞳から、一筋の涙がこぼれていた。
「悲しむことはない。この任務が終わったら、ゆっくり話そう。君が納得するまでは自由にさせてあげられないけど、血の誓いさえあれば家に帰すこともできる。寂しがらなくていいんだ」
見当違いな慰めの言葉が、ただ苛立ちを募らせる。
サヤカ。
サヤカに、会いたい。
今はただ、それだけを願っていた。
コンコン。
「ワルド様、ルイズ様。準備ができたと、ウェールズ皇太子が」
「今行くよ」
ワルドはそう言って、私の手を取る。
まるで私をリードするかのように、教会へとエスコートしていく。
いつの間に用意されたのか、兵士が白いベールを私の顔にかけた。
「今はこれくらいしかないけど、あとできちんとした式もするからね」
触れられたところが気持ち悪い。
あんなに安心できたはずの彼の声も、今はただ煩わしかった。
教会には兵士たちが並び、ステンドグラスの下には正装したウェールズ皇太子が立っている。
「皆の者。この厳しい戦況の中、よく戦ってくれている。最近は気の滅入る知らせばかりだったことと思う。しかし、今日は久方ぶりの朗報だ」
皇太子は声を張り上げる。
「今この場にいるジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。両名が、今ここで夫婦となる。どうか皆、祝福してほしい」
そう言って、ウェールズ皇太子は私たちを前へと招いた。
ワルドに導かれるまま、私は皇太子の前へと進む。
「ワルド子爵。あなたはこの女性を妻とし、愛し、守ることを誓いますか」
「誓います」
ワルドは、よどみなく答えた。
「ルイズ。あなたはこの男性を夫とし、共に生きることを誓いますか」
誓うわけない!
そう思っているのに、口から別の言葉が出そうになる。
「ちか……い……」
渾身の力で唇を引き結ぶ。
あまりにも強く噛み締めたせいか、唇が切れた気がした。
「ルイズ嬢?」
さすがに怪訝に思ったのか、ウェールズ皇太子が私の顔を覗き込もうとする。
「声が小さいみたいだよ、ルイズ」
ワルドがローブの中で杖を振った。
『誓います』
私の口ではない場所から、私の声が響く。
風の魔法だ。
ウェールズ皇太子には、ベールの中の私の口の動きまでは見えない。
「では――誓いのキスを」
いや。
いや、いや、いや。
ワルドが私のベールをめくる。
その顔が、ゆっくりと近づいてくる。
吐息が頬に触れる。
唇が――
あの日。
初めてサヤカとキスをした日。
あれが、私のファーストキスだった。
それが今、別の男に上書きされるなんて、嫌だった。
どうして、あなたじゃないの?
そう考えている自分に驚いて、そして気づいた。
ああ、そうか。
私、サヤカのことが――――