このクズ!!   作:九九八十七

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第Ⅰ話 屑と狩人

 ――――夢を見ていた。

 

 

 月明かりさえ届かない、深い、深い森の奥。

 聞こえるのは、飢えた獣の遠吠えと、乾いた木の葉を散らす夜風の音だけ。そこに、むき出しの地面に捨てられた1人の赤子がいた。

 泣き声さえあげられず、凍える寒さに震える小さな命。

 それを救ったのは神の奇跡、それか母の愛情か。

 一頭の母熊が赤子に近づく。その母熊は狩人に子どもを奪われ、乳を吸う者がいなかった。そのため、捨てられた人間の赤子を気に入り親代わりになった。

 ……ああ、なんと滑稽なことか。

 言葉を持たぬ獣が、言葉を持つ人間よりも深く、愛を知っていた。温かい、あまりに、温かい。

 私は、この熱を忘れない。

 

 

 子どもたちの泣き声が、いつかこの温もりに包まれるその日まで

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「いってぇ……」

 

 世界が割れたかと思った。 だが、実際に割れていたのは俺の尊厳と、昨晩飲み散らかした安ウイスキーの瓶だった。脳を直接ミキサーにかけられたような激痛の中、俺は冬木市の外れにある、家賃三万二千円のボロアパートで目を覚ました。  

 

「……う、ぐ……。二度と、二度と安酒は飲まねえ」

 

 そう誓うのは今週で三度目だ。 のっそりと布団から這い出そうとした時、左腕に妙な温もりを感じた。 柔らかい。そして、驚くほど温かい。

 

「…………は?」

 

 思考が完全にフリーズした。  おそるおそる隣を見る。そこにはシーツを頭から被った何かが、穏やかな呼吸を刻んで横たわっていた。昨晩の記憶を必死に漁る。 仕事がなくてブラブラと新都を歩いてて…………。確か、面の良い女を誘った気がする。良い酒屋があるからって歩いて…………そうだ、路地裏で妙な黒い影に襲われたんだ。そんで、女を突き飛ばして……それから、手の甲が焼けるように熱くなって――。

 

「待て待て待て、俺はまさか、命からがら逃げ帰る途中で助けた女を連れ込んだのか? 俺にそんな甲斐性があったか?」

 

 

 シーツの隙間から覗くのは、雪のように白い肌。俺は震える手でシーツをめくった。そこにいたのは、昨晩助けた幸の薄そうな女ではなかった。見たこともない、絶世の美女だ。 だが、何よりも異様だったのは、その頭頂部にぴんと立ち上がった『獣の耳』だ。

 

「コスプレ……? いや、動いたぞ今。自前かよ」

 

 路地裏で誰かに襲われた気がするし、必死に手を伸ばして何かを叫んだ気もする。だが、肝心の「どうやってこのコスプレ?美女を連れ込んだのか」というプロセスが脳内のゴミ箱を探しても見当たらない。

 ただ、一つだけ。記憶の断片から、妙に生々しい感触が浮上してきた。

 

「……。あ、そうだ。俺、こいつとチューしたわ」

 

 柔らかい唇の感触。少しだけ混じった鉄の味。

 魔力不足で消え入りそうな彼女を繋ぎ止めるために、俺が酔った勢いと「魔力供給には粘膜接触が手っ取り早い」という三流の聞きかじり知識をフル活用してぶちかました、最低の行為。

その瞬間、脳裏に昨晩の光景がフラッシュバックした。なんとなく思い出した。あの影に、殺されそうになった瞬間、俺がこの美女を召喚した……いや、俺すげーな。ババアから、魔術には召喚術の類いがあるとは聞いてたが、まさか俺ができるとはね。

 

「……あ、あー。ヤってねえ。良かった、責任取らなくて済む」

 

 服を着ていることを確認し、自分勝手な理屈で胸をなでおろした。コイツは一時的に召喚しちまった使い魔かなんかだろう。へたに魔力を与えると、碌なことになんねえ。

 安心した、そのとき。

 

「…………殺す」

 

 冷たい声が響いた。ぞわりと、身の毛がよだつほどの殺気が込められた声。工芸品のような深緑の弓がどこからか出現し、彼女の手に収まる。

 

「ひ、ひぇっ! 起きてたの!?」

 

「貴様、今……『良かった』と言ったか? あの不潔な、酒臭い屈辱を、ただの事故として処理しようというのか!?」

 

