ようこそ陰の実力者がいる教室へ! 作:心入れ替え
早めの5月突入
「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。ひと月で随分とやらかしたもんだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイント全てを吐き出した。それだけのことだ」
「入学式の日に直接説明したはずだ。この学校では、実力で生徒を測ると。そして今回、お前たちは0という評価を受けた。それだけにすぎない」
茶柱先生は呆れながらも感情のない機械的な言葉を発する。この学校に来てからの疑問がありがたいことに次々解明していく。最悪の形で、ではあるが。
つまり、スタートダッシュで貰った10万という巨額のアドバンテージを、オレたちDクラスはひと月で失ってしまったと言うことだ。
カリカリと鉛筆の動く音が聞こえる。隣の席の堀北が冷静に事態の掌握を計ろうとしているようで、遅刻欠席の回数や、私語の回数をメモしているようだった。
堀北を眺めていると、その一つ向こう側に座るオレの友人が目に入る。
この一ヶ月間、奇妙な邂逅から友人になった呑気な変人とは少なくない時間を共にした。
──だが、今そいつが浮かべている表情は、今まで見たことがないほど得体が知れないものだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今、僕は冷静さを欠こうとしている。
ずっと、ずっと見えないふりをしていた。
僕が求めていたもの。
僕に不足していたもの。
毎日頭の中だけで思い描いていた。
〝陰の実力者が、輝く舞台〟
それがずっと、なかったのだ。
小学校も、中学校も、平凡を貫いた。モブとして生きた。誰の記憶にも残らず、誰にも注目されず、ただ日常の裏側で修行を続けた。
だけどそれだけだった。
陰の実力者は陰に潜む存在だ。だからこそ、輝く舞台が必要なのだ。
光があるから影が生まれる。
主役がいるから陰の実力者が映える。
表の世界で何かが動いているからこそ、その裏側で糸を引く存在に意味が生まれる。
小中学校にはそれがなかった。
せいぜいクラスの席替えや、体育祭の組み分けくらいだ。
そんなものを裏から操っても、陰の実力者とは呼べない。スケールが小さすぎる。
僕が憧れた陰の実力者たちは、もっと大きな舞台で動いていた。
国を動かし、歴史を変え、世界の裏側で静かに全てを掌握するような存在だった。
だから高度育成高等学校を選んだ。
実力者が集まると聞いた。
日本の未来を背負う人間が輩出されると聞いた。
それだけのスケールがある場所なら、陰の実力者が動ける舞台があるはずだと思った。
そしてついさっき、茶柱先生の口から聞いた。
クラスの成績がポイントに反映される。
Aクラスには特権がある。
そしてDクラスは最低評価、今月のポイントはゼロ。
──最高だ。
Dクラス。
最低評価。
誰も期待しない、誰も注目しない、誰の記憶にも残らないクラス。
これ以上のモブポジションがあるだろうか。
僕はこのひと月、このクラスがDクラスだとも知らずに過ごしていた。だが知らないうちに、僕は最高の陰の実力者ポジションを確保していたのだ。僕の知力がそうさせたのかもしれない。いや、きっとそうだ。
Dクラスの生徒が何かをやっても、誰も驚かない。誰も気にしない。
Aクラスの生徒が何かをやれば目立つが、Dクラスの生徒が動いても景色の一部だ。
これが陰の実力者にとってどれほど都合がいいことか。
喜びで体が震えそうになるのを、僕はなんとか抑えた。
陰の実力者は感情を表に出さない。どんな時も平静を保ち、内心だけで燃え続けるのだ。
だがそれだけじゃない。
茶柱先生は言った。クラスの成績によってポイントが変動すると。
つまり、クラス同士で競い合う構造がこの学校には存在する。
クラス間の競争。
上を目指すクラス、現状を維持しようとするクラス、落ちていくクラス。
それぞれの思惑が交差して、この学校の中で静かな戦いが始まる。
陰の実力者が輝くのは、まさにそういう場所だ。
表で戦う者たちの裏側で、誰にも気づかれないまま糸を引く。
物語の盛り上がりに颯爽と現れて、圧倒的な実力を一瞬だけ見せてまた陰に消える。
誰かが「あの時現れたのは……」と振り返った時には、もうそこには誰もいない。
そういうムーブが、ここならできる。
この学校ならできる。
ひと月間、舞台を探し続けた。
陰の実力者スポットを探して夜中に歩き回った。
金策に頭を悩ませた。
万引きに失敗した。
それでも舞台が見つからなくて、焦っていた。
だけど違ったんだ。
舞台は最初からここにあった。
僕はただ、それが動き出すのを待っていればよかっただけだ。
ノートを取り出して、今考えていることを書き留める。頭の中が整理される前に、思いついたことを全部書き出す。
これは僕の知力の使い方の一つだ。書くことで思考が加速する。
陰の実力者としての第一歩。まずはDクラスの現状を把握する必要がある。
遅刻欠席が98回、私語と携帯が391回。それだけのことをやらかしたクラスだ。
つまり、このクラスには問題を抱えている人間が多い。問題を抱えた人間は、何かイベントを起こす場面が必ずくる。
そこが、僕の出番だ。
イベントの裏で静かに動いて、暗躍し、必要な時だけ実力を見せつける。それが陰の実力者というものだ。
ノートを閉じて窓の外を見た。五月の空は青くて、清々しかった。
ひと月間、くすぶっていたものが、今ようやく動き出す気がした。
ポイントはゼロ。クラスは最低評価。
だけど、それがどうした。
陰の実力者は逆境に燃えるものだ。むしろこれくらいの状況の方が、後で「あの時から全てが始まったんだ」と語れる出来事になる。
僕はノートの一番上にこう書いた。
──陰の実力者計画、始動──