 彼女が、顔を林檎のように真っ赤にして跳ね起きた。黄金の瞳には、ドロドロとした殺意と羞恥が煮え立っている。

 

「違うんだ! 誤解だ! 命を救うための応急処置だろ! ほら、人工呼吸みたいなもんだよ!」

「人工呼吸に舌を絡める馬鹿がどこにいるッ!!」

「……え、入れたっけ?「入れたわ!! この下衆がッ!!」いや、俺も必死だったっていうか、魔力を効率よく流すには粘膜接触が一番だって婆さんが――」

「死ね! 今すぐ死ね! むしろここで私が貴様を射殺(ころ)して、この儀式を終わらせてやる!」

 

 彼女が弓を引き絞る。 だが、その指がピクリと止まった。 魔力が足りないのだ。矢一本すらまともに形にできない。

 

「……よりによって、こんな最低な男がマスターだとは。私はつくづく運がない」

「そう言うなよ。俺がいなきゃお前、今頃消えてたんだぜ。……で、さっきから言ってる『儀式』ってなんだ? 」

 

 彼女は、信じられないものを見るような目で俺を凝視した。

 

「……貴様、何も知らずに私を呼び出したのか? 聖杯戦争、という言葉を聞いたことはないのか?」

「せいはい、せんそう……? いや、初耳だ。何それ、冬木の特産品でも懸けて戦うのか?」

「笑えない冗談だ。いいか、よく聞け。あらゆる願いを叶える願望機『聖杯』を巡り、七人の魔術師、七騎の英雄が殺し合う儀式だ。手にした者は、富でも名声でも、不老不死ですら手に入ると言われている」

 

 アタランテは、忌々しそうに説明を始めた。 何でそんな顔しているのかって言うと昨日同じ説明をしたそうな。忘れてんだからしょうがないよね。

 聖杯戦争とは、選ばれた七人の魔術師(マスター)が、歴史上の英雄――『サーヴァント』を召喚し、最後の一組になるまで殺し合う。 彼女はその一騎『アーチャー』だという。 聖杯からの知識供給のおかげで、彼女はこの現代の常識も、魔術師の在り方も理解しているようだった。

 

「……殺し合い? 却下だ却下。俺は平和主義者なんだよ。というか、俺みたいな三流がそんな英雄サマの戦いに混ざれるわけねえだろ。命がいくつあっても足りねえよ」

「無駄だ。手の甲にその令呪がある限り、貴様はマスター、聖杯戦争の参加者だ。逃げれば背中から撃たれるだけだぞ」

「冗談じゃねえ! 俺は辞退する! どっか別のマスター探してくれよ! 争いなんて真っ平ごめんだ!」

 

 俺は布団を被って現実逃避を決め込んだ。 英雄? 儀式? 知ったことか。俺はただ、日銭を稼いで適当に生きたいだけなんだ。

 

「……ふん、臆病者め。まあよい。万能の願望機があれば、山のような黄金も、一生遊んで暮らせる富も自由自在だったのだがな……」

 

 黄金。  

 一生遊んで暮らせる富。    

 俺は、ガバッと布団を跳ね除けた。

 

「……待て。今、なんて言った?」

「え? 臆病者だと――」

「その前だ。山のような黄金? 本当に?」

「……ああ。聖杯はあらゆる願いを叶える。富でも不老不死でも……なんでもな」

 

 俺は、神速の勢いで立ち上がった。  

 

「よし、やろう! 聖杯戦争、受けて立つぜ! むしろ俺のためにあるようなイベントじゃないか!」

「貴様、節操という言葉を知っているか?」

「うるせえ! 金で買えないものはあるが、金があれば大抵の悩みは解決するんだよ! よし、アーチャー。優勝だ。俺たちで優勝して、俺は南の島で一生バカンスする!!」

「……吐き気がするな。これほどまでに志の低いマスターがいただろうか」

 

 アタランテは心底軽蔑しきった顔をしたが、俺は気にしない。 夢ができた。目標ができた。借金まみれの人生からの逆転サヨナラ満塁ホームランだ。




アタランテの水着を待って10年。FGO第2部も完結しちまいましたね。
供給がないなら自分で作り出すということで書いていきます。感想とか、よろしかったらお願いします。

二話でちゃんとキスシーン書きます。
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