書いてから少し恥ずかしくなって、少し笑った。
でも気持ちは本物だ。
僕はワクワクした気持ちを抑えながら、綾小路に声をかけにいくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『1年Dクラスの影野シドくん。繰り返します、1年Dクラスの影野シドくん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来なさい』
穏やかな効果音のあと、少し感情の籠った案内が廊下に響いた。
なんだろう。モブである僕が呼び出されるような事をした覚えはないんだけどな。
ちょうど職員室の近くにいたから、ポケットをあさりながら僕はさっさと足を進めた。
数分もかからずたどり着いた職員室の前には、眉間にシワが寄った茶柱先生と、気まずそうな綾小路が待っていた。
「二度のアナウンスでようやく来たか……ついてこい」
有無を言わせぬ雰囲気で僕を凄む茶柱先生。どうやら僕は遅刻していたようだ。
すいません、と適当に謝るとさらにシワが増えた。僕は綾小路を見た。綾小路は首を振った。僕は間違えたみたいだ。
心無しか歩幅の大きい茶柱先生に付いていくと、生活指導室のプレートが下げられた場所へと入っていった。
「で……なんなんですか、オレたちを呼んだ理由って」
「うむ、それなんだが……話をする前にこっちに来てくれ」
指導室の壁に掛けられた丸時計をチラチラと確認していたかと思うと、指導室の中にあるドアを開く。そこは給湯室になっているようで、コンロの上にはヤカンが置かれていた。
「僕、お茶の入れ方なんて分からないけど」
「余計なことはしなくていい。黙ってここに入ってろ。いいか、私が出てきていいと言うまでここで物音を立てずに静かにしてるんだ、特に影野。二人共破ったら退学にするぞ」
「え、そんな──」
説明を受ける事もできず、給湯室のドアが閉められた。お茶が欲しくないならなんで僕らをここに入れたんだろう。それに、脅しにしても退学はひどすぎると思う。
茶柱先生の行動を疑問に思っていると、すぐに扉の開く音がした。
「まあ入ってくれ。それで、私に話とはなんだ? 堀北」
どうやらダブルブッキングがあったようだ。茶柱先生もお茶目なところがあるんだな。いや、僕と堀北さんに加えて綾小路もいるからトリプルブッキングか?
「率直にお聞きします。なぜ私が、Dクラスに配属されたのでしょうか」
「本当に率直だな」
「先生は本日、クラスは優秀な人間から順に──」
だとしたら、僕達がこうして人の事情を盗み聞きするのは野暮なのかもしれない。茶柱先生のお茶目に堀北さんが巻き込まれるのは可哀想だからね。
扉に近づいて聞き耳を立てている綾小路の肩を叩き、僕は給湯室の中を指差し、少し探索しようとジェスチャーを送る。
綾小路は僕を見て少し呆れた顔をしていたが、肩をすくめた後に協力の意を示してくれた。
しばらく探索の後、僕らは見るからに高級そうな茶葉の袋を見つけ出した。小さな成果の喜びを分かち合い、音を立てないように拳を突き合わせた。
心無しか肩が軽くなった気がする。
「──今日のところは、これで失礼します。ですが私が納得していないことだけは覚えておいてください」
「分かった。覚えておこう」
ギッと椅子を引く音が聞こえた。どうやら堀北さんとの用事が終わったらしい。
「あぁそうだった。もう二人指導室に呼んでいたんだった。お前にも関係のある人物だぞ」
「二人……? それはいったい──」
「出てこい」
あのウニに関係のある人物? 誰だろうか。プライバシーは守るべきだけどちょっと気になっちゃうな。
綾小路も同じ気持ちのようだ。体がすこし強張っている。
「出てこないと退学にするぞ」
あれ、これってもしかして僕たちのことか。
綾小路が給湯室のドアを素早く開けた。
「いつまで待たせれば気が済むんスかね」
「あ、やっぱり僕たちだったんだ」
僕たちの姿を見て堀北さんは固まっているようだった。
「私の話を……聞いていたの?」
「話? いやまったく」
「うんうん。プライバシーだもんね」
「そんなことはない。給湯室はこの部屋の声がよく通るぞ?」
どうやら、茶柱先生は給湯室に籠ったことがあるらしい。
僕は探索に夢中で本当によく聞こえなかったから、茶柱先生は耳がいいのかも知れない。
「……先生、なぜこのようなことを?」
トゲを磨く堀北さん。それはそうだ。自分のプライバシーが守られていないと知ってしまったのだから。
「必要なことと判断したからだ。さて綾小路、そして影野。お前たちを指導室に呼んだワケを話そう」
「私はこれで失礼します……」
「待て堀北。最後まで聞いておいた方がお前のためにもなる。それがAクラスに上がるためのヒントになるかもしれないぞ」
背を向けかけた堀北さんの動きが止まり、そして椅子に座り直した。
「手短にお願いします」
茶柱先生はクリップボードに視線を落としながら、ニヤニヤと笑った。
「まず……お前は面白い生徒だな、綾小路」
「茶柱、なんて奇妙な名字をもった先生ほどオモシロイ男じゃないですよ、オレは」
「全国の茶柱先生に土下座するか? んん?」
綾小路が粋な返しをする。確かに茶柱って名字はなかなか珍しいかもしれない。
「入試の結果を元に、個別の指導方法を思案していたんだが、お前のテスト結果を見て興味深いことに気が付いたんだ。最初は心底驚いたぞ」
クリップボードから、記憶が消えかかった入試問題の解答用紙がゆっくり並べられていく。
「国語50点、数学50点、英語50点、社会50点、理科50点……おまけに、今回の小テストの結果も50点。これが意味するものが何か分かるか?」
「偶然って怖いっスね」
綾小路、君はなんて素晴らしいモブなんだろうか。
全ての教科で半分の点数? モブを極めたらそうなってしまうのか、そうなってしまうんだろうか!
さすがは僕が負けを認めたモブンピック金メダリストだ。僕にできないことを平然とやってのけるなんて。
「あなたは……どうしてこんなわけのわからない事をしたの?」
「いや、だから偶然だって。隠れた天才とか、そんな設定はないぞ」
「どうだかなぁ。ひょっとしたらお前よりも頭脳明晰かも知れないぞ堀北」
茶柱先生の煽りにピクッと反応する堀北さん。二人が何か騒いでいるが、すべては綾小路が完璧なモブだからで片付く話だろうに。何をこんなに話し合っているんだろうか。
「さて……次にお前だ、影野」
「茶柱、なんて奇妙な名字をもった先生ほどオモシロイ男じゃないですよ、僕は」
「おい、やめてくれ」
僕の粋な返しに綾小路は恥じを覚えたようだ。ふむ、僕はいいと思ったんだけどな。
「…………綾小路が面白い生徒なら、お前は不気味な生徒だな」
「僕が不気味?」
「入試の結果は特に目立つものが無かった。得点は中の下、面接対応もそこそこ、データだけで見れば平凡な、いや少し不良品な生徒だ」
綾小路の時と同じように、クリップボードから僕の入試データが並べられていく。
「目に留まったのは入学後、一週間が経った頃からか。警備の人間から一年Dクラスの生徒が深夜によく外出してると報告が上がってな。確認して驚いたよ。その生徒は、普段真面目に授業に取り組んでいた生徒だったからな」
「それが……影野くんってことですか?」
「日によってカメラで見かける場所が違う。そう、それはまるで……この敷地の地理を全て把握しようとしてるような行動だった。入学してから一週間で、焦るように。なぜだ? 影野」
鋭い目付きで僕を睨む茶柱先生。
うーん、てっきりカメラは問題が起こった時にだけ見られるものなのかと思っていたけど、僕が思っていたよりも警備は厳重らしい。今後は気を付けないといけないだろうね。
「それが僕への指導内容ってことですか?」
「そうなるな。私は担任として生徒の問題行動に対して正しい道へと指導する必要がある」
「探検が好きなだけですよ、僕は。ほら、さっきもあそこを探検して見つけたんですよコレ。高級茶葉」
「……はぁ…………それは後で戻すからそこに置け」
僕は渋々成果物を机の上に置いた。
「答えないのか?」
「答えてるじゃないですか。僕は探検が好きなんだって」
「ほう? 地面を深くまで掘ったり、屋上を飛び回ったりすることがお前の言う探検か?」
「あなた……何をしているのよ」
「ちょっと気が乗っちゃって」
やばい、それもバレていたんだ。
監視カメラ問題は僕が陰の実力者として活動していくには、一番に対策しないといけないかもしれないなぁ。
「ふっ……答えたくないならまあいい。今回の指導はここまでにしておこう。私はもう行く。そろそろ職員会議の始まる時間だ。ここは閉めるから三人とも出ろ」
背中を押されて、僕たちは廊下へと放り出された。おっと、体勢が崩れるなぁ。
茶柱先生はなんで僕たちを呼び出して、暴露話を始めたんだろうか。
「とりあえず……帰るか」
綾小路が背を向けて歩き出した。君が帰るなら僕も帰ろう。二人っきりは気まずいからね。
よし、君はそっちに逃げるんだね。じゃあ僕はこっちに逃げるよ。
なんだか呼び止める声が聞こえるけどそれはきっと僕じゃなくて君に向けた言葉だろうね。うん、そうに違いない。
走りに近い早歩きで僕はその場を立ち去ったのであった。
ちょっと無理矢理感が無きにしもあらず
影野くんのカッコいいシーンはいつか来ます。たぶん